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第四章 05話『滅亡への動機』

 エムジの説明が始まる。



「まずはこの楽園の正体からだ。ここは超大型連結脳サーバー。その大きさは、グーバスクロの国土の半分ほどある」


「は、半分!!?」


 ウチはあまりの規模の大きさに度肝を抜かれた。グーバスクロは大陸の上に存在する国家である。正確な数値は忘れたが、その面積はこの星の全地表の20%程を占めていたはずだ。その半分、そんな広大な脳の塊が、この国の下に眠ってるのか。そんな空間を地下に掘って地盤沈下とか起きないのか?



「国土の半分の体積があるが、核となるプログラムがセットされてるのはこの場所だ。あとは増設された脳達。地下に設置してる都合で、地盤沈下等への注意も色々と対策された、中々ハイテクな装置だ」


 あ、地盤沈下への疑問速攻で解決された。

 ……肉で出来た首都の外観。アレに似た様な肉の塊が国土中の地下に張り巡らされてるらしい。楽園からの指示で動く肉の塊は、地盤沈下や地震、様々な自然災害から楽園を守る役割をするそうだ。要は楽園とその周囲の肉組織が一つの生物の様に機能し、自然災害などの"傷"から本体を守ったり修復したりしている。

 流石は肉の扱い方に長けた国、グーバスクロ。その技術力は機械の国であるマキナヴィスにも引けを取らない。



「楽園の目的は人工の天国の制作。そのために全人類の人格と記憶の収集をしてる。また、その人物と仲の良かった動物も。ペットを家族と思ってる人間も多くいるからな……。お前の記憶が復活してるのは、この楽園内に蓄積されたお前の記憶が同期されてるからだ。楽園内にいる限り1ヶ月で記憶を失うことは無い」


 なるほど。だからウチが楽園内にアクセスした際に、記憶が全て戻ったのか。しかし12年よりも前の、詩絵美時代の記憶が無いのは何故だ。そもそも……技術的に可能なのか? そんなことが。



「楽園から出たらお前の脳の状態と記憶力はまた元に戻るが、ここでの会話は1ヶ月は覚えているし、出た後も俺らとの会話は各地に連結脳サーバーがある限りどこにいても可能だ」


「エムジ、言ってる事はわかるんだが、そんな事可能なのか? いや、実際出来てるから可能なんだろうが、どうやってる?」


「かなり確率は低いが、記憶や人格のハックはたまに成功する魔術だ。詩絵美だってやったしな。知ってるだろ? 演算力を高めれば成功率はわずかだが上がる」


 確かに。わずかに確率が上がるという実験は知っているが


「でも過去、ビル一つ分くらいの量の脳みそを集めてみても、ほぼ成功率は上がらなかったって。相当難易度の高い魔術だって。それを全人類分、とんでもない技術だぞ」


「実際その通りだな。俺もここに出現した時、信じられなかったよ。バニ様に教えてもらってな」


 バニ様。やっぱりここにいるのか? ズンコもさっき言ってたし。会いたいな。つかエムジが死んだ際にはまだバニ様は生きていたから、あの時は生きてる人間と通信してたのか。このシステムも後で教えてくれるのだろう。



「成功率は極めて低い魔術だ。しかしあきらめない人間がいた。ビル一つで少しあがるなら、それをとてつもない数になるまで集めればいい。国土の1/4程の脳を集め、この楽園は作られた。後に容量増設のため脳が付け加えられ続け、今の国土の半分という大きさまで膨れ上がった」


 とんでも無い、作業だな。理論上は可能だろうが、労力や予算の関係で、実際にそんなことが可能なのか。しかし実際に作られている。いったいどうやって?



