姉さんの事が心配で、午前の授業は全く頭に入ってこなかった。
過保護か。とツッコまれてもおかしくないだろう。
昼休みになると、弁当を誰よりも早く食べ終え、3年6組の教室に向かった。
廊下から教室を覗くと、以前来た時と変わらぬ騒がしさがあった。仲の良い友人と机をくっつけ合っている様子は、俺のクラスと大して変わらないだろう。
最近は1人で食べているが、姉さんが虐められる前までは色んな人と昼食を共にしていた。
もしかしたら俺が姉さんを心配してるのと同じで、俺は夏鈴やクラスメイト達に心配かけてるのかな……
ふと、そう思う。
違うだろ。姉さんの様子を見に、ここまで来たんだ。忘れるな。
俺は思いっきり首を横に振って邪念を取り払った。
もう一度教室の中を見てみる。
姉さんの姿は無い──ついでに赤岡先輩も。恐らく一緒に弁当を食べているのだろう。
そう思うと、すっと肩が軽くなる。
やる事やったので、帰ろうとしたその時だった──
「ねえ……ねえってば!青羽隼人ッ!」
ああ、俺に言っていたのか。
「なんですか、斎藤先輩」
「なんですかじゃないよ。どうして瑠璃が来てるのよ」
「そんなの知りませんよ。姉さんが来て、何か都合の悪い事があるんですか?」
「大ありよ。海斗がアイツと話してるところを見ると、虫唾が走るのよ」
なんて自分勝手な人だ。嫉妬するなら、嫉妬するくらやめてよ、とでも自分で言えばいいじゃないか。
柊先輩はそんな事を言われたくらいでは、怒らないはずだ。1度しか話した事が無いが分かる。
「無視しないで。なんとか言ったらどうなの?」
鋭い目つきで俺を睨みながら言った。腕は胸の前で組んでいる。
「はあ……先輩、高校3年生になって嫉妬で幼馴染を虐めるなんて、子供ですね」
「なッ、お前ふざけてんのか!先輩に向かって舐めた態度を取りやがって」
「ふざけてないですよ。事実を言っただけですよ」
「黙れ黙れ!」
「無視をしないで」や「黙れ」と、この人の言う事はよく分からないな。学力が凄く低い夏鈴の方が、まだ話が通用する。
「(どっちなんだよ……)」
「何。なんか言った?」
「何も言ってませんー」
この人と話すのも面倒くさく感じる。
「やっぱり舐めてんじゃねぇかよ」
斎藤先輩はそう言いながら、俺の胸ぐらを掴んできた。
身長は俺の方が高いので、漫画のワンシーンのように持ち上げられる訳では無い。それなのにこの圧。どの学校にも1人は居る、敵に回すとダルい人だ。
「朝陽ちゃん、隼人くんに何をしてるの!」
廊下の少し向こうから大きな声が聞こえた。
反射的にそちらに視線を向けると、はあはあ、と肩を揺らしている姉さんの姿があった。
「教室の前で2人が揉めてるって聞いて急いできたの」
「瑠璃……」
俺の胸ぐらを掴む斎藤先輩の拳が緩む。その顔はまるで苦虫を噛み潰したよう。
「朝陽ちゃん、何をしているの」
「アンタには関係ない。また虐められたいの?」
「私が虐められるよりも、隼人くん事が心配なの」
「ブラコンかよ」
「そう言う朝陽ちゃんは、面倒くさい彼女だね」
「うるさい!」
廊下中に斎藤先輩の大声が響く。自然と周囲の視線を集めるが、本人は気づいていないようだ。
「朝陽ちゃんは私が海斗くんと一緒に買い物をしていた事に嫉妬したんだよね。でもね、あれは海斗くんから誘ってきたんだよ」
「そ、そんな事あるはず無い」
「ううん。朝陽ちゃんの誕生日プレゼント、何買えばいいか分からないから助けてって言ってきたんだよ」
姉さんは真顔で言った。しかし斎藤先輩は、動揺を隠せていない。
「違う、海斗がそんな事するはずない!」
まだ言うのか。俺が2人の間に割って入ろうとしたその時だった──
「俺が、何をしないって?」
後ろから、この事態を止められる唯一の人の声が聞こえた。