幸せなピクニックを堪能し、ウチは楽園から出た。あ、ピクニックの後には両親にも会えたね。
両親は、ウチに気を使って最初は話しかけて来なかったらしい。英雄達と話せて喜ぶ姿を見ていたので、それを噛みしめさせてあげようとしたとか。
ウチが予想していた、ウチの痴態を恥じている説も、サプライズ説も外れた。両親は本当に、ウチの幸せを優先して動いてくれていたのだ。有り難い。おかげでウチは、最愛の家族との時間をたっぷりと過ごせた。
まあ痴態に関しては正直恥ずかしいと言われたが。80過ぎて盛って子供作った両親に言われても説得力無いねぇ。
あと、あの事故を起こしたトラックの運転手にも会った。涙ながらに土下座されたけど、ウチはもう正直怒ってなかったからすぐ許したよ。家族に会えてしまって、怒りはどこかに吹き飛んでしまった。
というか彼も、ウチと同じく被害者だ。あの運送会社の。まだ若くして亡くなった彼に、彼の両親は酷く心を痛めたらしい。ウチと同じく裁判をしていたらしいが、やはり負けたとの事。その両親も、ウチより早く楽園の情報を聞き、今では多少心穏やかに暮らしてるとの事だ。
亡くした息子が帰って来る事は無いが、話は出来るし首都に来れば会える。それだけで、やはり人は救われるものだ。
ただ彼の両親は、未来ある息子の命を奪った運送会社に対して、未だに交戦の構えを取っているらしいが。ウチもそうした方が良いのかなと英雄に相談したら、好きに生きれば良いと言われた。お前正義愛してたんじゃないんかい。
英雄曰く、その会社は許せないけど、それよりもウチの幸せが優先だそうだ。裁判に臨むことで気が晴れるならそうすればいいと言われたが、正直ウチは会社の事はどうでもよくなっていた。実際もう戦う資金も無いしな。
あと、警察の視点から見ても裁判に勝つのは難しいとも聞いたしな。ドライバーの証言も要約すると「会社の仕事で疲れていたので事故起こした」だし、自己管理不足と言われてしまえばそれまでだと。
マジでウチは何のために戦ってたんだよ。無駄にお金使って……あー謝罪の費用だけ受け取るか。今実質無一文だしなウチ。
亜瑠美に「敵討ちしなくて良い?」とも聞いたけど、気にしないでと言われた。それほど二人の目には、裁判に臨むウチの姿が痛々しく映っていたらしい。
運転手の青年も、正直現実世界でまだ生きている両親には穏やかに暮らしてほしいと言っていた。
* * *
その後数年は、幸せな一人暮らしが続いた。ウチは暇を見つけては首都に行き、楽園内で家族と触れ合った。
楽園に行かなくても家族と通話は出来る。家の中では一人だが、寂しくはない。機械関連の知識が役立ち、蒸気機関関連の工場への勤務も出来るようになった。自分一人分だけ稼げば良いので、生活は苦しくない。稼働魔力の溶接技術を手に入れれば更に昇給も出来るが、正直無くてもいいかな? 謝罪費も沢山もらったし。
しかし、楽園と通信するために独り言を言わないといけないのはどうにかならないのか。プライバシー保護の問題らしいが、仕事中に英雄達と会話してると変な目で見られる。
おかげで仕事場でのウチのイメージは痛い人で固まってしまった。いや、性的に痛い人なのは変わりないのだが、ウチの求める羞恥心はそういう方向じゃないんだよ。
亜瑠美なんか、ここぞとばかりに職場で話しかけてくるし。いじめか? いじめなのか?? 普通に集中力途切れて仕事に支障出るねん。
あと不便といえば、会話以外の事が出来ない事かな。ウチが見てる視覚情報とか共有出来てもいいのに。買い物や機械いじりの相談する際に、言葉だけで伝えるのは難易度が高い。
バニ様曰く、それは楽園のリソース節約のためだそうだ。楽園は全人類から人格と記憶を収集し続けてるとんでも無い装置だ。それに費やされる魔力は相当なもので、カロリー消費も莫大らしい。国は楽園の維持に、大変苦労しているとか。
