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第四章 06話『始まりの彼女』

「楽園の存続」


 ウチはグーバニアンの動機を再確認する。


「そのための、人類滅亡」


 だからグーバニアンは人を殺す。そして戦争で親しい人を亡くした人に楽園の情報を与え、味方に引き入れる。今各地で自国民同志でテロが頻発してるのはそれが理由だ。


「計画は順調らしいが、レジスタンスの存在もある。完遂するまで気は抜けないとバニ様は言っていたな。ま、今回の全面衝突でその心配もほぼ無くなったが」


 なるほどな。確かに、これは人類滅亡を目指すな……。ウチはかみしめる様に思っていた。

 ウチはエムジに会えて嬉しい。とてもとても、嬉しい。

 そして、もう一度失うのは怖い。それだけは何としても回避したい。エムジと別れずにいるためなら、そのためなら人を殺すだろう。人を殺して、どんどん悲しみを増やして。

 それらの人間に楽園へのアクセス権を渡し、自分と同じ戦士にするか、その場で自殺させるか……。



「昔のウチもそうだったのか……。詩絵美も」


「そうだよ」


 アルビが答える。


「ボクは、シーエには詩絵美と同じようになって欲しくなかったんだ。彼女はとてもつらそうだったから。ボクとお父さんのために、沢山頑張ってくれたから。記憶を無くしたシーエには、幸せに生きて欲しいって」


「アルビ……」


「でも途中でエムジが死んじゃって。シーエがこれ以上幸せになれなそうだったから、楽園を知る前に殺そうとしたんだけど、それも失敗しちゃって。ごめん。ごめんね。シーエ……」


 気にしないで。そう言おうとした矢先、別の角度から、全く同じ言葉が飛んできた。


「気にしないで。キミは頑張ったよ。アルビ」


 ──ウチと、全く同じ声色で。



 そこには、ウチと全く同じ姿の人物が立っていた。いや、既に死んでるから人格情報か。


「詩絵美……」


 ウチは、目の前にいる同じ姿の自分──以前のウチに向かって話しかけた。



   * * *



 目の前に出現した人格情報は3人。橙子、詩絵美、……全身があるアルビによく似た、露出度の高い服を着た少女。

 楽園内の人格情報が、生きてる人を把握できるシステム。その判別方法を聞いた時点でなんとなく想像は出来ていた。楽園は何をもって“死”を判別しているのか。

 恐らく、通信と同じで脳と人格のセット。どちらかが破壊されると、死んだという判定になるのだろう。エムジは母親に会ったと言っていた。母の脳は生きてるのに、人格をウチとアルビに上書きされたから死んだ判定になったのだろう。

 そして逆に、脳が死んでいて肉体だけ生きてる詩絵美は……


「あれ、意外と驚かないな?」


 こうして、目の前に人格情報として出現している。つまり、あの日死んだという判定になったのだ。ウチは12年前、新しく生まれたシーエという人格。だから詩絵美時代の記憶を同期しない。別人扱いという訳だ。


「いやまぁ、なんとなく気が付いてたからね」


「マジか。ウチってそんな頭良かったっけ?」


「俺は驚いたけどなぁ初めて詩絵美を見た時。その後の説明で、楽園のシステムも解った」


 エムジが会話に参加してくる。そりゃ驚くだろう。まだウチは生きてるのに、全く同じ格好の人物がいたら。


「あー! あの時のエムジは可愛かったなぁ。「シーエ!」って言いながらウチの胸に抱き着いて来て。良い感触じゃったろ? 同じ体なんだから」


「ああ。昔道でカエル踏み潰しちまった時を思い出す柔らかさだったな。カエルには悪い事をした……カエルに謝れ」


「ウチが謝るの!? おかしくないこの流れ!!? 普通今の会話って、エムジが顔赤らめて「そ、そんな事ねぇよ!」とか言って目の前のシーエも赤くなるおいしいシチュエーションだよね!?」


「うるせぇカエル未満、踏み潰すぞ。俺の母親殺しやがって」


「ひぃぃぃ! それ言われると何も返せない! 全然躊躇ないよこの人!! つかウチよりカエルの方が良いの!? っていうか何でこっち来てるの!!?」


「え? 潰そうと思って」


「え、怖! たす、助けてシーエ! キミの恋人だろう!?」


 詩絵美とエムジが漫才みたいな会話してる。エムジ、詩絵美に対してもこんな態度か。強い。まぁ元のウチだし性格似てるだろうしなぁ。……しかし親を殺されたことも笑い話に出来る位、エムジは回復しているのか。それは良かったなって思う。


 つーかウチの胸、つぶれたカエル未満か……。照れ隠しである事を願いたい。詩絵美をウチと思って抱き着てくれたのは、素直に嬉しいし。それに恋人か……そうだなよな。お互い好き同士なんだからな。うんうん。



「ぐほぉ! あー、エムジと話すとすぐこれだ。シーエはよくコイツに惚れたな。ウチはMの自信があるが、コイツのSっぷりは相当だぞ? ……ていうか話を戻そう。よくウチがいるって解ってたな」


