目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報

第零章 04話『救済のための装置』

「詩絵美ちゃん! 大丈夫!? 詩絵美ちゃん!!」


 聞き覚えの無い声。見た事の無い顔。それなのに、ウチはこの兎頭のグーバニアンが誰だか解ってしまって。


「バニ、様」


「詩絵美ちゃん! そうよアタシよ! 良かった、間に合って。ずっと、ずっとずっと探してたのよ!」


「バニ様ぁ!」


 ウチは思わず抱き着いていた。そうだ。まだいた。ウチには親しい人が、大好きな人が。最近疎遠になっていて、記憶障害になってからは会う手段も無くて、ずっとずっと忘れてたけど、でも、いたんだ。生きてる人が。ウチが知ってる、大好きな人が。


「バニ様。助けて……」



 ウチはバニ様に抱き着き、泣きながら助けてとこぼした。

 何でそんな事を言ったのか解らない。さっきまで死のうとしてたのに。でも、バニ様が来てくれて、ウチは思わず口ずさんでいた。助けてくれと。何をどう助けてほしいのか、それは解らない。でも抱きしめて、抱きしめ返されるだけで、少し、少しだけ助けられた様な気がした。人の温もりが、バニ様の温もりが、ウチに伝わってきて。



「解ったわ。大丈夫、もう大丈夫よ。アタシの所に来なさい。全てうまく行くから。あなたの苦しみは、全部なくなるから」


「うう、うううう」


 バニ様が何を言っているのか良く解らない。ただウチは、バニ様に会えた事が嬉しくて、その温もりが優しくて、ただただ泣いた。


「詩絵美ちゃん!? 詩絵美ちゃん!」


 そしてそのまま、緊張の糸が切れたのか、ウチは眠りについた。



   * * *



「ここは……」


 病院の一室だった。でもここ、何か見覚えがある。


「久しぶりでしょ? あなたが初めてアタシに性器を晒した、記念すべき病室よ。って言ってもあなた、覚えてないんだっけ?」


 ウチの記憶障害を知っている? ウチはバニ様に話した事は無いが……。


「色々聞きたい事もあると思うけど、まずは脳の治療を行わせて頂戴。まったく、詩絵美ちゃんたら退院後全然病院行かなかったんでしょ? 脳さえしっかり直ってれば、こっちから連絡できたのに」


「ごめんバニ様……。裁判で忙しくて、それどころじゃなかった。それに、脳が治っても病院の言うプログラムとやらに希望も持てなかったから。バニ様には連絡したかったけど、先に裁判をと思ってる内に、生きる気力が無くなっちゃった。しかも裁判には負けちゃって、耐えられなくていよいよ死にたくなって……」


 話ながら、ウチはまた泣いていた。本当に、本当に何のために戦っていたのだウチは。



「全く、だいたいの事情はしってるわよ。しかしプログラムに希望も持てないねぇ。見くびってもらっちゃ困るわよ? 我が国の秘密兵器」


「秘密兵器??」


「そう。あ、兵器って言っても攻撃するための物とかじゃないわよ? むしろ真逆。人々を救う、特効薬。あの装置の前じゃみんなイチコロ。特にあなたみたいな娘は、イチコロよ♪」


 今一話が見えない。装置? というか


「バニ様はどうしてあの場にいたんだ? ウチが飛び降り自殺しようとした、ビルの屋上に」


「それよそれ! もうホント大変だったし、ギリギリだったんだから! あなたが脳の治療さえしてれば、こんな事にはならなかったのに。でも、間に合ってよかったわ。全ての疑問は、脳を治療して思念魔力が使える様になったら解けるわよ」


「??」


 ウチは疑問で一杯になる。とりあえずバニ様に横になれと言われるので寝台に横になる。あ、バニ様が使ってるあの椅子。覚えてないはずなのに見覚えがある。たぶん、ウチが露出に目覚めさせられた……。