なので通信機能は出来るだけ、魔力消費が少ない様に設計されたとの事。これは楽園創設時に設定されたもので、現在では変更不可能との事だそうだ。膨大な量の脳を使った魔力でロックがかかっており、これに限らず楽園の設定変更は誰も行え無いとの事。
まあ話せるだけで素晴らしい装置なのだ。文句は言うまい。でも素晴らしいものを見ると、もっと素晴らしくなればいいのにと思うのが人間という生き物。なんと欲深いものよ。
不便繋がりで言えば、左手も無くなったままだった。繋ぐための資金は沢山あるのだが、なんとなく、そのままにしておいた。
片手無くても魔力で特に生活に不便はない。そりゃ腕使って物持つよりカロリーも使うし脳も疲れるけど、あの事故を無かったことにはしない方が良いかなと思って。
英雄にも亜瑠美にも会える。でも、二人が死んでしまった事は事実だ。それを、無くなった左手と共に覚えておきたかった。自分でも変な感覚だなと思うけど、英雄は「そういう気持ちは大事にした方が良いよ」って言ってた。
魔力も最初の頃は使うとすぐ疲れていたが、ずっと日常で使ってると意外と慣れてくる。日々魔力トレーニングしてるようなものだ。恐らくウチは常人よりは魔力が強くなってる事だろう。まあ警察官だった英雄とかには敵わないだろうけど。一般人と比べれば多少は上くらいかな? 趣味で筋トレしてる人の魔力版、みたいな。
私生活での露出行為は、バニ様の権力のおかげで捕まってもすぐ釈放された。何か後ろめたかったけど、使える権力は使っておこう。性欲は満たしたいし。
男女見境なしに性的遊びも繰り返した。英雄と通信出来る状態でするってもの興奮するね。ウチの喘ぎ声は英雄に届くし。
英雄の名言「心さえ離れなければ浮気にはならない」。ウチの心が英雄から離れる事など絶対にない。だからウチは堂々と性の喜びを堪能できる党訳だ。
英雄と言えば、彼からは新しい男作れと何度も言われた。でもさっき考えた通りウチは英雄一筋。一生独り身で良い。だってずっと話は出来るし、首都に行けば会えるから。
人生を棒に振るなとよく言われるけど……ウチ楽園知らなかったら自殺してたんよ? それから比べれば、愛する夫を想って毎日幸せに暮らせるなら、一人でもいいじゃないか。
楽園の弱点よねぇと、バニ様は言っていた。死を選択肢に入れてしまう程苦しんでる人を救うのが楽園の目的だが、依存しすぎてしまうらしい。人は出会いと別れを繰り返し、前に進むものだというのがバニ様の友人の持論らしいが、楽園はそれを微妙に妨害してしまうと。
いやでも自殺より良いんでない? ウチも新しい伴侶を見つけるつもりが無いだけで、友達とかは増やせるなら増やして、日々を充実させるつもりだし。悲しいかな職場では痛いキャラで定着したため、その見込みは無いが……。亜瑠美め……。まぁ性的友人は多数いるからいいさ。
かく言うバニ様も、楽園に依存している人の一人だという。早くして亡くした兄弟が、中にいるのだそうだ。
バニ様は自分の年齢を絶対に言いたがらないが、恐らく立場上、結構な年齢だろう。国の責任者の一人で、自分の病院も持っている。両親の話は聞かないが、恐らく両親も楽園内にいるのだろう。
ヤツの場合は依存対象が兄弟だったから、結婚等には支障が無いはずだが……ナルシスト過ぎて誰かとくっつくの想像できないわ。無理だ無理。
こんな感じで楽園の依存対象が友人や兄弟の場合、結構な人が新しい出会いをして前に進むらしいが……伴侶や子供であった場合は、新しい伴侶や子供という選択は中々取れないとの事だ。ウチがまさしくそれだから、痛いほどわかる。
