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エピローグ『終わらせる決意』

 楽園を出る。正確には楽園とのアクセスを切るって感じか? 生きてる人間は、楽園の近くにいれば自分の意志で自由に出入り出来るらしい。


『どうだ? ちゃんと出られたか?』


「大丈夫。ありがとう」


 エムジが心配してくれる。正直さっきのキスでウチはまだドキドキしてて、話すのも実は緊張してたり。

 幸せな時間だった。もう二度と会えないと思ってた大切な人と会えただけでなく、生前には叶わなかったキスまでも出来るとは。つくづく、凄い装置だ。


 楽園に入っていた際、ウチの本体はかなり無防備だったらしく、その場に倒れていた。地上の戦いで手に入れた即席の肉の義肢が転がっており、拾い集めようとして稼働魔力をセンサーとして使う。すると──


(なんか、凄い沢山グーバニアンがいる)


 自分の周りに十数人の人影を感知した。敵意は無い。ウチを見守ってる様だ。


(ウチがさっき来た時は、空気読んで端に避けててくれたのか)


 そりゃそうだ。いくら通路が警備されてるとは言え、楽園そのものの付近に防衛する人物がいないはずがない。ウチの為に、端に避けてくれてたのだろう。


「ありがとう、ございます」


 ウチはペコリとお辞儀をし、感謝を伝えた。周りのみんなは、少し悲しそうな顔をしていた。



   * * *



 行きに使ったエレベーターで、地上に上がる。エレベーターは数機設置されており、ウチが乗っているもの以外にも隣のエレベーターが動いている。下に向かっている様だ。楽園派が下りてくるのかな?


 ゴゴゴ、ゴゴゴ


 金属のこすれる音と共にエレベーターは上昇する。半分くらい乗ったあたりだろうか。上を見ると隣の降りてくるエレベーターが見えた。もうすぐすれ違う。挨拶でもしておこう。そう、思ってたら──


「な!?」


 とんでもない人物が乗っていた。ウチは慌ててエレベーターの扉を開け、下降する隣のエレベーターに飛び移る。


「!」


 相手もウチの行動に驚いた様で、警戒態勢を取る。


「待ってください! 警戒しないで下さい!! ウチは味方です!」


 御劔(みつるぎ)景織子(きょうこ)。レジスタンスのリーダーが、エレベーターに乗っていた。



   * * *



「貴様、その声は……イーヴァイか」


 あたりには光一つないため、御劔は声でウチを見分ける。レジスタンスなど膨大な人数を保有する組織だろうに、よく判別つくな。


「はい。楽園を見つけたんですけど破壊手段がなくて、爆弾を取りに上に上がってたんですよ」


 ウチはそう言いながら御劔に近づく。御劔の容姿は、バニ様から見せてもらっていた。

 二人は生前から友人だったらしい。それぞれ楽園の管理や防衛に関わっていた様だ。国が楽園を主軸にし、生きてる人間を排除する方向に指針を決めた際、御劔は楽園派から離反。この際に政府同士や楽園管理者同士でも多くの殺し合いが発生したらしいが、彼女はうまい事その場から逃げ出し、楽園を破壊する機会を伺っていたと。

 ──人は楽園を捨ててでも生きて行くべきと考え、今のレジスタンスを創設したのだ。


 楽園内には人格の検索機能があり、現在楽園に存在する人格情報を知ることが出来る。この機能で生前の親しい人と会ったり、会いたくない人間をブロックしたりするのだが、まだ楽園にいない、つまり生きている人間を判別するのにも使えるらしい。御劔はまだ、楽園にいなかった。


 地上やここに来るまでの通路にはおびただしい数の楽園派がいたはずだ。どうやって掻い潜って来たのか。可動魔術でスキャンするとかなり満身創痍で、痛々しい傷があちこちにある。背中の脳も2つまで減少している。


「爆弾持ってますよね? 一緒に楽園を破壊しましょう。援護します」


 そう言って近づくウチに──


「っ!」


 御劔は容赦なく手刀をぶち込んできた。



「貴様は下から上がってきた。下にも汚染組は沢山いるはずだろう? その中を無事に潜り抜けるなんて、全く信用ならないな」


「いやいやいや! ウチこれでも結構戦闘経験豊富ですからね! 何とか戦って昇ってきたんですよ」


 へらへらと言葉を並べながら、ウチは御劔の攻撃をかわしていく。戦う場合はウチの方が有利だ。背の脳が4つあるし。


「糞が!!」


「やっぱり信用してもらえない感じです?」


 ウチは御劔を攻撃しながら、寒いジョークを発する。


「当たり前だファッキンビッチが!!」


「それは残念」


 ウチは御劔と戦う。つまり、ウチが下した決断は──詩絵美と同じ。




 狭いエレベーターの中で攻防は続く。このままうまい事ウチが注意を引いてれば、下についた際、楽園派に何とかしてもらえるだろう。と、最初は、そう考えていたのだが……


(これが本当に、脳二つの人間の動きかよ!?)