「あ、この椅子覚えてるの? 記憶障害って言っても見ると思い出すのかしらね。そうよ。あなたを下半身裸にして、この椅子に縛り付けたの。ホラホラ、この椅子キャスター付いてるでしょ? これで院内を強制露出徘徊したのよ。詩絵美ちゃん、すっかり出来上がっちゃって」


 記憶には無いが、話を聞くと当時の光景がよみがえる様だった。でも今は、そんな話を聞いても股間は何も反応しなくて……。


「大丈夫。魔力さえ使えるようになれば、全て解決するから。また感じられるようになるわよ。あ、性的な話ね? でさっきの話、何で詩絵美ちゃんの場所がわかったのか。簡単に言うと、英雄ちゃんに聞いたのよ。苦労したわ。あなた独り言少ないんですもん」



「…………は?」



 ウチは呆けた様な声をだした。英雄? え、どういう事??



「魔力が使える様になれば全て解るわ。簡単に言うと人工の天国があるの。脳仕掛けの楽園ていう。本当は魔力使えない人には言っちゃいけないんだけど、アタシは楽園の責任者の一人だし、詩絵美ちゃんは変に暴走もしないでしょ。という事で教えちゃう。その中にね、英雄ちゃんと亜瑠美ちゃん、ついでにナトくんていうのかしら、あなたのペット。あの子にもいるわよ。もちろんご両親も、ね♪」


「…は?」


 あまりの発言に、ウチは再度気の抜けた言葉を発する。何だって??



「我が国の地下には、巨大な連結脳サーバーが埋まってるの。それは人工的に作られた天国。すべての人の人格と記憶を常時収集し、死後その人格を出現させる。アタシはこれでも今の世代の最高技術者でね。メンテナンスのために2年に1回ずつ、ずっと様子を見てるのよ。アタシ、脳に関しての技術は凄いのよ? たぶん世界一よ? 詩絵美ちゃんの脳なんてすぐ治してあげるんだから」


 とてつもない、何かとてつもない事をさらっと言われた。人工の天国?? 人格の収集?? 理解が追い付かない。




 バニ様が言うには、その脳仕掛けの楽園にはすべての人の人格が入ってるらしい。当然英雄と亜瑠美も中にいて、外にいるウチの事を心配してたそうだ。



 バニ様は1年前、楽園に来た英雄達から連絡を受け、ただちにウチに連絡を取ろうとしたらしい。しかしウチが魔力障害になっており、連絡不能。この1年、ずっと探していたとの事だ。


 ウチは家には帰ってなかったから、探すのには苦労したそう。裁判所の位置は家から遠かったので、ウチは近場の安宿に泊まっていた。英雄達はウチのセリフから裁判をしているという情報を得、バニ様に送信していた。英雄とバニ様は連絡を取りながら、ウチの位置を割り出して行ったと。

 バニ様は運送会社にも何度も行ったらしい。しかし裁判所の場所は教えてもらえなかった。会社には支部も沢山あるし、裁判が行われていたのは本社の近くではなかったから。

 バニ様は国の権力者らしいが、それでもそこは融通が利かない。バニ様の個人的な友人の問題だし。国家権力は使えなかったと。


 英雄は楽園を知る仲間の警察官にも事情を説明し、ウチの捜索を手伝ってもらっていたらしい。職務外の事なのに、彼らはしっかりと動いてくれたと。

 ただウチの捜索は難航した。魔力の使用が一切出来ないウチの脳はサーバーにアクセスすることも無く、逆探知も出来ない。ウチのセリフからいる地域を割り出そうにも、ほぼ独り言は言って無かったから、裁判でのウチの発言内容や第三者との会話のみが頼りだった。


 結局、ウチの居場所が判明したのはウチが裁判に負けた後。

 英雄からの情報で、ウチが自殺を考えてると知ったバニ様は、焦った。ただウチが、復讐してやる的な発言をしたので、恐らく会社にいくだろうと目星をつけた。そして本社近くでうろうろしてた所、壁をよじ登るウチを見つけたらしい。何度も叫んだらしいが、ウチの気持ちが空っぽで、気が付かなった。


 その後魔力と筋力の合わせ技でバニ様も壁を上り、ウチを確保。これがあの場にバニ様がいた理由との事。

 口頭で説明されても、全く意味が解らない。英雄達が、その脳仕掛けの楽園とやらにいて、ウチを心配してる? 人工の天国? 本当に、そんな、素敵な装置があるのか?



