目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報

第四章 01話『鋼の竜』

 バニ様の昇葬が終わった。今回も1ヶ月かからなかった。


「じゃあ、行ってくるね。バニ様。一緒に行こうね、アルビ」


 大好きな二人に話しかける。当然、返事は帰ってこないが……。


(大丈夫だよ。全て終わったら、ちゃんと死ぬから。っていうかウチ一人の実力じゃ、総力戦の際に死んじゃうかもしれないけど)


 二人はそれで喜んでくれるだろうか。エムジとズンコはこんなウチを受け入れてくれるだろうか。


「みんな、大好きだよ」


 行こう、一緒に。最後の、戦場に──



   * * *



 さわやかな昼の光が差し込む砂浜は、その穏やかな波模様とは裏腹に凄惨な様相を呈していた。


「やっぱり……」


 思った通りだった。ウチが海岸にたどりついた際、そこは見渡す限り死体の山になっていた。


 レジスタンスの通信の直後、海岸に向かった反戦争組と、グーバニアンをはじめとした動機汚染組が全面衝突したのだろう。幸いと言うべきか、今は戦闘は終わっており、その名残がそこら中に転がっている。


「ウチもすぐ向かってたら、この中の一人になってたろうな」


 脳仕掛けの楽園とやらを、この目で確かめたい。ズンコを、エムジを、バニ様を、アルビを、死に追いやった原因をこの手で破壊したい。

 そのためウチは、すぐに飛び出すことはしなかった。この戦場で死ぬ危険性があったからだ。ウチ一人いてもいなくても、戦力的には大差無い。


「最低でも、グーバスクロに行きはしないとな」


 もしかしたら既にレジスタンスがその楽園とやらを破壊してるかもしれないが、それならそれでしょうがない。世界が正常になるならそれでよい。ウチはバニ様の葬儀を優先したかったし。


「グーバニアンの死体の方が多いな」


 という事は何人かは無事海を渡れたのだろうか。レジスタンスにはグーバスクロ人もいると言っていたので死体だけ見ても敵か味方かわらかないが、海を渡ってきてレジスタンスに付くグーバスクロ人は少ないだろう。

 逆にマキナヴィス人やマキニト達の死体も、敵か味方か解らない。そうなるとこの海岸には敵の死体の方が必然的に多くなる。レジスタンスの通信があった時点でグーバニアンの攻め手は減少していたらしいし、何人かは渡れたのだろう。


「じゃあウチも、海を渡らないとな」


 元々ウチは海岸に来る予定は無かったのだ。海を渡るのに別に海辺に行く必要も無い。でも、最初に向かったマヤの基地には目的の物が無かったので……この海岸に来ていた。海岸になら、それがあるだろうと。


「……見つけた。やっぱあったな」


 死体の中に、空を飛べそうな形の、マキニトの体を見つけた。



   * * *



 グーバスクロに行くには空を渡るのが一番効率的だ。なので、マヤの軍事基地にて空を飛べそうな機体を探していたのだが……まぁレジスタンスからの通信があった時点で飛べるヤツは飛んで渡ってるわな。航空機の類は全て無くなっていた。

 となるとそれ以外で空を渡る方法は個人の人体改造のみとなる。飛行型グーバニアンも生身で空を渡ってマキナヴィスに来ているのだ。機械の国であるマキナヴィスに、空を渡れるレベルの人体改造をしている人間は多数いるだろう。その目星は当たった訳だ。


 マキニトの死体発見後、ウチはその体を修理するためのパーツを周囲のマキニト達から回収して回った。

 というか便宜上マキニトと呼んでいるが、彼らはマキニトではないかもしれないな。マキニトは宗教上の理由で体を機械に変えた者の総称。戦争で脳だけになり、機械の体で生活してるだけの人はただのマキナヴィス人であって、そこに宗教は関係無い。

 恐らく浜辺で戦闘してる時点で軍人や傭兵が多いだろうし、彼らは後者だろう。そう、エムジと同じ様な境遇の人だ。


(エムジ……)