「詳しい経緯を知りたかったらバニ様に聞け。とりあえず遥か昔に立ち上げられた、国をあげてのプロジェクトで、税金と人員を大量投入して作った物らしい」


「そういう事なの。その辺の経緯は、アタシに聞きなさい。詳しく教えてあげるわ。まあそれは過去の歴史だし今はそんな重要な情報じゃないから、また今度ゆっくりね」



 聞き覚えのある声を聞いて、ウチは慌てて振り返る。

 そこには、ウサギ頭の変なグーバニアンがいて。大好きで大好きで、ボロボロだったウチを1年、ずっと支えてくれた大好きな人がいて。



「バニ様!!」


 ウチはまた抱き着いて泣いていた。全く、ウチは今日はどれだけ泣けば気が済むのだろうか。



「久しぶりねシーエちゃん。3か月弱かしら? ごめんなさいね……。あの時ちゃんと殺してあげられてれば、こんなことにはならなかったのに」


「バニ様は悪く無いよ。ボクが、失敗したんだ。シーエに話しかけないで、隠れて突然自殺するべきだった」


 バニ様とアルビがウチに謝っている。殺せなくてごめんなさいと。



「いや、良いんだ。ウチはウチのすべきことをしたい」


「本当にあなたは……。もっとさぼるとか、他人に任せる術を覚えなさいよ。あなたの不幸を、ここにいる誰も望んでないわよ?」


「でも、今も楽園派の皆は、心をボロボロにしながら、各地で頑張ってるんだよな。ウチだけ逃げるんなんて、出来ない」


「全く、本当に難儀な娘。詩絵美ちゃんの頃から、何も変わってないんだから」


 そう言いながら、優しくウチの頭をなでるバニ様。大丈夫だよ。ウチはもう、これだけで救われてしまってる。この後の地獄も、耐えられるから。


「とりあえず、アタシはちょっと用事があるから一旦席を外すわね。今自己満足の巡回中だから、先にそっちを優先したいのよね」


「……自己満足の巡回?」


 何だろうか。


「そ。自分でもあさましいと思う、勝手なアタシの都合の巡回。まぁそれに関しては、後から来る娘に聞きなさい。今は、楽園の説明を先にエムジちゃんから聞いちゃいなさいね」


 バニ様はそう言ってその場から姿を消した。色々疑問は残るがひとまずエムジの方に振り替える。



「とりあえず、話の続きをするか。で、楽園のその機能でどうするかというとだな……収集していた人物の脳が破壊された場合、つまり楽園の外の人間が死んだ場合、その人格と記憶をこのサーバー内に出現させるんだ。俺らはそれを人格情報と呼んでる」


 自分を指さして人格情報と呼ぶエムジ。


「つまり、ここは人工的に作られた死後の世界。死んだはずの人間の人格が保存され、自由に動ける天国。もちろん本物の天国ではないな、偽りの天国だ。本当の天国や、魂の有無は未だ解らない。もしかしたらこことは別に本物の天国があって、俺らの魂は極楽浄土を謳歌してるかもな。楽園内の人格情報は全てコピーされたものだから」



 巨大なサーバーを使い、生きてる人間の人格と記憶を収集。その後その人物が死んだら人格情報を再現したアバターみたいなものを、楽園内に出現させると。



「実際俺は、あの時死んだ直後、ここに出現した。楽園に関してのチュートリアルは全くなかったから、混乱したよ。とりあえず、外にいるシーエやアルビの動向は知ることが出来たから、ここがあの世的な物なのは理解出来た。その後シーエが直前まで戦っていた橙子ってグーバニアンから連絡が来て、詳細を教えてもらったんだ。ズンコにも、そこで会った」


「エムジちゃん殆ど話す前にワタシ死んじゃったからネ! お話出来て嬉しかったヨー」


 橙子……。彼女もいるのか。後で会いたいな。



「楽園がこんな凄まじい事をやってのけてるメカニズムだが、全世界に存在する連結脳サーバーを、楽園の膨大な演算力で強制的にハックして可能にしている。しかもこのハックは水面下で行われ、サーバー側はハックされたことも知らずに機能する。皆その事実に気が付かない」


