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第三章 09話『    の  』

 アルビの脳を樹脂から取り外し、背中の収容ユニットに移動させる。もうアルビは自分で動く事は無い。このズンコからもらった虫の様な足は必要無いのだ。この足が動くことは、永遠に無い。


 アルビを収納していた樹脂は壊れてしまった。このまま稼働魔力で液が漏れるのを防ぎ続けるなら、背中に移動した方が安全だ。この中にはウチの人格が入っているから。ウチにはまだやることがあるから。二人には死んでと言われたけど、まだ、死ねないから。エムジの意思を、継がないと……


「アルビ……」


 12年、ずっと一緒にいたアルビ。常にウチの事を考え、親友として、側にいてくれた相棒。いつもは4つ足でチョコチョコ動き回り、ウチがからかうとポコポコ殴ってきて、戦闘する際は杖みたいに変形して。

 ずっとずっと、側にいた。アルビの声を聞かない日は無かったんじゃないだろうか。


 それがもう、今後、永遠に聞けない。


「バニ様……」


 後ろを見るとバニ様の亡骸が横たわっていた。ウチを元気づけてくれた、あのハイテンションボイスも聞くことが出来ない。



 もう、ウチは自分を保つことが、出来なそうだ。



 ウチは半ば放心状態になりながら、アルビの脳を保護する作業を続ける。正確にはエムジの母親の脳だけど。

 アルビの使っていた台座から脳を外し、背中に移動した。アルビがしていた蝶の髪飾りも自分の頭部につける。アルビがウチとお揃いにしたいと言ってつけてくれていた、髪飾りを。少しでも、アルビと一緒にいたくて。アルビを忘れたくなくて。

 ウチの頭には、どんどん髪飾りが増えていく。

 元々付けていたフナムシ、橙子から託されたズンコのホタル、エムジのゴキブリ、そして……アルビの蝶。



 その後、アルビが使っていた培養液を自分の培養液保管ボトルに移動してる際に──


「何だ、これ…」


 何かを、見つけた。

 それはふやけた紙で、ちぎられたノートの1ページの様な形をしていた。紙には文字が書かれている。

 まさか、これは……


「アルビの、日記……?」


 1ページだけ、残していたのだろうか。何か重要な情報が……

 もしかしたら動機が書いてあるかもしれない。ウチは読むのを躊躇したが、今さら動機が分かったからなんだというのだ。悲しむ人間は、アルビもバニ様も、この世にいない。動機に狂ったら、その場で死ねばいいだけだ。狂わなければ、先ほどのレジスタンスの指示通り、戦地に赴けばいい。


 日記には1315年と書いてあった。今は確か1321年。6年前か……。


 ウチは意を決して、アルビの残した1枚の日記を読み始めた。



.

..

...

....

.....

......



 ■1315年 9月2日


 今日の日記は重要だから細かいトコまで書いておこうと思う。これからもこの日の会話はたくさん見て、しっかりと覚えよう。エムジとの関係性が今日変わった。シーエを一緒に守る協力者になってくれたと思う。



 今日は夕方までは移動してただけで特に何もなく、次の戦地への救援要請のために移動している最中だ。目的地まではあと2日くらいかな? 安めの宿に泊まり、その日の疲れを癒してた。

 ……次もまた大規模な戦場だと聞いてるから、シーエとエムジが無事か心配。二人はいつも危険な戦場にどんどん行っちゃう。ボクは出来ればそんな事やめて、二人で幸せに暮らしてほしいんだけど……


 三人で傭兵を始めてから1年。二人共、初期のころの様な無茶はしなくなってくれたけど、相変わらず戦場が危険な事には変わりない。みんな一緒に死ねれば良いけど、仮にどちらか一人が先に死んでしまったら……不安は絶えないよ。


 ああ、本筋からそれちゃった。そうそう。夜にエムジから話がしたいと言われたんだ。シーエがお風呂に入ってる間に、二人で。

 最近はボクも魔力の使い方がうまくなって来たから、同じ建物くらいなら距離が離れててもシーエが行動不能になる事は無いみたい。て言っても、シーエを動かしてるのは無意識のシーエの魔力なんだけど……ん? じゃあボクの魔力は強くなってないのかな? でも稼働魔力はうまく使えるようになってきてるし……考えてもわかんないや。出来てるから良いとしよう。

