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【伊藤博文・大久保利通】自分でいいんですか?

 大久保利通は自分でも信じられない思いでその場に立っていた。首相代理に任命されたことに、最初は戸惑いと不安が入り混じっていたが、すぐにその重責を感じ取ることができた。伊藤博文が検査入院中という事態もあり、いつもなら強固な信念で突き進む伊藤が、今はその後ろで静かに見守っているという事実に、大久保は強い責任感を覚えた。



「天皇陛下、お目にかかれて光栄でございます。」



 その言葉を口にした瞬間、心臓が高鳴り、鼓動が耳に響くほどだった。天皇との対面を前に、通常の冷静な判断力を失いそうになる自分に焦りを感じていた。数年前、若き明治天皇が日本の未来に対してどのようなビジョンを持っているのか、思い巡らせた記憶が蘇る。彼の成長は、日本そのものの進化を意味していた。だが、今やその天皇が大人として、国家を支える姿勢を見せていることに、大久保は胸を打たれていた。



「そうかしこまらなくてもよい」



 明治天皇の穏やかな声が、大久保の緊張を和らげる。天皇の言葉には、これまでの重圧が解き放たれるような温かさがあった。そして続けて言われた言葉に、大久保は深く考え込んだ。



「そなたたちの頑張りに報いたいのだ。望みの物を述べよ。」



 この一言には、深い信頼と期待が込められていることを、大久保はすぐに理解した。しかし、目の前に広がる選択肢の中で、何を求めれば良いのか。大久保は自身の心に問いかけながら、無意識に手のひらを汗で湿らせていた。



「女性の社会進出について、諸権利をください。必ずや成功させましょう。」



 その言葉が、自然に口をついて出た。大久保は内心で、これが自分にできる最も意義深い課題であると確信していた。女性が社会に進出することは、国の発展には欠かせない要素だ。しかし、同時に、それがどれほどの困難を伴うかも十分に理解していた。だが、明治天皇の反応は予想以上に早く、また穏やかだった。



「よろしい。そなたに大日本帝国発展の任を与えよう。」


 その一言に、大久保はさらに責任を感じた。天皇からの信頼を一身に受けたことで、彼の意識は一層鋭く、かつ冷徹に仕事へと向かう決意を新たにした。だが、その直後に天皇から意外な質問が投げかけられる。



「大久保よ。そういえば、『かっけ』が流行っているのは知っているな?」



 大久保は目を見開いた。かっけ、すなわち脚のしびれや神経障害を伴う病気。国内で流行しているその病の影響は、すでに大久保の耳にも入っていた。経済発展と平行して、こうした国民の健康問題にどのように対処するかも重要な課題だ。



「はい、耳にしています。食事のバランスが原因だと聞いております。」



 大久保は即座に答えた。しかし、もっと深く考えなければならないと思った。その原因が何であれ、解決しなければならない問題だ。すぐに思いついたのは、チアミン(ビタミンB1)の摂取を促進することだった。チアミンが豊富に含まれている食品、それをどう普及させるか。この問題は、一国の国民全体に影響を与える、まさに国家的な問題だった。



「では、何か手立てを考えなさい。」



 明治天皇の指示に、大久保は深く頷き、早速行動に移す決意を固めた。食改善策を講じ、国民一人ひとりの健康を守ることが、今後の大日本帝国の発展に不可欠であることを自覚していた。


**


 伊藤博文が大久保からの報告を受けると、満足そうに頷いた。自分が不在の間も、大久保が立派に職務をこなし、帝国を支えてくれたことを心から感謝していた。明治天皇の言葉にあった通り、大久保利通には単なる大蔵省のトップとして終わるような人物ではない。彼の力は、それを遥かに超えていると、伊藤は改めて感じた。



 そして伊藤は、ある決意を胸に抱いた。自分が首相を退くとき、後任には必ず大久保利通を指名しようと。その人物なら、国家をさらに発展させるためのビジョンと実行力を持っていることを、伊藤は確信していた。

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