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第三章 06話『広まる汚染』

 それからもウチはバニ様とアルビの望みを叶えることが出来ず、エムジとズンコを忘れた悲しみを紛らわすかの様に戦闘に明け暮れていた。

 ……エムジを忘れた日から、既に1年。


 最近は特にアルビと対立することが増えてしまった。アルビからやめよう、エムジは望んでないと言われる度に、逆上してしまって……。本当はアルビも傷つけたくないのに、アルビにも幸せになってほしいのに、大好きなのに、ウチは声を荒げてしまう。



「もうやめようよシーエ。エムジはこんな事望んでないよ!」


 戦闘が終わった市街地でアルビの声が響く。手遅れだった。駆け付けた時にはもう、グーバニアンに全員殺されてしまっていて……。

 ウチは残存する狂兵士共を殺害してから、アルビと会話をする。無駄に清々しい昼の日差しが、むなしさを加速させる。


「アルビに何がわかるんだ! いくらエムジのお母さんの脳だからって!」


 バニ様がいない間に、またウチとアルビは口論になっていた。本当はこんな口論、したくないのに……。


「エムジが言ってたじゃないか! 最期に! 何も気にせず幸せになって欲しいって!」


「幸せ? 幸せってなんだよ! エムジのいない世界で、エムジを思い出せない状況で、幸せなんて……。それにウチは人殺しの化け物で、今まで沢山の無実の人を殺して! 今更そんなウチに幸せになる資格なんて」


 自分が幸せになる資格がない。これはあの日、エムジの記憶を忘れた日に、自分すら憎んだ時から抱いていた感情らしい。でもみんなに幸せを望まれていたから、今まで口には出さなかった。でも今日は、つい口を滑らせてしまって……。


「資格とかの話をしてるんじゃないんだよ! ボクとエムジの気持ちだよ! どんな過去があろうと、大切な人には幸せになって欲しい、そういうものでしょ!? エムジもそう言ってたでしょ!」


「……」


「わかるでしょ!? シーエが逆の立場なら、そう思うでしょ!!」


「どう、したらいいんだよ……」


「今すぐ戦争から足を洗って、普通の生活に戻るんだよ。もう、あと少しで世界は崩壊するかもしれない。でもそれまで、少しの間でいいから、ゆっくり過ごそうよ。」


「普通の生活……」


「そうだよ! シーエのしたいことをしたら良い。変態的な仕事だって、ボク反対しないから。シーエの好きに生きたらいいんだ!」


「ウチの……したいこと……」


「そう! そうだよ!」




 ウチの、したいこと。そんなの、そんなの……




「…エムジと、ズンコと、皆と一緒にいたい」




これ以外に、ある訳がない。ウチは絞り出すようにか細い声で呟いた。




「みんなで、特に何もしなくていいから、ゆっくりと暮らしたい。ウチやズンコがバカ言って、エムジとアルビがつっこんでくれて、バニ様が引っ掻き回して、ウチは酷いって言いながら笑って……」


「……」


「でもそれはもう、叶わないじゃないか。2人には、永遠に会えないじゃないか」


「そんなこと、ない……」


「あの世か? 天国か? そんな不確かなもの、信じたいけど、信じきれないよ……。心のどこかで、無いかもしれないって不安に、押しつぶされそうだ」


 あってくれたらどれだけいいだろうか。あの世があるって確証が得られたら、また会えるって信じられたら、どれだけ楽にこの世をやり過ごせるだろうか。希望を持って生きる事が出来るだろうか。


「……」


「だから、今したい事と言えば、正直言うと、死にたい。天国があるなら2人に会えるし、無いなら2人と同じ無になれる。消えたいよ。ウチは」


「そんなの……」


「ダメだって言うんだろ? 分かってるよ。アルビもバニ様も悲しむしね。それに自殺したら地獄行きだしな。全く、宗教ってヤツは酷いな」


 どこの国の宗教観でも、自殺は地獄行きだ。ま、自殺しなくてもどの道地獄行きだろうけどな、ウチは。記憶に無いとはいえ沢山の人を殺したわけだし。


「……」


「死にたいけと死ねない。普通の暮らしも出来ない。なら少しでも悲しむ人を減らしたい。だからウチはエムジの意思を引き継ぐ」


 そう。そうするしか、今ウチは存在することが出来ないんだよ。

 そんな風に考えていた中、アルビから衝撃の一言が放たれる。




「いや、いいよ。死んでも」




 え? 今アルビ、なんて?




