風を切りながら鋼の竜は飛ぶ。グーバスクロの大陸が見えて来た。
これで本当に最後だ。終わらせる。戦争を。そして、終わる。ウチの人生が。
(首都にある、動機の正体……脳仕掛けの楽園……)
上陸前の緊張を紛らわすように、ウチは思考を巡らす。敵の動機に関して……。考えてはいけないんだろうけど。
バニ様の昇葬中にふと沸いた考え、いや、アルビの日記を読んでからずっと抱いていた考えに、正面からぶつかってしまう。アルビやバニ様が「止めろ」と言ってるような気がする。でも──
バニ様は死に際にあの世で待ってると言っていたらしい。その直前にアルビと一緒に心中を誘って来た時も、謎の自信と軽さがあったと。
アルビはよく天国はあると言い切っていた。日記にも、死を匂わす事を沢山書いていた。死に対する抵抗が無い。
二人の行動は明らかにおかしい。もしかしたら──。
早まる鼓動を抑え、ウチは冷静になろうとする。
仮にウチの仮説が合っていたとして、それで何故グーバニアンは人類滅亡を目指すのか。いや、もうこの期に及んでは、グーバニアンというくくりは間違いだ。動機に汚染された人々。楽園派、とでも言おうか。
バニ様達の違和感から導き出されたウチの仮説と、楽園派の行動がいまいち結びつかない。昇葬の際は、この辺で思考を止めていた。もうすぐ大陸に到着する。今は、その思考の先へ。
仮にウチの仮説が合ってたとして、別に人を殺す必要は無いじゃないか。人は皆勝手に寿命で死ぬんだから、何も全人類滅亡までやらなくても。
肉体の年齢は魔力で老いない様に出来るが、脳はそうはいかない。脳細胞は分裂しないでどんどん減っていく。歳と共に、脳が破壊されて死ぬ。それが寿命だ。だいたい100歳くらいで記憶力が激減し、120歳位にはどうあがいても死ぬ。それじゃだめなのか。わざわざ今人類全滅を目指す理由とは。
脳仕掛けの楽園という名前、バニ様達の違和感、そして動機に汚染させる人間の特徴、その後の行動……地獄の日々……
……。
いますぐ死んだ方が幸せというのは恐らく正しいのだろう。でもウチは、自分の幸せを後回しにしてしまう癖があって。
だから死ぬのは、戦いを終わらせた後だ。先ほどの誓いには、何も変わりはない。
(たぶんエムジもズンコもアルビもバニ様も、皆望んでないんだろうけど)
でも、知らないといけないと思った。そして、知った暁には……もしウチの考えが正しかったら……ウチは……もう戻れない。
そろそろ陸地に到着する。
* * *
海を渡り終えた。幸い天気にも恵まれたし敵にも遭遇しなかった。蒸気機関の燃料も、魔力用の培養液の残量も、特に申し分無い。この国では培養液はあまり流通してないだろうから、残りはうまく使わなくては。
戦闘までに時間があるなら、グーバニアン流の背面脳への栄養供給方法を調べ、体を改造することも視野にいれよう。
それより、問題は……。
「どうやってレジスタンスと、連絡とったらいいんだ?」
御劔はその方法は指示してなかった。既に集結して戦争が終わってるならそれはそれで構わないが……。いや、構わなくないな。構わなくない。
ともかく、レジスタンスに連絡を取らなくてはいけない。まだ、無事であることを、祈って。
「……ネットはどうだろうか」
とりあえずウチはグーバスクロの連結脳サーバーにアクセスしてみる。特に問題無く繋がった。やはりマキナヴィスと同じく国内にいるだけで誰でも使えるシステムの様だ。
敵が、当時はグーバニアンが、マキナヴィス内のネットを破壊しないのもずっと疑問ではあった。軍用ネットは破壊したのに。
マキナヴィスのサーバーを片っ端から壊してしまえば、国内の連絡は取れなくなる。そうすればマキナヴィスを攻略するのはより早くなったはずなのだが……。でも彼等はそれをしなかった。
彼等同士で連絡を取り合うため? とてもそうは思えない。あんなにひたすら殺戮と特攻を繰り返す連中が、マメに連絡を取って連携してるとは思えない。
この疑問も、さっき考えたウチの仮設だと説明出来てしまう。説明できてしまうのだ。
と、そんな考えを巡らしながらネットを眺めていたら、信じられないチャンネルを見つけた。
「レジスタンス……のチャンネル!?」
驚いた。堂々とチャンネルが開設されている。どういう事だ?