 詩絵美はエムジに踏まれながら続ける。何これシュール。



「エムジのお母さんの脳がハイスペックなんじゃない? 人格は同じでも、使ってる脳は違うだろ。ウチがエムジを好きなのも、きっかけは母性だしな。でも長い事一緒に暮らしてみな。お前も好きになるから」


「まあ正直もう好きにはなってるけど、中々ヤらせてくれないんだよなー。あ、でも心は英雄一筋だぜ? それはそれとしてエムジは抱きたい」


「ないわー」


「だからそんな強く踏まなグハ!」


 エムジが引きながら踏んでる。うーむ流石ウチのオリジナル。貞操観念が緩い。



「あぁ驚くと言えば、頭の上のそれには驚いてる」


 詩絵美の頭にはフナムシが付いてるが、それが──何と動いている。ウチが付けている様な飾りではない。生き物だ。



「あーこの子は、ナトくんていって、ウチの大切な家族だよ。小さいころからずっと飼ってたんだけど、ある日突然死んじゃって……。家族を失ってここを訪れた時、まさかナトくんにも会えるとは思って無かったから、嬉しかったな」


 そういって詩絵美は頭についたナトくんというフナムシを愛おしそうに撫でる。ナトくんも気持ちよさそうに触覚を動かしている。

 ……虫に知能が?


 話が神妙になり出したからか、エムジは詩絵美を踏むのを止め、距離を取る。詩絵美も立ち上がり、ウチに説明を続ける。


「ふう。この子をはじめ、グーバスクロは生き物への研究が盛んでね。楽園を建設できたのも、この探求心が理由の一つに入ってる。“肉”の扱いがうまいんだ。マキナヴィスよりもね」


 ナトくんを撫でながら、詩絵美は続ける。


「この子は寿命や知能を凄く上げたペット用の人工生物。犬や猫と同じくらい頭良くて、人間にも懐く。寿命は20年くらいあるはずだったんだけど、幼いウチは育て方がずさんで、寿命の半分しか一緒にいることが出来なかった。ある朝起きたら、籠の中で動かなくなってたんだ」


 うつむく詩絵美。その時の気持ちは、ウチにも痛いほど解る。ズンコを突如失ったあの日の痛み、それに類似したものだろう。

 人もペットも、命には変わりない。


「前日に「また明日ね」って言って寝かせたのに。明日が来ないなんて思わなかった……。ずっとずっと後悔してて、それでナトくんを忘れたくなくて、フナムシの髪飾りもつけてたんだ」


 だからウチは、記憶を失ったエムジの故郷で、頭についたこの髪飾りを外したくなかったのか。


「今はやっと一緒にいられる。20年と言わずに、ずっと一緒に。あの日の後悔の先へ行ける。それは家族も同じ。ナトくんの件があったから、ウチは家族に常に愛情を持って接してたけど……事故は起きた。いつだって死は、待ってくれない。突然、途切れるんだ。今までの日常が、無くなる。二人を同時に失うなんて、その日の朝は思ってもいなくて……。だから楽園で再会出来た時は嬉しくて、嬉しくて……。そしてその後楽園の危機を知って、ここを失いたくなくて、ウチは戦士になった」



 その分、悲しみも多く振り撒いたけどと、自傷的に笑う詩絵美。



「結局任務の途中で死んじゃったけどな。人格のコピーとかいう荒業をやってみたけど、まさか成功してるとは。良く出来たなウチ」


「エムジのお母さんの脳が凄かったんじゃない? さっきほら、ウチの方が詩絵美より頭良い的な話してたし」


「あーなる」


「「ア〇ル!!」」


「ハモるな! 特に自分で言った詩絵美!!」


 ウチと詩絵美の会話に、ウチからみて左に居た少女が突っ込みを入れる。その声はとても聴きなれた声で──

 人格と脳のセットで人物の死を判定してるなら、当然いるだろうと思っていた存在。



「オリジナルの亜瑠美か?」


「あ、そ、そうです。初めまして。シーエさん? あー。どう接していいのか解らないな……見た目も話し方も詩絵美と全く同じだから。その酷い股間の様子も」


「同じで良いんじゃない? それに性器を晒すのは良い事だぜ?」


 気軽に詩絵美が言う。亜瑠美が「何が?」みたいな顔してる。


「ウチもそう思う。あぁ接し方の面の話な。もちろん露出もオススメはするけど……。という訳でよろしくな。亜瑠美。二人のアルビに関しては色々聞きたい事もあるけど、その前にもう一人に挨拶を……。お久しぶりです。橙子さん」



 詩絵美の隣に立つ、純白の美少女に話しかける。年齢的には少女では無いだろうが、見た目は少女だった。それはこの世界の人間みんな同じようなものか。


(ウチも恐らく、今40から50くらいだろうしな)


 ウチが記憶を失ってから12年。詩絵美は結婚してその後戦士になったと言ってたし、家族を二人失ったとも言ってた。おそらく子供がいたろうから、最低でも20台後半だろう。つまりはそういう事だ。