 連結脳サーバーのハックなんて出来るのか。サーバーのチャンネルをジャック出来るのは知ってる。しかしあれはサーバー自体の能力には何ら影響を与えず、サーバー上で動いてる思念魔力同士で戦い合ってるようなものだ。


 しかし、脳仕掛けの楽園。大陸の半分ほどの大きさを持つサーバーなら、その膨大な思念魔力で、各地のサーバーごとハックすることが可能なのか。つくづく、信じられない装置だな、ここは。


「そのハックされたサーバーにアクセスした人間。この星に住むほぼすべての人間から、常時最新の記憶と人格をハックし収集してる。相手の脳に負荷をかけず、情報のみコピーしている。サーバーにアクセスしない人間なんていないよな? その都度最新の人格とこれまでの記憶を読み取られてたって訳だ」



 なるほど。人格情報の収集と、楽園内への出現は理解した。確かにここは、人工の天国だ。

 グーバニアンがマキナヴィスのサーバーを破壊しなかったのも、これが理由だ。マキナヴィスの人々も、この人工の天国へ招待するつもりだったのだ。



「天国が有ったらいいなと思ったことはあるか? 俺はある」


 エムジが聞いてくる。あるよ。あるに決まってる。ずっとずっと思ってた。もう一度会いたいって、思ってた。


「ワタシもあるヨ! ずっと夫と娘に会いたかったからネー」


 え、ズンコ家族いるの!? 衝撃の事実だった。ズンコと結婚とはそうとう物好きな……いや失礼な事は考えないでおこう。ウチだって人の事言えない。バニ様曰く、元夫も変態だったからうまく行ったらしいが……つまりウチを好きと言ってくれたエムジも隠れ変態??



「お前今とても失礼な事考えてたろ」


 何故バレたし。楽園内では相手の思考をハックし放題とでもいうのか? でもウチにはみんなの心の声が聞こえてこないから多分違うな。



「ボクは先に死んじゃったからそんな事思うヒマ無かったな」


 アルビが不思議な事を言う。先に死んだ? ウチより、という意味では無いよな?


「ああ、混乱させちゃったね。エムジの話を聞いて。しっかり納得できるから」


「話を戻す。大昔のはなしだが、大切な人を失った悲しみが、この楽園を作ったんだ。そういった者同士が集まり、出資し、国まで巻き込んで、楽園は作られた。元々グーバスクロも宗教で統一された帝国だったから、このプロジェクトは国家の幹部連中の承認を得た。完成前に既に死んでいる人には会えないが、今後死んだ人には会える。天国が確実にあると、安心して生きていける」


 それは、とても素晴らしい、プロジェクトだな……


「企画したのが純粋な、善意の人間だったそうだ。恐らくその人も大切な人を亡くしたのだろうな。楽園を作ってもその人の願いは叶わない。会いたい人には会えない。でもその後に続く人には、自分の様な悲しみを持つ人を減らせるなら、そういう意思を持った人たちが集まり、この楽園は作られていったと聞いている」


 ウチも思っていた、悲しむ人を減らしたいという気持ち。自分たちの悲しみは埋められなくても、その後の人のためにそれを実行する強さ、優しさ。楽園が出来た時、彼らはどんな気持ちだったのだろうか。自分はもう、愛する人には会えないというのに……


「だから収集した情報はその悪用や、金もうけには使われなかった。プログラムの核に先に述べた手順が入っていて、それ以外の事は出来なくなっている。あまりにサーバーも大きく、機能を改変しようとする思念魔力は全てはじかれてしまう。ここは純粋に、優しい気持ちだけで成り立っている。悪意が入り込む要素が無い」


 確かに、人の記憶や人格を収集し放題なら、いくらでも悪用出来てしまう。この楽園は予めそれらに対しての対策もなされている訳か。


 しかし今、その優しさで満ちた楽園が、世界に悲しみを振り撒いてる。皮肉なものだな。



「楽園へのアクセス権を得る方法は二種。実際に楽園を見るか、見た人間から正確なイメージを直接思念でもらうかだな。後者はアクセス権の開示と言われている。するとその後、生きたまま楽園内に存在する人格と、各国のサーバーを通じて会話が可能になる」


