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昏暁の騎士
昏暁の騎士
グレートアンガー
異世界ファンタジー冒険・バトル
2025年04月15日
公開日
1.5万字
連載中
 神々によって昼と夜にわかたれた世界に生きる16歳の傭兵アインは、天使の姿をした少女フィアと運命的な出会いを果たす。  ふたりの生活は穏やかなものだったが、フィアが夜の神にまつわる夢を見るようになってから事態は一変。ディルグと名乗る謎の騎士が彼女をさらってしまう。  アインはフィアを取り戻すため、自分の出自や世界の謎、そしてディルグを差し向けたというかつての師といったさまざまな運命に立ち向かっていく。

第1話 紫電の拳雄

 かつて、この星の南極にひとつの生命が飛来した。


 のちに昼の神と呼ばれるそれは、自らの肉体から無数の命を造り出すと、こう命じた。


 ──我が仇敵、夜の神を討て。


 それは北極に飛来したもうひとつの命。こうして、戦いが始まった。


 そんな世界のいちばん南にある村ミュリデから、物語は始まる。




「クソ、こんな時間に来やがって!」


 砂漠のど真ん中。オアシスを囲むように築かれた村の中を、おれは必死で走っていた。


 真っ赤な太陽がどっぷりと沈んでいく。あたりは夕闇の中に溶けて、あと少しすれば夜が来る。


 そんな時間帯だというのに、村は大騒ぎだ。老若男女問わず、みんな何かから逃げるように一方向へ走っている。


 いや、『ように』というのは正しくない。みんな実際に逃げているのだ。


「いた!」


 村人がいなくなった広場で足を止める。おれの敵がそこにいた。


 夕闇の中に鎮座する、ひときわ黒々としたかたまり。


 黒いというところ以外は、一見すればただのニワトリにも見える。


 だが、ニワトリの首はあんなに長くない。まして鱗に覆われた尻尾なんかないし、そもそも5メートル近いサイズの家畜なんて怖くて飼えたもんじゃない。


 獣の名はコカトリス。からやってきた竜の一種だ。


 コカトリスはおれに気が付くことなく、一軒の家をじっと見つめている。


 おかしい。普通はすぐにでも襲い掛かってくるはずだ。つまり、あの家によっぽど気になる何かがある。


 窓越しに中を確認すると、少女がひとりへたり込んで泣きじゃくっていた。


 確かサーシャという名前の子だ。逃げ遅れたのか。


「厄介だな……」


 このまま戦いを始めるわけにはいかない。まずはあの子を逃がす。それからだ。


「サーシャ、聞こえるか!」


 おれの存在をコカトリスに伝えるため、わざと大きな声で呼びかける。


 怪物は狙い通りにこっちを向いた。


「おれがこいつを引きつける! 合図をだすから、そうしたら逃げろ! いいな!」


 サーシャは泣きながらも頷いていた。こんな状況にしては落ち着いている方だ。きっとちゃんと走ってくれるだろう。


「コッコッコ……」


 ひょうきんな鳴き声を上げながら、コカトリスが近づいてくる。


「ふう……」


 息を吐く。体と精神を戦いへ向けてとがらせていく。


 鶏頭がずいと寄せられる。焦点のあっていない両目は血走っているし、くちばしの隙間から得体のしれない硫黄っぽい臭いがする。


 コカトリスはそこでピタリと動きを止めた。この習性は知っている。


 バン! 前触れなく蹴爪が放たれた。油断を誘っての必殺の一撃だ。


 危なげなく避け、わき腹に蹴りを叩き込んでやる。羽毛のせいで効果はない。でも、それで十分だ。気を引ければそれでいい。


「サーシャ、今だ!」


 指示を出すと、サーシャはすぐに外へ出てコカトリスとは反対の方向に走り出した。


「コッコッコォ──!」


 コカトリスが怒気を孕んだ絶叫を上げる。嫌な予感がした。


 あんな怒りをまともにうけたのはきっと初めてだろう。サーシャは振り返ってしまった。


「振り向くな──!」


 叫ぶが、遅かった。


 コカトリスの両目から閃光が放たれる。


 すると、サーシャはまるで石になってしまったようにその場に立ち尽くした。