「ワタクシの事は気軽に橙子とお呼び下さいまし。それに敬語も良いですわ。詩絵美さんと同じ姿の方に敬語で話しかけられると違和感があります」


「そういうお前はずっと敬語じゃん。いい加減ウチにも気軽に話してくれよ」


 詩絵美が橙子に言う。


「ワタクシのこれは……生まれつきですわ。中々直りませんの。楽園で長い事暮らしていれば、いつかは気軽にお話出来る、そんな日も来るかと思いますが……」


「まあ吏人りひとにも敬語だしな。後ろの開発は順調かい?」


「な!?」


 橙子の顔が真っ赤になる。え、何の話始めてるの? 気になる。


「順調よ。アタシに任せておきなさい! 吏人ちゃんもノリノリだしね。それにここにいる娘、みんなむっつりスケベだから、開発のし甲斐があるわ」


「「「バニ様!!」」」


 突然現れるバニ様に、橙子とダブルアルビから突っ込みが入る。そこに

「ウチはむっつりじゃなくてただのスケベだぜ!」

「ワタシもスケベヨー」


 と詩絵美とズンコから反論。ズンコはノーパン背徳的でイイネとか言ってる。……え、お前性欲あるの? いや子供がいたと言っていたしあっても不思議ではないか。機械の姿のイメージしか無いから想像が難しい。



 そしてバニ様は消える。何しに来たんだ。



「ウチも自己満足の巡回中だから、話す事だけ話したらバニ様と同じように消えるよ」


「ワタクシもですわ。というかワタクシはシーエさんにご挨拶だけするつもりでここに来たので、先に失礼させて頂きます。色々落ち着きましたら、ワタクシの夫……や詩絵美さんのお友達も紹介させて頂きますわね」


 夫の部分で顔を赤らめる橙子。何か可愛いなこの人。とか思ってたら「出来れば夫はシーエさんには紹介したくないのですが」なんて言われた。……ウチそんなに節操無いかね? 今はエムジ一筋よ? 露出はするけど。


「吏人とも合体したいなー。あいつスケベの塊だからウチにもセクハラしまくってくれてめっちゃ嬉しいんよなー」


「詩絵美さんホント止めて下さいまし!! 吏人もノリ気だからマジでやりやがったらピっ殺しますわよ!!」


「ウチが旦那を寝取らない様、自分のあちこちを開発してるの。けなげでしょ橙子」


 そう言ってウチに橙子の家庭の事情を教えてくる詩絵美。橙子が詩絵美をポカポカ……じゃないなガチ殴りしてる。凄い顔しながら。



「詩絵美さん、これ以上、くれぐれもいらないことは言わない様に」


 そう言って消える橙子。

 しかし、自己満足の巡回、とは。さっきから気になるな。



「セロルちゃんは是非シーエちゃんに会わせたいネー。可愛い娘だよ。橙子ちゃんと詩絵美ちゃんの友達で、ワタシを殺した娘なノ! シーエちゃんとは直接会った事無いカラ、怖くて出てこなかったみたイ」


 テンション高めにズンコが言う。自分の仇を気軽に紹介するズンコ、相変わらずネジが外れてるなぁ。


「いらない事っていうのはアレかな? 実は橙子は旦那との夜、凄い乱れるとかそういう情報か? もしくはウチとの約束で、ウチの死後ずっとノーパンだったりする事実か?」


 まさしくそれだろう。哀れ橙子よ……。




「ともかく、ちょっと真面目な話に戻そうか」


 そう言って詩絵美は切り出した。


「シーエ、キミの存在に関しては、何となくセロっちゃんから聞いていたんだ。あ、さっき言ったズンコを殺したウチの友達ね。でもその当時はウチの体が生きて動いてるなんて半信半疑で……実際に知ったのは無頭さんがこっちに来た時だ。動機を知ってるかもしれない敵がいるって、無頭さんが警戒を出してた。楽園内にいたウチは、無頭さんからイメージをもらって自分の体が生きてる核心を得たんだ」


「無頭さん?」


 聞きなれない人物の名前が、思わず口からでる。

 そんな折、エムジがその無頭さんとやらの正体を教えてくれる。



「俺らが戦った、無頭の女性だよ」


 ──無頭の女性! あの、強敵の。


「無頭さんてのはウチが勝手に読んでるあの姉妹のあだ名だな。知り合ったのは彼女達の死後だけど。ただ、似た様に頭を切り取った同志は知ってるし、間接的に無頭さんの情報は生前聞いてた」



 無頭の女性。彼女たちと戦っていた際に感じていた、嫌気が指したという感情。今なら分かる。正直、ウチもこれからの地獄を想うと嫌気が指す。


 脳仕掛けの楽園を守るため、無実の人々を殺し、その脳を奪って魔力を強化していく。その力で新たな無実の人を殺し、世界に悲しみを増やして。そして悲しんでる人に楽園を教え、自殺させるか自分たちの仲間に引き入れる。

