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第二章 18話『エムジ・クド』

「エムジ!! エムジ!!」


 嘘だ。嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ!! これは夢だ。そうに違いない。



「助けなきゃ、助けなきゃ!!」


 現実逃避しそうになる思考を必死に制御し、目の前の現実へ向ける。そう。これは現実なんだ。現実世界で、エムジが死ぬ。もうあと数分で、死ぬ。



「脳の回復は……もう無理だ。なら人格と記憶のコピーを!」


 アルビがウチにやったのと同じものを。でもあれは、たぶんアルビの嘘で……だってあの脳みそはエムジのお母さんの物で、じゃあ何でアルビとウチの人格がお母さんの脳みそに入ってるのかは解らなくて。

 でも、実際に人格や記憶をコピーする魔術は存在する。何が起きたのかは解らないが、アルビとウチの人格がここにあるのが何よりの証拠だ。成功率は極めて低い。0.001%とか、そんなレベルの……今は確率を考えてもしょうがない。やるしかない。


 そう決心を固めていた、そんな折



『シーエ』


「エムジ!」


 エムジが話しかけてくる。ダメだ。無駄に思念魔力を使うな! 脳への負荷が増える。



「話すなエムジ! 脳への負荷を出来るだけ減らすんだ。今からウチが人格と記憶のコピーをするから、大丈夫だから、安心してウチに任せて!」


 何も大丈夫ではない。でもそう言わないと、エムジを安心させてあげないと。そして、自分も安心させないと。



『シーエ』


「だから喋るなって……」


『シーエ!』


 エムジに怒鳴られ、ウチは固まってしまう。



『すまん。怒鳴って。とにかくパニックになるな。そんな成功率の低い魔術、使ったらお前まで死んじまう』


「そ、そんな事はどうでも! ウチの命なんか! それよりもエムジを!!」


『どおでも良くねぇ!!』


 エムジは再び声を荒げる。



『大事な人だって言ったろ。大好きなんだよ。シーエ。俺はお前の事が。生きててほしいんだ。だから……』


 だから、リミッター解除して、全魔力を使って敵に突っ込んだのか。自分の命と引き換えに、ウチを守ったのか。クソみたいなウチを。エムジのお母さんを殺したウチを。



『折角の、お前との最後の会話を、こんなくだらない問答で終わらせないでくれよ』


 エムジは、優しくウチにそう言う。



「でもウチは、ウチはグーバニアンで、エムジのお母さんを殺した犯人で、エムジの敵で……何でそんなウチを守ろうって……」


 アルビはさっきから黙ってウチとエムジの様子を見ている。エムジがこのような行動に出た理由も、エムジがもう助からないことも知ってると言った風貌だ。

 険しい表情で、涙をこらえながら、一部始終を見守っている。



『全部知ってたさ。最初から、俺はお前に復讐するために探して、近づいたんだ。でもな、ずっと一緒にいる内に、俺は復讐なんてどうでもよくなってた。気が付いたら俺は、お前の事が好きになってたんだ。6年も経った今では、完全にただの大好きな女性だ。だからシーエ、気にしなくていいんだ。今のお前は知らないんだから。俺の過去なんて、気にしないで気楽に生きていいんだ。幸せになって欲しいんだ』


「エムジ、エムジぃ」


 涙が、涙が止まらない。好きな人に好きと言ってもらえて、幸せなはずなのに。ウチがずっと聞きたかった言葉なのに。その相手は、もうすぐこの世から居なくなってしまう。

 何で、何で、何で……。



『あとアルビは敵じゃねぇ。少なくとも俺とお前の味方だ。色々聞きたい事はあるだろうが、たぶん核心については教えてはくれない。でもそれは俺らの為だ。信じてやってくれ』


 そう言ってアルビの方に首を向けるエムジ。アルビは何かを覚悟したような表情で、うなずく。



『じゃあ、な。最愛の人……大好きだったぜ……あー、変な意地張ってないで、お前の色仕掛けに乗っちまったらよかったなぁ。俺だって年頃の男で、性欲あったんだぜ? でもお前の誘いを断った際のリアクションが面白くてよ、ついついからかう方を取っちまった。バカしたなぁ……』


 そう、言って……



『 愛してる。愛してるんだシーエ。どうか、幸せに……生きて……』


「ウチも、ウチも大好きだ! 愛してる!! エムジ!!」


 エムジの鉄の頭部が、ほほ笑んだ気がした。


 そして──




 エムジは、動かなくなった。





.

..

...

....

.....

......