 とりあえず話を戻して、ボクの体はお風呂に入る必要も無いし、最近はシーエ一人でゆっくりお風呂入ってることが多い。


 エムジに呼び出され、内心ボクはちょっとドキっとした。シーエと同じで、ボクも最初からエムジの事が好きだったみたい。その後も一緒に長い間いる事で。シーエと同じく好きになってた。まぁボクが好きになったところで、二人の間に入れる事はなさそうだけどさ……。二人とも息ピッタリだし、すごく仲良いし、軽く嫉妬する。いやボクが恋心抱いてどうするよ。目的を忘れない様にしなきゃ。

 シーエを守る。シーエの幸せを優先する。うん。詩絵美は本当にかわいそうだった。だから今度こそ、幸せになってもらわないと。そのためにシーエとエムジがくっつくのは……ちょっと心がチクっとするけど、別に良い。


 それはそうと、何でボクもシーエも最初からエムジが好きだったのかは、ずっと謎だったんだ。今日のこの会話があるまでは。まさか母性から来るものだったとは……。



 エムジに呼ばれてウキウキ気分になってたけど、部屋に入って来たエムジを見てボクは、彼が武器を持ってる事に気づいた。あ、これはまずいなって、なんとなく思った。ボクらの正体がばれたんだと。

 でも、なんとかシーエを守る方法は無いかと、色々真剣に考えてたらエムジがこんなことを言ってきたんだ。


 ここから先は説明調で書くのも難しいから、ところどころセリフも入れていこうと思う。後で読むボクも、その方がたぶん解り安いだろうし。

 可能な限り、あったやりとりをそのまま再現しよう。



『そんなに身構えなくて良い。この武器はあくまで非常時用だ。……もしアルビが俺を攻撃して来た時用に、護身として持ってる。こっちから攻撃する気は無い』


「ど、どういう事!? ボクがエムジを攻撃する訳……」


『変に演技しなくて良い。アルビ達の正体は、だいたいわかってる。グーバニアンだろ? 二人とも』


 ボクは言葉を失ってしまった。何でばれたんだろう。何でそれを知ってるのに、エムジはこんなに穏やかに会話してるんだろうって。でもそれはちゃんとエムジが説明してくれた。


 エムジのお母さんを殺したのがシーエだった。そして、ボクが今使ってる脳みそ、これがエムジのお母さんのものだったんだ。それに気が付いたのが、飛行機でソマージュに向かって途中で墜落した後、帰り道の会話だったらしい。無頭の女性との戦闘後だね。うかつだったな……。


 エムジはクローゼットに隠れながら、詩絵美の行動の一部始終を見ていたみたい。だからお母さんの脳を摘出するシーエも見てて、あの日の会話でその脳がボクが今使ってるものだって気が付いたって。


 エムジは最初、シーエに復讐するために国内を探し回ってたらしい。そしてズンコの店でたまたまシーエを見つけた。ほぼ本人とは思ってたけど、性格が優しいから疑問で一杯だったんだって。むしろ、最初の街をソマージュとか嘘を言ったボクの方を怪しんでたみたい。


 その後の行動やグーバニアンとの戦闘を見てエムジは『シーエは本来グーバニアンだが、グーバニアン側の動機を忘れたために自分をマキナヴィス国民だと思い込んで、グーバニアンと戦ってるんだろう』って推理してた。その通りすぎてビックリした。エムジ、凄い頭良いな……。ちなみにシーエがマキナヴィス人だと思い込む様に誘導したのはボクだ。


 今ではエムジはシーエの事は憎んでおらず、むしろ好きだと言っていた。またちょっと嫉妬したけど、正直今はそれどころじゃないからボクは会話に集中してた。


『まず確認したいが、アルビは俺の敵か? シーエの味方なのはわかるが、あいつは記憶喪失だし、自分をマキナヴィス国民だと思ってる。そんなシーエと一緒にいるお前は、何を目的としている?』


