おれが天使を迎えてから1週間がたった。
その間、おれは彼女に仕事を教えた。夜獣から村を守る仕事だ。といっても、昼の神の上で生まれたというだけあって生活リズムは昼人そのもので、一晩中は働けない。
奇跡の威力も夜は落ちてしまうようで、仕方がないので夕方の短い時間帯を任せることにした。もともとおれひとりでやっていた仕事だから、支障はない。
そして、もうひとつ。
おれと天使は新しい仕事の準備を進めていた。
「うーん、もうちょっと右かな。ああ、それは行き過ぎ。左に傾いちゃってるね。そこを……不器用だなあ」
「もうおまえがやれよ……」
おれは今、家の壁に看板を上げる作業をさせられていた。看板にはこう書かれている。
『なんでも屋アイン』
1週間前、おれの家にやってきた彼女が宣言したなんでも屋。
今日はその開業日だ。
「つーかさあ」
「なんだい?」
「この名前どうにかならないか。恥ずかしいんだが」
「ダメだよ。これは村の役には立つけど、きみのための仕事でもあるんだから」
天使が言うにはそういうことらしかった。なんでも、おれが村人と直接顔を合わせて仕事をするのが必要らしい。よくわからない。
「ほら、できたぞ」
「おお!」
きっちりと設置された看板を見て天使は目を輝かせている。いちいちせわしないやつだ。
「じゃ、おれは寝るから」
「えー!?」
「当たり前だろ。一晩中仕事したあとにこれに付き合わされたんだぞ」
そもそもおれは夜人だ。昼に働く生き物じゃない。
さっさと家に入って寝室へ向かう。ベッドに飛び込んだ。たいして重労働でもなかったが、あいつと一緒にいるとどっと疲れる。きっとおれが人間不信だからだけじゃない。あいつが人一倍やかましいからだ。
「冷たいなあ。この新たな門出をいっしょに祝ってくれたっていいのに」
リビングのほうでなにやらぼやいているが無視だ。寝不足で夜獣に負けたりしたら笑えない。
すると、天使とは別の声が聞こえた。聞き覚えがある。確かログソンの奥さんだ。
「あら、あなたがうわさの──夫が──」
「はい、その節は──受け入れていただいて──」
会話が始まった。なぜあの老婦人はわざわざおれの家に入ってきたのか。嫌な予感がする。
「実は──が──」
「それは──すぐに──」
なにやら会話がまとまってしまったらしい。最悪だ。次どうなるかなんて馬鹿にだってわかる。
「アイン、起きろ! 初仕事だよ!」
「ああもう!」
やっぱりこうなった。ベッドから出る体が重い。
なんとかリビングへたどり着くと、そこにはやはりログソンの奥さんがいた。たしかミセルという。
「あらアインさん。会うのは久しぶりよね」
「……ええ、まあ」
「あなたやるじゃない、こんな美人さん捕まえるなんて」
「そういうのじゃないんで」
人と関わるのは怖いが、このご婦人は中でも苦手なほうだ。こっちの心の中にずけずけ土足で上がり込んでくるようなところがある。
「それで、どういったご用事で」
「ああ、そうなのよ。こちらの娘さんにはもう話たのだけどね。わたしの猫がどこかへ行ってしまったのよ」
「猫?」
記憶を探る。確かに猫を飼っていた気がする。耳が大きく、茶色っぽくて、スラっとした、たしかアビシニアンとかいう種類のやつだ。
「なんでしたっけ、名前」
「ネコスケ」
そうだ、ネコスケだ。かわいそうに。人間太郎みたいなものだ。同情する。
「うーん、いい名前だ。アイン、わたしにも素晴らしい名前を頼むよ」
「……マジに言ってる?」
信じられないセンスだ。これはとんでもない役を押し付けられてしまった。まあ、今のところ名前をやる気はないが。
「とにかく、その猫を探せばいいんですね?」
「あら、ほんとうになんでも屋さんなのね。お願いできる?」
「任せてください。うちの優秀な助手がお役に立ちますよ」
このままうまくごまかして寝られないだろうか。寝室に向かおうとしたら襟首をつかまれた。
「こら、どこにいくのかな」
「眠いんだって……」
「きみがやらなきゃ意味ないだろう」
譲るつもりはないらしかった。仕方ない。
「ちゃっちゃと捕まえて寝るか……」
「その意気だ。ではご婦人は家でお待ちを。すぐにネコスケさんを連れていきますから」
「よろしくね」
こうしてなんでも屋アイン最初の仕事が始まった。