「シーエが死にたいなら、それも有りだと思う。ボクも、バニ様も、後を追ってあげる」


「待て、待て待て待て!! 何でそうなる! ウチは! ウチはこれまで、アルビに生きていて欲しいて言われたから、頑張って生きてるのに!」


「シーエが望むなら、それに付き合う覚悟もボクにはある。そういう事だよ」


「そんな……」


 ウチは足元がガラガラと崩れ去る感覚を味わっていた。ウチが生きてないと悲しむ人がいる。だから生きてたのに、そこが無くなってしまったら……本気で、ウチは、自殺を……


 でも、でもダメだ。ウチが死んだらアルビもバニ様も後を追うと言ってた。それはダメだ。二人の事は大好きだ。これ以上好きな人を殺すわけには……



 そんな葛藤に苛まれていた際、ウチは異常を感知する。


「……あれ?」


「どうしたの?」


「いや……あれ、変だな……軍用ネットにアクセスできない」


「え……」


 アルビも驚いている。ついさっきまで、救援要請が至る所から来ていたのに、今はうんともすんとも言わない。

 ウチの脳の故障だろうか? 元々ウチの脳は壊れていたし……。健康な脳のバニ様はいるけど、ヤツは軍用ネットへのアクセス権を持ってないし。



 ウチは先ほどまで戦ってた戦場に戻り、事後処理をしている軍人に話しかけた。


「すみません。さっきまで一緒に戦闘していた傭兵なんですが……軍用ネットって今どうなってます?」


「君もか! 俺らも、繋がらなくて混乱してたんだよ」


「それどころかサーバーが置かれてる基地付近の仲間とも連絡がとれない。いやとれてはいるんだが、何かトラブルなのか、支離滅裂な事言ってんだよな」


 軍人も繋がらない。一時的な障害か、それとも軍用ネット自体に何か問題が発生したか。通常のネットは生きてる。軍人の言うトラブルや支離滅裂な内容も気になる。


 軍用ネットは一般の連結脳サーバーを介して、軍人と一部の傭兵だけがアクセスできるネットワークだ。その根本となるサーバーは、主要な基地にそれぞれ設置されていて、どこか数ヶ所が破壊されても機能する設計になってたはずだ。そこに問題が発生したとなると、グーバニアンによる大規模同時攻撃でも起きたのだろうか。


 どこか一つ、大きな基地を確認しに行かないと……。


「すみません。軍用の連結脳サーバーが設置されてる基地で、ここから一番近いのはどこですか?」


「ここからだと……マヤだ。あの地域にある基地が一番近い。基地内にサーバーもある」


「有り難うございます。ちょっとウチ、その確認に行ってきます」


「助かる。何か分かったら教えてくれ。君のその足なら数時間だろう。俺らはまず自分が所属してる駐屯基地に戻って状況確認しなきゃならない。そこには軍用サーバーは無いから、何か解ったら情報をくれると助かる」


「かしこまりました。お疲れ様です。行ってきます」


 アルビとの口論も途中だったが、まずは目先の問題だ。何かが起きている可能性が高い。


「シーエちゃん! どうしたの?」


 戦闘区域外で待機してたバニ様とも合流する。鋼の車輪を回転させ、立ち止まる事なくバニ様を回収。そのままとりあえずウチは事の顛末を共有し、マヤ方面にある軍事基地へ行くことにした。二人ともこれには賛成してくれた。


(何が、おきてる……?)



 ウチはとても、嫌な予感がしていた。



   * * *



 数時間、バニ様をおぶさりながら疾走し、マヤの基地まで来たウチら。基地は閉ざされており、門の前には二人の軍人が並んで立っていた。搬入出の扉だろうか? 正規エントランスではない所にたどり着いた様だ。


 バニ様には影に隠れておいてもらって、とりあえずウチは、そこに立っていた軍人さんに話しかけた。バニ様はどう見てもグーバニアンだから見つかったらヤバイ。いつも軍人と接触する時は隠れてもらってる。ヤツが顔を思念魔術でごまかせるとしても、軍人相手には効かない可能性もあるし。


「すみません。傭兵をしているシーエ・イーヴァイという者です。軍用ネットの不調について質問が有って来たのですが……」


「あぁ……」


 軍人さんは納得したようなリアクションをして、何かの準備をしている。内部への通信をしてるのだろうか。いくら軍に協力的な傭兵と言えど、軍の基地内部には簡単には入れない。軍用ネットの状態に関しても、緊急性が高い場合はもしかしたら部外秘の可能性もある。