「ボクは……シーエに幸せになって欲しくて一緒にいる。今はエムジの事も好きだし、二人に幸せになって欲しい」


『じゃあグーバスクロ側じゃ無いんだな? スパイとか、そういう類では』


「違うよ。信じてもらう証拠は持ってないけど……」


『いや、それなら大丈夫だ。信じる。もう長い事一緒に、グーバニアンと戦ってるしな』


 同胞を殺しまくるスパイはいないだろうと言うエムジ。実際ボクは今動機のためではなく、シーエのために行動してる。ボクが敵じゃないって、信じてくれてよかった。

 でもエムジは、ボクらの正体も知ってて、それでいて一緒にいて、ボクに何を聞きたいのか、この時点では疑問だった。でもその答えは直ぐにエムジから聞けた。



『お前らの、グーバニアン達の動機を教えてくれ』



 シーエとエムジがずっと探している戦争の理由。動機の真相を……。そんなの答えられる訳無いよ。


「ごめん。それは言えない……」


『──やっぱり知ってるんだな』


「!」


 やられたと思った。やっぱりエムジは頭が良い。いや、ボクがバカなだけなのかも。よくお母さ……いやアイツは母ではない。ともかく、ヤツにも勉強しろと言われていたと日記に書いてある。勉強すると世界が豊かになるよと。でもボクは勉強が嫌でいつも反発したらしくて……やっぱりボクには、シーエを支えることは出来ないのかな。

 でも、ここで踏ん張らないと。絶対に動機の事は教えてはいけない。二人のためにも。


『言えない理由があるんだな』


「……うん」


『何故言えないかも、聞けないか? 1年以上、一緒にいる仲だろ?』


「エムジ……」


『俺は、シーエも、アルビも、好きだよ。グーバニアンだとしても、もう気にして無い。二人には死んでほしくないし幸せになって欲しい。だから早く戦争を終わらせたいんだ。そのためには、敵の情報が必要なんだ。このままだと、この国が滅ぶ未来しか見えない』


「言えないんだ。ごめん……」


『なんで……なんでなんだよ』


 エムジはだんだんと、声のトーンを高めて行った。


『何であんなに優しいシーエが、俺の母さんを殺さなきゃいけなかったんだよ!! 何でグーバニアン共は、どいつもこいつも悲しそうな顔をしながら無実の人を殺すんだよ! 何で俺があいつらを殺す際に、奴らは解放されたみたいな顔するんだよ!! 何が、彼らをそうさせてるんだ!』


「それを知ってしまったら、シーエもエムジも彼らと同じになっちゃうよ!!」



 つい言っちゃった。これ以上ヒントは出さない方が良いのに。エムジの叫びがあまりに悲しそうで、ボクもつらくなって。



『俺らが、奴等と同じに……?』


「──ボクが言わないのは、二人のため。さっきエムジが言ってくれたのと同じで、ボクも二人の事が好きだ。だから二人には幸せになって欲しい。だからこそ、知らないで欲しいんだ」


『知ったら誰しもが奴らみたいになる動機なのか』


「全員じゃないけど……シーエは絶対なる。元々グーバニアンの兵士だったし。たぶん、エムジも……」


『──なあ、それって、実はお前らの方が正しいって事はないのか?』


「え?」


『よくフィクションとかであるじゃねぇか。正義のためと思って戦ってたら、実は敵の方が正しくて、主人公が間違ってた、みたいな。グーバニアン達は各地で虐殺を繰り返してるが、実はそれは世界を救うためだったり……一部の人を殺さないと、世界が崩壊するとか……』


「違う。違うよ。間違ってるのはボクらの方だ。人殺しが正しいはずない。マキナヴィスの方が、正しいし、正義の味方だよ」


『なら何で……』


「間違ってても、彼らは止まれない。ボクは……シーエの幸せが第一だから今は虐殺には手を貸してないけど……でも皆は止まれないんだ。間違ってるって知りながら、殺しを繰り返すしかないんだ」


『前にシーエが言ってた「それくらいの罰で許される罪とは思って無い」ってヤツか。あれは、シーエが聞いた言葉じゃなくて、シーエ自身の記憶なのか……?』


「たぶん、そう。それが、ボクらだ」


 心が張り裂けそうだった。全部ぶちまけてしまいたいと思った。動機の事を。ボクだってその動機に苦しめられてる人の一人で……。でも、それは絶対許されない。二人のためにも。