 これは走馬燈だろうか。あぁ、俺は死ぬんだな。幼少期のころからの記憶がフラッシュバックしてくる。



 小さいころ、父親が他界して、俺の世界は母さんだけになった。じいちゃんばあちゃんも早死にしてしまって。もちろん学校の友人はいたけど、本当に心を許せるのは母さんだけで、母さんは一人で必死に俺を育ててくれて。いつか俺も大人になったら母さんに楽させてやるんだ。そう思いながら暮らしてて。


 そしたらあの日、全てが壊れた。


 目の前で母さんが殺された。街を襲撃してきた、左手が肥大化したグーバニアンに。

 グーバニアンによるテロがつい最近行われたというのはニュースで聞いていた。しかしターゲットはもっぱら軍事施設で、そのため両国は一気に戦争に突入。相手の目的も不明なまま、とにかく軍事施設や兵器工場一帯が攻撃に合い続けた。

 でも俺はそれはどこかフィクションの様な、遠い場所の情報として受け取っていた。自分は軍人でもないし、ここは兵器開発もしてない平和な街だったから。

 だから一人のグーバニアンの襲撃で、何の対策もしていなかった俺の街は、一瞬で壊滅に追いやられた。敵は住民の脳を回収し、魔力と筋力で住民を惨殺していく。俺は恐怖に駆られ、家の中に逃げ込んだ。今思えばアホだと思う。家に逃げ込んでも奴らは攻めてくるのだから。


 俺の家にもそのグーバニアンがやってきた。母さんは俺をクローゼットに隠し、グーバニアンと対峙する。


 母さんは過去に少しアスリートをしていた経験があり、脳のリミッター解除が使える。ただの住民と油断している敵に対し、母さんは奇襲攻撃を仕掛けた。

 攻撃は見事に成功。相手の左腕を捥ぎ、脳も2つ破壊し、主な肉体的戦力を奪った。こうなると後は魔力による応酬だ。

 敵は脳を2つ装備していたが、母さんは自分の命も顧みずリミッター解除した脳で攻撃を仕掛ける。相手の保持していた脳は全て破壊されたが、母さんの脳は限界に近かったのだろう。


 母さんの首が刎ねらる。俺はその瞬間を声を殺して、泣きながら見ていた。


 敵は母さんの脳を摘出し、背中に装備した。その後まだ脳を奪って無い住民の死体から脳を摘出し、装備して、街を去った。


 俺は一人、誰もいなくなった街で、泣き続けていた。



 後で聞いて分かったのだが、母さんの首を切った際に敵、すなわちシーエも脳を破壊されていたらしい。母さんの最期の攻撃だったのだろう。つくづく強い女性だった。俺の母は。


 何故シーエとアルビの人格が母さんの脳に入ってるのかは、以前アルビに聞いたが……何かはぐらかされた感がある。一応スジは通っていたが……まあシーエは知らない事情だし、アルビは俺の為に嘘をついたっぽいから、深くは追求しなかったけど。



 その後俺は軍隊に入った。母さんを殺した仇に復讐するために。当時俺は12で、先輩達にはガキと舐められたが、似た様な境遇の入隊希望者も多く、舐められつつも暖かく接してもらっていた。

 ただ俺は慰めが欲しかったわけではない。相手を殺す力が欲しかった。だから舐められない様に顔も老け顔に改造し、毎日血反吐を吐く訓練をし、脳を鍛え、3年後、正規軍人になれた。


 軍人になって一番最初にしたことは、虫の髪飾りを付ける事。母の仇は虫の髪飾りをつけていた。俺も復讐心を忘れないため、敵に見せつけてやるために虫の髪飾りを探した。


 仇と同じものは見つからなかったが、ゴキブリのヘアピンは見つけた。丁度いい。醜悪な虫をつけて、同じく醜悪なグーバニアンを殺してやろう。



 ただ軍人になった俺に待っていたのは、理想とする戦場への出兵ではなく、国内の防衛だった。

 よく考えれば当たり前だ。新兵を前線に投入し続けて殺してしまえば、育つ人間がいなくなってしまう。今やグーバニアンのテロは国内のどこでも発生する可能性があったので、内地防衛を新兵にまかせ、確実に戦闘が起きている前線は経験豊富な軍人で固める。有事でない場合は、新兵には内地で訓練をさせておくのが効率的だった。


 俺はそんな軍の状況に不満があった。自分勝手な意見だとは思うが、前線に出てグーバニアンを殺したかった。可能なら母を殺した仇を討ちたい。しかしそれは望み薄だろう。奴らの特攻癖は既に周知されていて、俺は仇への復讐自体はあきらめていた。そのころはただ、母を殺した個人ではなく、グーバニアン全体への復讐を目的に動いていたな。