 先ほど見つけた飛行できそうな体、どこか既視感があった。懐かしい様な、切ない様な、そんな感情を連想させるフォルム。メーカーを探して体を調べてみたら【マグネウト】のロゴを見つけた。エムジの体の会社と同じだった。日記にはエムジがマグネウト制の躰を自慢していたと書いてある……。

 どこかフォルムが、似ているのだろう。もしかしたら全く同じなのかも。ウチは記憶が無いから。文字に書かれてるだけで、もう見た目は思い出せないから。


 ただエムジの体は飛べるものでは無かったから、この遺体はその辺はカスタマイズしてるか、別の製品なのだろう。横たわるその機械の体は、鋼の竜を彷彿とさせた。恐らくは空中戦用に使用していた体だ。

 マグネウト制の躰の特徴なのか、鋼の竜は幸いな事にエムジの体と似た機構で、本体は蒸気機関で動く。魔力の消費は少ない。そこら辺に転がる死体から培養液をありったけもらって来て出発すれば、この体で海を渡れるだろう。


 このほかにも、飛べそうな機械の体は浜辺にあちこち落ちていた。今まで共闘した軍人や傭兵の中に、こういった空を飛べる体を使用していた者が何人もいたと日記に書いてあったので、恐らく今回も彼らの死体があるだろうと思い、海岸に来てみたのだ。案の定、想定通りになった訳だ。


「直接飛行機や戦闘機で渡った人間もいるんだろうな」


 むしろその方が多いだろう。そう思うとそこそこの人数がグーバスクロに向かったことになる。軍内部は同士討ちをしていたが、あれもすぐに収まったころだろうし。機能してない基地に入り、戦闘機で飛んでいくというのも有りだろう。現にマヤの基地には使える戦闘機は残って無かった。皆飛び立っていったのだ。


「よし、こんなもんかな」


 破損したパーツをその辺の死体から手に入れ、鋼の竜を修理する。元々この体を使用していた人物の脳は破壊されて、今は腐ってる。その方に「すみません」と言いながらウチは脳を外し、アルビが使ってた、エムジの母親の脳を設置する。




 願わくば、この体の持ち主も、この浜辺で死んでいる全ての魂も、安らかであります様に。彼等の家族や友人が、どうか悲しみません様に……。




 脳に思念魔力を送ると、視界が二つに増える。よし、成功だ。バニ様と戦った時と同様に、ウチは二つの体を同時に動かす。


 片方は、詩絵美の抜け殻。もう片方は、今しがた修理した、鋼の竜。

 竜の方に稼働魔力を込めると、蒸気機関が動き出す。ゆっくりと、竜が体を持ち上げた。羽根に付いたファンが回転し、風を生み出す。



「「成功したな」」


 両方の体から同時に声が出る。二つの体を同時に動かすなんて経験、してる人は少ないだろう。かく言うウチも経験が少なすぎて、扱いに困る。詩絵美の体を動かそうとすると、無意識に竜も動いてしまう。これは慣れが必要だ。


 ただ慣れてさえしまえば普通に稼働魔力でこの鋼の竜を操るより、より正確な操作が可能ななずだ。空の旅は長くなるだろう。体の不調部位の発見も“自分の体”にしておいた方が早い。

 多くの自力で海を渡れない人間は、航空機や船を使うか、飛べる体の仲間に乗るか、ウチみたいにその死体を探して操って渡るのだろう。

 ウチもこんな芸当が出来なければ普通に魔力で死体を操り、乗っかって飛んで行ったのだろうが……。せっかく体を2つ同時に操る技術があるんだ。使った方が良い。


(それに、この“どちらも自分の体”という状況には、もう一つメリットがある)