 何でボクは記憶喪失にならなかったんだろう。一か月で記憶は消える癖に、動機の事は覚えてたんだろう。シーエと一緒に、二人で記憶喪失になりたかった。何もかも忘れたかった。

 でもそれは叶わない。今願ってもしょうがない。ならボクの役目は、動機を忘れたシーエに、ずっと思い出さない様、動機の情報を手に入れない様、サポートする事だ。


『そんなにまで、深い理由があるのか……』


「ボクは、シーエにそれを思い出してほしくない。折角忘れてるんだ。このままボクらが戦ってる理由は知らずに、幸せに余生を送ってほしい。出来れば、エムジと一緒に二人で」


『そのためには戦争に勝たなくてはいけない。でもグーバニアンも、勝たなきゃいけないんだろう? 俺とシーエを応援してていいのか?』


「うん。それでいい。ボクらは全員間違ってる。戦いを止めることは出来ないけど、誰もが心のどこかで、間違ってるって、止めたいって思ってるはずなんだ。だからボクは、マキナヴィスに戦争に勝ってもらって、グーバスクロを滅ぼして、世界に平和を取り戻してほしいと思ってる」


 出来るなら、その戦争に二人には関わらないで、どこかへ逃げて暮らしてほしいけど……それは無理だろうし。


『自分の国を、滅ぼして欲しいって……。いいのか? それをするとなるとグーバニアンを今後も沢山殺してしまう事になるが……』


「そう。だってボクらは、間違ってるから。それに、彼らは殺してほしいってどこかで思ってる。彼らを解放してあげて」


『……』



 そして、ボクらの動機を壊して……。人としての、正しい生き方を……。



「エムジには、出来れば今後、グーバスクロ側の動機を探らないでほしい。それが二人のためにもなるから」


『……それを知ったら、俺もグーバニアンと同じになると』


「そう。だって現に今、マキナヴィス内でも同じ国民同士でテロしたり虐殺事件起きたりしてるでしょ? たぶんだけどあれも、動機を知った人たちによるものだよ」


『国境も人種も、関係無いと』


「そう。全員じゃないけど、たぶん多くの人が、この秘密を知ったら正常じゃいられなくなっちゃう。ボクは二人に、そうはなって欲しくない」


『そうか……わかったよアルビ。お前の言う通り、今後動機を探りはしない。つーか、今の話だと敵兵から聞くのは不可能っぽいし、知りようがねぇだろうな』



 エムジが納得してくれた。良かった。



「ただ、秘密を公言してるヤバイ奴もいると思う。じゃなきゃマキナヴィス国民同士で殺し合いしないだろうし……。そいつはたぶん、仲間を増やそうとしてる奴らだ。そういう奴に会ったらすぐに耳をふさいで、思念もブロックして。出来ればシーエも守ってあげて」


『……わかった。そうするよ。正直頭の中はモヤモヤしっぱなしだけどな。それがシーエや俺のためっていうなら、しょうがない。俺はもう、好きな人を不幸にはしたくないしな。母さんに天国で胸張って会うためにも、動機は探さずに戦争を終わらせる手伝いをすることにしよう』


「ありがとう。エムジ」


『いや、こっちこそ……動機を探すことをあきらめるって決断が出来ただけでも、行動の指針が決まって助かるってもんだ。でもじゃあ、具体的にどうするかだな……』



 武器を持ってたから最初はどうなるかと思ったけど、エムジはこれからもシーエの味方でいてくれるみたいだ。動機の秘密を守れたし、今後詮索しないでいてくれるし、かなり助かった。