 コカトリスの別名は石鶏竜。こいつらは、獲物を睨むことで石化させる。


 正確には、目の奥にあるタペタムという板が特殊な光を発し、見た生き物の脳に干渉して筋肉を硬直させるらしい。


「人質ってわけかよ……!」


 頭の良さを侮っていた。まさか、サーシャを振り向かせて光線を直視させるとは思っていなかった。


「おれの手落ちだな……」


 しかし、こうなったら仕方ない。


 今、ここで、殺す。それしかない。


「頼むぜ相棒」


 両腕を覆う紺色のガントレット手甲に呼びかけながら構えをとる。


 先手を取ったのはコカトリス。光という世界最速の武器を打ち出してくる。


 もちろんその程度のことは読めている。顔を伏せ、両腕を交差させながら突っ込む。


 ガントレット越しにくちばしの感触。すぐ上に目がある!


 指先を伸ばして両腕を解き放つ。手刀で両目をつぶしてしまえば光は放てない。


「浅いか……ッ」


 左目は完全に潰した。だが、右目はまぶたを切り裂いた程度。


 そして、さすがに怒らせたらしい。コカトリスは鋭いくちばしを振り回して襲い掛かってきた。


 速い。すべてはさばき切れなかった。白いシャツが切り傷で赤く染まる。


 それを見て溜飲を下げたらしい。首を引っ込めて体の上に乗せた。


 もう目には触れないぞ。喋るわけがないが、なんだかいやらしい表情をしているような気がする。


「あんがい鳥頭じゃないらしいな」


 こうなると短期決戦は難しそうだ。西を見る。あと1分ほどで日が完全に沈み、夜が来る。


「夜になれば……」


 その先を飲み込み、ほんの少しサーシャに目をやる。


 それがうかつだった。


 視界の端に光が映る。直視はしていない。この程度なら問題ない。


 問題は、すぐそばの露店に鏡が置いてあったことだ。


「しまった──!」


 鏡に映るコカトリスの右目が激しい光を放つ。とっさに顔を背けたが、遅かった。


 右腕がだらりと垂れ下がる。どれだけ力を込めてもピクリとも動かない。


「コッコッコ」


 あざ笑うような鳴き声。最悪だ。焦燥がこみ上げる。


 しかし、逃走の選択肢はない。おれが逃げればあの子はどうなる。


「やってやる!」


 意を決し、再び踏み込む。左拳を胴体に叩き込んだ。羽毛に阻まれ効果は薄い。


 返礼にくちばしが襲い掛かる。それを必死で避けると、今度は蹴爪が放たれる。


「ぐ──」


 何とか左腕を挟み込んで直撃は避けた。だが、重すぎる一撃。


 流し続けた血と相まって、一瞬、思考が止まった。


 コカトリスの首がグンと伸びる。右目でおれの顔を覗き込み──。


 辺りが光に包まれた。


 しかし、それは死の光線ではない。


 もっと自然的な、星の息吹を感じさせる猛き光。


「間に合った……」


 それは雷。紫の光は周辺の砂をガラスに変え、その衝撃はコカトリスを大きく吹き飛ばした。


 ここは世界最南の村ミュリデ。村人はみんな昼人だが、おれだけは違う。


「悪いな。おれもおまえと同じ夜の世界の生き物なんだ。だから──」


 夜になれば、本気で戦える。夜の神の雷が、おれの中からほとばしる。


 まだ立ち上がれないコカトリスに向かって疾駆する。手には今しがた拾ったガラスの塊。


 出来の悪いガラスだ。きっと、光をよく散らすだろう。


 ガラスを投げる。それは、苦し紛れに放たれた光とぶつかり、なにも起こさずに地面へ落ちた。


 右腕の石化も治った。もう、小細工はなしだ。


「あの世で唱え続けるんだな。おれの名前は──」


 左足を踏み込み右拳を突き出す。紫電がガントレットを覆いつくす。


「──アインだ!」


 電気に刺激された筋肉は、おれにありえないほどの力を与えた。拳がコカトリスの頭に突き刺さる。


 轟音。閃光。肉が焦げる臭い。


 頭の半分ほどを無くした怪物が砂の上に倒れこんでいた。

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