「ボクはバニ様と出会った際にアクセス権を貰ったんだ。その後ちょくちょく楽園の中にいるエムジと通信して、何とかシーエを戦地から遠ざける方法を探してた」



 ああ。エムジは望まないとアルビが度々言っていたのはそれが理由か。



 ちなみに会話は音声に発した時のみ可能との事。先ほどグーバニアンやレジスタンスの面々が独り言を言ってたのはそのためか。アルビも隠れて言ってたらしい。気が付かなかったな。

 しかし何故言葉に出さないといけないんだ? 思念を読むわけには……。まあ良い、これも後に解るだろう。


 なおこうやって実際に実像を持って直接故人と会うのは、楽園の近くにいる時のみ可能だそうだ。楽園の中枢部から物理的に離れている場合は、会話のみ可能との事。アルビもアクセス権を得た後も、エムジのビジュアルは思い出せなかったと言っていた。

 声だけでなく姿が見たかったら、会いたかったら、首都に来ればいい。詩絵美は何度も首都に来ていたのだろう。だからウチはこの地下の道を覚えていたんだ。



「ごめんな。アルビ。一杯口喧嘩してしまって」


 ウチはアルビに謝った。あの時のアルビは、動機は説明できずとも、エムジからの願いを叶えようと必死だったのだ。ウチはそれに真っ向からぶつかってしまって。


「いいよ。気にしないで。ボクの説得力も、弱かったからね……」


「そんな事は無いよ。ウチは何度も迷った。でも、ウチが頭が固くて、エムジへの想いを捨てきれなくて……結局はここまで来ちゃったけど。あ、それはそうとアルビ、アルビは最初からアクセス権を持ってた訳じゃないのか?」


 先ほどの会話で少し気になった事だ。アルビは最初から動機を知っていた。なのにバニ様に会うまでアクセス権がなかったのは何故だ?


「あーそれは……」


「俺が軽く説明しよう。アクセス権は脳と人格のセットで判定される。シーエとアルビが入っていたのは俺の母さんの脳だろ? 母さんは生前アクセス権がなかったから、アルビは人格がコピーされた時点でアクセス権が無くなったんだ」


「なるほど」


 脳と人格のセット。じゃあウチにアクセス権がないのも。


「詩絵美の脳も、元々はアクセス権があったが、脳が故障して人格は消失。母さんの脳に入った、コピーされた人格であるシーエは当然アクセス権を持ってない。お前、詩絵美の頃の記憶、無いんだろ?」


 最初に記憶を取り戻した時に疑問に思った内容。さっきからずっとそれが気になっていた。


「それに関しては後でヤツから聞いてくれ。ちゃんと説明するから。一旦楽園の詳細に戻るぞ」


「解った。情報が多すぎるもんな。ゆっくりしっかり説明ヨロシク」



 聞けるというなら焦る必要もない。ヤツとやらの正体も、なんとなく解ってきた。

 ウチは再びエムジの説明に耳を傾ける。



「楽園があれば、死んでも別れにはならない。しかし現実を一緒に生きて行く事は出来ない。だからこの楽園は、本来は現実に生きている人間を応援して、頑張る気力を与えるためにつくられたものだった。もちろん楽園に逃げる様に自殺する人間もいたが、楽園は全てを受け入れた」


「自殺も悪ではないと判断したのか。でもそれは、存在ごと消えたいような人間には逆に地獄じゃないか?」


「その辺もぬかりない。ここに到着した人格には消失する選択肢もある。遥か昔に死んだ人間で、もう楽園での生活に満足した人格情報も、少しずつ消えていくな」


 なるほど。ここは本当に完璧に設計された天国なんだな。



「楽園自体の情報は、グーバスクロの全国民には行き渡らないようにされた。もちろん設立時に働いていた人物には知られているが、あまり広めない様に言われていたらしい。先の様に自殺する人間も出るし、楽園に行けばいいと怠惰になる人間も出る。だから、死別に苦しんでそうな人を見つけては、ひそかに楽園関係者がアクセス権を渡し、その後の人生を悲しみ無く、有意義に送れるようにして来たんだ」