 戦う場所が狭ければ、当然魔力の力合戦になりがちだ。こちらの脳は4つ。しかし御劔は華麗な体術でウチの攻撃をかわし、魔力で攻撃しようとしても既にその場にいない。そしてウチの防御の薄い地点を的確に筋力と魔力の合わせ技で攻撃してくる。


 早い話、とてつもなく実戦経験が豊富で、強い。


(手足が即席の義肢だから、本来の力が出せない!)


 いやこれは言い訳だろう。義肢を固定するのに脳一つ分も魔力は使っていない。状況は自分の方が有利なはずなのだ。ただ単純に、相手の力量が上なだけ。


 通路を突破してきた理由も解る。狭い通路では多数対1にはなりにくい。これだけの実力があれば、一人ずつ殺して奥に進めるだろう。脳の補充も敵から出来る事だし。

 此度のレジスタンスの作戦、最初から御劔一人が楽園の中枢部までたどり着けば良く出来ていたのだ。大多数は陽動で少しでも楽園派の数を減らす。後は彼女が、目の前の化け物が何とかする。



(まずいな……)



 下には多数の楽園派がいるから、普通なら敵が侵入しても対処できるはずだ。しかし御劔は強すぎる。そして恐らく、爆弾を抱えている。捨て身の特攻で楽園に密着し、爆破されたら……楽園が吹き飛ぶ。

 遠距離からの爆破なら地下の楽園派が稼働魔力のバリアで防ぐ事も出来るだろうが、密着での爆撃は防げない可能性がもある。本来、常人ならあの数の楽園派の中を突破するのは不可能だ。しかし御劔は、それを行えるポテンシャルがある。

 万に一つも成功しない作戦だろうが、少しでも楽園を破壊される可能性がある限り、ここでぼーっと殺される訳にはいかない。



(ウチが、何とかしないと!)



 そう思ってる間にも左腕が捥がれ、エレベーターから落ちていく。生身の本体も傷だらけだ。このままでは下に付く前に、ウチが死ぬ。


 ウチが死ぬにしても、せめて少しでもダメージを与えておかなければ。ウチは下にいる楽園派に思念で最大限の警告を送りつつ、狭い箱の中での死闘を繰り広げる。

 行ってくるとエムジに言った手前、早々の退場になるのは恥ずかしいが、致し方ない。エムジのヤツ、楽園派が負ける可能性は1%も無いとか言っておいて、突破されてるじゃないか。コイツがこのまま無傷で下まで降りたら、楽園破壊される可能性1%じゃすまないぞ。


 ウチは脳のリミッターを、極限まで開放し、最期の攻撃を準備する。せめて腕一本くらいはもらわせてもらう。



 もう二度と、エムジと別れたくない。その可能性を秘めた脅威を目の前に、ウチは焦りと恐怖を感じながら、少しでも下の楽園派が勝つ可能性を上げられる行動に出ようとする。



 そう、考え、準備していた折──




『景織子ちゃん!』




 聞きなれた、ウサギ頭の、愛しい声が脳内に響いた。



   * * *



 勝負は一瞬だった。バニ様からの声を聞いて、御劔は一瞬止まった。その隙に、ウチは御劔の心臓を破壊した。


「まさかここで邪魔してくるとはな……裸繁(らはん)……」


『あなたがアタシの声をブロックしないのがいけないのよ。ずっと疑問だったんだけど、何で?』


 バニ様の声は、ウチにも響く。御劔の脳は生きているが、心臓は止まった。その隙にウチが全魔力を使って体の動きを封じている。

 今は御劔自身の魔力で脳に栄養が届くようにコントロールしてるだろうが、出来ることはそれだけだ。このまま下まで降りれば、残りの楽園派から殺される。そもそも、今ウチがこの場で脳を破壊する事も出来る。

