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第37話 テスト前日の憂鬱

 テスト前日の放課後、1-1の教室にはテスト期間なので部活の無い生徒たちの、絶望する声とそれを憐れむ声が交差していた。


「だ、か、らぁー!"来る"はカ行変格活用だって言ってるじゃん!」


 机をバシッと叩きながら言う夏鈴には、どこか焦っているように見える。

 彼女の格を下げないためにもテストを頑張ると誓っておいてだが、もう無理だと確信する。


 というかなんだよ。カ行変格活用はまだ覚えられるとして問題は四段活用だ。

 中学の頃に習った五段活用と何か違うのか?


「すまん、俺はもう無理だ!」


「は──はぁぁ〜〜〜〜〜〜〜〜〜ッ!!!?」


「現代文なら余裕だけど、古文・漢文はわかんないよ」


「前に一緒に頑張るって約束したじゃん!」


「ああ、したな」


「ならどうして──」


 負けず嫌いな夏鈴の言いたいことも分からなくはない。

 俺も初めの一週間はひたすらワークをしたり、教科書を読み返したりした。それなのにダメだった──理解が及ばなかった。


「悔しくないの」


「そんなこと言われたって……悔しいに決まってるだろ」


 俺に出来る事は全てした。いつもは娯楽に費やしている時間も睡眠時間も削って頑張った。だが一向に分かるようになる気配は無かった。

 むしろ曖昧な知識が増えたせいか、テスト勉強を始める前よりも分からないことが増えていた。

 そして追い詰められている時の、この夏鈴の呆れるような表情。なんだか今までの努力が馬鹿馬鹿しく思えてきた。


「もう辞める」


「え──?」


「もうこの勝負を辞める。敬太と煌星には俺が『恐れをなして逃げた』とでも言ってもらって構わない。とにかく今日はもう帰る」


「待って!」


「ごめん、一人にして。今一緒に居ると嫌いになりそうだから」


「──ッ!そう、分かったよ。隼人が一生馬鹿でクズでも知らないからね!」


 そう罵ってもらっても構わない。とにかく今は誰も居ないところに行きたいからな──


 ◆


「あああーーッ!クソッ、やらかしたァ!!」


 家に帰って靴下のままベッドに飛び込むなり、俺は枕に向かって叫ぶ。

 こんなつもりじゃなかった。夏鈴は大事な時間を割いてまで、俺に勉強を教えてくれた。

 それなのにあの時の俺の態度はなんだ。これだから友人達との関係はいつまでも"広く浅く"なんだろうな。


 部屋の隅に無造作に投げ捨てられた鞄は、こちらに憐れむような目を向けているかのように思える。


 兎にも角にも俺は今すぐにでも夏鈴に電話をかけて謝らなければならない。彼女の連絡先を開くが、『通話』と書かれた所を押すのを躊躇ってしまう。

 そしてグッドともバッドとも言えない、そんなタイミングで扉を優しくノックされる。


「隼人くーん、今いい?」


 姉さんか、時間帯的にもあと少しで夜ご飯なので呼びに来てくれたのだろう。


「いいよ」


「お邪魔します」


 彼女は部屋に入ると、一度迷ったような表情を見せてから言う。


「何か悩み事あるの?」


 姉さんはそう言って、すぐに「何か聞こえてきたから!」と言い添える。

 聞こえていたのか、恥ずかしい。


「親友と喧嘩してしまった──」


 姉さんは人の失敗を言いふらして楽しむようなことはしないと思うので、言ってしまうことにした。

 起きた出来事を初めから最後まで話すと、子供っぽい、と笑うことなく優しく頷きながら聞いてくれた。

 話したらほんの少しだけ気が楽になった気がした。


「喧嘩かぁー、しかも親友と。昔の私と朝陽ちゃんみたいだね」


 虐められる前までは二人の仲は良かったらしいが、喧嘩もしていただなんてな。

 俺は記憶のある範囲内では、夏鈴と喧嘩なんてしたことがなかった。お互いに相手のことを知りつくしているので相手が嫌がることが自然と分かっていたのかもしれない。


「朝陽ちゃんと喧嘩した時は、嫌われないかっていつも怖がっていたな」


「分かる。めっちゃ怖い」


「じゃあ優しくて美人で頼れるお姉さんから、ありがた〜いお話ね!」


 お茶目にウインクを決めながらそう言ったのは、きっと俺を励ますためだろう。

 もう片方の目がつられて閉じかけている姿に、自然と笑みを零す。


「もおっ!なに笑ってるの!?」


 ぷくーっと効果音の着きそうなくらいに頬を膨らませて怒る彼女は、言っちゃ悪いが幼く見えて可愛らしいな、と心から思う。


「ふーんだ。隼人くんは私の優しさを無下にするんだね!?」


「いえいえ。この通り、反省をしていますので、ありがた〜いお話とやらを聞かせてくれやせんかね?」


「仕方ないなぁ〜」


 頭を下げてわざとらしくも詫びていることを伝えると、姉さんは満足そうにニカッ、と輝くような笑顔を浮かべた。

 その眩しさに気を失いかける。


「気を取り直して私のありがた〜いお話ね!隼人くん、最後の最後まで諦めずに頑張って。きっと努力が幸せとなって帰ってくるよ」


 必ずしも努力が報われるだなんて思っていないが、姉さんの言葉にはそんなマイナスな思想を打ち消すような魔法が込められていた。


「じゃ、私は配膳を手伝ってくるね!早いうちに降りてくるんだよ〜」


 優しく言い残すと、さっさと部屋から出て行った。


「最後の最後まで諦めずに頑張る、か……」


 そう呟きながら俺はを決意した。

 夜ご飯をかき込むように食べると、すぐに自室に籠った。


 そして万全の状態で迎えたテスト一日目。

 俺はムスッとした表情を浮かべる夏鈴を横目に、答案用紙に取りかかったのだった。

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