 まさしく、悲しみを減らすための装置。それが脳仕掛けの楽園だったのだ。

 もう会えないと思っていた人に、会える。既に死んでしまってはいるけど、会える。どれだけそれで、残された人が救われるか……。後を追いたがる人もいるだろうが、楽園の中の人格はそれを望まないだろう。人格情報に説得されながら、この世にいるまだ生きてる人は、ゆっくりと、その足を前に進めるのだ。会えない悲しみに支配される事も無い。夜に枕を涙で濡らす必要もない。心に開いた穴が、埋まるのだ。


 ウチも、今こんな状況で無ければ、エムジ達に会える喜びを胸に、前向きに人生を、余生を送れたろう。

 こんな状況で、無ければ。



「楽園に先に出現した人格には、生前親しかった人を見守る事が出来るシステムもついている。相手がアクセス権を持っていない場合、見守るだけだが、残してきた人たちの動向を知る事が出来る」


「ワタシもそれ使ってシーエちゃんとアルビちゃんずっと見てたんだヨ!」


 先に死んだ人は残してきた大切な人のその後を知ることが出来る。残された者は、アクセス権を手に入れれば楽園内部の人格情報と交信が出来る。死んだ人にも、生きてる人にも優しい。優しさに満ち溢れたシステムだ。



「ただチョット条件もあってネー。完璧にシーエちゃん達を知ることが出来るワケじゃなかったんだよネ。心の中とも見れたら良かっタのに」


「いやズンコそれ、プライバシーに関わるから」


 アルビが突っ込みを入れる。プライバシー?


「アルビちゃんには覗かれたくない内面があるのカナー? 意外とむっつりスケベダカラネー」


「ちが!? な、何言ってるのズンコ!!?」


 良く解らんが何か微笑ましいやり取りが繰り広げられる。何?


「まあアルビがむっつりなのは、俺もそう思う」


「エムジぃ!!?」


 アルビが顔を真っ赤にしてエムジとズンコをポコポコ殴っている。それを無視して、エムジは説明を続ける。んー? 心なしかエムジとアルビ、生前より仲良くなってる?



「楽園から見守れる人には条件があってな。生前親しいと自分が思ってた人、というか知り合いだな。この人物のその後しか追う事が出来ない。つまり、その大切な人が新しく会った人がどんな人間なのかはわからないんだ」


「ほう」


「そして感じれるのは声のみ。何考えてるか、どんな姿なのかは解らない。他人との思念通信も解らない。楽園の機能としては記憶を常時回収してるから、何考えてるかはわかるはずだが……そこはプライバシー保護のため楽園内の人格情報にも知ることは禁止されてる」


「プライバシーってのが何か気になるんだが……ここ設計コンセプトは天国なんだろ? 残してきた人たちが喜んでるのか悲しんでるのか、内面知りたいと思うけどな」


「楽園は、生者を応援すると共に、死後楽園で一緒に暮らすための装置でもある。死んで出現した人格情報に対し、お前の内面全部知ってるぜ! って言ったら相手つらいだろ?」


「あ、確かに」


 人によってはそのまま即人格消滅レベルの惨事だわ。


「プライバシーは大事なんだよ。だから、死者に祈っても楽園的には意味が無い。声に出さないと。まあ独り言聞かれるのも恥ずかしいもんだが、内面見られるよりはいいだろ。死んだ人間も生きてる人間の動向を知りたいし、設計時の妥協点がここだったんだろう」


 祈りが届かないというのは、天国としては寂しい気がするが……。確かに今目の前で仲良くしている、というか喧嘩しているズンコとアルビを見ると、先に死んだ方が勝手に生きてる方の内面を覗き見るのは人間関係がギクシャクしそうだ。

