次の日から俺は、『斎藤朝陽』について聞いて回っていた。
「──斎藤朝陽先輩ってどんな人ですか?」
「この頃荒れてるけれど、昔は優しい子だったよ」
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「斎藤朝陽先輩ってどんな人ですか?」
「人と話すのが苦手でクラスで浮いていたんだけど、朝陽ちゃんが私に話しかけてくれたお陰で克服できたんだ」
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「斎藤朝陽先輩って──」
「2年の冬休みに、授業に追いつけてないクラスメイトを集めて勉強会を開いてくれたよ。とても分かりやすくて、授業に追いつくことが出来たよ」
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「はあ……」
俺は昼休み、放課後と計10数人に話を聞いたが、何ひとつとして欲しい情報は手に入らなかった。
屋上で茜色に染った空を見ながら俺は大きなため息を着いた。
絵に描いたような人なのに、どうして虐めを?
──聞けば聞くほどに謎は深まる。
無理をして、人に優しくしていてストレスが溜まった?
いいや、それは無いだろう。彼女の性格が荒れだしたのは、柊先輩と付き合って約1週間が経ってかららしい。
あるとしたら付き合う事によって環境ががらりと変わり、それでストレスが溜まった──その場合、姉さんを虐める理由が分からない。
「──君かな。私の事をストーカーしてるっていうのは」
柵から体を乗り出していたので、背後からの気配に気づく事が出来なかった。
どこかで聞いた事のある声。しかし誰のものかは、振り返って顔を見るまでは分からなかった。
「斎藤、先輩……」
「そうだよ。君は確か──青羽隼人くんだね。瑠璃の義弟の」
どうして名前を知っている。彼女の事を聞いている時に、1度も自分の名前を名乗った事は無いぞ。
『どうして』と動揺しているのが、顔に出ていたのだろう。彼女は口の端を上げて言った──
「君は金魚のふ──赤岡と話したでしょ。話の内容を全てアイツが教えてくれたんだよ。残念だったね」
まさか赤岡先輩から話すなんて──油断していた。元から考えていた通り、圧をかければよかった。
「そうなんですね──で、なんですか?俺にストーカーするのをやめろ、と言いに来たんですか?」
「半分正解かな。もう半分は、君が勘違いしてるっぽいから訂正しに来たの」
「勘違い?」
この人は何を言っているのだろうか。俺が勘違いをしている?
「そう、勘違い。君は瑠璃が何もしていないのに、私に虐められてるって思ってるでしょ。でも実際は違うの、アイツが海斗にアプローチしてるからなの」
「は?」
訳の分からない事を言われ、思わず喧嘩腰のような声を漏らしてしまった。
姉さんが柊先輩にアプローチしている?2年間同じ家で過ごしたが、とてもそんな事をするような人には思えない。仮にしたとしても、虐める事か?──彼氏・彼女ができた事の無い俺には理解出来ない感情だ。
「えっと……そんな事で姉さんを虐めたんですか?」
「ふざけた事言わないでよ!瑠璃は、海斗を連れて2人きりでデートしたりしてるのよ?彼女がいるというのに。しかもずっと昔からの幼馴染だよ。それなのに1人ハブってきて、なんなの、って思った。だから虐めた。悪い?」
一息で言われた。血が上っているのか、顔は真っ赤に染っている。
「海斗は一昨日の私の誕生日には綺麗なブレスレットをくれた。けれど瑠璃の存在のせいで、これをあいつにも渡してるのか、と思ってしまって、心から喜べなかった。全部瑠璃のせいよ!」
斎藤先輩は、ゼーハー、と肩を揺らしている。
彼女は「全部瑠璃のせい」と言った。それはいくらなんでも酷すぎないか。
「そんな事──」
「──『無い』って言おうとした?それは現実を見た事が無いから言えるだけ」
最後に冷たく言うと、斎藤先輩は屋上から去っていった。そして1人だけの空間となり、時間がゆっくりと流れる。
遠くからは部活動に励む生徒の声が。そして違う所からは大空を羽ばたく鳥の鳴き声が聞こえる。
そして先輩に対し、何も言えなかった事実を痛感させられる。ああ、自分は何も出来ないんだな、と。
今日は一方的に言われたが、集められた情報もゼロでは無い。彼女の話を聞いたところで、俺が姉さんを信じる事に揺らぎは無い。
「待ってろよ、次は一矢報いてやる!」
俺は人知れず叫んだのだった。