 どちらかと言うとこっちの方が大きいかもしれない。魔力で操る物体は、より大きな魔力に晒されると奪われる可能性がある。道中で飛行型の敵と遭遇するかもしれない。飛ぶ手段を奪われたら海へ落ちるしかない。ウチの体の重量だと、確実に沈むだろう。体を魔力で浮かせ続けても、大陸に到着する前にカロリーが底を尽きて死ぬ。

 それに対し、鋼の竜を自分の体にしておけば、奪われる可能性はない。生きた人間から生きたまま操作権を奪う魔術は無い。せいぜい圧倒的な魔力で動きを止めるくらいだ。そうなれば結局は落ちるが、ウチの本体の脳は今鋼の竜についている。敵の魔力圏内から抜けられれば、また飛んで逃げる事も出来る。詩絵美の体は落ちたら捨てて行けばいい。日記だけは、回収しなければならないが。

 複数の敵に遭遇したらもうどうしようもないが、1対1くらいなら今の様に、鋼の竜を自分の体にしておいた方が安全に戦える。

 いらぬ心配かもしれないが、保険をかけて損はない。ウチにはその技術があるんだから。



 ともあれ、これで飛べる体は手に入った。詩絵美の体をこれに括り付けて飛べば、グーバスクロまで渡れるだろう。


(正直、この体あれば詩絵美の体はいらない気もするが……狭いところでの戦闘とかは使い慣れた詩絵美の体の方が良いんだよな)


 ついた先でどんな戦場が待ってるか解らない。爆破対象は地下にあるというし、やっぱり持って行った方が良いのだろう。


 ウチは詩絵美の体を竜の背に乗せ固定し、浜辺を飛び立った。いざ、脳仕掛けの楽園とやらのある、グーバスクロの首都へ。



   * * *



 飛行には1週間ほどかかった。そろそろ大陸が見えてくるはずだ。この体は飛行は出来るものの、速度に特化したものでは無いのだろう。

 飛行型グーバニアンに連れてきてもらったバニ様は、数日ぶら下がったと言っていたらしいが……この体だともう少しかかる。





 1週間。この間に、ウチの中に存在する大切な二人の記憶は、無くなってしまった。あるのは、彼等への想いだけ。





 結局全て、こぼれ落ちて行ってしまった。大事な人の記憶が。皆の、記憶が。

 もう、誰の顔も、声も、ぬくもりも……何も思い出せない。あるのは皆への想いのみ。顔も声も解らない大切な人たちへの、想いのみ。



 それがつらくて。とてもとてもつらくて。



 だからウチは全員を忘れてから毎日、狂った様に日記を確認した。空で日記を読むのは大変だったが、魔力で固定して、細心の注意を払い、確認した。皆との出会い、皆との旅路、皆がかけてくれた優しい言葉の数々。どれだけウチが、皆を好きだったかを。


 でもそれらも全て、どこかの小説みたいな……全部全部、作り話めいた他人事に思えて。だってウチには、皆の記憶は何一つないんだから。確認しているこれは、ただの情報でしかないんだから。



 皆に会いたい。ズンコに、バニ様に、アルビに、エムジ……に……。会って顔を見たい。声を聴きたい。もう一度、抱きしめたい。ぬくもりを感じたい。思い、出したい。

 でももうそれは叶わなくて。あの世にでも、行かない限り。



 胸に開いた穴が塞がらない。そればかりか、増える一方だ。ウチにはいったい、いくつの穴が開いているのか。記憶を無くす前の穴も含めると、もうその数はわからない。

 いつかウチは、皆の事を全て忘れてしまうんじゃないだろうか。皆の名前も、この想いさえも……。不安は、常に付きまとう。もう一緒に皆を思い出してくれる、アルビは側にいないのだから。

 そう、なる前に、やるべき事を──



 立ち止まる事は出来ない。脳仕掛けの楽園を。もうそれしか、ウチを動かすものは無くて。

 だからウチは──



「ウチが、この戦いを終わらせる。そしてちゃんと、その後死ぬから」



 待っててね。皆。さあ、決着を、付けに行こう。

この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?