 どこまでもどこまでも、悲しみが伝染していく。楽園で会えるとはいえ、失う悲しみ、その人のあるはずだった残りの人生、未来、全てを楽園派は奪っていく。


 いつか戦ったグーバニアンも言っていた。自分たちは間違っていると。ウチとエムジの姿を見て、それこそが人として正しい姿だと。人は生きて、出会いと別れを繰り返し、未来に命を繋いでいくべきだと。


 でも楽園を見た人間は、楽園の中に、会いたくて会いたくてしょうがなかった人がいる人間は、失うのが怖くて楽園を守ってしまう。脳仕掛けの楽園を。


 全て、脳が悪い。脳が。だから無頭の女性は、脳をはずしたのだろう。もちろん脳が無ければ生きられないので他の場所に移植しただけなのだが、恰好だけでも。そういったグーバニアンは多いのだろう。ウチが詩絵美だった時に、何人か会ってるのだろう。


 脳の為に戦い、脳を奪い合う戦場に、嫌気がさして。



「無頭さんに、その時戦った敵に変身してもらったら、まさにウチだった。というか向こうはウチに会った瞬間に「お前だ!!」って言って来たんよ。その時点でまだ生きてたウチの友人は橙子とバニ様だけで、バニ様は楽園のメンテナンスや人類滅亡後の楽園維持システムを作ってたから、戦士として動いてた橙子にウチの調査を頼んだんだ。ウチの体が生きてるとして、何故マキナヴィス側で戦ってるのか解らなくてな」


 だから橙子はテロを起こしても早々に立ち去る行為を繰り返してたんだな。自死を選ばず。そしてウチに出会ったと。


「橙子も半信半疑だったけど。その時点で橙子はマキナヴィスにいてな、無頭さんに見せてもらったイメージは送信できなかった。楽園の近くにいないと、会話しか出来ないから。ただウチやバニ様が「いるはずだ」と言い続けたから、探してくれたな。アイツも早く死にたかったろうに」


 申し訳なさそうな表情で、語る詩絵美。とても先ほど橙子の性事情を暴露した人間とは思えない。ああもう人間じゃなくて人格情報か。ややこしいし目の前にいるから人って呼ばせてもらおう。

 まあウチもそうだが、性に関しての感覚が緩いんよな。なんとなくウチの方が微妙に常識人な気がするのは、エムジの母親の脳みそのおかげか。



「記憶喪失になってると知ったのは橙子がキミに会った時。その後エムジと橙子が楽園に来てから色々聞いて、ウチは事情を理解した。ウチが、記憶を失った上で別人の脳を使って生きてるってね。まさかアルビまで複製されてて、キミをサポートしてるとは」


「ワタシが死んで楽園に出現したアト、セロルちゃんからずっと連絡があったんだけド、ワタシは「シーエちゃんの情報は絶対渡さない!」って思ってずっとブロックしてたからネー。詩絵美ちゃんも姿見る前に「敵だ!」って思ってブロックしてた。ワタシがもっと早く連絡してれバ、もっと早く橙子ちゃんも気が付いたカモだけド」



 詩絵美がウチの存在をどう認知したかは理解した。橙子がウチを知らなかった理由も。ズンコがセロルさんからの連絡をブロックしてたんだな。



「さて、ウチもシーエとアルビの存在に驚いたことだし、ここで楽園の人格判定システムを解説しておこうか。何をもって死とするか、どうしてウチとアルビが二人いるか」


「大体は解ってる。こっちから通信するときの判別方法と同じだろ? 人格と脳のセット。どちらかが失われれば別人扱いだ」


「……マジで察し良すぎでしょう。ウチはそこまで頭良かった自信ないぞ」


 詩絵美が驚いている。ウチは一応エムジに確認を取ってみた。



「エムジのお母さんて頭良かった?」


「たぶんな。少しアスリートやってたんだけど、その後はトレーナーに転向して。教えるの上手かったみたいだし、たぶん頭良かったんだろう」


「ウチが街に攻め入った時も、こっちは脳4つも装備して片腕改造してたのに、相打ちになったからな。ウチが攻撃する直前まで慌てて逃げるフリしててさ。家に隠れてたエムジの存在にもウチ全く気が付かなかったし。すごい人だったよ」



 ウチが使ってるのはエムジの母親の脳だ。確実に思考回路に影響を受けている。



「ボクも、ボクより新しいボクの方がなんとなく頭良い気がする」


 オリジナルの亜瑠美が言う。その言い回しややこしいな。



「いや、必死だっただけだよ。シーエに幸せになってもらおうって。結局日記残すとか、シーエ殺し損ねるとか、へましかしてない」


「いや、んと、何かボクより大人な感じがするんだよね……もう一人のボク」


「一応、現世で12年、活動したからかなぁ。元のボクは14だったっけ? 死んじゃった時点の年齢。現世で成長出来てるんだとしたら、今ボクは26だ。使ってた脳もエムジのお母さんの物だし、たぶんその影響だよ」


「そうかぁ。ここだと、あまり成長とか無いもんね。人格は、死んだ時の年齢で固定されるから」


 14歳か。そういう亜瑠美は結構なセクシーバディをしていた。見た目からはもっと年上のように見えていたが……。特に胸元の破壊力が高い。何だあの巨乳プラス下乳。ウチの知るアルビの性格とは合わないが……バニ様が言ってたむっつりというのはそういう事だろうか?


