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第三章 07話『レジスタンス』

 それから数カ月は図らずとも割と穏やかな日々が続いた。軍用ネットが使用不可になったことで、近くの戦場がどこだか解らなくなったことが原因だ。

 通常の脳連結サーバーを介したニュースは入ってくるが、どうしても軍用ネットと違い情報が遅く……終わった戦場の情報しか入ってこない。

 ウチは物理的に戦場に立ちにくくなっていた。


 不思議なもので戦闘に明け暮れる日々から強制的に開放されると、少し精神が健康になってくる。いつかバニ様が健康な精神は健康な肉体からと言ってたと、日記には書いてあったが……まさしくその通りなのだろう。


 常に優しいアルビとバニ様が側にいてくれてるのも心強い。前みたいにアルビと口論することは無くなった。


 ただ……エムジがいない寂しさは一向に消えない。消したくないからいいんだけども。


 ウチは毎日エムジとズンコの箇所の日記を、病的に読んでいた。その姿を見るたびに、アルビとバニ様の二人は悲しい顔をする。例え穏やかな日常が手に入ったとしても、皆が願ってくれた、幸せになってくれという願いは叶えられそうにない。


 第一ウチは、未だにグーバニアンと、自分の事が許せないんだ。幸せになる資格なんか無いと、考え続けてしまってる。



 ウチはもはや、歩く亡霊だった。戦場があまりないので肉体は健康だが、フラフラとたださ迷い歩く亡霊。アルビとバニ様が側にいてくれなかったら、恐らく今すぐにでも死んでしまうだろう。

 それでも、アルビとの口論が減ったこと自体は良い事なのだとは思う。ただでさえ今までウチはアルビを傷つけ続けて来たから。少しでも、それが減るなら……。



 ただ、ウチの中には常に焦りと不安が渦巻いていた。



 一つは戦争の事。軍自体が動機に汚染され、既に国内ではうまく機能しなくなってしまっている。ウチは軍用ネットも使用できないにも関わらず、何度か戦闘に立ち会う事があった。それほど治安は悪化しているのだ。中には襲ってくる敵がグーバニアンではなく、マキナヴィスの国民や軍人と言うケースもあった。

 この混沌はどこまで広がるんだ……。エムジの望んだ、誰も悲しまない世界はもう作れないのか。


 もう一つがアルビの事。相変わらずアルビは優しく、ウチの味方だ。たぶんそれは真実なんだろう。しかし、動機の件が……あれ以来ずっと引っかかっている。

 アルビは汚染されていないのか。条件は整ってるのに……。汚染されていないとしたら何故。また、もし汚染されていたとして……その場合はウチの味方でい続けるのはなぜか。どちらだとしても不可解だ。


 折角ヒマなんだ。アルビに関しての推察を進めようか。

 過去に接触した汚染されたグーバニアンに関して、ウチの日記には「彼らは人殺しはしていたが特に気が狂ってる訳でもなく、皆から優しさを感じた」と記載してある。特に橙子と、その後に戦ったグーバニアンからは。

 奴らが何故人殺しをしているのかは、未だに解らない。優しい心を持つ人間が、何故。ただ、今は動機自体は良い。問題はこの“優しい心を持つ人間が”という点なのだ。それは、アルビも同じだから。


 橙子はウチを探すため、他の兵士と違い戦場を離脱することが多かったと言う。多くの狂兵士と呼ばれるグーバニアンがマキナヴィス軍人に対し自殺まがいの特攻を仕掛けてくるのに対し、ウチを探すという目的があった橙子はそれをしなかった。

 またウチが記憶を無くす前の詩絵美も、死に逃げずにエムジの母親の脳に人格をコピーするという荒業をやってのけてまで生きようとした。

 つまりグーバニアンは、目的さえあれば動機に汚染されてても他とは違う行動がとれるのだ。

 アルビはウチを第一に考えていると言っていた。それは正しいのだろう。その上で、動機に汚染されていたら……? もし、戦争を終わらすヒントや条件が、ウチの手の届く範囲にあっても、それを隠していたとしたら……。


 疑い出したらきりがない。結局この思考に答えは出ない訳だから、出来るだけ考えない様にしたいが……。



 そんな折──



 ザ、ザザザ……



 ネットのニュースに雑音が入る。何だこれ?