 それに本物の天国が存在するなら、祈りは無駄にならないはずだしな。あくまでこれは脳仕掛けの楽園という人工の天国での話だ。



「ちなみに楽園は思念魔力に特化したサーバーだから、外部の人間の容姿を判別する機能は物理的に無い。アレは稼働魔力をセンサーみたいにしないといけないからな。だから今どんな格好で、誰と一緒にいるのかは、その人物が発した言葉でしか判断できないんだ」


「なるほど」


「俺の母さんも、まさか自分を殺した人間と息子が一緒にいるとは思って無かったと言ってたしな」


 そう言ってエムジは笑った。いやそれ笑い話なのか? エムジのお母さん、ウチは彼女に、謝らないと……



「ああ、母さんの事は気にするな。詩絵美との件はとっくに決着ついてる。後で紹介するよ。お前が気にする必要もないしその理由もわかる。お前はシーエであって、母さんを殺した詩絵美ではないんだから」


 エムジが意味深な言い方をする。詩絵美ではない。エムジのお母さんがウチのことを感知できなかったのもこれが原因か。知り合いの動向はわかると先ほど聞いた。殺された相手でも、知ってはいる。しかしエムジのお母さんが死んだ瞬間、詩絵美の脳も破壊された。あの時点で楽園は詩絵美を死んだと判定したのだろう。だからその抜け殻の体を使っていたウチは、エムジのお母さんは感知出来なかった。

 つまり、先ほどから話題に出てるヤツや彼女はという存在は……



「ここからが本題だ。楽園に問題が起き始めたのは20年前程。常に人格と記憶を収集している楽園に、容量限界がおきそうになった。マキナヴィスの蒸気機関発明による産業革命、グーバスクロの医療技術発達。それらによる人口増加が、楽園の寿命に拍車をかけた」


 来たな。グーバニアンが、楽園派が人類滅亡を望む理由、動機が。



「本来の想定では、ここまで人間が増える予定では無かった。楽園内の人格情報は、楽園での生活に満足したら消えていく。人に寄るが、大体楽園に来てから100年もすれば、いなくなるみたいだ。いなくなった人格情報は削除されるから、人が増えすぎなければ楽園は特に問題無く維持出来たんだ」


 楽園が出来たのはいつかは解らないが、大きな技術発展が起きる前なのか。さっきの話では100年で人格情報が自ら消えるという話も出たし、最低でも100年以上前だな。そんな時代に、これほどのサーバーを作ったのか。


 連結脳サーバーという技術はいつできたのか詳しくは知らないが、以前エムジの話で、宗教戦争時には相手の脳をハックする技術があったと聞いた。脳を奪い合うのも、その戦争以来だと。脳をハックする技術、リミッター解除の技術から、サーバーは生まれたはずだ。つまり戦争中か、戦後に連結脳サーバーは出来たのだろう。


 マキナヴィスが今使っている機歴。確か今は1321年だったか? これは機械の国が出来た時点からのカウントで、宗教戦争は機械の国と肉の国の戦争だったはずだから……国が出来て直ぐか、もしくは戦争によって国が出来た可能性もあるな。となるとサーバーは1000年以上前に出来ててもおかしくない。詳しくは今度バニ様にでも聞こう。


 とてつもない昔からある、とてつもない技術の塊だったんだな。そして今までは、グーバスクロの人々の暮らしを支えて来た。


 でも──


「このままでは15年以内に楽園はキャパシティオーバーで、故障する。楽園に収集され続けている人間の人格情報が想定よりもはるかに増大したんだ。その結果、これは問題発覚当時の計算だが、15年程でこの人工の天国はなくなってしまう事が解った。これに恐怖を覚えたのが、楽園を管理しているメンバーだった。バニ様もその一人だな」


