「橙子さんが、応援を呼んだの?」
「ああ、その女性を殺してやってくれってね。戦闘開始ごろの通信かな? その想いに共感して、近くで別のテロをやる予定だった仲間がここに集まってる。ただ、最期を見てたら、どうも生きていて欲しそうだったけど……」
近くのグーバニアンが答える。アルビと先頭のグーバニアンが会話している内にも、敵の数は増えて行く。運び役であったであろう飛行型グーバニアンも何人か着地している。そんなにウチを殺してあげたいと、橙子は思ったのか。
通常、グーバニアンのテロは1人から多くても3人程度で行われる。住宅地を強襲するなんて、その程度の人数で事足りるからだ。軍人か傭兵が到着するまで殺しを繰り返し、到着したらその軍人に玉砕覚悟で突っ込んでいく。そうして多大な被害を出し、毎回のテロは制圧される。飛行型は次の兵士を運びに本国か前線の海岸に戻るのだろう。
それが、今回は様子が違う。あまりにも多くのグーバニアンが集まっている。飛行型までもが。
「同志達……。ごめん。今回は見逃してくれないかな。ボクはシーエを、この女性を幸せに生かして、一生を終えさせなければいけない」
「同志……という事は君も元々僕等の仲間か。……ああ今通信が入った。だいたいの状況は理解した。……そしてごめん。それは出来ない相談なんだ」
「今まで散々頑張って、苦しんで、ここまで来たんだ。この人は今記憶喪失で、やっとキミ等から解放されたんだ。せめて残りの人生、安らかに過ごさせてくれないかな?」
先ほどと同じ問答を、アルビはする。
「君の、気持ちは、わかる。だが、僕達は止まらない。止められない。彼女だけを特別扱いは、出来ない」
──今まで殺してしまった人たちへ、顔向けができない。
とても悔しそうな顔で、目の前のグーバニアンは、そう、声を絞り出す。
何なんだよ。何でなんだよ! お前らは、ウチは! 何で皆がそうやって苦しそうに、人を殺してるんだよ!
「そう、だよね。知ってるよ。皆、お疲れ様。皆の苦しみは、ボクも知ってるよ。……でも、ごめん。最大限抵抗はさせてもらうよ」
「そこの女性、
「わかってるよ。ありがとうね。みんな」
アルビは意思を固め、杖の形態に変化する。ウチには解らない事だらけだ。元はグーバニアンだったみたいだし、アルビはエムジの母親の脳だし、エムジのお母さんを殺したのはウチだし……。
このまま、ここで殺された方が良いんじゃないだろうか。そうすれば、エムジの復讐だって遂げられる。ズンコにも、会えるかもしれない。
(ウチみたいに、実は大罪を犯してた人間が、天国にいるズンコに会えるとは思えないけど……)
人生をあきらめかけていた、その時。
「シーエ! ボーっとしないで!」
アルビが叫んだ。
「色々気になることはあると思う。でも、ボクはシーエに生きていて欲しい! エムジだって、そう思ってるはずだよ! じゃなきゃ6年も一緒に旅をしてない! エムジは最初から気づいてんだよ!」
本当、だろうか。実はまだ疑ってるだけで、ウチを犯人と決めきれてないだけじゃないだろうか。もしくは殺す機会をうかがってるだけで……。
「謝りたいんでしょ! エムジに! 嫌われるかもしれない。恨まれるかもしれない。もしかしたら殺されるかもしれない。でも、殺されるならそこでしょ! ここじゃ無いでしょ! 生きて、エムジに謝るんだよ!」
そうか……。そうだ。謝らなきゃ、エムジに。誠心誠意、心を込めて。その結果がどうなったとしても。
だから、ここで、死ぬわけには……
そう、思っていた矢先──
『シィィィィエェェェェェ!!!!』
轟! という音と共に、側面の壁がはじけ飛ぶ。何事だ?! 新しい敵か? そう思って壊れた壁を見たら、そこには──
そこには、ウチの大好きな、彼の姿が、あって。
『無事か!』
「エムジぃ……」
エムジだ。エムジが来てくれた。来てしまった。だめだよ。謝りたいけど、それは今じゃない。目の前のグーバニアンを倒さないと。エムジを危険に巻き込みたく無い。敵の数が多すぎるよ。
「何でここに……」
『そりゃしばらく通信無かったら怪しむだろ。待機だけさせておいてよ。しかしすげぇ数のグーバニアンだな。1匹は……殺したのか。流石だな』
エムジはいつものノリで気軽に話しかける。その声にウチは不覚にも安心感を感じてしまって。でもそれが申し訳無くて。
「だ、だめだ。エムジ。ウチを助けちゃ、ダメだ。逃げて……」
『……? どうした? 何かあったか?』
「ウチは、ウチはエムジに助けられるような人間じゃ……!」
『しっ』
エムジの指が、ウチの口に当てられる。もはや口として機能してないそれは、指をあてても声を制する事は出来ないけど、それでもウチは黙ってしまう。
『思い出したのか? 自分の正体。それともこいつから聞いたか』
「……! エムジは本当に知ってるのか!? だ、だったら、なおの事ウチなんか庇わずに!」
『アルビ! 動機は!? シーエは思い出したのか!?』
「大丈夫! 覚えてない!」