 ただそうしないのは、彼女に、ウチに似た何かを感じたから──


「お前の声だけは、ずっと聞いていたくてな。……酷いじゃないか。私のそんな信頼を利用して、私を殺すなんて」


『ごめんなさいね。でも、アタシ達は……』


「知ってるさ。別に責めてる訳じゃない。気に病むな。これは私の甘さだ。私もすぐにそっちに行く」


 つらそうな声で語るバニ様に、ウチは思わず声をかけた。


「バニ様、大丈夫だよ。とどめを刺したのはウチだ。バニ様は気に病む必要は無い」


 ウチの言葉に御劔は驚いた顔をした。


「……ほう。何だ。貴様も裸繁の知り合いか。いや、友人かな? 今の口調だと。私は裸繁の友人に殺されるのか。そうか……それも悪く無いな」


 御劔は死を前にしてニヤリと笑う。そして。


「なあイーヴァイ、考え直してはくれないかしら? あなたは最初、平和を望んだんでしょう? だからレジスタンスへやって来た。動機に汚染されるあなたの境遇は想像に余りあるわ。しかし、これからあなたを待ってるのは地獄の日々よ。人のいない世界を作ってどうするの? つらいのはわかる。でも、楽園を破壊して、人の正しい道を、私は取り戻してほしい。人は、前に進むべき生き物なの。この楽園は。そのために作られたの。その装置が、人の道を阻むなら、本末転倒の結核を産むなら、壊さないと。お願い、よ……」


 そういって御劔はウチに何かを寄越した。これは、爆弾だ。恐らくは御劔が使おうとしていた。

 ウチは今、全員から楽園派と思われている。この爆弾をひっそりと楽園に設置すれば、爆発は出来るだろう。エムジのお母さんの願いも、叶うだろう。


 しかし──


「ごめんなさい。御劔さん。ダメなんです。ウチはもう、怖いんです。これからの地獄よりも、また失う事が怖い、弱い人間なんです。大切な人と一緒にいたいという欲望のために、無実の人を殺す、悲しみを増やす、自分勝手なクズなんです」


 そういって、爆弾をその場で解体する。火薬があるから気は抜けないが、信管は抜いた。これで爆発の危険性はほぼ無い。


「そう。残念ね……これで私の計画は、失敗だわ」


 無念そうに語る御劔。強い、色んな意味で強い女性だった。


「でもあなた、本当に弱い人間かしら? 多くの汚染された人間は、人殺しは嫌だからと自殺してるわ。楽園の存続は人任せにしてね。あなたは逃げずに立ち向かってる。間違ってはいるけど、弱いとは思わない。多くの汚染側の戦士に、私は同じことを思う」


 御劔がウチを励ます。どういうつもりなのかはわからないが……ウチはその意見には賛同できなくて。


「いえ、弱いですよ。自殺して今後も見守るのも、怖いですから。安心のために、やり遂げないと……。楽園で、ずっと一緒にいたい人がいるんです。だからウチはそれだけのために、私利私欲の、自己満足のためだけに、これから人を殺し、悲しみを増やします。……まずは、あなたから」


 もうすぐエレベーターは地下に到着する。周囲には御劔を警戒した楽園派が複数いるだろう。彼等に殺される前に、ウチがとどめを。これから始まる地獄の日々の、スタートを、レジスタンスのトップで飾るとしよう。



 覚悟は固まった。前の人生からずっと固まっていた。地獄の日々を、再び。

 ごめんな、エムジ。そしてごめんなさい。エムジのお母さん。ウチは詩絵美と同じ道を進むよ。


 ウチはエムジ達と会えて嬉しかった。ずっとずっと会いたいと思っていた。それが叶った。もう二度と、別れるなんて嫌だ。エムジと一緒にいられなくなるなんて嫌だ。

 だから、楽園を守る。人を、殺す。自殺も考えられない。つらい役目を他の楽園派の皆に任せるなんて出来ない。何より、ウチが怖い。ウチ一人の力は大したものではないけど、楽園を守れる確率が少しでも増えるなら、やり遂げよう。




 御劔は穏やかな顔でその瞬間を待っていた。

 ウチは、その顔を、脳みそごと、破壊した。



   * * *



 半年たった。初めて楽園にアクセスし、全ての真実を知り、ウチが汚染されてから、半年が。


『大丈夫か?』


「心配ありがとう。エムジ」


 楽園から出たら相変わらずウチの脳みそはポンコツで、1ヶ月で記憶を忘れてしまう。……いや、記憶障害になってるのはエムジのお母さんの脳だから、今の考えは訂正しよう。

 ともかく、エムジとの幸せなキスは忘れてしまった。まあまた楽園に立ち寄ったり、ウチが死ねば思い出す。その時の楽しみにしよう。


 最近日記は書いてない。どんなことがあったかは、エムジ達が思念で教えてくれる。忘れた期間にウチがどんな感情を持って過ごしていたかは、楽園に付いた時の楽しみにしよう。まあどうせ、人殺しのつらい気持ちしか出てこないだろうけど。でもそれも、しっかり思い出すべきなんだ。記憶からは逃げない。いつか聞いた黒歴史消去方みたいに、殺人の記憶を消す事も出来るけども……ウチはその記憶を引きずって歩みたい。