試しにウチはアクセスを試みた。結果は当然ブロック。認証された人間しか使用出来ないチャンネルになってる。
「そりゃそうだよな。……それにしたって、セキュリティ甘くないか? ジャックされないとも限らないぞ?」
現にマキナヴィスのニュースチャンネルは御劔によってジャックされていた。その後バニ様が一瞬でジャックする所もウチは見たらしい。脳構造や思念魔術に詳しい人物なら、サーバーのチャンネルはジャック可能なのだ。もちろん、そう易々と出来る代物では無いだろうが。
御劔はニュースをジャックしたくらいだし、かなり思念魔術に詳しいのだろう。そういった人間が、レジスタンスには多いのだろうか? ジャックされない様に、セキュリティを強化する思念プログラムが組める人間が。
そんな事を考えていた折、思念による通信要請が入る。相手先は……レジスタンス!?
『は、はい!』
ウチは慌てて答える。
『私はレジスタンスの御劔という者よ。このチャンネルにアクセスした未登録の人間に逆にアクセスをしている。あなたは?』
御劔!! 驚いた。まさか彼女本人から連絡があるとは。先日マキナヴィスで演説してた際にはこの国にはいなかったはずだ。空を渡ってきたのか。
『ウチはマキナヴィスで傭兵をしているシーエ・イーヴァイという者です。先日のあなたの演説を聞いて、この国に来ました。到着遅れてすみません』
本当はグーバスクロ人だが、話がややこしくなるのでマキナヴィスでの活動名を告げる。
『構わないわ。まだ到着してない人間も沢山いる。世界は広いから、移動には時間がかかるものよ。特にこんなご時世ではね』
マキナヴィスはあの後完全に崩壊し、社会システムは全て停止。鉄道や航空機、船等の交通網は全てダウンした。自力で海を渡れる人間でもない限り、この国に来るのは不可能だ。
空を飛んできたウチと違い、船で渡った者もいるだろう。そういった者達はもしかしたらウチよりも早く出発してても、飛んできたウチに追い抜かされてるかもしれない。
またグーバスクロも大きな大陸だ。もしこっちの国も交通網が破壊されている場合、大陸横断は至難の業になる。いくら個人用の蒸気自動車等があるとはいえ、内地での戦闘もあるだろう。易々と移動はしにくい。
『ともかく、あなたの素性を確認させて頂戴。確認したい事は2点。今どこにいるのか。そして、あなたは動機を知っているのか』
動機を知っている訳ではない。なのでウチは、嘘をつかずに、正直に答えた。
『場所は……ネットを参照すると、
嘘は何一つついていない。
『わかったわ。近くに私の部下がいるから、軽く面接させて頂戴。何、あなたが敵じゃないなら、問題無く終わる面接よ。あなた移動手段は早いかしら?』
『はい。飛べる体を持ってます』
『それは上々。ならそこから北に500キロ程の所にある、
このチャンネルにアクセスする敵も多い事だろう。彼等を味方か判断し、敵と解った場合は迎え撃つのも、その部下の人たちの仕事なのだろう。
ウチは大丈夫だ。戦争を終わらせたいだけの人間だから。
御劔に言われた通り、ウチは北上を開始した。
* * *
綺麗な木漏れ日が差し込む森林の中に、人影が複数。到着した先に待っていたのは、10名を超えるレジスタンスの面々だ。グーバニアンも、マキナヴィス人もどちらもいる。
「出会い頭に動機を伝えてこない時点で、かなり信用出来るな」
「その機械の竜で海を渡ってきたのかぁ。マキナヴィスの技術は羨ましいなぁ。僕らは自分の体を改造するしかないからなぁ」
レジスタンスの面々がウチを見ながら話している。
「自分はマキナヴィスで軍用ネットが破壊される前、この方と共闘したことがありますが、優秀な傭兵でしたよ。お久しぶりです」
「あ、すみませんウチ魔力使用による脳障害で……記憶を1ヶ月しか保存出来ないんです。お名前を教えて頂ければ日記に書いてあるはずなので解りますが」
「それはすみません。自分の名前は……」
どうやらウチの知り合いもいたらしい。これは話が早くて助かる。この軍人さんにお墨付きをもらう形で、ウチの面接はサクサクと進み、レジスタンスのメンバーに迎え入れられた。
なおこの軍人さんは軍が動機に汚染されても屈せず、世界を救うために動いている人間との事だ。強い。強い精神を持っている。ウチとは違う。
この軍人さんに限らず、面接に来ていたレジスタンスのメンバーは全員動機を知っている人達だそうだ。そりゃそうだ。敵が来て、いきなり動機を流布したら知らない者は汚染されてしまうかもしれない。全員が知ってるなら、その心配はない。その心配、のみだが。