まあさっきの繰り返しになるけど、死ぬよりはいいんじゃないかなぁと思う。自力で前に進めそうな人には国からの審査が通らず、楽園へのアクセス権は渡されないらしい。
立ち止まってしまって、どうしようもない人へ、楽園はその足を前に進める助けをしてくれるのだ。
楽園を管理するグーバスクロの上層部でも、楽園への意見は色々と出ており、他国へも情報開示したい人もいるそうだ。
立ち止まり、生きて行く事が出来なくなるほどの悲しみに襲われる人は、何も自国内に限った話ではない。そんな人たちへ、国の壁を、宗教の壁を越え、この優しい楽園を教えてあげたいと。この国を動かす宗教は基本が慈愛の心で成り立ってるから、その気持ちはわかる。
ただ大多数は反対してる。何かあってからでは取り返しがつかない。価値観の違う他の国へ、この楽園を教えたとして、果たして正しく機能するか。
楽園の中にいる人格はコピーされたもの。グーバスクロの宗教観ではその辺ザックリしていて、別にコピーでも本物と同じ思考ならいいだろと考えるが、そう思わない国もあるはずだ。魂への冒涜だと。
グーバスクロの宗教は有機物を神聖なものだと思ってるだけだからな。特に楽園関係者は、人格は有機物である脳の機能で出来たデータとしか思って無い。だから本物か偽物かにも拘りが無い。愛し合えれば、それで良いと。そのデータこそが、愛おしいのだと。だからコピーしてでも保存しようとした。
しかし他国は違う。他国が楽園の秘密を守ってくれる保証も無い。海を越え楽園の情報が渡り、この星全土に広められたら、それはこの国の弱点になりかねない。
戦争ははるか昔に終結しているが、未だに価値観の違いから特にマキナヴィスとは微妙にいざこざが続いている。ごく一部の過激派に楽園を攻撃されでもしたら、洒落にならない。楽園は一度無くなってしまえば、中の人格は全て消えてしまうのだ。
そういった状況から、楽園の情報はグーバスクロ内の限られた人間にのみ開示された。ウチもバニ様から他言無用と厳重に言われたし。まあウチの様な経験をした人は、楽園の重要性を理解してるから、言いふらす事も無い。
なお言いふらした場合は即刻国の軍によって殺されるとか。怖い怖い。いや、死んでも楽園入るだけだしそんな怖くもないか? まあ楽園が危険にさらされる可能性を、広める人間もめったにいないか。
一応監視システムもあるとの事。楽園を知る人物の脳だけを見張る中規模なサーバーがあるそうで。ビル3つ分くらいの巨大サーバーかな? 流石楽園を作ったグーバスクロ、サーバー関連の技術は他国よりも優れている。グーバスクロ内の各所に置かれた連結脳サーバーは、その監視サーバーと連結してるそうで、国内にいる限り監視される。故に楽園を知った者は国外に行きにくくなる。
まあウチは特に海外に行くことは無いから良いか。ちゃんと申請すれば監視役と共に行けるらしいが、めんどいらしい。
マキナヴィスは見た目が好きだから行きたくもあるけど、見た目だけなら楽園内にいるマキナヴィス人の人格に再現してもらえれば見えるしな。お手軽観光にも超良いぞ脳仕掛けの楽園。
監視用中規模サーバーでは、楽園を知る人物の思念通信を監視してる。楽園の情報を国の許可なく送信した場合、直ちに通報され、軍や警察が動くそうだ。
基本は送信した人間も、受信した人間も即刻殺されるらしい。受信側も殺されるのは理不尽だと思うが、楽園を守るうえで必要な処置だししょうがない。
……英雄お前もう少し元気だったらウチに楽園の情報送信しようとしてたよな? 違法やぞあれ。流石法を無視して自分の価値観で動く警察なだけある。ダメダメだが。
「僕等のケースなら、駆け付けた軍も許してくれたよー」と英雄は気軽に言ってのけた。そういう緩さが楽園の情報漏洩を起こすのではないか?? 大丈夫か??