「一週間くらいで治るわよ。楽しみにしてなさい♪」



 そう言ってバニ様は、1週間、ウチの看病をしてくれた。



   * * *



 正直その1週間は楽園が気になりすぎて、全く心が休まらなかった。凄まじい期待があったが、落胆したら嫌だなとも思い、ともかく常に興奮していた。おかげでほとんど眠れてない。薬で強制的に眠りはしたが、正直体調はかなり悪い。


 だが。


「よしよし、ちゃんと脳は直ったわね。体調はぐっだぐだだけど、魔力は使える様になった」


 凄いウキウキしたバニ様が目の前にいる。まるで大好きな子に、プレゼントを渡す前の様な、そんな無邪気な瞳でウチを見てる。


「じゃあ、詩絵美ちゃん、覚悟は良いかしら? あなたの人生が再び花開く、リスタートの瞬間よ」


「サ、サイ!」


 ウチは緊張で背筋をピンと立たせる。変な汗も出て来た。期待通りのもので有って欲しい。会いたい。英雄に、亜瑠美に、ナトくんに、両親に。会いたい。会いたい。会いたい!!



「それじゃ、アタシからのプレゼント、フォーユー」



 バニ様から思念魔術で映像と概念が送られてくる。脳仕掛けの楽園、そのアクセスキーが。


『…みちゃん…えみちゃん…しえみちゃん』


 声が、聞こえた。とても聞き覚えのある、この1年、ずっとずっと聞きたいと思っていた声が。


「英雄……?」


『詩絵美! 聞こえる? 大丈夫??』


「亜瑠美ぃ……」


 ウチは病室に倒れこみ、泣き崩れる。ずっと聞きたかった声だ。もう聞けないと思ってた。それが、また聞けるなんて。


 本当に、本当に楽園はあった。バニ様が言った通り、人工の天国が。英雄と亜瑠美が、中に存在していて、ウチと、会話を……2度と出来ないと思っていた会話を……!



『カサカサカサ』



 2人と声と共に、虫が這うような音も聞こえる。もしかして……


「ナトくん!!」


『カサカサカサカサ!!!』


『ははは、詩絵美ちゃん、ナトくん喜んでるよ。僕らにも結構懐いてくれたけど、こんな反応は見た事無いな。早く会いに来なよ』


『うんうん。可愛いねーナトくん♪ でもボクと遊ぶよりも詩絵美の声に喜ぶっていうのは何か腹立つなー』


『なんだ亜瑠美ちゃん。最初はキモチワルイとか言ってたのに』


『最初だけ! 見た目がその……まんま虫だったから。でも懐いてくれて、可愛い』



「みんな、本当に、本当に皆なんだな……ウチは、また皆と話せるんだな」


 感激のあまり、ちょっと変な言葉になった。何だ「皆本当に皆なんだ」って。



『話せるだけじゃないよ。会うことも出来る。首都においで。また一杯愛し合おう?』


『ちょ! お父さん止めてそういう話は!!』


『亜瑠美ちゃんも処女のまま死んじゃったからねー。楽園内で良い感じの男の子探さないとね』


『そういう話は良いから! ともかく詩絵美! さっさと首都に来て!!』



 いつも通りの、本当にいつも通りの会話だった。ウチの幸せが全て、そこにあった。



「じゃあ詩絵美ちゃん。早速首都に向かいましょうか。て言ってもあなた、相当体調悪そうよ? 少し休んでからにする? 楽園は逃げないし」


「いや、出来るだけ早く行きたい。会いたい」


 バニ様の話では、楽園の付近に行けば中に入ることが出来るそうだ。そこではまるで実態を持ったみたいに死者と触れ合う事が出来る。それに今までの記憶も復活するらしい。14年の大切な記憶が。いや、14年だけではない。ナトくんも、両親も、英雄との出会いも、忘れていた記憶が全てよみがえると。


