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第三章 05話『大切な記憶』

 エムジの昇葬が終わった。設置した場所が丘だったのが関係したのか、自然豊富なこの土地では以前ズンコの昇葬をした際よりも腐敗の進行が早く、エムジの魂は天に昇った。湿気等の影響だろう。



 なのに──



 ウチは、この地から動けずに、いた。


「ごめんね。アルビ。アルビに「戦争に参加する!」とか大口叩いておいて、こんな有様で」


「いいんだよ。シーエはシーエのしたい様にして。だって、今日が最後でしょ」


「うん……」


「大事にしてあげなさい。エムジちゃんの記憶。そうすれば彼の魂だってうかばれるわよ」


 明日。ウチの中にある最後のエムジの記憶が消える。エムジがかけてくれた優しい言葉、好きだという思い、幸せになってくれという願い、その全てが。


 ウチはアルビとバニ様に寄り添い、最後の夜を、一睡もしないで過ごした。



   * * *



 翌日。案の定、ウチはエムジの記憶を全てを忘れてしまった。


「あぁ」


 優しい言葉も、想いも、願いも、エムジの声も、容姿も、最期の姿も何もかも。……残ったのは、エムジへの想いだけ。


「あああああああ!!!」


 魂が叫んでいる。叫んで叫んで叫びすぎて、血を流している。ズンコの時は想いを覚えていた事に感激していたらしい。でも今回は、エムジへの想いは残ると知っていたから、だから……


「エムジ、エムジエムジエムジエムジ!!!!!」


 どれだけ彼の名を呼んでも、彼の像がつかめない。どんな姿だったかわからない。どんな声だったか分からない。

 と、共に──


「ズンコ……」


 彼女の容姿も、声も、ウチは忘れてしまった。ズンコの思い出を教えてくれてたのは、エムジだったから。


 もういない。もう会えない。記憶の中でさえ、二人にはもう会えない。思い出すことが出来ない。永遠に、ウチが生きている限り永久に、もう、二人の事は……



 何とかなると思ってた。想いは残るから。エムジとズンコの記憶を失っても、前に進めると。前に進むことが、彼らへの弔いになると。だからしっかり自分の足で立って、生きてるんだぞって、元気だぞって二人に見せてあげようと。



 でも、もうこれは……



「シーエちゃん、落ち着いて。一旦息を止めて。過呼吸になってるわ」


「シーエ! 大丈夫。大丈夫だから!! ボクがそばにいるから!!」


 何故アルビは大丈夫なのだろうか。アルビだって一緒に記憶を失ったはずなのに。二人の事が大事じゃないのか。

 いや、違う。アルビの方が大人なだけだ。ウチの心配を、まだ生きてるウチの心配をしている。自分の悲しみは置いておいて。それなのにウチは、自分の悲しみばかり優先させて……


「ごめん……アルビ……大丈夫。大丈夫だから……」


 ウチはゆっくりと立ち上がる。


「シーエ……?」


 ウチを見上げたアルビが固まる。たぶん今のウチの顔は、凄い形相になっているんだろう。



 グーバニアンが、憎い。



 憎い憎い憎い憎い憎い!!



 奴らのせいで、エムジは死んだ、ズンコは死んだ! ウチが奴らだったせいで、多くの人を悲しませた!! ウチが奴らだったせいで、橙子もセロルもウチを探してしまって、結果大好きな二人が死ぬきっかけを作ってしまった。


 グーバニアンが憎い。憎い。憎い。憎い。ウチが、自分自身が憎い。


 昨日までは湧き出てこなかった怒りだった。昨日までは彼らの事も哀れだと感じていた。どうしようもない動機に汚染され、悲しみを振り撒く存在だったから。

 でも、だからどうした。動機があるからなんだ。その結果、ウチは大好きな人を二人も亡くした!! ウチの行動が、他のグーバニアンの行動が、世界各地でもっと多くの悲しみを生み出している。ウチ以上に多くの大切な人を失った人もいるだろう。ウチが殺した人の親族だっているだろう。今も軍用ネットには、各地からの救援要請が絶えず入ってきてる。奴らはどこまで悲しみを広げれば気が済むんだ。


 ウチは怒りを糧に、立ち上がった。もうそうしないと、ここから一歩も動けない気がしたから。エムジやズンコの望む幸せではないだろう。アルビやバニ様が望む生き方では無いだろう。でも、この怒りを糧にしないと、ウチは前に進めない。