「あら?」


 バニ様も立ち止まり耳を傾けている。背中を見るとアルビも似た様なリアクションだ。まさか通常ネットまで破壊されたか。いや、他の通信機能等は普通に使えてるから、ニュースのみ異常をきたしているのだろう。

 眼前には広がる廃墟。さっき出来たばかりの廃墟。通常ニュースを頼りに飛んで来てみたが、やはり戦闘は終わっていた。汚染された者による、一方的な虐殺によって……。ニュースまで異常をきたしたらこういった状況確認すら出来なくなるな。

 場違いなほどさわやかな風と太陽の光が、佇む三人を包み込む。


 なお、元々グーバスクロ人であるウチら三人が当たり前の様にマキナヴィスのネットを使えてる状況だが、これはあくまでその連結脳サーバーの範囲内にいるかどうかだけが影響している。脳を登録したり、国民登録している人間かどうか判別したりは特にしていない様だ。戦争前はそれこそ二大国もそれ以外の小国も交易や通信が盛んで、そういったセキュリティは設けられていなかったのだろう。だからウチは自分が元グーバニアンだとも気がつかなった訳だ。

 現在はマキナヴィスとグーバスクロのどちらかに小国も付くという形で、世界大戦が勃発している。そのため両国のネット通信は遮断されているが……土地にいさえすれば、ネットを使う事が出来る。それは攻めてきてるグーバニアンも同じ条件のはずだ。



 ザザザ、ザザザザ……



 ニュースは先ほどから雑音を出しているが、だんだんとそれが意味のある声に近づいてくる。



 ザザ……あ──聞こえ──みなの──



 声が聞こえてくる。ウチらはその声に注目して──



『あ、あ。よし。うまくジャック出来たわね。ニュースをご覧の皆、混乱をさせて申し訳ない。私は御劔 景織子みつるぎ きょうこという者。レジスタンスの、マキナヴィス担当リーダーを務めさせてもらってる者よ』


 連結脳サーバーのニュース回線から、聞いたことのない女性の声が聞こえてくる。……レジスタンス? サーバーをジャックしたと言っていたが……



『これは此度の戦争に関わる、重要な通信よ。普通に全国民に通信しても繋がるのだけど、最近は治安も悪いし多くの通信が遮断されてしまうから……。ニュースをジャックさせてもらったわ。重要度が高に設定されているこのチャンネルなら、無視する人はいないでしょう?』


 なるほど。それでサーバーのジャックを。しかし重要な通信とは……?



『戦争を終わらせたい軍人、傭兵、戦う意思のある一般人へ。聞きなさい。我々はレジスタンス。グーバスクロとマキナヴィスの連合軍。戦争を終わらせるために、動機に侵された連中に抵抗する勢力よ』


(連合軍!?)


 衝撃の内容だった。隣を見るとバニ様も似たような表情をして驚いている。



『現に私は、グーバスクロ人よ。私の補佐を務めてくれてるのは、マキナヴィス人であるラロ。今はそう、非常事態ね。既にお互いの国でいがみ合ってるフェースは、とっくに終了しているの』


 御劔と名乗った女性は続ける。



『奴らグーバニアンの目的は、人類の全滅よ。このままではもう数十年でその目的は達成される。……その前にあと数年で両国の社会システムが機能しなくなるわね。このままほって置いたら確実に人類全滅まで行く。だから一か八か協力して賭けをしなくてはいけない』


 人類の……全滅!?


 とんでも無いグーバニアンの目的に、ウチは言葉を失う。何だって、そんな……



『何で人類滅亡なんてしようとしてるのか、気になった人もいるわね。でも……気にするな。奴らの動機に触れるな。何故人類滅亡を目指しているのかは考えるな。あれは、毒よ。ウィルスの様なもの。知ってしまったら、感染したら寝返る可能性がある。奴らの動機について詮索するのはよしなさい』


 アルビと同じ主張を、御劔はしていく。つまり、この人は……。



『私は動機を知っても寝返らなかった。そしてグーバニアンを騙し、奴らの味方のフリをし、こちらの国にやってきた。グーバスクロにも私の仲間がいて、今仲間を募っているわ』


 やはり、動機を聞いても寝返らない人間……。親しい人を、亡くしてないのか?