 ともかく、会いたい。すぐにでも会いたかった。


「わかったわ。まあアタシ医者だし? もし体調崩してもすぐ治療してあげるわよ。という訳で、首都に向かいましょうか。アタシの車に乗りなさい」



 車。正直ちょっとトラウマになってるが、今はそんな事言ってられないな。楽園の中に入れるという話が本当なら、ウチはちょくちょく首都に行くはずだし、車には慣れておかないと。



 バニ様の蒸気自動車に乗り込む。会いたいな。早く。最愛の家族に会える。既に話は出来た。それだけで、ウチの心は見る見る回復して行った。



   * * *



 移動中、バニ様と英雄から楽園の設立経緯や、目的を聞いた。遥か昔、1000年以上前に建設された、人工の天国だと。設立は世界大戦後で、大切な人を失った人達の悲しみが、その楽園を作り上げたらしい。

 楽園の目的は生きてる人の支援。まさに今のウチの様に、家族や恋人を失って苦しんでる人を見つけては、生きる希望を与える事だった。


 天国があって欲しいと何度願った事か。それが叶った。これは、凄い事だ。二度と会えないと思ってた人たちと会える。それだけで、前に進める人はどれほど多くいる事か。


 英雄も以前、両親を殺された後にバニ様に楽園へのアクセス権をもらっていたのだという。バニ様に救われたというのはそのことだったのか。ウチはてっきり性的な意味かと。


 英雄と両親は気軽に話せる様になり、寂しさや苦しみから解放された様だ。両親と気軽に連絡が取れる状態であんだけ雑に性的な遊びをしまくってたと思うと凄いが、英雄曰く『死んでる人間は口出ししか出来ないからね。むしろ生きてて羨ましいだろと見せつけてやったよ』との事。

 ご両親とも毎回ドン引きしてたから、英雄が遊ぶ時になると向こうから通信は遮断してたらしい。


 ……という事はしばらくの間はウチの痴態も英雄のご両親に見られてた訳か。ああ興奮する。そうか。興奮が出来る位、ウチは精神が回復したのか。



 しかし逆を言うとウチの両親もウチの痴態を知りまくってたんだな。プレイ中はやたら独り言多いしウチ。その独り言を裁判中にも言えばよかったんだよな。


 まあ両親に関しては、80になって子供を身ごもるくらいエロい奴らなのだ。文句は言うまい。というか特にウチに通信して来ない。直接会うのをサプライズとしてるのか、単にウチの生き方にドン引きしてるのか。両親の顔や声は思い出せてないから、早く聴きたいが。


 話は戻るが、楽園の情報を知るには審査がいるらしい。ウチみたいなヤツには薬になるが、毒になる人間もいるとか。


 楽園内は特に苦しみの無い素敵空間らしいから、どうせ死後楽園に行けるしとニートになったり、逆に自殺して楽園を目指したり、生きてる内に犯罪を繰り返す者もいるそうだ。確かに、死後の安寧が保証されてるなら現世に不満がある人は生き方が雑になるわな。ウチも今「別にいつ死んでもええやろ」なテンションになっているが、英雄曰く「楽園にはいつでも来られる。だから生きてるそっちの世界を目いっぱい楽しんでおけ」との事だ。一理ある。

 英雄達と毎日会話出来るなら、残りの人生も豊かに過ごせるだろう。


 てな訳で楽園の情報譲渡には審査がある。ウチの審査はすぐに通ったらしいが、いかんせんウチが脳の治療をしてなかったからな……。確かにこりゃ最終兵器。完璧な治療プログラムだ。あの時の医者の言葉も納得だよ。ごめんなさいお医者さん……。

