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第30話 Goodbye, see you someday

血だまりに座り込んでいたアライはその場に倒れこみ、ゆっくりとまた参加者たちのほうへリクドウは歩き出した。参加者達も今度ばかりは絶望し、中には神に祈る者までいた。雨は少し小降りになり始め、それでも狂乱は続いている。

一番隅で泣いていた男をリクドウは引っ張り出す。優しい口調で宥め始めた。

『君は怖くないのかい?』

『こ、こ、怖いです・・・。』

『正直だね、いい子だね。』

そっと頭を撫でてやり、その手で男の目を突いた。

悲鳴を上げて男はその場に這い蹲る。

『ほら、言いたいことがあるだろう?』

『いやだ。』

体を亀のように丸くして顔を守るように俯いている。リクドウは少し苛立ち始めたのか態度が変化していた。さきほどまで紳士を気取っていたのに、今はえらく低俗に見える。

参加者たちは必死で耐えていたが本当に緊張が続きすぎていたせいか疲労が見えていた。これ以上何かされればミライとの約束は途絶えてしまう。

その証拠にリクドウの背中には黒い影がほんの少し揺らめいているだけだ。

苛立ったリクドウは丸まった男の背中を蹴って、アライの傍に近づいた。彼女の髪をつかんで顔を上げさせるとそのまま地面にたたきつける。

数度それが行なわれてアライは血を吐いた。そしてぽつりと呟く。

『畜生、ふざけやがって。殺してやる。』

それに気付いたリクドウが笑いながらアライに近づいた。

『もう一度だ。もう一度。』

笑い声に混じってリクドウが叫ぶ。

アライは血を吐きながら呪詛を吐く。

『殺してやる。』

リクドウの背中で黒い影が大きく揺らめいた。陽炎のようにゆらめき聳え立つ。ゆっくりと影は大きくなりリクドウを包み始める、その時、パシュッとリクドウのこめかみに穴が開いた。彼は横に倒れて黒い影は消えた。

アライは閉じかけた目でそれを見た。険しい顔をした男がピストルを構えている。その後ろには軍服がずらりと並んでいた。




軍施設、医療センター。

大量の死傷者が運び込まれてから一週間が経とうとしている。秘密のパーティ参加者たちは保護され、現在タカハシの勧めでE国のハーモニーヴィジョン研究所で治療とコントロール方法を学んでいる。

重症だったアライはまだ入院しているが経過は良く、終わり次第に先の参加者たちと合流することになる。

ソメキは顎を割られており、現在も集中治療室にいる。

タカハシはベットに横たわるミライの手を握った。管につながれているがかろうじて生きている。

カツラギはタカハシに頭を下げた。

『いいですよ、もう・・・私だって彼を救えなかった。』

『すいません。』

あの時、カツラギたちは随分前に到着していた。しかしラザロの指示でタイミングを計っていた。というのもラザロはミライとこの日の事を事前に話していた。

ミライは良いタイミングが必ずあるはずだと。そして参加者たちが力を使ってしまわないためにも自分が犠牲になると。

勿論ミライが撃たれた時、カツラギは飛び出そうとした。しかしラザロは言った。『これで終わりにするんだ。』と。

眠るミライの顔色は数日前に比べれば良くなっている。それが救いだった。

『・・・それにしても、ラザロに情報提供していたのがマリエだったとは。』

病室のドアから入っていたマリエにカツラギが釘を刺す。

マリエはミライの傍に寄ると彼の頬を撫でた。

『仕方ないですよ。こいつは止められないし、危ないことしようとする。ポリスは動かない、なら軍しかない。それでラザロさんに逐一相談してたんです。そしたら泳がせて、でも必ず助けようって。』

『で、あの薬は渡したのか?』

『はい。彼らならうまくやってくれると思います。・・・自分的にはこんな結末望んでなかったですけどね。』

『・・・そうだな。』

カツラギはタカハシの肩を抱くとベットから離れた。

『ミライも起きた時に顔を見るのがマリエなら嬉しいだろう?』

マリエは振り向かず、ただ俯いた。



廊下の椅子に座り、カツラギは自販機で買った缶コーヒーを差し出す。タカハシは微笑むとプルタブを開けた。

『これで全部終わったんかね?』

『・・・一応ではないですかね、これからこの国は騒乱になるでしょうから。』

『ああ・・・。』

両手で缶を持ってタカハシは微笑む。

『それでも人は変わっていきます。きっと今回のことも忘れ去られてしまいます。同じ事を繰り返すかもしれませんね。』

『嫌なものだな。』

カツラギはくっとコーヒーを飲み干すと煙草を銜えた。

『カツラギさんはどうなさるんですか?このままこの国にいますか?』

『うん、そうだなあ・・・どっちみち今回の対策本部に残った面々は退職勧告が出ているんだ。本当にイヤになるよ。』

『なら一緒にいらしてください。あちらなら歓迎されます。』

『けどなあ・・・。』

煙草に火をつけて煙を吐くとカツラギは笑った。

『俺はこの国が好きなんだよ。馬鹿で真面目で、愚かなほどまっすぐで。まだ守ってやる人間は必要だろ?』

『そうですか。でも気が変わったら言ってください。』

『そうする。ミライは連れて行くんだろ?』

タカハシは頷いた。

『ええ、あちらのほうが医療が進んでいますからね。助かる見込みが違う。マリエさんも一緒に行くと聞いています。』

『ならいいさ。』

タカハシが去りカツラギが医療センターを出る。駐車場で車に乗り込むと運転席の窓をコンコンと叩かれた。覗き込むとそこにはラザロがいた。

『よう。』

カツラギは車を降りた。ラザロはいつもどおり軍服で穏やかそうに見える。

『こんにちは、カツラギさん、もうお戻りで?』

『ああ。色々迷惑をかけるがあいつらのことよろしく頼みます。』

背筋を伸ばし丁寧に頭を下げる。カツラギが顔を上げるとラザロは頷いた。

『あなたのことはチャーリーから聞いていました。信頼してくださるのなら私はそれに答えます。それとあの時指示に従ってくださってありがとうございました。』

『いいや。お互い様だ。』

ラザロは微笑むと片手を差し出す。

『これでお別れですね。』

『そうか、軍も一時引き上げるんだな?』

『はい。それでも治安維持のために戻ってはきます、その時は私ではありませんが。』

フフと笑いカツラギはラザロの手を握った。

『そうだな、俺も一般人に混じってるよ。次来る時は、武装、ピストルだけじゃなくなればいいな?』

『違いない。テロにあった時にポリスと同じピストルだけでは戦えませんからね。せめてミサイルくらいは持ちたいですね。』

『ロボかよ。』

二人は固い握手をして視線を交わすと頷いた。

『またいつか・・・会える時まで。』

『お元気で。』

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