 そして軍人になって数年、傭兵にでも転職しようと考えていた矢先、俺はシーエに出会った。



 訓練で使った培養液の補充の為に立ち寄った武器屋で、母の仇を見つけた。本当に衝撃だった。すぐにでも殺そうとしたが、どうも様子がおかしい。

 その仇は、店員と思われるマキニトと、心温まる話をしていた。見た目は完全にあの時の敵。頭に虫の髪飾りもつけている。なのに、優しそうな顔で笑う、柔らかそうな性格をしていた。


 俺は混乱しながら彼女が話して居る様を後ろから眺め、しばらくして声をかけた。


 その直後、市街地でのテロ。目の前の母の仇が絡んでいるかもしれないと考えたが、そんな風には見えなかった。唇を噛み切る彼女の顔は、あの日の俺にとてもよく似ていたから。


 ただ戦闘姿は完全にグーバスクロの軍人。マキナヴィスの軍人は銃器に頼る事が多いが、近接戦闘を好むシーエはグーバニアンの戦い方に似ている。俺はシーエの脳にアクセスし、軍のデータベースと比較した。

 あの時、脳へのアクセスは実は成功しており、シーエが正規軍人でないのはその時点で解っていた。あの時点でほぼ100%、シーエが母を殺した犯人と断定出来たのだ。ただ、記憶喪失というのは本当みたいで……。となると、ソマージュと嘘を言ったアルビという脳みその方が怪しい。シーエが記憶を無くしたのは5年前。俺の街、ドロマイトでなくては辻褄が合わない。



 その後のズンコの件で、俺はシーエとアルビに対し、どうしたいのかますます解らなくなった。確実に母を殺した本人なのに、何故こんなに優しいのか。逆に、何故こんなに優しい女性が、俺の街を襲わなくてはならなかったのか。そういえばあの時のシーエも、泣きそうな顔をしながら住民を殺していた様な気がする。


 俺の目的は、母の仇への復讐から、シーエの観察に変わって行った。シーエという人物をより知りたい。それは自分の興味と共に、グーバニアン全体の理解につながる気がしたから。彼女の記憶に、此度の戦争の真意が隠されている気がして。


 俺は軍を辞め、傭兵になった。有用な情報が引き出せた際は、軍に提供し、戦争を終わらす助けをしようと。

 もちろん、一番良い選択はシーエ自身を“元グーバニアン”として軍に提供してしまい、徹底的に調べてもらう事だが、俺の幼くて未熟で我儘な心が、それを拒んだ。シーエといたいと、思ってしまった。


 憎む気持ちも、もちろんまだあった。だがそれと同時に、不思議とシーエを好ましく思う気持ちもあって……これは後で気が付いたのだが、どうもアルビの脳みそは俺の母親のものらしい。恐らく母の愛に似た何かを、二人から感じていたのだろう。

 まったく、どこまで行っても俺はまだ子供だな。しょうがないじゃないか。まだ成人してないんだし。



 アルビが俺の母親の脳を使っていると気が付いたのは無頭の女性との戦闘後、シーエとキャドに帰る途中の会話だ。

 シーエが話していた、左手を失った直後、目の前の生首から脳を取り出したという話。そのシチュエーションは俺が見たものと全く同じで、その脳が、アルビなんだと知った。

 その場では気が付いた事はごまかし、俺は観察、警戒対象をシーエからアルビに変更した。

 もちろん、シーエも元グーバニアンで動機を知ってそうだから、色々刺激を与えて思い出させる必要もあると考えてもいたが。



 この時点で俺がシーエに出会ってから1ヶ月強。俺はあろうことか、シーエを好きになってしまっていた。仇ではあるが、シーエには記憶が無い。そして自分と同じく、人の死を悲しみ、戦争を終わらせたいと考えてる。心の中に発生する復讐心と恋心に、俺は揺れた。


 恐らくシーエの思考が、一旦アルビを介してるのも原因だろう。シーエが俺を一目ぼれしたと言っていたが、あれは母さんの脳の影響で、恐らくは母性だ。

 お互いに親子の愛がきっかけで双方に興味を持っている。しかし今は母と子ではない。別人だ。一人の女性と、一人の男。当時17だった俺の精神は、惚れてはいけない相手に恋心を抱いてしまったわけだ。