 むしろ今後はエムジがボクとシーエの正体を知ってる分、3人での行動はしやすくなる。隠そうとしなくてよくなるし。シーエには黙ってなきゃだけど。

 話合いが出来て、良かった。


 あとは、もう一つ、戦争解決の糸口を。



「動機は聞かないでほしいし、その方が良い。でも、知らずにマキナヴィスが勝つ方法がある。……グーバニアンが守ってるものがあるんだ。それを壊すんだ」


『守ってるもの?』


「動機に密接に関係あるから正体はいえないけど……それを壊せば戦争は終わるんだ」


『そんな、壊すだけで終わる? そんな事があるのか?』


「詳しくは聞かないで。それこそ動機に関わるから。でも壊せば、確実に戦争は終わる。これは断言できる」


『場所は、そいつの場所はどこだ? どこにある』


「グーバスクロの、首都の地下。それこそ首都を制圧して、地下を爆破でもできればそれで戦争は終わるよ」


『難易度激ムズだな』


「ホント、ボクもそう思うよ」


 でも、それが出来れば、全てが終わる。すべてが正常に戻る。

 爆破の際は気を付けないと動機に汚染されかねない。でもその時はボクが指示するなり、動機を知りつつ汚染されてない人に頼むなりすればいい。


「ただ、たぶんだけどあと数年か十数年経てば、グーバスクロに渡るのは可能になると思う」


『どういう事だ? 今はどう考えても向こうに攻め入る戦力はこちらにはない。防衛で手一杯だが……』


「グーバニアンの目的は、全人類の滅亡。何故そうしたいかは言えないけど、このまま国内の、マキナヴィス国民同士のテロが増えてくれば、グーバニアンはこっちには攻めて来なくなるはず。たぶんグーバスクロの、自国民を殺す様になると思う」


『全人類滅亡!? なんなんだよマジで……ああ大丈夫だ。動機は聞かない。しかし、なんとなく納得いったよ。奴らの狂兵士ぶりが。とにかく殺すことが目的なんだな。自国民他国民関係無く』


「それどころか自分たちすらも殺そうとしてる。だから命のある限り突っ込んでくるんだよ」


『なるほどな……なら数年間は、出来る限りこっちの国民を守って、敵の攻め手がやんで来たら、グーバスクロに渡って首都を爆発すると。……攻め手が止むってことは、こっちの国民同士で殺し合いが増えてくるって事だから、数年耐えるのも心苦しいがな』


「それはボクも悲しいけど、どうしようもないよ……。とにかく、時期が来たら仲間をつのって、一気に首都に攻撃を仕掛けるべきだと思う」


『わかった。貴重な情報をありがとうな。アルビ。やるべきことの道は、見えた』


 エムジはしっかりと納得してくれた。良かった。

 この作戦が実際にうまく行くとは全然思えないけど、もし出来たら、世界は正常に戻る。その時点でシーエとエムジが生きていれば、二人に幸せになってもらう事も出来る。



 ……もしエムジが先に死んでしまった場合は、シーエには動機を知らせずに、幸せに余生を送らせる方法を探さないと。それが出来ないなら、うまく自殺へもっていかないとな。そうなって欲しくはないけど。

 先にボクが死んでしまったらセットでシーエも死んじゃうし、その後のエムジが心配だな。動機を知らずに、逝けると良いんだけど。


 そんな風に思ってたら、エムジから別の質問が飛んできた。



『さっきまでの話と全然関係ないんだが、実は聞きたい事がもう一つあるんだ』


「何?」


『アルビ、お前は何者だ?』


「ん? シーエと同じグーバスクロ人で──」


『ああ違う違う。その脳は俺の母さんのものだよな? お前の人格は何でそこに入ってるんだ? 元々は別のちゃんとした体と脳があったんだろ?』



 これはまずいと思った。楽園の情報にもかすってる内容だったから。ボクは何とか言い訳をした。うまくごまかせてると良いんだけど……



「エムジにとってつらい話になるけど、良い?」


『かまわない。シーエが俺の母さんを殺したのだって知ってるんだ。アルビも関わってるんだろ? 俺の知らない動機に基づく行動なんだろうが、優しいお前ら二人がそうまでしてしまうってんだから仕方ない。これでお前らを嫌いになったりしないさ』


