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第三章 08話『大好きな二人』

「という事で、シーエ、一緒に死のう?」


 そう言ってピョンと背中から飛び降りるアルビ。トコトコとバニ様の近くまで行きながら、優しく語り掛けてくる。バニ様は見守っている。え?


「死のうって……二人はグーバニアンなんだろ? 今の通信で、この国を滅ぼし、世界を崩壊へ導く……。ウチはてっきり、二人と戦闘になるかと……」


「正直な話、武装したシーエにボク達が勝てると思う?」


 そう言ってのけるアルビと、同時に肩をすくめるバニ様。どういうことだ?


「一緒に死のう。もう、この世界は先が無いよ。これ以上悲しみが増える前に、一緒に逝こうよ」


「アタシも賛成よ。うーん、アタシは本国に帰ってやるべき事も無くはないんだけど……シーエちゃんの方が大事。まあ見逃してくれるっていうなら逃げるけど、シーエちゃんの立場だとそれもできないでしょ?」



 何なのだ。この気軽さは。一緒に逝こう? 死んだらもう、その先は無いかもしれないじゃないか。

 今の世の中は地獄みたいなものだ。どんどん人は死んでいくし、グーバニアンの目的は達成寸前だ。それなら死んでしまおうというのか。



 いやまて、このタイミングで心中を誘う。もしかしてこれが、何か、動機に……。



「シーエ、前に死にたいって言ったよね? それが今だよ。最近のシーエは見てられなかった。戦闘は減ったから健康にはなって、ボクとの言い争いは減ったけど、全然シーエは幸せじゃなくて……。ボクにはもう、シーエが幸せになれる未来が見えない」


「アタシもそう思うわ。大丈夫。一緒に逝ってあげる。ここで死ねば、もう悲しみも苦痛も無いわよ」



 おかしい。おかしいおかしいおかしい!



 生きていて欲しいと言われた。その主張が変わったのは理解できる。アルビもバニ様もウチの幸せを願ってたから。特にアルビは内地でのゆったりとした生活を願ってたから。それが先ほどのバニ様の通信で、国中は大混乱、余生を緩やかに過ごすという選択肢は消えてしまった。だから心中しようというのは、わかる。


 しかし、この二人から発せられる絶対的な自信はなんなのだ。この気軽な感じ、とても意を決して心中しようとしている人間には見えない。

 そもそも先ほどの通信、グーバニアン全体の目的、人類絶滅。これも、意味がわからなかったが……。もし「死」自体が目的なのだとしたら、そこに、何かあるのだとしたら……。



 ウチは警戒の姿勢を取る。少なくとも戦争を終わらせる糸口は見えたんだ。ここで死ぬわけにはいかない。


「シーエ、一緒に死んではくれないの?」


 残念そうなアルビ。悪いけど、ウチにその選択肢は無いんだ、そう思っていた矢先


「シーエちゃんアレ」


 バニ様が後ろを指さす。いやそんな露骨な誘導……でも二人からは敵意を感じない。バニ様も何か怖い顔してるし、一応後方を確認する。と──



 不穏な魔力の流れを感知した。アルビから。



「アルビ!!」


 ウチは慌てて振り向く。アルビは一気に後方に飛び跳ね、ウチとの距離を取る。そして。


「待て!! アルビ!」


 稼働魔力によって、自身の脳を破壊しにかかる。そうか! まずい! その脳にはウチの人格も入っていて、それを破壊されると実質ウチも死……。クソ! バニ様の露骨な誘導に引っかかった! 別にウチを攻撃しなくても良いんだ、ウチを殺すには。アルビを、あの脳を壊せば良い。エムジの母親の脳を。ウチとアルビの人格が入った脳を。


 アルビの脳が出血し、保護していた樹脂が割れ、中の培養液が漏れ出す。間に合え!!


 ウチは集中して思念魔力を操る。以前アルビから聞いていた、その脳を動かしているのはウチ自身だという事実。あの時はウチを励ますため、ウチに好きに行動させるために言ったのだろうが、今はそれが二人の生死を分ける。

 アルビは今稼働魔力の範囲外。物理的に脳が保護出来ないなら、サーバーを介した思念魔力で、一か八かの意識のハックを!



「ああああ!!!!」



 瞬間、意識が飛び、視界に必死の形相でこちらに手を伸ばすウチの姿が見える。ウチはそのまま地面に倒れこんだ。


(意識のハックに、成功した!!)