 そもそも、もう幸せになりたいと思えなくなってる。元々思えてなかったが、幸せにならなくてはという思いはズンコの死後ずっと持っていた。先日のバニ様との会話でも、自分の幸せを探しながら死者を想う、難しいけどチャレンジしてみようと思えてた。でも今は、それすらも、消えてしまって。


 ウチは人殺しの化け物で、そのせいで大切な人を沢山失って、人から大切な人を沢山奪って。そんなクソ野郎に、幸せになる資格なんて……。



「アルビ、バニ様、出発しよう。ここから1時間もかからない所で救援要請が来てる。バニ様はウチにおぶさってくれれば一緒に行ける。戦闘が苦手なら後で合流でもいい」


「シーエ、そんな急に」


「少しでも多くの人を助けたいんだ」



 嘘ではない。でも本心は、少しでも多くのグーバニアンを殺したい。殺したい。殺したい。自分自身も、殺したい。



「シーエちゃん……」


 バニ様とアルビが、ウチを悲しい目で見てくる。ごめんね。二人の望み通り生きてあげられ無さそうで。でも安心して。自分自身も殺したいと思ってるけど、それはしないでおくから。アルビが悲しむから、それはしないでおくよ。たぶんバニ様も悲しむよね。好きな人を失う苦しみは、良く解ってるつもりだから。


 だから二人が死ぬまで、ウチは死なないよ。



 そうしてウチは、戦場へ向かった。



   * * *



 それから数カ月間、ウチは狂った様に戦闘に参加し続けた。以前エムジと行動してた時と違い、一切の休みも取らず。三人で傭兵をやりだした初期みたいな動きをしていた。


 そして戦闘が終わると、これまた狂った様に日記を読み漁った。エムジ、ズンコ、二人の記録を、情報を、自分の中に取り込むために。


 もう、二人の事は何一つ思い出せない。あの日から。1ヶ月経ってしまったあの日から。日記を開くことでしか二人に会えない。でも、それはただの情報でしか無くて……


 ウチは縋りつくように、エムジの意思を確認する。平和な世界を作りたいという彼の夢を。それを追ってないと、前に進むことが出来なくて。立ち止まる選択肢は無くて。それしか、ウチを動かすものは無くて。



「シーエちゃん! 一度休んで! じゃないと倒れるわよ!!」


「倒れても……良い!!」


「良くない! これはドクターストップよ! あなたに納得してもらう様に言うなら、効率が落ちるわ。沢山戦闘に参加するためにも、今は休みなさい。体だって傷だらけじゃない!」


「でも!」


「ああもう! まどろっこしいわね!!」


 バニ様から何かを打たれる。これは……注射?


「鎮静剤よ。強引で悪いけど、しばらく休んでなさい。その間に治療しておくから」


「バニ……様……」


 ウチは恨み言を言おうとしたのだろうか、それともお礼を言おうとしたのだろうか。その判断も出来ないまま、意識が途絶える。



   * * *



「ふう。酷い有様ね」


「ありがとうバニ様。でもこのままじゃ、シーエ壊れちゃう。こんなに酷くなるなんて……」


「あの時の詩絵美ちゃんにそっくり。ホントこの娘は……困った娘なんだから」



 グーバニアン二人は語り合う。傍らで死んだ様に眠る大切な友人を見ながら。



「もう、シーエが幸せになる道はないのかな……動機を知られる前に、最後の選択を、しなくちゃいけないのかな……」


「……」


 普段は明るいバニ様も、アルビの問いには答えられずにいた。



   * * *



 起き上がったウチに、アルビが聞いてきた。


「シーエ、本気で相談なんだ。こんなこと、もうやめない? 前の、エムジが亡くなった時の説得とは違う。今のシーエはあの時以上に酷い」


「日記も無いのに何でわかるんだよ」


「それは……」


 アルビは悲しそうに目線を逸らした。



「アタシの目から見ても、あなたボロボロよ? 少なくともアタシと最初に出会った日と比べるとね。あの時はエムジちゃんの記憶があったけど、記憶を無くしてからのシーエちゃんは、それはもう酷い有様よ」


「二人に酷い酷いって言われたら、乙女のハートが傷ついちゃうぜ?」


 乾いた声で言うウチに、二人はひどく悲しい顔をする。変だな。二人を悲しませたい訳じゃないのに。元気出したはずなのにな。


「シーエ、足を洗わない? エムジだってこんなシーエ、望んで無いよ!」


「エムジが?」


「そうだよ。エムジはシーエに幸せにって」


「アルビにエムジの何がわかるんだよ!! 忘れてるくせに!! お互い忘れてるのに!! エムジがどう思ってるかなんか、わかる訳無いじゃないか!! もう、会えないんだから!! 思い出すことが、出来ないんだから!!!」


