「生きて詳細を知ると、動機に汚染されるから、か?」
ウチはエムジの声に質問をしていく。
『……ああ。そうだ』
エムジの声は苦そうに答える。
「エムジ、悪い、それは出来ない。まだ死ぬことは、出来ない」
『……っ!』
エムジから悔しそうな、つらそうな気配がする。ごめんね。折角再会できたのに、いきなり悲しい思いをさせちゃって。
でも、逃げる事は出来ないんだ。……ウチの予測通りなら。
『動機の詳細を知った後は、地獄が待っているんだ! 今ならまだ間に合う! たのむよ!!』
「ごめん。ウチは逃げたくないんだ。向き合いたい」
『これ以上! お前に不幸になって欲しくないんだ!! たのむ! 動機を知らずに死んでくれよ! 頼むからもう休んでくれよ! お前の苦しむ姿を見たくないんだ!』
『ボクからもお願いだよシーエ! 急いで!』
何だ? 二人とも
「何をそんなに焦ってる?」
『ヤツが来る。ヤツはシーエに詳細を教えて、汚染しようとしている。お前はもう、楽園へのアクセス権を得た。楽園内にいる全人格と通信可能になったんだ』
『今はまだ彼女はボク達を尊重して待ってくれてるけど、いつしびれを切らすか解らないんだ! シーエ、お願いだからボク達のいう事を聞いて!』
……ヤツ? 彼女? ウチが混乱しないためにぼかしているのだろう。たぶんそれは、ウチになる前の、ウチ。
『ここから逃げても無駄なんだ。一度アクセス権を得たら、世界のどこにいても各地のサーバーを通じて通信が出来てしまう。ヤツからは逃げられない。動機の詳細を、知ってしまう。その前に、頼む……』
絞り出すような声で、エムジが言う。
「エムジ……ごめん。実はもうさ、大体の予測は付いてるんだ。その上で、ウチは死なないって言ってる。わかるよね? この意味」
『そんな……』
エムジが絶望的な声を出す。悲しませたく無いのにな……
「ウチは動機を知った上で、汚染される覚悟がある。というか、もうすでにほぼ汚染されてる。自分がこれからすべき事も、見えてる」
『シーエ……』
『ボクの、日記のせい?』
アルビが泣きそうな声で聞いてくる。ずばりその通りなんだけど、ウチは
「違うよ。安心して。ウチの頭が良いだけさ」
と最大限ドヤってみた。ただまぁ案の定アルビには効かないみたいで。
『日記は、あの1ページを残して燃やした。シーエに動機がばれる心配があったから……。あのページは、ボクの未練だ。エムジとの関係が変わった日を、残しておきたくて。大好きなエムジが亡くなって、あと1ヶ月でボクはエムジの事を忘れちゃうから、この日だけは残したくて。ごめん。ごめんシーエ……』
違うと言ってるのに、アルビは自分を責めてしまう。
『ボクはやっぱり、まだまだ子供だ。出来るならあのページも捨てた方が、安全だったんだ。でも、エムジの事が大好きで、どうしてもこのページだけは捨てたくなくて……』
「いいんだよ。アルビ。気にしなくて良い。むしろ、大事な記憶よりウチを取ってくれてありがとう。今まで、ずっとウチの幸せを願ってくれてありがとう」
ウチは最大限の感謝を伝えた。
「そういえばエムジ、外の人と通信出来るって言ってたけど、さっきウチが外で戦ってた時、相手のグーバニアンに言った言葉聞こえてた?「脳仕掛けの楽園の詳細を教えてくれ。ウチは生きたまま詳細を知りたい」この言葉で、彼らは道を開けてくれたんだよ。たぶんウチの表情を見て、ウチが大体気が付いてる事を察してくれたんだ」
『表情までは、こっちからは知ることが出来ないからな……』
限定的な通信なのか? ともかく
「エムジ、アルビ。希望に添えなくて済まない。でも、お願いだから詳細を教えてくれ。ウチに、やるべきことをやらせてくれ」
この戦いを終わらせて、そして死ぬ。それは、グーバニアン達と、楽園派の者達と、同じ思いで。
つまりウチは、人類の滅亡を、既に望んでいて。楽園のために。
『『・・・』』
エムジ達は沈黙したままだ。だからウチはダメ押しで──
「天国を、人質に取られてるようなものなんだろ? 詳細はまだ、解らないけどさ」
動機の核心に迫る発言をしてみた。
『天国を人質に……言いえて妙だな』
エムジが納得する。
『誰かに脅されてる訳とかじゃないけど……ボクらグーバニアンは皆、似た様な状態だね……解っちゃってたんだね、シーエ……』
アルビも残念そうにつぶやく。そしてエムジが
『──わかった。こっちに招待してやる』
と、観念したように吐き出す。……招待?