 ここまでは以前も成功していた。サーバーを介しての使用は初めてだが、原理は同じだ。サーバーは思念魔力の中継器になってくれるだけ。普段アルビとウチが数10メートル離れててもウチが植物状態にならなかったのも、恐らくこのサーバーを介した思念魔力を無意識に使用していたからだろう。


 問題は現在の脳のダメージと壊れてしまった樹脂だ。ウチは稼働魔力で脳内の出血箇所を探り当て、止血と内部血液の排出を同時に行う。

 良かった。まだ致命的なダメージは出てない。これなら1ヶ月ほどで回復する。さらに稼働魔力で培養液が外に漏れない様に操る。アルビの脳一つだけの魔力ではこれらの作業だけで限界に近い。ウチの体の背についている演算用の脳を使わないと。



 そんなことを考え、脳を使うために詩絵美の体の方に行こうとした、折──


「はあああ!!」


「!?」


 バニ様が近くに落ちていた鉄のパイプをもって襲い掛かってきた。アルビごとウチを殺す算段なんだろう。


(まずい! この体では太刀打ちできない!!)


 二段構えか。アルビがあらかじめバニ様の近くに行ったのも。

 ウチが思念でこの脳をジャック出来なければアルビの勝ち。ウチはアルビもろとも死亡していた。そしてもしウチが思念でジャックしたら、バニ様が攻撃する。アルビの体を使ってるウチは、バニ様に勝てる見込みは全く無い。詩絵美の体は遠く、演算用の脳を使っての反撃も出来ない。


 樹脂が壊れた箇所を狙われればウチとアルビは一撃であの世行きだ。しかも今は自身の治療のために魔力を使っており、反撃などできやしない。何とか、何とか状況を打開する術を見つけないと!



 そう思っていた時だった。倒れて動かない詩絵美の体が目に入ったのは。



(もしかして……)


 ウチを、詩絵美の体を動かしていたのは今入っているこの脳、エムジの母親の脳だ。ウチは無意識にウチの自我を詩絵美の体に飛ばし、動かしていた。ならば、この脳に入った状態で、意識的に自我を飛ばせば……


 魔力の演算用量は限界に近い。とっくにリミッター解除はしている。限られた容量の中で、バニ様の攻撃をよけながら思念魔力を使うのは至難の業だ。しかしやらないと、確実にバニ様に殺される。

 攻撃を避けるだけで、この体を動かすだけでどんどん魔力を使う。脳への負荷が増えていく。成功する確率は極めて低いが、一か八か、賭けを!


 ウチはバニ様が攻撃を外した瞬間をつき、一瞬強力な思念魔術を行使する。すると──



 視界が、二つに増えた。



 正確には、倒れた体からの視界も見える。と同時に、いつもの様にその体を操れる。アルビの体と詩絵美の体、ウチは今両方を同時に操っていた。



(成功……した!)



 自分でも信じられなかったが、そういえばウチは、エムジの母親の脳に自分の人格を転移するという荒業を、一度やっているのだ。もしかしたら、そういった素質があるのかもしれない。


 詩絵美の体はゆっくりと立ち上がる。幸いバニ様は後ろで立ち上がる詩絵美に気が付いてない。目の前のアルビに入ったウチを殺すことに集中している。



 チャンスだった。だからウチは、これまでウチを支えてくれた、大好きな大好きなバニ様を、止めようとして、羽交い絞めにしようとして、手を出して、刃物が付いた手を出して──



 バランスを崩して、倒れた。その先には。バニ様の頭が……。

 あぁ、二つの体を同時に操作なんて、慣れない事などするもんじゃない。




   * * *




「シーエちゃん……こんなことまで出来るなんて、流石ね。ご褒美に新しい性知識を授けちゃおうかしら」


「バニ様! バニ様大丈夫!? そんな、攻撃するつもりじゃ……!」


 ウチは、詩絵美の体は倒れるバニ様を抱きかかえる。



 ああ。傷が、酷い。脳が、破壊されてる。嘘だ。こんな、こんな事って……。



「それにしてもアタシ、脳が壊されたのに会話出来るなんて不思議ね。言語野はまだ生きてるのかしら。流石アタシ。スーパーラビットね」


 気楽に言ってのけるバニ様。ウチはそんなバニ様の軽口を聞いても、笑う事が出来ない。もう、バニ様の命は長くない。脳へのダメージが大きすぎる。今必死に止血しても、脳細胞はどんどん壊死していく。残された時間は、あと少ししか……



「何よ。刺しておいて。アタシの事をそんなぶっといモノで貫いておいて。何でそんな悲しそうな顔するの?」


「だって、ウチは、バニ様が……」


 感情がぐちゃぐちゃになる。ウチが刺した。でもそんなつもりは無かった。ウチは羽交い絞めにしようとしただけで、仕方無かった。でもこんな事になるなんて……。


「大好き、大好きなんだ……」


 ウチはバニ様を抱きしめていた。どんなに酷い事をした相手であっても、実は敵だったとしても、バニ様と過ごしたこの1年はかけがえの無いもので。抜け殻になったウチを必死にささえてくれて。だからウチは、バニ様の事が大好きで……