『もうそろそろ、目的の村に着くはずだよ』


 アルビが情報をくれる。楽園からはウチの声しか聞こえないが、座標はウチがちょこちょこ声に出しているので、ウチが今どの辺にいるのかアルビ達は知ってるのだ。その上で、色々とサポートをしてくれる。

 暗い森を駆け抜け、目的の村へ。時刻は早朝。まだ空には綺麗な星が見える。



 楽園から上がったあと、地上は既に決着がついていた。レジスタンスは壊滅。楽園派も多くの犠牲を出したが、防衛は成功した。世界各地にはまだまだ楽園派がいるので、首都で多くのメンバーが失われても計画に支障は無い。むしろ先に逝けた戦士達は幸せだろう。


 ……ウチは皆よりももっと怖がりだから、殺す苦痛から解放されるより、楽園が無くなる心配の方が大きいけど。だから詩絵美も最期まであきらめずに、人格のハックなんて大技に賭けたんだろう。ウチも詩絵美も死の瞬間、やっと解放されるとか、思わないタイプなんだろうなぁ。


 損な性格してるなとは、何度もエムジに言われた。ごめんよ。好きな人がそんなめんどくさい性格のヤツで。

 あの後すぐ死んで、エムジとイチャイチャ出来れば、それが一番エムジにとっても良かったんだろうけどさ。


 そして、しばらく湿った土の地面を歩き──



「さて、村についた。仕事を開始しよう」


『『…』』


 その時を前に、エムジもアルビも口を堅くする。この数か月で何度もこう言ったシーンは有ったが、皆慣れない。かく言うウチも、正直慣れないし、慣れてたまるものかとも思う。


 ウチは有機物で出来た、虫の様な腕を構える。これは詩絵美がグーバニアン時代に使っていた左手と同じタイプのものだそうだ。それを今は全身に。

 折角グーバスクロにいるのだし、肉の体を構築してみようと思った次第だ。というかこっちでは機械の部品が手に入りにくい。

 マキナヴィスと違いグーバスクロは有機物を信仰しているだけあり、医療技術があちらに比べて圧倒的に高い。移植用の体の部位や臓器も多々ストックされている。

 マキナヴィスではゆっくりと再生する様に魔術をコントロールしなくてはいけなかったが、こちらは肉のパーツを引っ付け、傷が回復するのを待つだけだ。気軽にクリーチャーになれる。1ヶ月程でウチの手足は癒着した。


 この肉への技術の高さが、楽園を完成まで持っていけた要因の一つだとバニ様は言っていた。まだまだ他にも、グーバスクロならではの要因が重なって楽園は出来たらしいが。


 もうズンコにもエムジにも会えたし、思い出の義手は無くても大丈夫。というか探したけど首都では見つからなかった。死体も多すぎるし、戦いに巻き込まれてどこかでバラバラになってるだろう。


 首都に散らばった死体は、ゲル状にして楽園へのカロリー供給に使われるそうだ。マキナヴィスで言う培養液だな。

 プリオン病や他の細菌、ウィルスへの対策も万全との事。流石肉の国。医療に関する技術が高い。これも楽園崩壊へのカウントダウンを早めた原因だが……。人が中々死ななくなり、出生率も上がり、生きやすい環境になったからな。

 世界が生きやすくなったため、死に向かうというのは変な話だ。楽園だってこんなことになる前は生きてる人へのサポート装置だったというのに。



 さて、いらぬ思考は捨て、仕事を始めるか。


「エムジ、アルビ、つらかったらウチの声は聞かないでてな。大丈夫。これはウチがした決断だ。エムジ達が気に病む必要はないよ」


『いや、お前の罪は、俺も背負う。ちゃんと見届けるさ』


『ボクも。元々ボクは途中から楽園派だしね』


「ありがとう二人共。じゃあ、行こうか」



 ウチは駆け出す。戦争の中にあり、まだ被害に合っていないこの平和な村を、血に染めるために。


 マキナヴィスで行われた動機の大量流布は、この国では行われていない。何も知らずに死んで楽園に行く方が、幸せだから。

 楽園派の戦士の人数はマキナヴィスの件もあり、現在十分な数がいるらしい。レジスタンスも壊滅し、対抗してくる戦力はほとんどない。後は動機を知らせずに、人々を楽園に送っていく。全人類を殺せれば、それで終わりだ。


