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第6話

「疲れたぁ〜」


 俺は家に帰って手を洗うと、制服を着替えずにベッドに倒れ込んだ。

 朝寝てた時よりもふかふかだ。きっとお義母さんが掛け布団を天日干ししてくれたに違いない。

 うん、ほんのりと太陽の香りがする。


 疲労で下がってきた瞼を擦りながら、俺はスマホで『菊月アオイ』のSNSを開いた。以前の配信を延期するというコメントを最後に途絶えていたままだった。


「はぁ……」


 どうしてだろう。胸がきゅっと締め付けられるように痛む。目頭が熱くなる。


「アオイ……」


 胸にぽっかりと穴が空いた気分だ。今までにこうやって何日も音沙汰が無いのは初めてのことだ。

 ……大丈夫かな、元気だといいんだが。


 枕に顔を埋めて、足をジタバタさせていると部屋の扉が軽く叩かれた。


「お母さんが、もうご飯だからリビングに降りてきてだって」


 姉さんの声だ。今朝はまだ起きてなくて顔を合わせなかったが、昨日の生気の無い声よりかは幾分かマシになってる気がする。


「はーい」


 俺は顔を上げて返事をしたが、重力に逆らえずぽすん、と首の力が抜けてしまう。

 ああ……。立ち上がるのですら面倒くさく感じる。

 出来ることならこのまま寝たい。しかしせっかく晩御飯を作ってくれたお義母さんに失礼だ。それに腹は減っている。

 なんだか自分自身が嫌になってく……る──


 ◆


 気付かぬうちに眠っていたようだ。思考にモヤのようなものがかかっている。

 頬に違和感を感じる──脳が覚醒し始めた。

 瞼を緩めると、LEDの明かりで視界がチカチカする。


「あ、起きた」


 耳元で今1番聞きたい声が聞こえた。気がした。

 ……『アオイ』?

 俺は勢いよく目を見開いた。毎日見る、白い天井が見える──そうじゃない。俺が確かめたいのは──


「おーい。ご飯だよ」


 姉さんの顔が視界いっぱいに映り込む。『菊月アオイ』ではなく、姉さんの顔──


「なんだ姉さんか」


「なんだってなによ。もうご飯だよ」


「ん。ちなみに俺、どれくらい寝てた?」


「5分くらい」


 なら良かった。それなら、まだ晩御飯は冷めてないはずだ。


「そっか。今行く」


 そう言って、今回はちゃんと立ち上がった。

 足に上手く力が入らず、一瞬倒れそうになったが踏ん張った。


「姉さん。俺が寝てる時、何かした?」


 起きる寸前に感じた、あの違和感。隣には姉さんしか居ないので、彼女が「違う」と言えば俺の勘違いで済む話なのだが──


「な、何もしてないよ!?」


「──ッ!」


 耳元で大声を出される。つい先程まで眠っていたので、姉さんの声が脳内できーん、と反響する。

 大声を出した張本人は、顔を朱色に染めて必死に俺から目を逸らしている。


 むむむ。怪しい。

 正直に言えば、違和感が俺の勘違いだった事を証明するために姉さんに聞いたのだ。それなのにこの反応──絶対俺が寝てる間に何かしたよな?


「……」


「ああ、もうっ!そうだよアンタが寝てる間に私は──」


 姉さんの目をジッと見つめると、お風呂に溜めたお湯を全て流すかのように自分のした事を吐き出した。


 俺が眠ってすぐに、姉さんは部屋に入って来たらしい。本人は「ノックをしたよ」と言っているが、今更確かめる術など無いので真実がどうであったかはどうでもいい。

 そして寝ている俺の頬をつんつんしていたらしい。うん。つんつん……つんつん?

 何故そのような事をしたのかは分からないが、どういう感情でそのような事をしたのかが、とても気になる。


「──と、とにかく!ご飯食べるよ」


 話し終えると、姉さんは顔を茹でダコのように赤くして言った。


「はーい」


「(可愛い寝顔だったから、仕方なかったの)」


「何か言った?」


「何も無いよ。さ、行くよ」


 姉さんは駆け足で部屋から消えていった。

 つい数ヶ月前までは、血の繋がりが無かったが、本当の姉のように優しくて尊敬できる人だった。俺の中での印象は『かっこいい』。そんや姉さんが、顔を赤くして照れている。

 2年、一緒に暮らしているがこんな様子は初めて見た。


 どきん。


 胸が大きく跳ねる。

 なんなんだこの感情は──胸の鼓動が早くなる。恥ずかしい思いをした時と同じくらい、顔が熱くなる。

 ──きっと姉さんが元気になって嬉しいからだ。それに違いない。


 今までに感じた事の無い感情に少し戸惑ったが、答えが見つかって良かった。

 俺はそう、胸の中で呟いてご飯を食べに、居間に向かった。

 晩御飯の味が一切しなかったことは、誰にも言わない、俺だけの秘密だ──

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