ウチの沈黙を疑問と思ったのか、エムジは続ける。
『来ればわかる。ただ、詳細を知ったとしても、自殺の手段は残されているんだ。多くの人間は詳細を知ったその場で自殺している。戦いを選ぶヤツは少ない。誰だって人殺しは嫌だしその重みに耐えられない。誰もそれを責めはしない』
『レジスタンスの攻撃はほぼ失敗したんだ。シーエが戦わなくてももう楽園は大丈夫なんだよ。だから、エムジの話を聞いた後で良いから、もう一度自殺の件、考えてみて』
エムジとアルビはそう言って。そして──
ウチは光の中に包まれた。
* * *
ここは?
光に包まれていた光景が少しずつ鮮明になる。足元の感覚も先ほどの肉の地面ではなく、鉄の感触に。ここは──マキナヴィス!?
「よう。久しぶりだな。相変わらずひでぇ恰好してやがる」
左右を確認していたウチに、後ろから声をかけられる。そこに、立っていたのは──
「エムジ!! アルビ!!」
エムジとアルビがそこにいた。人間の体をしたエムジと、その腕に乗った脳だけのアルビ。エムジが機械の躰を手に入れるまでの数か月見ていた懐かしい姿がそこに。
ウチは駆け出し、エムジに抱き着いた。エムジは優しく、ウチを抱き返してくれた。
涙が止まらない。ずっと見たいと、思い出したいと思っていたエムジが目の前にいる。抱きしめられる。体温を感じられる。
左を見るとエムジの腕に乗ったアルビと目が合う。
「久しぶり。ってほどでもないかな。まだお別れしてから3ヶ月も経ってないね。記憶を無くしちゃうボクらには、長い時間だけど」
「アルビぃ」
二人を抱きしめ、ひたすら泣く。嬉しくて嬉しくて。何度、会いたいと願ったろうか。姿を見たいと願ったろうか。
そして右を見ると──
「え、誰?」
綺麗なお姉さんが立っていた。誰だこれ。
金髪で高身長な女性。スーツらしき衣装を着ている。全く見覚えが無い
「Oh! シーエちゃん! ワタシにだけ抱き着いてくれないなんてヒドイヨー! ヘイカモンカモン! 感動の再会ヨ!」
この口調、声、知ってる。まさか……
「ズンコ!?」
「そうに決まってるでショ! 何で解らないノもう!! シーエちゃんに合わせてワタシもノーパンになってみたノニ!」
いやわかる訳無いが?
プリプリ怒りながら、目の前のズンコの姿がぼやける。人間の形が歪み、そして、あぁ……
「これならわかるデショ?」
「ズンコぉ!」
目の前には見慣れたズンコが立っていた。全身機械で、腕が6本生えたあの姿。ウチはズンコにも抱き着く。……あちこち尖っていて痛い。ここは楽園の中、で良いんだよな? さっき招待するとか言ってたし。痛覚あるんだな。というかウチの体──
「元に、戻ってる?」
ズンコの店で働いていた頃の見た目になっていた。左腕が機械になっている以外、四肢もアゴも存在する生身の体。楽園に来る前のウチは四肢をグーバニアンから奪った手足でカモフラージュしていたはずなのだが。
服も着ている。なぜか股間だけCストリングを付けないで丸出しだが……。少し恥ずかしいな。ただ、今は再開の感動が多すぎて、恥ずかしさに全く興奮出来ない。それに──
「全ての記憶が、ある」
記憶喪失になったあの日から、今日までの12年の記憶が。1ヶ月しか保持出来なかったはずなのに、アルビとの5年、その間のズンコとの3年、エムジと出会ってからの6年、エムジを失い、バニ様と会ってからの1年。全ての記憶が存在する。鮮明に思い出せる。
あぁ、だからさっきウチはエムジの生身の姿を見ても誰だろうとならなかったのか。記憶に刻まれた姿を、声を、体温を、ウチが大事にしていたけど零れ落ちてしまったものたちを、全部思い出せる。
それが嬉しくて。思い出したかった大切な思い出が帰ってきたことが嬉しくて。大好きな三人に再開出来た事が嬉しくて、ウチはその場でしばらく泣いた。三人は、そんなウチを暖かく抱きしめてくれた。
──と、思っていたのに。
「ねえココ凄くない!? シーエちゃん!! ココは人工の天国で死んだ人の人格が全員存在してテ姿も風景も自由にいじレて好きな時に好きな人と喋れテ好きじゃない人とは合わなくて良クテ! 完璧! 完璧なんだヨ!! 外の生きてる親しい人の声も聴けるシ! ナンデモ昔凄い人が作ったサーバーみたいでワタシも技術的ナ事は好きだからバニ様ト仲良くなっテ色々教えてもらっテでも容量限界が来ちゃっタみたいデそれで色々タイヘンで」
めっちゃ凄い早口でズンコがまくしたてる。その反動でウチの感動はどこかへ飛んで行ってしまった。ズンコはウチを抱きしめるためじゃなくて、単に話すために距離を近づけただけか。まぁズンコらしいな。普段なら怒ったりウザがったりする彼女の動作も、今はとても愛おしい。あぁウチ、"普段"も思い出せてるな……いいな。
