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第三章 10話『終わる決意』

「脳仕掛けの、楽園……」


 ウチはアルビの日記を読み終え、その単語を復唱していた。これこそが、先ほどレジスタンスが通信で言っていたグーバニアンの動機なのだろう。破壊すべき対象。これを破壊すれば、世界が正常に戻ると、アルビの日記にも書いてあった。


「でも、なんなんだよ……その、脳仕掛けの楽園てのは……」


 考えない方が良いのだろう。理解してしまうと動機に汚染される。アルビは、日記を書いた時点では動機に汚染されて無かった。マキナヴィスに勝って欲しいと書いてあった。それが、さっきは、ボクは動機に汚染されたグーバニアンだと言っていて──


「アルビ……バニ様……」


 大好きな二人の名前を呼ぶ。もちろん返事は帰ってこない。アルビは自殺を。バニ様はウチが殺した。ウチが、殺した。


 もうウチには、生きている意味が無い。バニ様も、動機を知らずに死んだ方が良いと言った。今まで生きていたのは、二人を悲しませないためだ。もう、死んでしまおう。もはや今は、それが二人の願いみたいだし。



「でも……まだだ」



 そう。死ぬのはいつでも出来る。その時は今ではない。するべき事をしてからだ。



「戦争を、終わらせる」



 ウチは決意表明の様に呟いた。自分に言い聞かせるように。エムジの願った平和な世界を、アルビの願った正常な世界を取り戻すために。


 その後に、死のう。死んだところで罪を償う事は出来ないだろうけど。でももう、ウチは生きていられない。


 死ぬ決意を。終わる決意を。




   * * *



 ウチはその後、バニ様の昇葬をした。バニ様はグーバニアンだから、マキナヴィスの葬式方法では満足してもらえないかもしれないが、ウチはこれしか知らない。想ってあげることが大事とバニ様も言っていた。多分許してくれるだろう。


 レジスタンスは今すぐに海を渡れと言っていた。戦争を終わらせるためには直ぐ海に行った方が良いのだろうが、ウチはある思惑があって直ぐには向かわなかった。


(バニ様の葬儀もしたいしね……)


 ま、その思惑よりもこっちの方が本心だ。ウチはつくづく弱い人間だと思う。大義名分があっても、目の前の好きな人を優先してしまう。そんなんだから詩絵美時代にも動機に汚染されたし、今も知ったら汚染されるのだろう。大切な人を亡くしてるのに動機に抗ってる、御劔とかいうリーダーとは大違いだ。


(バニ様、自分は地獄に行くって言ってたね。大丈夫だよ。ウチも死んだら地獄行きだから。エムジに会えないのは悲しいけど、バニ様が一緒ならウチは少し嬉しいかな)


 アルビも昇葬してあげたいけど、その脳みそにはウチの人格も入ってるので出来ない。人格だけ消えたアルビの魂はどうなるのだろう? 12年前にアルビの体が死んだ時点で天に昇ってるのだろうか。この脳に入っていたアルビはあくまでコピーされた人格で、亜瑠美自身ではないから。


(それはウチも同じか……)


 詩絵美の脳はもう壊れている。肉体は生きてるからまだ死んではいないが、詩絵美という人格と記憶は死んだ。ウチは、詩絵美の行動パターンだけ引き継いだ別人だ。だって人格はエムジのお母さんの脳に入ってるんだから。アルビと同じく、コピーされたものだ。詩絵美本人ではない。コピーされた人格が、詩絵美の体を操っている。



 魂の有無、死後の世界の有無はわからない。でもどうか、あります様に。そして全ての魂が、安らかでありますように。

 大罪を犯したバニ様も、それに協力したアルビも、動機に汚染されたグーバニアン達も……。


 地獄で罪を償えば天国に行けると、マキナヴィスの宗教では言われている。グーバスクロもそうだといいな。アルビには、バニ様には、どんなに罪を犯した人間であろうと最終的には幸せになって欲しい。


 あぁそういえば、アルビの人格がエムジの母親にコピーされた件、嘘だと日記に書いてたな。どの部分が嘘でどの部分が本当なのだろう。12年前にアルビの体が死んだというのも嘘なのだろうか? だとしたら魂は、今日のタイミングで天に昇ったのかな。

 アルビの正体は結局良く解らなかった。こっちに来たという内容も良く解らない。海を渡ったという意味だろうか? 動機に関連してる情報みたいだが。

 でも、ウチがアルビを好きな事に変わりはない。もう、正体とか、どうでもいい。脳仕掛けの楽園とやらを壊して、正常な世界を取り戻して、死のう。



 エムジの記憶を失って以来感じていた、グーバニアンへの憎しみは、アルビとバニ様の死によって無くなってしまった。今はただただ、ウチには虚無感と悲しみがあるばかりで……あとは、自分への憎しみか。


 あと1ヶ月で、二人の事も忘れてしまうけど、ウチにはまた想いが残るのだろう。記憶が無くなった際にどうなるかは未知だが、終わる決意が揺らぐことは無いだろう。自分への憎しみが、無くなることも……。



「ウチが、この戦いを終わらせる。そして、ちゃんと死ぬ、から」


 そう誓う事しか、出来なかった。

 願わくば、死後の世界で皆に会えることを……。



   * * *



 恐らくその時のウチは、冷静では無かったのだろう。アルビとバニ様、大切な人を同時に失い、喪失感で胸がいっぱいになっていた。

 動機を知るヒントは、そこら中に転がっていたのに。


 いや、実はもう、深層心理では気が付いていたのかもしれない。だからこそ、目を背けるように、終わる、決意を固めたのだ。

 汚染されない、ために。

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