 ウチがいらん考えをしてたら、詩絵美が再び説明を再開した。



「人格の壊れたウチ、詩絵美は死亡判定。脳をハックされて人格壊れたエムジのお母さんも死亡判定。その後エムジの母親の中に発生したシーエとアルビは元のウチらとは別人判定って事だね」


 となるとアルビが一体何故エムジの母親の中に発生したのか、これが気になる。今のところそれに対しての説明が無い。日記には以前アルビからしてもらった説明は嘘だと書かれていたし。


 ウチがアルビに関して質問をしようとした矢先、新しい人物が出現した。……男性?

 その男性は、会った事は無いのに、何故か無性に愛おしくて……。もしかしてこの人は──



「紹介しよう。ウチの夫。石灰 英雄だいしばい ひでお。バニ様から聞いてるとは思うけど、元警察官の変態」


「紹介ひどすぎでしょ詩絵美ちゃん……」


 英雄さんから突っ込みが入る。なるほどこの人が……道理で愛おしいと感じた訳だ。記憶には無くても魂は覚えている。エムジの記憶を失った後も、愛おしさが消えなかったのと同じ理由だ。

 そんな思いでエムジを見たらなんかニヤニヤしてる。お前この状況楽しめるとか中々凄い根性してるな。


「ウチの夫の座右の銘は「心さえ離れなければ浮気にはならない」。という事で夫にムラムラしたら是非合体をどうぞ」


「詩絵美!!」


 亜瑠美が切れる。いやムラムラはするけど、ウチはまずはエムジと合体したくてですね。


「というか亜瑠美ちゃん凄い恰好してるね。ついに目覚めた?」


「お父さん!!」


 亜瑠美が顔を赤くして抗議する。赤くなるなら何故そんな恰好を……。つか英雄さんは亜瑠美のお父さんなのか。

 ──え? じゃあ。



「詩絵美と吏人さんのリクエストで……この格好じゃないと出て来ちゃダメだって……」


 吏人という橙子の旦那がスケベの塊というのは、さっき聞いた。

 モジモジしてる亜瑠美。可愛いが、ウチはその前の衝撃発言が気になって仕方がない。


「実は喜んでるくせにぃ。下乳丸出し! スカートの下はノーパンで風通しも良い! その状況で興奮しない訳がない。娘の性癖なんか、お見通しぞ?」


「「娘って言うな! 詩絵美を母親だと思った事なんか一度も無いよ!!」」


ダブルアルビ突っ込みが入る。やっぱり──



「アルビが、ウチの娘──」


 ウチは驚愕の事実に固まる。これは予想できなかった。ずっとずっと、親友だと思っていた。そんな折、「違う!」とアルビ─── 一緒に旅をした頭だけのアルビから否定の意見が入る。


「いや、マジでボクは詩絵美もシーエも親とは思って無い! ただの友達だ! こんな変態が親でたまるか。特にシーエ。キミは記憶が無いんだから友達だ。ずっと」


 アルビが慌てる。かく言うウチも、正直12年親友として接してきたので、今さら娘としては見れない……。

 アルビの事は愛おしいと最初から思っていた。そうかなるほど、娘だったからか。でもウチが使ってるのはエムジの母親の脳なので、アルビに母性本能は働かなかったんだな。だからただの友達として、ずっと接してきた。


「ウチも今さらアルビを娘としては見れない。でも、正直アルビがウチの股間から出て来たと思うとそれはそれで……」


「「そういうことを言うなって言ってるの!!」」


 流石同一人物。息ピッタリだ。



 しかし、アルビが常にウチの幸せを優先していた理由も解った。ウチらは家族で、アルビは楽園を知っていたから。ウチの、母親の幸せをずっと願ったのだろう。母とは思って無いと言ってたが。


 っていうか、14の娘を持つ母親が詩絵美で、恐らく娘夫と死別してからしばらくはグーバニアンやってたはずだから……ウチの実年齢は50を超えてる可能性大だな。場合によっては60か。

 まあ別にあと40年も生きる事は無いから別にいいか。100くらいまでなら脳はしっかり働くし。人口は減ってきているらしいし、40年もたたずにウチは死ぬだろう。つか当初の楽園存続リミットが15年だっけか。いつからのカウントか解らんけど、たぶんもう過ぎてるよな……人が減ってる、というか新しい人が生まれる速度が減ってるから、楽園の寿命も延びてるのだろう。



「ウチが最期にありったけの魔力でエムジのお母さんの脳をハックし、生きながらえようとしたんだ。どんなことをしてでも楽園を守りたかった」


 詩絵美は語る。アルビがエムジの母親に入った経緯に関して。


「その際に丁度通信していた亜瑠美が、偶然一緒に乗っかりエムジのお母さんの脳へ入ってしまったんだ。これは本当に偶然だったし、楽園の想定した使い方でもなかったと思う。その時点でウチの脳は破壊され、新たに芽生えた人格、キミだね。それは別人扱いになった」