 ウチは叫んでいた。ウチの事を第一に心配してくれる親友に対して、エムジが好きなはずの親友に対して。



「……ごめん。最低だ、ウチ」


 頭の中がぐちゃぐちゃだ。ついさっきまでは爆発的な怒りが支配してたのに、今は悲しみと自己嫌悪が支配してる。何でウチは、アルビに当たってるんだよ。大好きな人を傷つけてどうするんだよ。


「ボクの事は良いよ。それより話の続き。止めない? こんな生活。ボクとシーエとバニ様の3人で、ゆっくり暮らさない?」


「暮らしてどうなるんだよ……今だって、軍用ネットにはひっきりなしに救援要請が来てるんだぞ? こんな状況が何年も続けば、いつかはそのゆっくりとした暮らしだって終わるだろ?」


「それはそうね。アタシも思うわ。でもねシーエちゃん。あなたが闇雲に戦ったって、何かが解決できるわけじゃないと思うの。残酷な言い方だけど、あなたは所詮一人の人間なのよ。微妙な戦力にはなるだろうけど、ね。何かを変える力は無いわ」


 バニ様に真実を突きつけられる。知ってたよ、そんなこと。

 ウチが一人であがいたとしても、状況はどんどん悪くなる一方だ。グーバニアンの攻め手は止まず、国民同士のテロも増えている。どうすればいいのか、突破口が見えない。

 動機の件も、汚染される人間とされない人間の比較は危険だとアルビに言われた。一か八か動機を探るのももはやアリかと思い始めているが、二人からは断固反対されている。二人を悲しい目には合わせたくない。



(こうやってウチの身を心配させておいて、何考えてんだかって話だけどな……)



 じゃあどうすればいいのかなんて、ウチには解らないけど。



「シーエが言ってる事はボクも理解してる。その上で誘ってるんだ。世界が終わるまで、一緒にゆっくり暮らさない? シーエ一人が奮闘しても状況は変わらない。なら、終末を一緒に、穏やかに過ごすのも悪く無いとボクは思うんだ」


 アルビは悲しそうな顔で言った。そうか。全て知っててウチを戦闘から遠ざけてるのか。優しいな。アルビは。でも……



「とりあえず、近くで救援要請があるから、行くよ。今ウチを動かしてるのは、グーバニアンへの憎しみと、エムジの意思を継ぐ事のみだけど……一人でも悲しい思いをする人が減って欲しいってのは、嘘じゃないんだ。近くに助けられる命があるなら、行きたい」


 これは本当に嘘ではなかった。軍用ネットを通じて入ってくる救援要請。その度に、人が死んでいる。取り残される人が増えている。ウチや、ウチ以上の苦しみを心に秘めた人が、どんどん生まれていく。それは、嫌なんだ。誰にも悲しんで欲しくないんだ。



「……わかったわ。ついてく。でも医者として、限界が来そうになったらストップをかけさせてもらうからね」


「ボクもついてく。でも説得を止める気は、無いから」


「……わかった。とりあえず近くの命を救わせてくれ」


 その命を大事と思う、残される人を救わせてくれ。




 ウチはまた走り出した。



   * * *



 戦闘が終わり、バニ様がシーエを治療してる際、アルビは木陰に隠れて独り言をつぶやいていた。




「うん。やっぱり、難しいみたいだよ。シーエを戦争から離脱させるのは。ていうか……」


「そう。例え戦争から離脱させても、シーエは今のままでは幸せにはなれない」


「それはボクも思うけど、中々難しいと思う。シーエは、詩絵美は昔から固執するところがあるから。知ってるでしょ?」


「喧嘩しないで。……ともかく、もう少し頑張ってみるよ。幸い動機は隠せてる。あと少し、見守ってみる」


「それはごめんね。ボクの力不足だ。説得力が無くて……。ダメな場合は、最後の手段を検討するよ」


「そうだね。ボクもそう思う……。でも、最後の手段にシーエの意思は関係無い。ボクの中にはシーエの人格も入ってるんだ。あの体はただ思念で動いてるだけ。抜け殻だよ。ボクが行動を起こせば、出来る」


「ボクもそう思うよ。だから最終手段。もうちょっと、もうちょっと説得してみる。ごめんね。うまくいかなくて」


「ありがとう。そう言ってくれて。じゃあ、そろそろシーエが帰ってくるから、切るね」




 アルビは寂しそうな顔をしながら、独り言を終えた。


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