 エムジは本当に凄いなって思う。シーエもだけど、心が強い。


「ありがとう。ごめんね? エムジは見てなかったと思うけど、あの日ドロマイトを襲撃したのはシーエだけじゃなくて、ボクもいたんだ。ただボクは知っての通り、正直魔力の使い方はうまくなくて、シーエの通信サポートみたいな感じで近くに同行してたんだよね。そしてこれは完全に偶然なんだけど、シーエの脳が壊されたのと、エムジのお母さんの首が飛んだのが同じタイミングだったんだ。近くにいたボクはシーエの危機を知って、火事場のバカ魔力でシーエの人格と記憶を保護しようとした。でも結果魔力コントロールがうまく出来ないボクは、気が付いたらシーエの人格と一緒にエムジのお母さんの中に入ってたんだ」


 自分でも凄い苦し紛れなウソだった。たぶん、信じてはもらえてない。


『──そんな偶然、あるか? 聞いたことないぞ』


「ボクもその瞬間は覚えて無いから……日記に書いてあるだけだし。ボクの本体はその時の反動で死んじゃったらしい」


『流石に疑問点が多いんだが……すまないがその際の日記見せてくれないか?』


 これもまずいと思った。今のは全て口からでまかせだ。日記見られたらウソがばれるし、そもそも楽園の情報を知られてしまう。


「ごめん。それは出来ない。正直言うと、日記にはさっき話してた秘密の動機が色んな所に書いてあって、見せられないんだ…」


『……』


 エムジはだまってた。そりゃそうだよね。こんな適当なウソ、たぶんばれちゃってるよね。 お母さんの死に直結している問題なのに……。

 それにボクが思念魔力でハックしたっていうのもまずかったろう。ボクは魔力の使い方がうまくないから。本当はシーエがハックしてボクは偶然巻き込まれたんだけど、なんとなくシーエを庇いたくて嘘をついてしまった。もし今後、シーエに正体がばれて聞かれたときには、シーエがハックしたと正直に伝えよう。それ以外の嘘は、そのままで。

 この言い訳は嘘だらけだけど、シーエがハックしたと伝えれば、少しは信じてもらえる可能性がある。シーエは自分を責めそうだけど、本当の理由は、ボクがエムジのお母さんの脳に入った理由は、言えない。



『……解ったよアルビ。それで納得する』



 意外にも、エムジはわかってくれた。色々疑問や不満はあるんだろうけど、飲み込んでくれた。

 ありがとう。エムジ。これでエムジも、シーエも、ちゃんと普通に余生を送ることが出来る。良かった。


 それもこれも、戦争を終わらせなきゃだけど。ボクはあまり世界情勢がわかって無いから今どっちが有利なのかわからないけど、二人には長く生きて幸せになってほしい。

 もし戦争に負けてしまって、二人が死んでしまう結果になっても、動機を知らずに逝けるのならその旅路は幸せだろう。生き地獄を味わう必要はない。



 戦争に勝って三人仲良く一緒に暮らすか。

 それとも皆一緒にまとめて死ぬか。



 このどちらかが良い。ボクは出来れば、マキナヴィスに勝ってもらって、皆で仲良く普通の人生を送りたい。

 楽園は魅力的だ。壊すのはためらわれる。ボクだってズンコやお父さんを亡くしてる。もうお父さんは思い出せないけど、動機に屈しそうになる時だって、一杯ある。

 でも今はシーエとエムジがいる。目の前に、動機を知らない大切な人がいる。この人たちの幸せを、未来を、ボクは望む。

 楽園を選んだら、未来はない。ボクは二人の未来を望む。ごめんね。同志の皆。



 今度こそ、シーエには幸せになってもらわないと。詩絵美は、ボクとお父さんの為に頑張ってくれた。それこそ、死ぬよりつらい思いをしながら。ボクは見てる事しかできなくて。助けてあげたいけど助けてあげられなくて。

 折角記憶が無くなって、シーエとして人生を再スタート出来たんだ。ボクもこっちに来た。これはチャンスだ。6年前にそう思った。日記に書いてある。今でもそう思う。

 詩絵美はもう十分頑張った。今度はボクが頑張る番だ。そのためにも、絶対に動機には触れさせてはいけない。



 脳仕掛けの楽園。



 グーバニアンが、全人類を殺害しようとしてる原因。動機。こんなものさえ無ければ、皆は人として普通に生きて、普通に死んで……全うな人生を送れるはずなのに……。


 だから、壊して。この魅力的な、楽園を。


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