「エムジのお母さんも人格を上書きされたので別人になった訳か。アルビと亜瑠美が存在するのはこのためか」


 通信中に偶然乗っかって人格がコピーされた。アルビから以前聞いていた説明の、この部分だけは真実だった訳だ。通信していた亜瑠美が生身の人間ではなく、楽園からの人格情報だっただけで。



「そう。その後アルビは、キミを、シーエを守るために色々と頑張ってくれた。本当にありがとうね。アルビ」


 そういって詩絵美はアルビにお礼を言う。



「いや、ボクは元々、楽園から戦う詩絵美を見る事しかできなかったから……。詩絵美がどれだけ苦しんでるか知ってたし。だから記憶を失ったシーエには、同じようになって欲しく無くて。お父さんには悪かったけど、ボクは1ヶ月しか記憶を持てなかったから、お父さんの事は忘れちゃってて。日記には書いてたけど……。その後シーエがエムジと出会って、エムジが死ぬまでは、楽園を壊す事を本気で考えてた」


「そうなれば、良かったのにね」


 そう悲しそうに、英雄さんは言う。


「僕はもう死んだ身だ。妻と娘に会えるのは嬉しいけど、生きてる詩絵美、シーエちゃんが苦しむのは家族として見てて悲しい。生きてる人には、生きたまま幸せになって欲しいよ」


 英雄さん……。


「でもそうはならなかった。途中で俺が死んでしまって、アルビは動機に汚染。楽園を守る方に傾いた。俺も正直母さんに会えて、楽園には感謝しちまったからな……偉そうな事は言えない。グーバニアン達が、今は楽園派が、人類を滅亡させようとしてる気持ちも、わかっちまう」


 エムジが苦そうな顔で呟く。

 そうだな。ウチも、それは解ってしまって。だからこれからすべき事も、変わらない。





 暗い話題が続き、皆が神妙な顔つきになる。そんな中、詩絵美が──


「ふう。少し湿っぽくなって来たね。気分転換に亜瑠美のスカートをめくってみよう」


 そういっておもむろにスカートをめくる。マジでここは親子という関係じゃないな。亜瑠美がぎゃああって言ってる。あ、毛も剃られてる。


 そのタイミングでエムジが「ほう」と言いながら横にいる首だけのアルビを見る。何が「ほう」だし。

 アルビは真っ赤になってエムジをポカポカ殴ってる。いつの間にかアルビもいじられキャラになったのか。……エムジポジション強くない?

 なんとなくの予測だけどこれ、場の空気を和らげようとする詩絵美に乗った形だよね? 亜瑠美はかわいそうだけど、あの恥ずかしがり方は内心喜んでるな。うん。



 つーか疑問なんだが。



「なんでアルビ、ああ新しい方ね。新アルビと旧亜瑠美と呼ぼうかな? んで新アルビはなんでここでも脳だけなの? 体自由に変えられるんだよな?」


「ああ。最初はボクも普通に人間の姿してたんだけど、単にもう一人のボクと見分けがつきにくかったのと、人の姿してると様々な人からセクハラされるんだよ……」


 アルビは恨めしそうに詩絵美とズンコとエムジを見る。え、エムジもセクハラするの!? ウチもされたい。いやさっきされたか。気持ちよかった。


 エムジはどこ吹く風で口笛とか吹いてやがる。お前だいぶキャラ変わったな。ただコイツのセクハラはウチと一緒にいた時と同じで、からかう事を目的としてるっぽいが。



「うう、ボクもその体になりたい」


 亜瑠美が涙目になりながら言う。


「ダメです。亜瑠美はこの楽園で自我が消滅するまで、ずっとそんな恰好で過ごしなさい。今日からパンツ禁止です。ずっと性器を外気に晒して暮らしなさい。以上、ウチとバニ様からの命令です」


「ずっと!? 助けてお父さん!!」


「いやー僕は近親相姦の性癖は無いから……娘の開発には関与したくないなぁ」


「おう! だからウチに任せておけ!」


「うわぁぁぁぁぁ!!」


 ひでぇ親子だな。素直にそう思う。新アルビを見るとどこか投げやりな顔をしてる。うむ。ご愁傷様。もう死んでるけど。



「さてさて、じゃあウチはそろそろ戻るかな。ウチもまだまだ自己満足の巡回中だからね。ここにいると幸せすぎて、気が緩んじゃう」


 気になる言葉を残して、詩絵美はこの場を去ろうとする。ウチはそれを呼び止めて──


「待ってくれ詩絵美。自己満足の巡回ってなんだ? さっきから気になってる。行く前に教えてくれ」


「あーそれは」


 詩絵美が答えようとした矢先、英雄さんが口を挟む。


「じゃあ説明ついでに股も緩んでいけば? 気も緩んでるみたいだし」


 ……ん? なんか凄い事言い出したな?