『ふぅ。それなら十全』
エムジとアルビは何かを確認しあっている。動機? どういう事だいったい。
周りのグーバニアンはウチ等の問答を静かに見守っている。
『シーエ、俺を見ろ。いいからな。全部全部、いいから。気にするな。最初から知ってたさ。でもなシーエ、気にしなくて良い。気にしなくて良いんだ。何でだよって思うかもしれねぇ。言いたい事も、知りたい事も、それこそ謝りたい事だってあるんだろう? でもそれも全部、後で良い』
そう言って、エムジは──
『いつも通り、目の前の敵ぶったおして、また三人でダラダラ話をしようぜ? 生き残りゃ、いくらでも話は出来るだろ?』
目の前の敵に武器を向ける。ウチはその姿に、声に、圧倒されて、感激してしまって。
「そんな、そんな事が許される訳……」
『許す許さないを決めるのは俺だろ? この場合はよ。どうせ俺の母親の事だろ? お前がウジウジしてんのは。全部受け止めてやるから、まずは生き残ろうぜ?』
「そうか……? そう、なのか?」
『どうしたシーエらしくもない! いつもの調子で元気に行こうぜ? こっちが調子狂うわ』
あくまでいつもと同じテンションのエムジ。ウチはその姿に救われてしまって、心から安堵してしまって。
あれだけの事をしたのに、エムジのお母さんを殺したのに、なのにエムジに嫌われたくないって浅ましい願いがさっきからずっと心の中にあって。でもエムジは一切そんなそぶりを見せなくて。
生きて、生きていいのだろうか。エムジからも生きろと言われた。アルビからも言われた。お母さんの件以外にもウチは罪を沢山犯してるはずだ。でも、二人から生きろと……。
『ああまどろっこしいな!! 大切な人間に! 死んでほしいと願う奴がどこにいる!!』
エムジから衝撃の告白をされる。……え? ウチが、大切な、何だって??
『お前は俺が仮に殺人鬼だったり、過去にクソな事しまくってた奴だったとして、その罪を詫びて死ねと思うか!? 今が大事だろう!! 生きてる今が!! 俺はお前に生きていて欲しい。そばにいて欲しい。それが理由じゃダメか!? お前が死んだら、それこそズンコが死んだ時のお前みたいになる自信があるぞ俺は!』
「ボクもだよシーエ! よくわかんない事だらけだと思う!! でもボクはシーエが好きで、死んでほしくないんだ!! これはボクのワガママだ。お願いだよ。後で色々話すから、今はまず生きる事に集中して! ズンコだって、シーエの幸せを願ったから戦ったんだよ!!」
嬉しすぎて涙が出る。と共に、生きようと、生きて行こうと思える。ウチのためではない。エムジと、アルビのために。そして、ズンコのために。三人に生きて欲しいと言われた。ウチが死んだら悲しむ人がいる。
「……だな。そうだな。生き残る! そして沢山エムジに謝る!」
『その意気だ。後で沢山謝れよ? 詫びとして俺が面白いと言うまで一発芸やらせ続けるからな』
「それ永遠に終わらないヤツやん!!」
いつもみたいに軽いノリで、エムジはウチを励ます。ウチも、軽いノリで返す。そうだ。色々考えるのは後で良い。
ウチも敵に向かう決心がついた。解らない事は多々ある。でも生きていれば、色々解決もするだろう。
「そうだ。そうなんだ。これこそ、人の正しい姿なんだ」
さっきまで押し黙っていたグーバニアンが声を出す。ウチとエムジのやり取りの際にも、手を出さずに待機していた。まるで、微笑ましいものを見る様に。ウチ等に時間をくれているように。
「人は、生きるべきだ。生きて出会いと別れを繰り返し、幸せと苦悩を感じて、しっかりと一生を終えるべきなんだ」
自分達の行いとは真逆の意見を、グーバニアンは口にする。残った周りのグーバニアンも、「そうだ」「その通りだ」と繰り返している。
「お前ら、ウチは、いったい、何者なんだ? 何が目的なんだ?」
「すまない。それは言えない。間違ったことをしているのは自覚している。でも、我々は止まらない。止められない」
そう言って、グーバニアン達も戦闘態勢に入る。こっちの人数はは今しがた到着した在中軍人も入れて4人。アルビとウチはセットだから実質3人。幸い全員背中の脳は4つ装備してる。
それに対し、敵の数は10を超えている。勝てるのか、この数に。
『これを』
エムジから何かを差し出される。ウチが装備していた前脚の追加パーツだ。四脚にはなれずとも、これがあるだけで機動性はかなり増す。ウチは素早く装備し、いよいよ始まる戦闘へ備えた。
エムジに大切な人と言われた。
アルビに生きて欲しいと言われた。
ズンコに幸せになって欲しいと言われた。
だから。
「ウチは、戦う。皆の為に、戦う」
『その意気だ。お前がいない人生なんて、つまんなくてしょうがねぇ!』
そう言って、エムジはウチの手を握る。ズンコがくれた左手の義手を。アルビを握ってる左手を。
機械と機械の腕なのに、暖かさが流れてくる気がして、ウチはもうそれだけで、幸せになってしまって。
「『行くぞ!!』」
決戦の火ぶたは、切って落とされた。