ただ1000年経っても情報漏洩がなされていないというのは、しっかりと監視や軍の連携が行き届いていたという事なのだろう。
楽園のアクセス権の送信には、楽園の正確なイメージが必要になる。具体的には楽園を知ってる人が、その記憶を相手に飛ばせば良いだけだが、この情報送信はサーバーを介した通信では行えなくなっている。監視サーバーからブロックが掛けられているのだ。
不特定多数の人間や海外へ送信でもされたらこの国の軍でも収集付かないしね。だから、面と向かって思念を送らなくてはならない。この機能のおかげで今日まで軍が収拾を計れていたのだろう。
ただこれは、脳構造や思念魔術の構造に詳しい人間には突破できるとの事だった。というかバニ様は出来るらしい。その気になればサーバーで繋がってる世界中に、楽園の情報を一斉送信も出来ると。
お前、そんな大層な人間だったのか……。すまん。少し頭の良い変態くらいにしか思って無かったわ。
今の所そんな事が出来る生きてる人間はバニ様くらいしかいないので、楽園の情報が漏洩する心配は少ないらしいが、万が一と言う事もある。脳科学者やサーバー技師で頭角を表した人間は、楽園を知っていなくても国から監視が付くとの事だ。過去にも何人かバニ様クラスの人間がいたらしいし、これからも確実に現れる。
というかバニ様は特にこの辺の説明は濁してたけど、今生きてるの不思議だよな。国は楽園を守る事に尽力していて、基本は保守的な思考らしいから、不安要素であるバニ様は殺されてても不思議じゃないだろ。もしウチとバニ様が友人では無く、ウチが皇帝なら殺してる。たぶん。不安だし。
でも生きてるって事は、それだけバニ様の力が必要なのか、バニ様が裏切らない核心が国にあるという事なのだろう。……楽園に依存するバニ様の表情は、ウチと同じ匂いがした。これが、バニ様が今生きている理由なのかもしれない。
あーそう言えば、監視サーバーの件に戻って。前に英雄から聞いたのだが、大昔に「その監視サーバーの技術を使って未然に犯罪を防げないか」という議論があったらしい。却下されたらしいけど。
監視サーバーは、監視対象を楽園を知る者のみに限定し、楽園情報の送信のみを監視しているから成り立つそうだ。楽園が音声通信しか受信できないのと同じ。的を絞ってるから魔力や演算能力を余分に使わなくて良い。
てことで全国民から複数の思念通信を監視しようとしたら、それこそ楽園クラスのサーバーが必要になるので、結局その議論は破綻になった。
ともかく、楽園を安全に。これがグーバスクロ帝国の隠れた指針だった。他国の可哀想な人には申し訳無いが、死んだら楽園内で再会できる。天国があると教えてあげることは出来ないが、死んだ後に出会えるなら、それで満足してもらうしかない。
実際、楽園内にいる他国の人格からも、感謝の言葉は多いらしい。そりゃそうだよね。会いたかった人に会えるし、先に楽園に来た人は残された人のその後を知ることが出来るんだから。
もちろん、犯罪者等の最低な奴らも楽園には送られてくるらしいが、その辺は各自ブロックで対処しろとの事だ。
罪の有無等による、楽園に入れる人格の選定は全く行わないらしい。これは楽園創設時に作られた指針によるものらしいが、まぁ胸糞要素はどうあがいても排除できないので、しょうがない。
……英雄の両親を殺した殺人犯は、まだ楽園にいないらしい。世間的には死刑になっているのだが。
これは楽園を知っている人のみ知っている事実だが、グーバスクロには実質死刑が無い。死んでも楽園に行くだけなので、罪を償わせた事になりにくいのだ。
なので死刑宣告されたものは、四肢を切断され、視力、聴力等の五感を奪われ、脳も部分的に破壊され、一時のウチの様に魔力の使用も出来ない状態にされる。その一切の自由がきかない状態で栄養を送られ続け、可能な限り延命させられるのだそうだ。
正直気が狂うと思うが、狂ったとしても本人にそれを伝える手段も残されて無いので、死刑囚達は生きてる限り苦しみ続ける。
妥当な刑だな、と思う。まぁ寿命が来て死んだら楽園に行って自由に動けるようになる訳だが、それはしょうがない。現世で罪を償い、天に召された的な、ね。
ただ他国の死刑囚はぽこぽこ楽園に送られてくるので、楽園での第二の人生を謳歌してるとの事。そりゃ楽園の存在知らなかったらそうなるよね。