「ああそれは良いな。折角だから見て貰いながら一発しますか」



 そう言ってその場で合体しだす石灰夫妻。何コレ強い。亜瑠美は顔を真っ赤にしているし。

 自分が言うのも難だが、これって性的児童虐待に入るのでは? まあ亜瑠美は詩絵美の幸せを芯から願う優しい娘に育ったみたいなので、他人の家庭事情にはとやかく言うまい。

 全員死んで楽園にいる今となっては、虐待もクソも無いだろう。



「詩絵美。シュールだが、とりあえずそのまま続けてていいから、ウチの質問に答えて欲しい。自己満足の巡回てなんだ? バニ様も橙子も言ってたが」


「わかってる。ちゃんと説明するよ」


 詩絵美はあえぎながら説明してくれた。内容は悲壮感にあふれているのに、シチュエーションが全くそれを許さない。もしかしたら詩絵美も英雄さんも場の雰囲気を軽くしたかったのかもしれないな。



 自己満足の巡回。彼女たちが言うそれは、自分が殺した、不幸にした人達からの罵倒、暴力を、常に受け続ける行為の事だった。

 この楽園内は通常の思念魔力と同じで、一方的に相手の通信を遮断することも出来る。嫌な人に会わないという選択肢がとれる。しかし詩絵美もバニ様も橙子もセロルも、他の死んだグーバニアン達もそれをしないらしい。全員からの恨み、暴言、暴力を受け止めているんだとか。


 双方が許すなら肉体的接触も可能なので、中には詩絵美を殺すほどの攻撃をする人もいる。武器や拷問器具だってこの楽園では作り放題だ。彼ら楽園の戦士はそれらの苦痛を全て受け入れている。もちろん死なないし、すぐに傷も無くなるけど、痛みは受け付けられる。



「そこまでする必要があると俺は思わないな。多くの人間は楽園の現状を知ったら自殺してるだろ? 自分は人を殺すのは怖いし嫌だ。だから他人に任せようとして。任されたお前らが、そこまで苦痛を味わう必要はあるのか?」


 エムジが詩絵美に聞く。でもウチはそうは思えなくて……


「何度聞かれてもウチの答えは同じだよ。エムジ。ウチらが受けたいんだ。ウチが殺した、全ての人から。そんなことで彼らの気持ちは晴れないだろうけど。やらないより、やって気持ちが晴れる人もいるかもしれないじゃない。ならやるさ。だってウチは、彼らの未来を奪ったから」


 詩絵美は続行中の性行為とは裏腹に、とてつもなく悲しそうな顔で語る。やっぱり、ウチと同じ思いだ。


「あと一歩で夢が叶う人を殺した。結婚し、妊娠し、生まれてくる子供との未来を夢見る夫婦を殺した。小さい子供を守る父親を、子供ごと殺した。父親はその子の未来を必死にウチにお願いしていた。まだまだやることがあると。成長して友達を作って恋をして結婚して子供を作って……。それを、殺した。クローゼットに隠れる息子を心配する強い母親を、殺した。その子の肉親は彼女しかいなかったのに、ウチは殺した」


 詩絵美は懺悔の言葉をこぼしていく。最後の母親は、恐らくエムジの……。



「この楽園には未来が無い。ここは死後の世界だから。夢を見ていた人はその夢は叶わないし、子供を望んだ夫婦には永遠に子供は生まれない。子供の人格も死んだ瞬間で固定されるから、楽園内の人格交流で多少成長はしても、普通の人間みたいに大人になることは無い。ずっと子供のままだ。父親の望みは叶わない」


 停滞。ここは幸せな、永遠の停滞の場所。不慮の事故や病気で大切な人を亡くした人間には天国だろうが、強制的にここに送られた人にはそうでは無いのだろう。


「半分くらいの人には、許してもらったよ。許されるはずもないのにね? 残りの半分は、まだウチを攻撃するか、コンタクトとっても無視されてる。ウチからコンタクト取ってストレスにしても悪いから、一回無視されたらそのままにしてるけど、数年たって怒りを爆発させる人もいるしね。ウチでうっぷんを晴らせる可能性は取っておきたい。ま、全部自己満足だけどね」



 なるほど。確かにこれは、自己満足の巡回だな。

 逃げる選択肢もある中で、自分が罰を受けたいから受ける。しかもその罰を受けた所で殺した人たちの未来は返ってこない。相手の憂さ晴らしにもなるかもしれないが、詩絵美自身の懺悔の気持ちの方が強いか。まぁ、実際半分の人には許してもらってるから、相手方にとってもセラピー的要素はあるのだろうが、あくまで詩絵美主体の、自己満足だ。

 そしてこれが、恐らく、ウチの、未来。



「ウチはここを守りたかった。夫と娘を、再び失いたくなかった。だから、罪を犯した。完全に自分のワガママだ。全員から許してもらえるとも思わないし、許してもらいたいとも思えない。ずっと憎まれていたいとすら思う。でも謝りたいとは思うんだ。それに彼らの為に出来ることがあるなら、少しでも向き合う事が、彼らの救いになるなら、ウチはそれを行う。ウチが満足するためにな」



