「俺が、何をしないって?」
爽やかでありながらも、自分の思っている事はしっかり言うぞ、と思いのこもった声。彼の圧をヒシヒシと肌に感じる。
騒がしかった昼休みが突然、静寂に包まれる。
「前に2人がショッピングモールに居るところを見かけたんだけど。瑠璃に聞いたら、海斗に誘われたって嘘をつくの。なんとか言ってやってくれない?」
短いのに長く感じた沈黙の時間に、終止符を打ったのは斎藤先輩。彼氏の登場に調子に乗っているのだろう。
だが柊先輩はきっと──
「うん、瑠璃ちゃんが言っている事は事実だよ。俺が誘ったんだよ」
「そ、そんな……なん、で……?」
斎藤先輩の目から、光が失われる。肩をがっくりと落とした彼女はなかなか見応えがあった。
「前に誕プレを渡したでしょ。俺は君に喜んでほしかった。でも初めての彼女で何を渡せばいいのか分からなかった。だから瑠璃ちゃんを頼った。俺達3人は昔から仲が良かった。瑠璃ちゃんなら朝陽ちゃんの欲しいものや、好きなものが分かると思ったんだよ」
柊先輩が姉さんを誘った理由は、しっかりとしたものだった。これなら斎藤先輩も分かってくれるはずだ。そう思っていたのに──
「う、嘘だ!海斗は完璧だから、自分1人の力で私の好きなものが分かるもん。あの日は瑠璃が誘ったんだよね?それを庇っているだけだよね?」
見ていて嫌気がさすほど醜く、汚い。
柊先輩はと言うと、無言のまま首を横に振っている。
「あぁぁぁぁあぁぁぁぁっぁぁッ!!」
突然斎藤先輩が叫んだ──まるで体の中にあるものを全て吐き出すかのように。
姉さんは「うっ……」と苦しそうな声を出しながら、俺の隣で耳を塞いでいる。
関係者は全員揃っている。今しかない。そう思い、姉さんを虐めてきた恨みも兼ねて、はっきりと言ってやる事にした。
「叫んでも何もなりませんよ。斎藤先輩は勘違いで姉さんを虐めたんです。謝ってください」
「……ッ!」
斎藤先輩は少し正気を取り戻したのか、声を殺し、バツの悪そうな表情をしている。
胸の奥にじわりと快楽が滲み出す。
「朝陽ちゃん、瑠璃ちゃんを虐めてたってどういう事?」
「い、虐めてなんかない!」
「騙されないでください。姉さんがこの頃高校を休んでいたのは、全て斎藤先輩からの虐めを受けていたのが原因です」
「それは本当?」
柊先輩は視線を姉さんの方へ向ける。姉さんはこくん、と首を縦に振った。
「すまないッ!」
彼は頭を思いっきり下げ、続けて言った。
「俺のせいで皆に嫌な思いをさせてしまった。瑠璃ちゃんに関しては、高校を休むまで追い詰めてしまっていた。本当にすまない」
なんて誠実な人なんだ。一応柊先輩は姉さんが虐められた原因であるが、普通に感心してしまった。
彼が高校の中で人気があるのも、少しはわかった気がした。
「(なんで海斗が謝るの……)」
「なんか言った?……朝陽ちゃんも早く謝って」
「どうして私が謝らないといけないのッ!悪いのは海斗でも私でもない。瑠璃が悪いの!!」
ボソッと何かを呟いたかと思えば、次は叫んで……何がしたいんだ?本当にこの先輩は狂ってやがる。柊先輩はどうしてこの人を選んだのか、マジで分からん。
「もう別れよ。朝陽ちゃんの面倒を見るのは疲れたよ」
「は?面倒って何よ」
「はあ……
柊先輩は大きなため息を着いたかと思えば、まるで別人かのように話しだした。彼のイメージとは似ても似つかない口の悪さ。
その言葉が自分に向けられたものでは無いと分かっていても、たじろいでしまう恐ろしさ。この人は絶対に敵に回してはいけない人だと、嫌でも分かった。
「そ、そんな……いつも優しくしてくれた時も、キショいなって思ってたの?」
「当たり前だろ。付き合う前は良かったのに、付き合った途端性格ゴミになって、なんなんだよコイツって思ってたよ」
その言葉を最後に、斎藤先輩は廊下を走り去って行った。
柊先輩にフラれたのは、彼女の自業自得だと思う。でもこれで姉さんへの虐めは無くなるはずだ。
嬉しいはずなのに、胸の奥が締め付けられるようにモヤモヤするのは、ここだけの話だ。