ともあれ、ウチはレジスタンスに入った。まだ大規模戦闘は開始されて無いらしい。到着が遅れている人物がまだまだいるそうだ。良かった。
ウチは一旦皆に付いて行き、レジスタンスの駐屯地に向かった。レジスタンスは一か所に固まらず、首都を囲むように適度な距離にばらけているらしい。人数が揃ったら、チャンネルを使用して連携を取り合い、一斉に首都に攻撃を仕掛けるとの事だ。
(木々が多い)
当たり前だ。ここは自然物を信仰する国、グーバスクロなんだから。マキナヴィスにも自然は豊富にあったが、少し移動すると鋼の歯車が至る所で回転していた。
それに対し、グーバスクロは自然の物以外全く存在しない。いや、全くでは無いな。多少マキナヴィスのテクノロジーも見かける。庶民はやはり便利な方に傾いていくのだ。
(懐かしい、感じがするな)
自分が生まれ育った国なのだ。どこか懐かしい気持ちがする。機械の国も有機物の国も、どちらもウチは好きだった。
しばらく移動すると、レジスタンスの駐屯地の一つにたどり着いた。
基本的には木製だが、歯車も付いている。マキナヴィスの技術も使われている様だ。
駐屯地に到着すると、御劔から連絡が入る。
『お疲れ様。皆。新入りのイーヴァイ、ようこそ、認めましょうあなたを。今この瞬間から、あなたもレジスタンスよ』
『有り難うございます。決戦は、いつですか』
『そう焦らないで。ここは落ち着いていきましょう。こちらの攻撃も一回キリ。敵、私は汚染側と呼んでるけど、その汚染側も首都の防衛を固めてるわ。遅くなりすぎると突破は困難に、かといって今決戦しても兵力不足よ。今はまだ、待ちましょう。とりあえず、1ヵ月後を目安に』
御劔が言うには、敵は防衛を固めるものの、ずっと首都にい続ける事も出来ないそうだ。人類滅亡が目的だから、国内で繁殖する人間を少しでも減らさないといけないらしい。なので敵の防衛は強化されるものの、国中の汚染側が集結する事態にはならないとか。だから兵力が増えるまで待つと。
『本当に、一か八かなのよ。このメンバーの中に、裏切り者がいない保証はないんだから。ただ今のところ、どの駐屯地も攻撃を受けていない。周囲に不穏な動きも無い。敵も待ってるだけかもしれないけど、早いうちにつぶした方が敵としても得なはずなの。だから裏切り者がいない可能性に賭けて、私は待つわ。機が熟すのを』
『わかりました。一つ質問良いですか?』
『何かしら?』
ウチは先ほど疑問に思ったチャンネルのセキュリティに関して質問をぶつける。
『ああ、それならたぶん、心配無いわ。恐らく思念魔術に関して最高の技術者、
バニ様、か……
何故死んだと分かったのだろうか。バニ様の死後、ウチは誰とも昇葬の現場で人に出会って無い。バニ様の肉体はウチが食べ、脳は腐敗。死を知る術はないはずだ。
……やはり、あるんだな。ウチの想像通り。
『私も脳サーバー技術には相当な腕を持つと自負しているけど……悔しいけど裸繁には敵わないわ。でも彼……奴が死んでくれたおかげで、私が開設したチャンネルがジャックされる心配は激減した。もちろん、万全ではないけど、先ほどのスパイの件も含め、完璧を目指した動きは今出来ないの』
裸繁──バニ様を「彼」と言った御劔は奴と言い直した。その響きには少し暖かさと寂しさがあって。
二人はどういう関係だったのだろうか。どちらも有力な技術者みたいだが。
ただウチはバニ様の関係者と悟られない様に、この質問はしなかった。隠す隠さないは別にしても、この場でする会話でもあるまい。
『奴が仕出かしたマキナヴィスの大量汚染。あれは私達にとっても大打撃だったけど、その後奴が死んでくれたのなら勝機は少しだけ上がった。私はこの機にチャンネルを開設し、国内で連携を取りやすくしたのよ』
御劔は、バニ様が生きてた場合は知人同士の通常の思念通信でじわじわと仲間を募り、秘密裏に集まる予定だったとの事だ。
それから比べれば現状は格段に状況が良い。マキナヴィスが滅んだのは痛手だとしても、レジスタンスが勝つ見込みはもしかしたら上昇したのかもしれない。
(いや、バニ様は特に脅威ではないとも言っていたな。そして大規模汚染で楽園側の勝率が上がったとも。やはりマキナヴィスが滅んだのは相当な痛手なのか)
ともかく、決戦は1ヵ月後。ウチはそれまでにやるべき事をやろう。まずは背中の改造からだ。その辺のグーバニアンを見て学べば何とかなるだろう。
ウチは自身の武器である、刃物の付いたエムジの腕を研ぎながら、決戦に備えた。
シャリシャリと、金属を研ぐ耳障りの悪い音が、暗い駐屯地に響く──