『動機を聞いても寝返らなかった人間、私の他にもいるでしょう? 後は動機を知らずに戦争を止めたいと思ってる人間も。動機を知らない人に忠告よ。あの動機は、大切な人を失った経験がある人間にこそ深く刺さる。自分にその自覚があるなら、なおの事動機の詮索はよしなさい。そこには、地獄が待ってるわ。そして私と同じく、失った経験を持ちつつも動機に屈さなかった人間。あなた達の力が必要よ』


 失っているのに、屈さない人間がいるのか!? だとしたら、ウチは、詩絵美は……ただ心が弱く、動機に負けたという事なのか……



『この放送は動機に屈してしまったマキナヴィス人、攻め込んできているグーバニアンにも届いてるはずよね。もう一度考え直しなさい。あなた達がしていることは正しいのか。いや、正しくないと自覚はしてるのでしょうね。それでも止まらない。止められない。それが動機に屈した人間の性質だもの。でも、自分で考える脳は残っているはずよ。本当に、それでいいの? 人間を全滅させて、人のいない星を作って、良いのかしら? 人間は、人は、生きている姿こそが正しいものでしょう? 出会いと別れを繰り返し、前に進んでいく。人の正しさを、これ以上奪わないで』


 御劔は汚染されている人間にも語り掛ける。



『話題が逸れたわね。本題はこれからよ。実はあと数年で、グーバニアンの攻め手は止むわ。今や両国共に自国民同志の殺し合いが盛んで、最近はグーバニアンの攻め手が若干弱まって来ている。これが進めば、グーバニアンは攻めてこなくなる。彼らの目的は人類滅亡だから……。この国の者同士で、勝手に殺し合いをするなら攻める理由がなくなる。そこが好機よ。その隙にグーバスクロの首都地下を爆破する。そうすれば戦争は終わる。世界は正しい姿に戻る』


「な!?」


 そんな、簡単な方法で……?

 いや、実際問題簡単ではない。まず現状国内は防戦一方で、敵国に渡る事すら難しい。しかし通信の通り、敵の攻め手が弱まるなら……。自国民同志のテロは脅威ではあるが、しょせん大半が一般人だ。特に傭兵や汚染されてない軍人には脅威にならない。


 グーバスクロに渡り、首都の地下を爆破する。それだけで戦争が終わるのか? 何でそれだけで……



『動機を知りつつ耐性がある人間は少ない。今までそういった人間は勝手に首都に行き、返討ちに合っている。今は突撃するな。機を待ちなさい。協力して、戦うのよ』


『何故首都の地下を爆破すれば戦争は終わるのか、疑問はあるでしょう。しかし、詮索はしないで。動機に汚染されるわ。動機を知ってもなお汚染されてない私と似た様な存在は、この意味が分かるでしょう。今こそ手を取り合うべきよ。協力して、一か八かの大戦闘を。それがなされなければ、人類に勝ち目はないわ』


 御劔は続ける。



『敵の攻め手がやんだ時が好機よ。一気に海を渡り、決着をつける。グーバスクロでも同じ様に準備が進んでいる』


『今は集結するな。各戸、海を渡れ。今集まれば、グーバニアン側の人間にやられる。集結するのはグーバスクロに上陸してからだ。この通信はマキナヴィス内にのみ配信しているが、もちろんこの国にいる敵側にも伝わっている。とにかく動機に関わらず、生きる事を優先してちょうだい。恐らく、この通信の後、敵は動機を積極的に伝えに来るはずよ。敵と合ったら思念をブロックしなさい。動機を知らずに、戦争を止めたいと思ってる人間は、絶対に動機を知ってはいけない』


 レジスタンス、御劔と名乗った女性の演説は、一旦終わる。内容は衝撃の連続だったが、得られたものは大きい。


 まず敵の目的。動機は不明だが、到達する目的は判明した。まさか人類滅亡とは……でもこれで、奴らの狂兵士ぶりに納得がいく。しかもその上で、殺す事を苦痛と感じているなら、奴らが自殺を目指して軍人に特攻してくるのも理由がわかる。


 次に戦争解決の糸口。というか人類滅亡が目的ならもはやこれは戦争ではないが……まぁ今まで戦争だと思ってたし、今後も解り安さ重視で戦争という言葉は使われるだろう。

 ともかく、ジャックされた放送なのでそもそも正しい情報なのか不明だが、全く先の見えなかった戦争解決への糸口が見えただけでも希望につながる。エムジの願いを、叶える事が出来るかもしれない。

 敵の罠の可能性も捨てきれないが、どの道このままでは放送の通り自国民同志で殺し合いをし、近いうちに国は亡ぶ。罠なら罠で、そこに賭けてみる価値はある様に思えた。

 もちろん通信内でも言われてた通り、敵側も先の通信は聞いてる訳だから首都の下? は警戒するだろうし、攻め手が止んだ際に海を渡ろうとするマキナヴィス側の人間を待ち伏せしたりはしそうだが……何の情報も無いまなフラフラしてるよりかは状況が好転したように感じた。