 なお先ほど名乗ったイーヴァイというウチの苗字。12年前に記憶を無くした際、苗字が無いと不便だからとアルビがつけてくれたものだ。今思うと元の苗字の石灰いしばいをもじったものだったんだな。石灰詩絵美いしばいしえみ、それがウチの本名だった。アルビの「クラーカ」という苗字も、グーバスクロの元の苗字をもじったものなのだろうか。


 そんな事を考えながら軍人さんの出方を待っていたら──



「……っ!?」


 いきなり重火器による攻撃を受けた。何だ!? いったい!? と、同時に。


「シーエちゃん!!」


 バニ様の声が聞こえた直後、ウチの全ての聴覚が遮断された。何だ!? 何が起きてる!!?


『シーエちゃん聞いて! 不味いわ!』


 バニ様からの思念通信。ウチは軍人二人に応戦しながら答える。


『何がだ!? つかウチの耳どうなった!?』


『聴覚を遮断したのはアタシよ! 安心して一時的なものだから。あたしと亜瑠美ちゃん以外の思念もブロックしたわ!』


『何でだ! 何が起きてる!?』


『動機に、汚染されてる……』


 アルビから通信が入る。動機……!?


『奴等、シーエちゃんに対して動機を叫びながら攻撃してるわ!! 早く逃げて!』


 それでウチの聴覚と思念の介入をブロックしたのか。ウチは嫌な予感がして、前方に高く飛び跳ね基地の塀の上に乗る。そこに広がっていたのは──



「な!?」




 軍人同士が殺し合う姿だった。




『動機が、この基地に蔓延したんだ』


「アルビ、それってつまり……」


『この基地だけじゃない。たぶん他の基地にも……だから軍用ネットが使えなくなって……』


「糞が!」


 ウチは悪態をついて塀から飛び降りる。基地内の軍人が何人かウチに気が付き、こっちに戻ってくる。


 恐らく基地内の戦闘は、動機に汚染された組とそうでない組によるものなのだろう。門番は汚染された組。恐らくこちらに向かって来た軍人も……


『逃げるぞ! アルビ、バニ様!!』


『うん!』


『わかったわ!』



 ウチは一目散にその場から退散した。幸い軍人は基地内の戦闘に重きを置いてるみたいで、ウチの事は追ってこなかった。ウチが足の速いパーツを装備していたのも運が良かったのだろう。



「はぁ、はぁ、はぁ。クソ! どうなってやがる!!」


 バニ様からのブロックも解かれ、ウチは通常の聴覚を取り戻した。


「危なかったわ。アタシは兵士じゃないから、魔力あんまり高くないし……あの軍人二人、ずっとシーエちゃんの思念ブロック解除を試みてたから、もう少し戦闘が長引いてたらシーエちゃんも動機に汚染されてたわ……」


「それは、サンキューな。バニ様」


 しかしどういうことだ。軍隊が動機に汚染されるなんて。



「動機を、流布して回ってるグーバニアンがいるんだ」


 アルビから衝撃の事実を聞かされる。なんだって!?


「動機に汚染されそうな人間を見つけて、動機を教える。そうするとその人はもう元には戻れない。グーバニアンと同じく、人を殺すことを目的に生きる様になる」


「ゾンビ、みたいだな……」


 ホラー映画の定番。感染するともう終わり。どんどん感染者を増やしていく。ウチは知識でしか知らないが。


「両国内で発生してる、自国民同志のテロ、あれも動機を知った国民が起こしたものよ」


 なるほど。ウチの以前の読みは当たってたか……。しかし、動機を流布するグーバニアン、やっかいすぎるな……。


 しかしそうなると疑問も出てくる。ウィルスみたいな動機だとアルビは言った。もっと大々的に広めるか、広められたマキナヴィス人がさらに広めると言ったケースはないのだろうか? 先ほどの軍人はウチに動機を教えようとして来た訳だし、グーバニアンもそうしない理由は……? 今まで戦ったグーバニアンは皆口を閉ざしていた。動機を伝えるだけで軍用ネットまで支障をきたせるのなら、ガンガン流布した方が得策に思うが……。

