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20XX年 間宮茜の場合

 間宮茜は仏壇の前に立ち、両手を合わせて目を閉じた。静かな朝の空気が部屋に満ちており、彼女の心もその静けさに包まれていた。



「今日は南極の日だよ、おばあちゃん」と、彼女は小さな声でつぶやいた。言葉が空気に溶けるように消えていく。祖母への思いは、ただの挨拶にとどまらず、彼女の胸に深く根を張った記憶を呼び覚ます。祖母、藤倉さやが執筆したあの記事。それがあったからこそ、12月14日は「南極の日」として多くの人々に認識されるようになったのだ。



 記事に込められた祖母の意志は、茜にとって単なる歴史の一部以上のものだった。祖母は、南極大陸を制覇した祖父の偉業を後世に伝えるため、無数の言葉を慎重に選びながら記事を綴った。その筆致には、ただの報道という枠を超えた熱い情熱が込められていた。そして、その情熱が時間を超えて茜にも伝わり、彼女はその思いを今でも胸に抱えて生きている。



「茜、早くしないと学校に遅刻するわよ」母の声が、キッチンからふわりと聞こえてきた。茜はその声で現実に引き戻される。祖母との静かなひとときが終わり、再び彼女の1日が動き出す時間になった。「分かってるって」と呟き、急いで家を出る支度を始めた。家の中はまだ静けさを保っており、時計の針が着実に過ぎていく音だけが響いていた。



 ダイニングに足を踏み入れると、父が新聞を広げて座っていた。その姿はいつも通り、落ち着いたもので、茜も少し安心したように視線を向ける。だが、その新聞の一面に目をやった瞬間、茜の心が跳ねた。目に飛び込んできたのは、驚くべき見出しだった。



「大日本帝国、月を支配下に置く」



 その一文が、茜の心に不思議な感覚を与えた。世界が再び動き出すような、そんな圧倒的な実感が湧いてくる。これまで地球全土を支配した政府の手が、ついに宇宙へと広がりを見せたのだ。月を支配するということは、地球の枠を超える一歩を踏み出すことを意味していた。その先に待ち受けるであろう無限の広がりと、茜は少し恐れながらも、強い好奇心を感じていた。



 月を支配するということは、ただの前哨戦に過ぎないのだろう。次は火星、木星、さらには太陽系全体を手中に収めることになるのは明白だった。茜は、地球が単なる踏み台として使われるのではなく、その先に広がる銀河系へと続く道が確実に見えていることを感じ取っていた。そして、異星人との接触が始まれば、当然その戦争が避けられないだろう。



 そのビジョンは、茜の頭の中で鮮明に広がった。月の支配から始まり、火星を制覇し、そして木星へ。銀河系を征服し、そこに存在する未知の生命体を次々と征服する。その先には、どんな時代が待ち受けているのだろう。茜には、その未来がすでに手のひらに広がっているかのように感じられた。



 だが、茜はその先に広がる未来がすべての人々にとって幸せなものではないことも知っていた。政府の野望は無限に広がり、支配と征服の歴史は終わることなく続いていくに違いない。それでも、茜はその未来を避けることはできないのだろう。どこまでも続いていく支配の連鎖、その先に何が待っているのか、彼女は目を背けることなく、冷徹にその道を見つめ続けるしかないのだ。



 その時、茜はふっと、祖母が遺した言葉を思い出した。「歴史は繰り返すものではない、作るものだ」。その言葉は、今の茜にとってただの記憶ではなく、未来を作り上げるための指針となっている。それは、何もかもが決まっているように見える世界においても、確かに自分の手で未来を変える力があることを示唆している言葉だった。



 茜は目を閉じ、深く息を吸った。彼女の前にはまだ長い道が広がっている。その道を歩むことを決意し、茜は再び現実に向かって足を踏み出す。彼女が進む先に、どんな未来が待っていようとも、それを作り出すのは他の誰でもなく、彼女自身なのだと、胸に刻みながら。



 そして、その先には、終わることのない物語が待ち続ける。

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