「待った待った待ったズンコ! 俺が説明するから!! ゆっくり説明するから!!」
まくしたてる様に興奮して喋るズンコをエムジが慌てて制する。そんな姿を見るだけで、ウチは心が温まってしまう。
「エー、折角久しぶりにシーエちゃんとお話出来ると思ったのにナー」
「あとでちゃんと、その時間は出来るはずだから、ね、おちついて、ズンコ」
アルビからも制される。まるでウチがバイトしてた時の様な光景だ。客に対し暴走するズンコを、よくウチとアルビで制したものだ。今ならその様子も文字情報ではなく、情景としてくっきりと浮かぶ。
「ワカッタ! 残念だけどネ~。じゃあシーエちゃん、また後でおしゃべりしましょウ。今度こそ、一緒にお茶しながらネ?」
そういって人の姿に戻るズンコ。何処から出現したのか、手にはティーカップが握られており、目の前には椅子とテーブルまで用意されてる。
こんな事もできるのかこの楽園は。あの日叶えられなかったお茶会を、ここで……
ふう。ウチは一旦思考を切り替え、知るべき情報を優先する。ズンコとは後でゆっくり話が出来るはずだ。
「エムジ、ぶっちゃけ今のズンコの説明で大体解ったんだが……というか元々予想してた通りだったんだが……先に一つ解らない事がある」
「何だ?」
「ウチの記憶。全部復活してるんだよ。しかもぼやけて無くて、全部鮮明に。12年も前の事とか、普通の人でもおぼろげな記憶になると思うんだけど。何かしっかり思い出してるんだ。これは何でだ? あと、逆に12年より前の記憶を思い出せないのも不思議だ」
「それについても、楽園のシステムと共に詳しく説明するさ。少し長くなるけど、聞いてくれよ」
「そりゃもちろん」
「とりあえず記憶についてだが、楽園のシステム上、お前に限らず全員過去の事はしっかりと思い出せるようになってる。12年より前の記憶が無いのはお前をはじめ、いくつかの脳障害を患ったヤツの特徴だから、後で説明するな。まずは記憶のルールだが──」
エムジの説明では、記憶はみな鮮明に覚えてるらしいが、忘れたい記憶は忘れる事が可能らしい。そして再び思い出す事も。
黒歴史を持つ人はだいたいが記憶を消して、そしてしばらくしてから何を消したのか気になって思い出し、身もだえるというのを繰り返すらしい。ある意味地獄かな?
あとどうでもいいけど、さっきズンコが言ってたしやってた好きな姿になれるヤツ、ウチの股間が丸出しなのは、ウチの願望の表れか。こんな時にまで露出を望むとか、バニ様の開発おそるべし。
心が回復してきたからか、恥ずかしさと共に快感が増していく感覚がある。長い間失っていた自分が、戻ってくる感覚が。
「つーかそろそろ股間隠せよ。目のやり場に困る」
「いや、むしろ晒す!! エムジに沢山見て貰う!! ずっとずっと、ウチはエムジに見て貰いたかった」
「えぇ……」
そのリアクションおかしいだろ。お前ウチの事愛してるとか言ってたろ。
「ま、いいか。エロいのは事実だし。俺もずっと見たかったし。折角だからじっくり見てやろう」
「!?……!!?!?!?!?」
え、何て? エムジ今信じられない発言しなかった!? 顔が真っ赤になってエムジを注視出来ない。ずっと見たかった顔なのに。ちらりと見たけどエムジは涼しい顔をしている。あ、ドヤ顔に変わった。何でそんな爆弾発言してからドヤれるんだよ。
つーか股間めっちゃ見てる! めっちゃ真顔で。何だコイツ。
隠そうか隠すまいか迷う。クッソ恥ずかしいけど、それが快感でもあって。あわわ。
「ひゅーひゅーお二人サン。お熱いネー!」
「デスネー」
そしてズンコはお前、おっさんか。アルビは何かふてくされてるし。
尋常じゃなく、とてつもなく尋常じゃなく、言葉おかしくなるくらい精神状態が回復している。目の前に大好きな人たちがいる。その事実だけで、ここまで元気が出てくるものなのか。
まさかエムジ、ウチの精神状態を回復させようとしてそんな発言したのか? だとしたら、感謝しかないな。いや素直に性欲に従ってくれてても嬉しいんだけど。ウチはみんなと会えるだけ救われてるから。
ああ、これなら、これから始まる地獄の日々も、耐えられそうだな。というかこの感動が大きかったからこそ、詩絵美は人殺しの道を選んだし、自分の死の瞬間にもあきらめずエムジの母親をハックしようとしたのだろう。
ウチは覚悟を決め、この楽園の詳細を聞く。
人工の天国という言葉の意味。そして、先ほどズンコが言っていた言葉の一部「容量限界」この二つが示す結果。それが──
(全人類滅亡への、動機)
ウチは自分のしていた推測と照らし合わせながら、エムジの説明を聞いていった。
引き返したり、逃げたりは出来ない。ウチは真っ向から向き合う。その覚悟はもう、固めて来た。