 そう希望を宿した目で隣を見たら、バニ様が凄い真剣な顔をしていた。怖い、表情を。



「バニ、様?」


 バニ様はウチをちらりと見るものの、そのまま無視してアルビの方を向いた。アルビも真剣な顔でバニ様を見つめている。無言……いや違う。これは思念魔術だ! ウチにばれない様に、何かを通信している。


「バ、バニ様、アルビ! 何を話してるんだ! おい!」



 ウチの声を無視して何かを確認し合ってる二人。

 そしてバニ様は真剣な顔で目をつぶり、見開いた。その、直後──



『ちぃぃぃぃ!! やられた!! 糞が!!』


 先ほどの御劔と名乗った女性が焦った声を通信に乗せて来た。何事だろうか。



『まさかここまで素早く動かれるとは……やられたわ。ここまでの事が出来るとは……まさか裸繁、お前がいるのか? この国に』


 裸繁……バニ様の本名!?



『今、敵からの通信があったわ。ニュースを介して一部の人間だけに。今の通信で、この国の半数以上は敵側に寝返るか自殺する可能性が出た。動機に汚染される可能性がある人物に、ニュースチャンネルを介して一気に動機を伝えやがった。私の、動機を知らなかった部下も一部やられたわ……。激減するぞ。この国の人口は。もう、この国は崩壊する。こんな芸当が出来る人物は限られてる。脳に、サーバーに飛び切り詳しい学者……裸繁、お前もこちらに来ていたのね……』


「な!?」


 信じられない。国が一気に汚染!? どうなってる! どうなってる!!?

 それに、動機に汚染させる可能性がある人間にのみニュース通信が入ったと御劔は言っていた。ウチには、来ていない。意図的に、ウチに教えなかったとしか……。



『ただ逆に敵の攻め手はすぐにも終わる。もう敵が攻めてくる必要は無くなった。だから今がチャンスだ。突撃だ。抵抗の意味意思がある者、すぐに海を渡れ!』


 御劔の通信はそれを最後に終わる。



「バニ様!?」


 ウチはバニ様に体を向け、武器も向ける。こんなことしたくないのに。ずっと優しくしてくれたバニ様を、敵視したくないのに!

 でも、さっきの通信の詳細を確認しないと。



「シーエちゃんにはもう、隠してもしょうがないわね」


 思念通信を止めてウチに話しかけるバニ様。


「それほどレジスタンスは脅威ではないけど……こっちが攻め手を緩めるってことは、逆に守りを固めるって事だし……でも多くの戦場では防衛戦の方が難しいから、保険は打っておこうと思って。ちょっと酷い事させてもらったわ」


「酷い……事……?」


「アタシね、こっちの国に来てから、連結脳サーバーを通じてマキナヴィスの、戦争遺族、動機で寝返りそうな人間をリストアップしていたの」


 信じられない事を、バニ様は呟いていく。


「アタシは医者だけじゃなく、学者、技術者でもあってね。特に脳に関しての技術はかなり高い自信があるわ。サーバーの構造も詳しく把握してるから、思念魔力で無理やりハックしなくとも、個人情報にアクセスすることは容易だった。ニュースチャンネルのジャックもね」


 ……


「その上でさっきの 景織子ちゃんの言う通り動機に屈しそうな人間に、動機を流布したの。我ながら悪魔の所業ね。出来ればしたくなかったけど。本来の計画通り、みんな動機を知らずに死んじゃえばよかったのよ。戦士に任せてね。アタシは元々、動機を流布すのにも反対だったんだけど……戦士の数がたりなくなっちゃったからね」


 悲しそうな顔で空を見るバニ様。「まあ戦士は戦士でかわいそうだったし」とぽつりと呟く。


「でも結局、アタシが一番多くの人に、動機を流布しちゃったわね……。アタシが、一番の悪魔。最初からそう、ずっと、アタシが悪魔なの」


「バニ様……」



 ウチは何て言ったらいいのか、言葉が見つからない。こんなに身近に居た、味方だと思っていた人が、敵だったのか。

 知ると地獄を見るという、悪魔の動機を、国中にばらまいたのか。


「ただ戦術的には効果があったはずよ。本当はもっと人口が減ってからの方が効果的だけど……レジスタンスの通信は、見逃せなかったわね。でもこれで、アタシ達が負ける可能性はほぼゼロになった」



 覚悟を決めた瞳で、バニ様がウチを見る。何の、覚悟を決めたのだろう。

 そして、ウチの背中からは──



「ごめんねシーエ。ボク達は既に動機に汚染されてる。グーバニアンなんだ。こうなっちゃったら、もうだめだ」



 最愛の、親友の声がした。



「シーエ、キミには、動機を知らずに死んでもらう」


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