 エムジは続ける。世界が狂ってしまった理由の説明を。



 大切な人に会えなくなる。折角再会出来た大好きな人に。自分の命よりも大事で、失ったことでその後の人生が崩れてしまうくらいの大切な存在。

 願って願ってやまなかったその人との再会。それが叶ったのに、また会えなくなる。もう一度、失う。そんなの、耐えられる訳、無い。



「特に一度大切な人を無くして、その後楽園を知って再会した人間には、恐怖以外の何物でもなかった。また会えなくなると。また失うと。あるか分からない天国に、また縋ることになるのかと」


 エムジもウチが思う事と同じ事を言う。


「先に母を亡くした俺にはわかる。その恐怖が。折角再会できたのに、これからずっと一緒にいられると思ったのに、また別れる事になるのかと」


 つらそうな顔で絞り出すエムジ。たぶん、ウチの身を案じているのだろう。今まさしくその状態になっているウチに。


「既に死んでる俺にはもう選択する権利は残されて無いし、楽園が消えるなら皆と一緒に消えるだけだからある意味気軽なものだが……お前は、どうだ? まだ生きている人は、死者に会えた喜びと、再び別れなくてはいけないかもしれない恐怖を同時に味わう事になる」


「……そんなの、耐えられる訳、無いよ」



 絶対に嫌だ。もう一度エムジに、アルビに、ズンコに、バニ様に、会えなくなるなんて。折角今日会えたのに。今、本当に、心の底から嬉しくて、嬉しくて……。

 それがもう会えなくなるなんて、絶対に絶対に、嫌だ。想像しただけで、吐き気に襲われる。この空間では吐くものも無いけど。


 せっかく会えた大切な人。二度と会えないと思っていた人に会えたのに。また別れる事になる。その恐怖は、動機の正体を予測していたウチですら、耐えられるものではなくて──


 ウチはその場に、倒れる様に座り込んだ。


「シーエ!?」


「大丈夫か!? 一旦休憩するか」


「大丈夫。大丈夫だよ二人とも。ありがとう。続けてくれ。ウチは詳細が知りたい」


 アルビとエムジが心配してくれる。ズンコは……テーブルに突っ伏して寝てる。流石だ。寝るとかあるんだなこの楽園。



「つらかったらいつでも言えよ?」


 エムジはそう言って、説明を続ける。


「協議の末、導き出された結論が、今の世界の結果だ。楽園を守りたいグーバニアンは、全人類の滅亡を企画。これ以上楽園が人格と記憶の情報を収集しなければ、楽園は存続できる。親しい人とまた別れなくて済む」


 つまり、ウチがここに入る前に言った。天国を人質に取られたような状態。それが今の楽園派の状態だ。



「戦士達が全ての人を殺し、その後自殺すれば、ミッションコンプリート。楽園の管理システムには、周囲で作物を栽培し、維持用のカロリーを作るサイクルもある。ある程度の自然災害にも対応できる」


 楽園は思念魔力に特化したサーバーだが、自己維持に必要な稼働魔力は行使出来る様だ。また首都の肉の塊と蒸気機関も、カロリーの運搬や災害対策等、様々な役割の為に作られた楽園サポートシステムの様なもの。人類がいなくなった後にも楽園をある程度自動でメンテナンスするための補助装置との事。


「楽園内の人格には消滅の権利があるから、恐らくその内ジワジワと内部の人格は減っていく。長い時間がかかるだろうが、そうしてすべての人格が消え、生きた人間も、死んだ人格情報もいなくなれば、全て終わり。それまで各人格が楽園で穏やかに暮らせる様、楽園を維持するカロリー生産や脳の交換、災害からの保護対策も、今同時に進められてる。首都の様相がその結果の一つだ」


 クローン人間を生産し、クローン脳を摘出するプラントもあるらしい。脳には寿命があるから、随時クローン脳と古い脳を交換し続けるそうだ。


 楽園を守り、人のいない世界を作る。そして、楽園の中で満足するまで大切な人と共に時間を過ごす。



 それが、彼らの目的。真の動機だった。



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