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第8話

 姉さんと2人きりで晩御飯を食べている──両親は仕事だ。


「姉さん、話がある」


 お互いが満腹になったタイミングを見計らい、俺は話を持ち出した。


「なに?」


 姉さんはいつも通りの様子に戻っており、やや冷たい視線をこちらに向けながら言った。

 やはり昨日の様子がいつもと違っただけのようだ。


「えっと今日、斎藤朝陽先輩と話したんだ」


 その言葉をきっかけに、姉さんの顔が引きつるのが分かった。

 しかしこれは確認しないといけない事だ。彼女には悪いが、少し我慢してもらおう。

 姉さんは何も言わなさそうなので、続けて話す。


「斎藤先輩は姉さんが柊先輩にアプローチしたから、虐めたと言った。そこの所、どうなのか教えてくれない?」


「違う、私はアプローチなんてしてない。一緒に買い物に行きはしたけど……」


 買い物したの、本当だったんだ……。

 でも男女でも仲が良かったら買い物くらいするか。実際俺も夏鈴とよく出かけたりするからな。

 ──などと考えていると、姉さんは続けて口を開いた。


「海斗くんが、朝陽ちゃんの誕生日プレゼントを買いたいけれど、何買えばいいか分からない。って言ってきたから仕方なかったの……」


「……」


 思わず言葉を失った。姉さんが虐められている原因は、柊先輩にある……?

 ──いや、そもそも斎藤先輩がおかしいのだが。


「そ、そうなんだ……。教えてくれてありがとう」


 俺は言葉を振り絞って言った。

 もし原因がそれなら、姉さんが可哀想すぎる。思わず両手を強く握る。


「私は大丈夫だから安心して。もう少しマシになったら高校にもまた通うから」


 そうやって無理をするんだ。

 そんなに辛そうに「大丈夫」って言われて、安心出来るものか。

 待ってて、虐めはすぐに消えるから。


 そう意気込むが、何の成果もなくただ時間だけが過ぎていき、気づいた頃には約1週間が過ぎていた──


 ◆


「おはよ」


 平日だというのに、姉さんが早起きした。


 俺とお義母さんは少し感心しながら、「おはよう」と返す。

 肩につくくらいの長さに切られた髪が、綺麗に整えられているように見えるのは、きっと気のせいでは無いはず。


「私、今日から高校に行くよ」


 そう言う姉さんの目元には、薄らとクマが見える。きっと今日の事に悩み苦しみ、眠れなかったのだろう。


 姉さんは自殺未遂をしたが、頑張って高校にまた通う事を決意した。しかし俺はどうだ──何も出来ていない。

 そう思うと、美味しかったはずの朝御飯の味がしなくなる。


「瑠璃。米とパン、どっちがいい?」


 お義母さんは娘の決めた事に口を出さず、優しい目をして聞いた。姉さんは少し安心したように息をついてから「パンがいい」と言って、テーブルを挟んで俺の正面に座った。


 俺は姉さんが歩道橋から飛び降りようとしていたあの日の事を思い出す。

 ──全てに失望したような死んだ目。何もかも諦めたような表情。

 あんなに苦しそうだった姉さんが、お義母さんの様子を鼻歌と共に眺めている。

 全盛期とまでは言えないが、よっぽど良くなっていると思う。


 何だか自分が惨めに感じ、「はあ……」と、つい大きなため息を着いてしまう。


「どうしたの?」


 姉さんは首を傾げてこちらを見ている。

 以前と立場が逆転してきているような気がする。

 今までストレスを感じた事の無かった俺が、いつの間にかストレスを感じ、悩んでいる。


 ──ダメだダメだ。切り替えろ、俺。


「いやー、最近推しが配信してなくて寂しいんだよー」


「確かに、それは寂しいね……私もあまり配信してないな。皆私の事忘れてないかな」


 この頃忙しくて忘れていた。そうだ、姉さんも配信者だったんだ。


「推しをそんなにすぐに忘れる人なんて居ないでしょ」


「だといいなぁ」


 姉さんは遠くを見てボソッと呟いた。


「は〜い、ご飯よそってきたよ〜」


 お義母さんが茶碗を持ってテーブルに戻って来て、俺達の会話は終わった。

 ご飯を食べる姉さんの様子を見ていたが、虐められる前と対して変わっていないように見えた。


 ◆


 姉さんが心配で仕方ないので、登下校は一緒に行く事にした。

 空はどんよりと曇っており、いつ雨が降ってもおかしくない状態だ。それなのに傘を忘れてしまい、気持ちが下がる。


「この道通るの2週間ぶりだー」


 隣で姉さんが少し嬉しそうに言った。

 嬉しそうなのに、どこか無理をしているように見える。まるで自分の感情に嘘をついているようだ。


「見て見て、すぐそこに高校が見えてきたよ。1人で登校するよりも早く感じるよー」


 その言葉に思わず俯いていた顔を上げた。本当にすぐそこに高校が見える。

 胸の鼓動が激しくなる。


「──じゃ、私こっちだから。また帰りにね」


 気づいた時には玄関を過ぎていて、姉さんは笑顔を作ってから言った。


「あっ……」


 姉さんは自分の事よりも俺の事を思って、登校中ずっと話しかけてくれた。それなのに何も反応出来ていない。

 それじゃダメだ。


「姉さん!」


「ん?」


「が、頑張ってね」


「もちろん」


 そう言いながら姉さんは優しく微笑むと、後ろを向いて3年の教室のある方へ歩いていった。

 俺は姉さんの姿が見えなくなるまで目で追った。

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