 医者や警察の一部の人間は楽園の存在を知っていて、悲しい事故や事件に合った遺族や知人達に楽園へのアクセス権を渡しているらしい。



 さっさと脳治して楽園にアクセスしてれば、裁判にも勝てたかもしれないのにな。一度アクセス件を得ると、楽園内のすべての人格と通信可能になるらしいし。過去の被害者や、今回の加害者の証言も聞けたろう。

 ただ裁判官や弁護士が楽園の存在を知らない訳がない。死者の証言なんて一番重要な証拠だろうし。それらの証言があった上で、金で丸め込まれたんだろう。楽園内のドライバーが何と言ったかは解らないが「会社の経営が不健全で社員が事故を起こしました」と立証するのは難易度が高い。

 つーかたぶん、楽園知ったら裁判とかどうでもよくなってたかもしれない。二人に会える幸せで、裁判へのモチベはだだ下がっていたろう。結局負けてたなこりゃ。



 と、色々教えてもらいつつ皆と雑談し、とても楽しいドライブは終わった。最初は車が怖かったが、大好きな皆と話してる内に恐怖心は減っていった。

 そしていよいよ、首都に到着。いざ、脳仕掛けの楽園へ!! 愛しの夫と娘、ペットと両親に会いに行こう。



   * * *



「これが、脳仕掛けの楽園……でかい……」


 マキナヴィスの技術を用いた機械式エレベーターで遥か地下600メートルまで潜り、ウチはその装置の前に立つ。周りは完全な暗闇なので、稼働魔力をセンサーの様にしてあたりを探るが、どこまで行っても脳しか感知出来ない。半径10メートルくらいしか感知出来ないので、大きさが全く解らない。


『国の半分くらいの大きさがあるらしいよ。僕も最初は驚いたなー』


「半分!?」


 いやいやデカすぎでしょう。こんな凄い装置を1000年も前に……どうなってんだ。

 有機物に詳しいグーバスクロだからこそ出来た装置らしい。戦争で新鮮な死体も沢山あったから、使える脳を集めやすかったのも楽園創設の理由だとか。マキナヴィスは脳を昇葬してしまうし、他国も土葬や火葬で死体は再利用しない。「肉なら再利用!」という我が国独特の価値観がなせるワザとの事だ。

 この国は葬式は形式だけで、死体は普通に再利用するからねー。


「さてさて、じゃあ中に入りましょうか。中に入るって響き、いやらしいわよね」


「わかる」


『わかるな!』


 亜瑠美がいつもの様に突っ込んでくれる。それだけでウチは十分幸せなのに、これからもっと大きな幸せが待っている。その期待に胸を高鳴らせ、バニ様の隣に並ぶ。と、同時に、ウチの視界は光につつまれた。



   * * *



「……ここは?」


 光が収まってくる。爽やかな木の香り、あたりを見回すと──我が家!? キッチンには取り付けられた黒光りする加熱装置がある。食卓の上には、あの日の朝の朝食が。ウチが腕に寄りをかけて作った、スープが並んでいる。コンソメの良い香りがした。

 あの日の朝を鮮明に覚えてる。それどころか、今までの人生の記憶が、全て鮮明に。バニ様の説明通りだ。



「や、詩絵美ちゃん。久しぶり」


「お帰り詩絵美。なんとなく、ボクらが会うならここが良いかなって。ホント、散々心配させて……見てたこっちはずっと気が気じゃなかったんだよ?」



「英雄ぉ、亜瑠美ぃ」


 目の前には、最愛の家族がいた。ずっとずっと、会いたいと思っていた家族が。


 ウチは二人に抱き着いて、わんわん泣いた。二人がいる。目の前に。抱きしめられる。温もりを感じられる。それが本当に嬉しくて。ずっとずっと会いたいと思ってて。でも叶わないと思ってて。それが、叶って……。

 そういえば左腕が生えてる。楽園内では自分のイメージを好きにいじれるとバニ様が言ってたが、こういう事か。

 両腕で、二人をがっしりと抱きしめ、ウチは幸せをかみしめた。二人の体温を感じられる。生きてはいないけど、まるで生きてるみたいな二人にまた会えて。本当に本当に幸せで。