亜瑠美なんかはこのシステムに文句を言っていたな。まぁ感情的には解る。が、ウチはバニ様の説明に納得したし、罪に関わらず全受け入れが最適な判断だと思った。
受け入れる人格に制限をかけたり、楽園側で何かしらの罰を用意するとなると、その基準が必要になる。楽園が出来たのは1000年も前。法律も価値観も今とは違う。時代と共に揺れ動く価値観、それに楽園はこの星全土から人格を収集している。国によっても罪の概念は異なる。
そんなあやふやな概念を、グーバスクロの、当時の価値観で決めて良いのか。そんな議論がなされたそうだ。結果は全てを受け入れ、各自ブロックで対処するというものに決まった。憎しみや罪を償わせる行為、公平性よりも、会いたい人に会える事を優先したのだ。ウチは、それで正しいと思う。
ウチの家族を殺してしまった青年にも、愛する家族がいた。真正のクズはいるだろうが、大体誰かが誰かを愛している。罰という概念は、楽園には存在しない方が良い。罰を受けたいなら、あの青年の様に、正々堂々謝る事だ。誠意をもって。ウチはそれで許せてしまった。他の人は、そうもいかないケースもあるだろうけど。
まあこの辺はウチが考えてもしょうがない事だ。ウチが楽園の運営に参加する訳でもあるまいし。そもそも楽園のシステム自体は現状変更不可だし。
ウチは楽園の恩恵を受けて、幸せに暮らせればそれで良い。
首都にはちょくちょく行っては、英雄とSEXしてる。亜瑠美は毎回恥ずかしがってたけど結局見てるから、やっぱりむっつりだと思う。楽園内で亜瑠美の処女をもらってくれそうな男子を、英雄も探してくれてる。亜瑠美は断固拒否してるが。
ともかく、ウチは楽園のおかげでまた幸せな生活を取り戻した。完全なる前向きとは少し違うのかもしれないけど、ちゃんと日々を楽しく、過ごす事が出来ている。
本当に、脳仕掛けの楽園があって良かった。心から、作ってくれた人達に感謝を。
「ウチは毎日幸せだぜ!」
『せめて刑務所から出てから言ってくれない?』
亜瑠美の冷たい突っ込みが入る。現在バニ様による釈放許可待ちだ。正直警察官ももうほぼ顔見知りなので、「またか……」みたいな顔でウチを見ている。
毎度迷惑かけてすみません。でも前向きにウチが生きるためには股間を晒さないといけないのです。
(……しかし今回、バニ様連絡つかないな? 楽園のメンテナンスで忙しいのかな?)
バニ様は2年に1回、楽園のメンテナンスで地下に籠る。集中して作業するときは思念をブロックしてる事も多いので、今回もそのたぐいだろう。
毎回助けてもらってるので、催促する気にもならない。ゆっくりと待つとしよう。
(釈放されるまでに食べさせて頂いたご飯代や職員さんへの迷惑料は、毎回ちゃんとお支払いさせてもらってますので……許して国民のみなさん)
木で出来たなんとなく温かみのある独房の中で、ウチは心の中で国民に謝罪した。口に出すと楽園内にいる露出反対派からめっちゃ攻撃されるからね。ブロックしてるけど。
* * *
【数日前】
薄暗い森の中に、ぽつりと立つ人影が一人。月明かりに照らされたそのシルエットは人の物とは言いにくく、頭が獣の様に伸び、長い耳らしきものがついていた。その顔は、ウサギに似ていた。
「こんな時間にこんな場所へ私を呼び出すなんて、珍しいじゃない
その人影に喋りかける女性が、一人。背中に4つの穴を開け、クローン脳を装備した軍人だ。頭からは無数の黒い触手が伸び、全身を服の様に覆っている。一見すると黒い服を着た普通の女性に見えるだろう。
「
ウサギ頭のグーバニアンが女性、御劔景織子に話しかける。気軽な口調で。しかし、目つきだけは真剣に。
「それよりも景織子ちゃん、これから話す内容は二人だけの秘密にしたいの。今のところはね。特に楽園中の人格情報ちゃん達には聞かれたくない。一時的に楽園とのアクセスを全てブロックしてくれない? アタシは既にしてるわ」
御劔は無言で了承し、楽園とのアクセスを一時的にブロックする。
「何か、問題でも起きたのか?」
御劔の目つきも、また真剣なものに変化する。
「問題なんてもんじゃないわ。大問題よ。景織子ちゃん、まずい事態になったわ」
───世界の、人類の崩壊が、始まる。