 エムジは「ならお前は殺さなくても良いじゃないか」と度々言うが……いやウチ心配性だし。現場で泣きそうな顔をしながら人を殺してる楽園派の負担も、少しでも軽減したかった。ウチだけ逃げるのも、彼らに悪くて、逃げる自分も許せなかったし。




「助けて下さい! せめてこの子だけは! この子だけは!!」


 ウチの目の前には、泣き叫ぶ母子。既に夫は殺した。


 子供を抱く母親を、ウチは一緒に貫いた。母親は、「あぁ」という絶望の声を出して、息絶えた。大丈夫。すぐに楽園で再会出来るから。その子が成長することは永遠に無いけど。

 ウチは知らない間に泣いていた。同志達は泣かずにがんばってるのに、ウチは弱いな。


 エムジのお母さんは、今のウチを見てどう思うかな。あれ以来通信は来て無い。エムジと結ばれればいいと言ってくれてたけど、今は反対されるだろうか。



 人の幸せを奪っておいて、自分の幸せを考えるなんて、ウチはどこまでもクズで、弱虫で、自分勝手で……。

 どんどん、心はどんどん擦り減る。でもウチは楽園を、エムジ達を守りたい。ただただ、ウチが失いたくない。そのワガママに裏打ちされた、自分勝手で自己満足の塊の、クソみたいな覚悟は、揺るがなくて。


 ただウチが皆といたいから。大好きな人といたいから。その欲望のためだけに、大切な人と、見ず知らずの人の命を天秤にかけて、自分勝手に殺して行く。


 詩絵美やバニ様のしていた自己満足の巡回。今ならそのネーミングの真の意味が解る。自分が好きな人といたいという欲望を優先して、彼女らは自分の人格情報を消さないのだから。殺された人には、人格情報を消していなくなれと要求してきた人格もいるだろう。しかし彼女はしない。最も優先すべき事は、夫と娘との時間だから。

 だからいくら謝りに行ったって、それは彼女の心を穏やかにするための自己満足でしかない。自分の心が懺悔を求めてるから、巡回するのだ。エムジのお母さんみたいに、許してくれる人がいるのも事実だろうが、被害者からしたら釈然とはしないだろう。詩絵美をブロックする人格が多いのも、うなずける。

 結局は詩絵美達が、罪の意識に耐えられないからやってるだけなのだ。自分の心を軽くするため。だから自分の行いを自己満足の巡回などと言うのだ。




 そしてその自分勝手は、ウチも同じで……。




「ごめんなさい。ウチはあなた達より、エムジ達の方が大事なんだ。だから、死んでもらいました」




 だれもいなくなった村で、ウチは空に向かい、一人ぽつりとつぶやいた。

 夜明けの太陽が、人々の生活の後を照らす。



   * * *



 ウチはその後も、多くの人を殺して行った。多くの人の絆を断ち切り、悲しみを増やして。

 以前思い描いていた、取り残される人を減らしたいという願いとは、真逆の行為を繰り返して。



 全人類を殺し、戦いを終わらせる。最後には自分の命すらも。

 終わらせる、決意、を。



『俺も同じだよ。シーエ。見ず知らずの人間より、当初抱いてた、悲しみを無くすって願いより、お前の事が大事だ。だから、全部終わったら、二人で罪の意識に苛まれながら、こっちで一緒に暮らそう。少なくとも俺は、ずっとお前の味方だ』


『ボクも忘れないでよ。あと後ろにうるさいのが何人もいるや。皆、シーエの味方だからさ。間違ってるけど。それでも、ボクらはシーエが大好きだから』



 愛なんかなければ、こんなことにはならなかったのかな。楽園も出来ずに、人類も滅亡せずに。でも、愛があるからこそ、人は幸せも悲しみも感じられて。……もうその人類自体は、そろそろいなくなってしまうけど。



「ウチも、大好きだよ皆が。だからこそ、皆と一緒にいるためにも、終わらせる。ウチのワガママに最後まで付き合わせてごめんね」



 そう言う事しか出来なくて。






 世界の人口は、順調に減少して行っていた。





 『脳仕掛けの楽園』 END



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