 詩絵美は話のついでに、自分が戦士になった経緯と、戦争開始地の状況も教えてくれた。



 彼女は不慮の事故で夫と娘を失い、絶望のどん底にいた際に、バニ様から楽園の情報をもらったそうだ。元々バニ様とは以前聞いた性癖開発以来仲が良く、バニ様自体は裏で楽園の管理を任されてた凄い人だったらしい。だからあんな意味不明な病院開設してても国からおとがめなしだったのか……。


 脳科学者として、特に思念魔力の構造に詳しかったバニ様は、楽園のメンテナンスを行う代表者だったらしい。詩絵美も楽園を知り、救われた一人。それから数年は、穏やかな日々が送れたそうだ。英雄さんからは新しい伴侶を作れと言われたそうだが、詩絵美は心に決めた人は一人と、譲らなかった。普段から話は出来るし、首都に寄った際は実際に会える。これだけで自分の人生は幸せに過ごせると。



 状況が変わったのはそれから数年後。さっきエムジにも聞いた容量限界の件が発覚したタイミング。色々あったがグーバスクロ帝国は会議で人類滅亡を決定。そのための準備を始めた。



 その事実を知らされた詩絵美は心の底から恐怖したらしい。また夫と娘とペットに会えなくなるのかと。折角会えたのに、また別れる事になるのかと。


 解決法は人類滅亡と聞き、詩絵美は迷わず人を殺す事を決断。血反吐を吐くような訓練をし、軍人並みの力を手に入れ、肉体も改造し、戦地に赴いた。

 橙子も、セロルも、そういった人達だったそうだ。訓練の際に仲良くなったと。


 バニ様は一般人を巻き込むことには反対だったが、真実を知った一般人は半数ほどが進んで戦士になったそうだ。残りは少しでも楽園の負担を減らそうと自殺。



 この現象に目を付けた国は、楽園側の戦士を増やす悪魔の計画を発案、実行した。自国内であえて夫婦や家族を一人だけ残して殺し、その後楽園の情報を流布するという計画だ。残った一人が自殺したらそれはそれで人口が減って良し。戦士になるならなお良し。


 比喩抜きで悪魔の様な計画だが、発案したのも別にサイコパスという訳ではないそうだ。その人たちも楽園内に親や生き別れた伴侶がいて。どうしても彼らを守りたくて、苦渋の決断だったと。皆が皆、愛する人を守りたかっただけだ。

 そのグーバスクロ内での小規模な殺人を担当していたのが、詩絵美達、初期楽園派のメンバーだった。心を鬼にして、人の絆を断ち切る。何度も吐きながら、泣きながら、人を殺して行った。


 こうして兵力を増やし、十分な戦力がそろった時点で、グーバスクロはマキナヴィスへの同時多発テロを実行。まずは軍人がマキナヴィスの軍を攻撃。それから少しして、元民間人の戦士たちがマキナヴィスの市街地で無差別テロを行っていった。


 マキナヴィスにも取り残される人は増え続けた。それらの悲しみに暮れる人がある程度増えた時点で、潜入していたグーバニアンが彼らに動機を流布。多くが自殺したが、残った者もいた。最初のマキナヴィスでの国民同士のテロのメンバーだ。



 ……悲しみの連鎖だ。でも誰も、それを止める事は出来なくて。みんなみんな、大好きな人がここにいて。好きな人を守りたい。その愛が、悲しみを増やしていく。人の正しい姿を歪めて行く。

 一部の御劔の様な鋼の心を持つ者以外、楽園の存続という動機に汚染され、人として間違った生き方を、人を殺す道を選んだ。

 だから皆、早く死にたがって危険な戦場に突っ込んで行ったし、死に際には安堵したような顔をするのだ。もう、誰も殺さなくていいのだと。



 しかし、詩絵美みたいに、楽園に来てからもあえて地獄を選ぶものが絶えないという。気持ちはわかる。誰だって殺したくなかった。自分の罪を償いたい。その気持ちが、楽園の中でも苦しみを求めている。

 最初から自殺して他人に任せるような精神を彼ら戦士は持ち合わせていない。全ての責任を取る覚悟で、心をすり減らして戦闘に望んだのだ。それは死んで楽園に来てからも変わらず──



「ウチとしては、シーエ、キミにも楽園を守る戦士になって欲しい。ウチと同じく。まあウチが言わなくてももうすでに、心は決まってるだろうけど」


「詩絵美、やめてくれ。俺は今でも、シーエの幸せを願ってる。出来ればこの後自殺して、ここでゆっくりと俺たちと暮らしてほしい。もう、その手を血に染める必要はない。レジスタンスもほぼ壊滅。シーエが人を殺さなくたって、楽園派が勝つだろ」



 でも、ウチは……


 そんな風に考えていた折、見知らぬ女性の声が聞こえてくる。




「あなたには、どちらの選択も、してほしくない」




 周囲を見ても姿は見えない。声だけが聞こえてくる。



「母さん……」



 エムジがぽつりとつぶやく。エムジの母親からの声だけが、ウチに語り掛けて来た。




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