 シーエと傭兵になってから1年くらいたった頃、俺は賭けに出た。アルビに直接聞いてみたんだ。お前らはグーバニアンだろう? と。

 これが意外とうまく行って、アルビの立ち位置もはっきりした。アルビは元グーバニアンだが今はシーエの味方で、俺の事も想ってくれてるらしい。戦争も、マキナヴィスに勝って欲しいと言っていた。本心だなと思える内容だった。

 俺もアルビは好きになってたから、敵でなくて良かった。だが結局グーバニアン全体の動機はわからずじまい。アルビ曰く、知らない方が良いと。納得は出来ないが納得するしかない。そう感じた。なぜかって? アルビは言った──



 動機を知ると、俺もシーエもグーバニアンに寝返る、と。



 気にはなる。が、気にしないで戦争を終わらせるべきだ。アルビはそう続けた。

 ならやることは戦争を止める事。アルビの情報では、あと数年でグーバニアンの攻め手は弱まるらしい。その期に乗じて敵国に渡り、首都を爆破する。これで戦争は終わると。

 敵の動機が、首都の地下にあるそうだ。何かは教えてくれなかった。ただそれが諸悪の根源だと。



 それからしばらくは自国の防衛に務めた。アルビの言う、攻め手が弱まるタイミングまで。

 シーエ達との旅路は、不謹慎だがとても楽しかった。家族を失った俺に再び家族が出来たみたいな、そんな感じがした。目の前で沢山の人が死んでるので大手を振って喜べはしないが。


 シーエは事あるごとに俺に色仕掛けをしてくる。俺だって年頃だし、その誘惑に乗ってしまいたいと何度思った事か。でも拒否した時のシーエのリアクションが面白くて、可愛くて、愛おしくて。結局ずっとそんな関係のまま来てしまった。ヤっときゃよかったかな。これは心残りかもしれん。シーエも、その思い出があった方が心が救われたのかな。



 6年間、傭兵として戦う中で、俺の復讐心は完全に無くなった。今はシーエを守りたい。好きな人を守りたい。ずっとそばにいたい。その願いは、今日ここで途切れてしまうけど……


 戦争は終わらせたいから必要な記憶は取り戻してほしいが、でもそうしたらシーエは苦しむだろう。それは嫌だなと思う。

 結果的に、俺の母を殺した事は知ってしまったみたいだが、全ての記憶を取り戻した様ではなくて良かった。願わくば、母を殺した事に責任を感じて欲しく無いな。それは記憶を失う前の、シーエでは無いシーエの仕業だから。……アイツの性格上、無理だろうけど。


 アルビ曰く、動機を知ったら地獄の日々が待ってるそうだ。シーエには幸せになってもらいたいから、動機は知らずに余生を過ごしてほしいな。……今から死ぬ俺は、何でグーバニアン達があんなに苦しんでるのか、気にはなるけどさ。



 俺がいなくなることでシーエは悲しむだろう。ごめんな。生きて傍にいてやれなくて。でももし、天国があったら、俺はずっと、お前の事を見守ってるから。

 だから、幸せになってくれ。最愛の人。母を殺されて地獄の日々だった俺に、笑顔を取り戻させてくれた人。まあ殺した張本人だけど、そんなことも、出来たら気にせずいて欲しい。シーエには、難しい話だろうけどな。



 だから、あとは頼むぞ。アルビ。お前は常にシーエと俺を想って、陰で支えててくれたな。辛い役目を今後も頼むことになるけど、よろしくな。

 あ、あときのうシーエに見せてもらったお前の裸、あれはかなりエロかった。天国にアルビが来たらからかってやろう。昨日は照れちまって黙ってしまったが。


 シーエもアルビも、大罪を犯した人間だ。でもシーエは記憶喪失だし、アルビはずっと俺らの幸せを考えてくれてる、優しい心の持ち主だ。神様も、恩赦をくれるんじゃないだろうか。つーか俺が寂しいから、二人が死んだら天国に来れる様、神様を無理やり説得してやる。地獄に落としやがったら許さねぇ。



 ふう。もうすぐ意識が途切れる。俺を呼ぶシーエの声がする。最愛の人の声が。

 彼女の腕に抱えられ、彼女の声を聴きながら、死を迎える。

 俺はなんて幸せ者なんだろう。そう、思って……



 願わくば、シーエが幸せでありますように……。



 かすかに残る視界に、シーエの泣き顔が見える。笑ってる方が俺は好きだけど、泣き顔も、綺麗だな……ああ、とても、綺麗………俺はその泣き顔に見惚れて……


......

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 エムジ・クド。彼の23年の短い生涯は、こうして終わりを告げた。


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