 ただまずは、目先の問題だ。軍の問題を議論したい。


「ウチは汚染される人間とそうでない人間の区別はつかないが、さっき基地内を見たらだいたい半々くらいの割合で殺し合いをしてた。軍人でも、そんなもんなのか」


「ボクはこの国の軍隊に詳しく無いけど、さっきの結果を見る限り、そうなんだろうね……。たぶん、流布型グーバニアンが動機を流したんだよ」


「グーバニアンにとってもマキナヴィスの軍人は邪魔でしょうからね。特に軍用ネットは潰したかったはずよ」


「何故このタイミングなんだ? やるならもっと早く広めておけば……。動機に耐性があろうと、とりあえず知らせておけばいいんじゃないか? 何故もっと大々的に流布しない?」


 ウチはさっき感じた疑問もぶつけてみる。


「タイミングの件はわからないけど、動機は彼らの弱点でもあるんだよ……動機を知った上で、汚染されない軍人が沢山いたら、グーバニアンだってまずい。それに、広める方もつらいんだ。知ったら、その人には地獄が待ってるから。心を鬼にして、広めてるはずだよ」


「なるほど……」


 軍隊に対しての動機の流布。結果は軍内の同士討ちと軍用ネットの破壊という敵にとって最高の結果を生み出した。

 動機を大々的に流布しないのは、耐性のある軍人が増えたら困るのと、単に良心の呵責によるもの。教えられたマキナヴィス人が流布しないのも同じ理由だろうか。

 ただ戦術上、特に軍は潰しておきたいから、軍人には流布をしたと……。


 しかし、何故このタイミングなんだ。何故今までは流布せず、今したのだ。軍隊を壊滅させたいのなら早い方が良いに決まってる。今と昔で、何かが違うのか? 軍人の特徴が変わったとか……

 流布型グーバニアンは耐性が低い人間を狙って動機を教えているとバニ様は言っていた……。考えろ。何かあるはずだ。



 ……

 ……

 ……あ。



 わかって、しまったかもしれない。動機に耐性の低い人間の特徴。何故今なのか。そして、ウチが確実に汚染される理由も。

 汚染されたら何故人殺しをするのか、それはまだ解らない。でも、汚染される人間の共通点は気が付いてしまった……。



「シーエ! 探らないで! 動機の事は!」


「わ、わかってる。でも、気が付いちゃって……汚染される人間の特徴に……」


「っ!」


 アルビとバニ様が渋い顔をする。でもそうなると、特徴に気づくと、なおの事疑問が絶えなくなる。何故、何故、何故……


「考えないで!!」


 アルビから強く言われる。考えない方が良い。実際その通りなんだろう。動機に汚染されると、ウチも奴等と同じに……。その先に待ってるのは地獄だと、アルビは言っていた。


 動機の内容は考えない様にしよう。でも、動機に汚染される基準はわかってしまった。




 最初の自国民同士のテロ、エムジは、実行犯は此度の戦争の被害者の遺族と言っていた。


 エムジは、大切な母親を殺された復讐のため、軍人になったと言っていた。最近はそういった理由で軍人になる人間が多いらしい。戦争開始時の軍人とは、内面が違う人間が増えたという事だ。


 ウチは詩絵美時代、夫を失った経験があるみたいだ。そして今、エムジを失い、悲しみの中にいる。



 つまり──




 大切な人を失った人間が、動機に汚染される……




 動機に関しての疑問は尽きない。そんな人間が、何故人を殺すのか。何故自分と同じような境遇の人を増やすのか。思考を乗っ取られる訳ではない。正常な判断力を持ったまま、罪の意識に苛まれながら、人を殺す。自分と同じ境遇の人間を増やし、悲しみを広げる。


 だが、考えるな。動機に関しては考えるな。汚染されたら、ウチも同じになる。そう言われている。実際グーバニアンも汚染されたマキナヴィス人も皆悲しそうな顔をしながら殺人を繰り返している。

 ウチは今、少しでも悲しみを止めたいと思ってる。そのために戦闘をしている。動機を知ったらこれが崩れる。詮索するな。


 ウチは自分に言い聞かせ、もう一つの問題へと思考をシフトする。



(……アルビは? アルビは今、どっちなんだ? 動機に汚染されてないのか?)


 アルビもウチと同じくエムジを失った。ズンコを失った。今のアルビは、どっちなんだ。




 ウチはアルビの事を直視出来ないでいた。この思考がばれて無いと良いが……。滴る冷や汗を思念魔力でごまかし、ウチはアルビを警戒していた。


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