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古生物学者 福井恭一の場合②

「それで、福井先生。冷凍マンモスとやらは、どういうところにあるんですかね」



 その問いを投げかけた浅田の声には、わずかな苛立ちが滲んでいた。彼は発掘隊を率いる経験豊かな男だが、これまでは金鉱の採掘が仕事のすべてだった。冷凍マンモスという、どこか現実離れした存在を探すというのは、彼にとって雲をつかむような話だった。



 吹きつける風が頬を刺し、顔の筋肉がこわばる。鉛色の空からは細かな雪が降り続き、足元の雪原は無限に広がっているように見える。白と灰色しか存在しない世界で、浅田は苛立ちを紛らわすように息を吐いた。



「アラスカは広大です。おおよその目安がなけりゃあ、砂漠で針を見つけるより困難ですぜ」



 浅田の言葉には無理もない。見渡す限りの雪と氷、どこを掘れば何かが出てくるという確信はない。福井恭一はその言葉に一瞬目を細め、分厚いマフラーを鼻まで引き上げた。彼の息がマフラーに染み込み、冷たく湿った感触が広がる。



「そうだな、アラスカの中でも北極に近い方が確率が高い」



 福井の声は冷気で震え、言葉が霧のように白く漂う。具体性に欠けるその返答に、浅田は眉をひそめた。極寒の中での作業が続く不安と、終わりの見えない探索に対する焦燥感が彼を苛立たせているのだ。



「先生、それは抽象的すぎますよ! ほら、柿沼さんも何か言ってくださいよ」



 浅田は助けを求めるように柿沼を見た。柿沼は分厚いコートに身を包み、首をすくめて寒さを耐え忍んでいる。その表情は冷え切った大地のように無表情だったが、目の奥にはわずかな共感が滲んでいた。



 柿沼は短く息をつき、福井の方にちらりと視線を送る。それだけで、福井は彼が自分の性格を理解していることを悟った。そう、福井にとっては目的地への道のりや困難は二の次なのだ。見つかるまで歩き続け、掘り続ける。それが彼のやり方だった。



「そうだな、より具体的には永久凍土付近が可能性が高い。かつ、河川の近くだ。河川の浸食で地層が露出するからだ」



 福井は雪原の向こうにぼんやりと見える河川を指さした。凍りついた川面が陽光を反射し、銀色の筋が大地を切り裂くように走っている。河岸には氷と土が交ざり合い、ところどころで剥き出しの地層が顔を覗かせていた。



「川の付近ですか……。このあたりだとユーコン川ですかね。川沿いに歩けば、見つかるでしょう」



 浅田の言葉には、半ば諦めの色が混ざっていた。ユーコン川は長大で、流域の探索には果てしない時間と労力が必要だ。しかも、氷の下に眠る宝を見つけるには、ただ闇雲に掘るだけでは無理だということを、浅田は肌で感じていた。



 冷たい風が吹きすさび、氷の粒が頬を打つ。二人の間に一瞬、緊張した沈黙が漂った。



「まあまあ、二人とも落ち着いて。これから一緒に長旅をするんだ。喧嘩しちゃあ、ダメですよ」



 通訳の柿沼が穏やかな声で間に割って入った。その言葉には、氷のように冷えた空気を少しだけ和らげる力があった。



「何があろうと、川沿いを探索だ。冷凍マンモスが見つかるまで」



 福井の決意に満ちた言葉が雪原に吸い込まれていく。浅田はため息をつき、肩をすくめた。その姿には呆れと諦め、そしてどこか好奇心のようなものが混ざっていた。



 遠くに広がるアラスカの大地は、ただ白く、静かに彼らを見下ろしていた。

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