「全く、難儀な娘。どこまでもどこまでも、優しいんだから……」


 バニ様の手がウチのほほを撫でる。その手つきは優しさに満ちていて、さっきまで鉄パイプでウチを殺そうとしてた人の手とは思えないほどに。


「バニ様、何で、何で何だ……何でバニ様とアルビはウチを殺そうと……」


「シーエちゃん。悪い事は言わないわ。動機を知る前に死になさい。それが、救われる道よ。意味が解らないと思うけど、でもあなたを大好きな二人が、動機を知ってる二人があなたを殺そうとしたの。動機を知る前にね。その意味を、頭の良いあなたなら理解できるでしょ」


「バニ様……」


「動機を知って生きるのは、地獄だわ。アタシはその地獄をこの国の人たちに流布した。とても許される罪じゃないわ。だから、あまり悲しまないで。大罪人を倒しただけなのよ、あなたは。それこそあなたが詩絵美ちゃん時代にしてた罪より、何倍も重い罪をさっきアタシは犯したの」



 バニ様は悲しそうに、悔しそうに語る。本当に、つらかったのだろう。と同時に、死の間際にも拘わらず、凄くホッとした表情を見せて──



「ようやく終われるわ。アタシの罪深い人生が。これ以上、罪を増やさないですむ……。大好きな友達の腕の中で死ねるっていうのも、幸せなものね」


「嫌だ! バニ様!! 死なないで!! 置いてかないで!! ウチを置いてかないでよぉ!!」


 またウチは取り残されるのか! また!!

 もう、取り残されるのは、嫌なんだよ。これ以上、大好きな人と別れるのは!



 どんなに強く抱きしめても、バニ様の命は拾えない。死はいつだって、突然で、慈悲も無くて、待ってくれなくて。



「大丈夫よ。心配しないで……。あの世で待ってるわ。まあ、アタシが行くのは地獄でしょうけど。地獄で罪を償う覚悟は、とっくに出来てるから。あなたも、さっきの話、真剣に検討してみて」


 そうバニ様は言って。


「動機に、触れないで、理解しないで。その前に、死んで」


 念を押すように、ウチに告げ、動かなくなった。

 最後の最後に、死ねという言葉を、とてもやさしい表情で残して。



 バニ様の体温が失われていく。ウチの腕に体温を感じる機能は無いけど、抱きしめた胸が、冷たくなっていくバニ様を感じ取ってしまう。

 ああ、また失った。失ってしまった。もう、バニ様には二度と会えない。軽快なオネエ口調も、二度と聞けない。




 でも、でも今は、バニ様の死を悲しむより、やらなくてはいけないことが。




 先ほどから二つに分裂しているウチの視界。今ウチはアルビの脳と詩絵美の体の二つを操っている。まずはアルビに脳を返さないといけないが、また自殺されないとも限らない。あらかじめ稼働魔力でアルビの動きを封じる準備をして、ウチはアルビの脳から意識を離した。


「アルビ、おいアルビ! 大丈夫か!」


 魔力で脳を保護する。橙子を拷問した時と同じ手法だ。自身の魔力で脳を破壊しようとしても、それ以上の魔力でその動きを制してしまう。さらに割れた樹脂から培養液が漏れない様にもする。


 その状態で、ウチはアルビを呼ぶ。バニ様の件も含め、色々聞きたい事もある。何よりバニ様を失った今、ウチはただただアルビと話したかった。アルビの声を聞くだけで、安心できる気がした。

 アルビの声が聞きたい。この状況で言うセリフは心温まるものでは無いだろうが、それでもアルビの声を聞くだけでバニ様を失った傷が少しでも癒される気がした。ウチはアルビの声を聞かないと、この悲しみに耐えられない。




 なのに、アルビからの返事は、一向に、帰って、こなかった。




「アルビ?」



 そんな、まさか……



「アルビ! おいアルビ!!」



 どれだけ呼びかけても、思念で通信してもアルビはうんともすんとも言わない。



「アルビ、アルビぃ……」



 ウチは泣きながらアルビの脳を抱える。


 解ってしまった。気が付いてしまった。あの時、ウチと共に自殺しようとした時、アルビの自我は既に破壊されてしまったんだ。あと一瞬でも遅かったら、ウチも巻き込まれてたけど、脳の主導権はウチが持ってる。だからウチはギリギリ間に合って自分の自我を保護出来たけど、アルビは、もう……



「ああ、あああああああ!」





 こうしてウチは、大好きな人を、二人同時に亡くした。


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