「全く、詩絵美ちゃん無茶するんだから。でも、無事でよかった。ありがとう。バニ様」


「ん。これは借りにしとくわよ英雄ちゃん。楽園内に開発したい子がやってきたら、手を貸しなさい」


「そりゃもちろん」


「お父さん!! バニ様!! やめてよもう」


「あは、あははは」


 ウチは泣きながら笑ってた。三人はそんなウチを、優しい笑顔で見守ってくれた。



 カサカサカサ



 足元から音が聞こえる。まさか……



「ナトくん……」



 ナトくんだ。20年以上前にお別れした、ナトくんがそこにいた。あの日々の様に、ウチの手に昇ってきてくれる。顔を近づけると、触覚をスリスリしてくれる。ナトくんだ。飾り物じゃない。動く、あの日のナトくんだ。


「ずっと、ずっと待っててくれてたんだね……。ごめんね。会いに来るのが遅れて。寂しくなかった?」


「大丈夫よ」


 バニ様が言う。大丈夫とは?


「楽園の中には、ペットシッターや動物医療を専門にしていた人格も沢山いるの。人と仲の良かった動物も楽園に来るから、その子たちは彼らプロがしっかりと面倒をみてたのよ。だからペットも寂しくなかった。もちろん、飼い主に会えない寂しさはあったでしょうけど、一人きりって訳じゃないのよ」


「そうだったのか。ナトくんの面倒を見てくれてた人たちにも、お礼言いたいな」



 動物も記憶が鮮明に残るから、長い事飼い主と別れていても飼い主の事を忘れることは無いらしい。ウチみたいに生きたまま楽園に近づいても、死後楽園に来ても、再会出来れば以前の様に幸せに暮らせると。本当に、ここは最高の天国だ。


「じゃあ詩絵美ちゃん、折角だから、ご飯にしない? あの日詩絵美ちゃんが作ってくれた朝ご飯、僕らで用意したんだ」


「お昼のお弁当もね。ピクニックの続きしようよ。車は……怖いかもしれないから、何なら目的の丘に風景を変えちゃっても良いかもね」


 そんな事も、そんな素敵な事も出来るのか。あの日の続きを、出来なかったあのピクニックの続きを。



 ナトくんが頭に昇ってくる。そうそう。ナトくんはウチの頭が好きだったな。だからウチは頭に髪飾りをしてたんだ。

 ウチはフナムシの髪飾りを外し、テーブルに置く。そして頭の定位置に、本物のナトくんが居座る。いや、正確には本物じゃないんだけど、本物ってことで良いだろう。だってここにいる皆は、完璧にコピーされた人格だ。何が本物で、何が偽物なんて、考えるだけ野暮ってものだ。同じ様に愛し愛され、一緒にいたいと願う者達同士だ。



「いや、折角だから車で行こう。ウチは今後ちょくちょく首都に来るわけだし、車の恐怖は克服しておかないと。それにここでは、事故は絶対に起きない」



 ウチらは朝食を取り、車で爽やかな春風の中をドライブした。あの日と違い、後部座席にはバニ様もいるけど、むしろそっちの方が楽しいし良い。バニ様は気をきかせて「席を外しましょうか?」って言ってたけど、ウチは一緒にいたかった。英雄も亜瑠美も同じ気持ちだった。二人が死んでからの1年、ウチを探すためにバニ様は本当に駆けずり回ってくれたらしいし。



 その日のピクニックは、本当に本当に楽しくて、景色は綺麗で、お弁当はおいしくて。

 ウチは泣いて笑って、幸せをかみしめた。良かった。楽園に来れて、良かった。楽園があって、良かった。

 大昔の人が、善意で作ってくれた人工の天国。その創設者達に、感謝を込めて。




 その時のウチはまさか、この素敵な楽園が、戦争の火種に、悪魔の動機に変わるなんて、思ってもいなかったんだ。本当に。


この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?