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第29話:バグきのこ(2)

 謙信は胃の中のものを全部吐いても、まだ顔色が悪い。そうでありながらもこちらに是非、仕事をさせてほしいと願い出てきた。


「ノッブ殿。謙信殿に二日酔いの薬を渡すのでおじゃる」

「はい、ヨッシー。さあ、このきのこを食べてください」

「チョマテヨ! それ、バグきのこ!」


 ノッブがゴム手袋をいつの間にか装着して、バグきのこを手に持っていた。それを謙信の口の方へと近づけたため、急いで手で叩き落とす。


 ノッブが小さく「チッ……」と呟いていた。ぞぞぞ……と怖気が走ってきてしまう。


「ノッブ殿? 謙信に何か恨みでもあるのかえ?」

「戦国時代、ヨッシーのご機嫌取りで織田上杉同盟を破棄してきましたからね、こいつ」

「あっ。そう言えば、そんなこともあったような?」

「ふふふっ。前世の恨み、ここで晴らさせてもらいます!」


 ノッブが地面に落ちているバグきのこを手に取り、それを謙信の口へと運んでいく。謙信は片膝をついたまま、その場から動けていない。


 相当、二日酔いがきついのだろう。謙信は戦国時代の時からの大酒飲みである。現世では酔っ払いながら知事会見に出席することもざらだ。


 しかし、新潟県の風土がそうさせるのか、酔っぱらった謙信を新潟県民は受け入れている。


(うらやましいでおじゃる。わっちも酔っぱらいながら首相会見に臨んでみたいでおじゃる)


 そう考えてる内にも謙信の口にバグきのこが迫っていった。しかし、ここに飛び出してきた動物がいた。


「サル! 何故、謙信を庇うのですか!」

「うきー。うききー(ごっくん)。うぎょぎょぎょー!」


 なんと、サルが謙信に代わって、バグきのこを丸のみしてしまった。ノッブが驚きの表情となり、すぐさまサルを介抱している。


「美しき主従愛でござる」

「ミッチー……。ところでミッチーは身代わりになろうとしなかったでおじゃるよね?」

「……もしアレを食べて、拙者の身に何かあったら、ノッブ様に第2回本能寺の変を起こしてしまいそうなので」

「あっはい」


――本能寺の変。ミッチーがノッブに対して起こした反乱のことだ。しかし、ミッチーが謀反を起こした理由は未だに定かではない。


 学者の間で議論が為されている。そこにノッブとともにミッチーが現代に転生してきた。学者がこぞってミッチーに真相を聞いた。


 だが、ミッチー本人の言葉は学者連中には真の話として受け入れられなかった。学者がそうなる以上、ヨッシーもミッチーの言葉を信じれていない。


 それはともかくとして、今はバグきのこを食べてしまったサルに注目する。サルの身体の表面に粘っこい菌糸がわさわさと生え始めていた。


 その菌糸の量がどんどん増えていく。ノッブが危険を感じたのかサルから身を離す。サルが菌糸の繭に包まれてしまった……。


 どうしたものかと皆で顔を見合わせる。すると、パキ……パキキキという音がが菌糸の繭から聞こえてきた。


「何かが生まれるでおじゃる!?」

「これは一旦、退避したほうがいいんじゃ!?」

「いえ、何かが生まれる前に撃ち殺すでござるよ!?」

「何が出るかな? 何が出るかな? さてさて、ふふんふ~ん♪」


 女神だけが陽気に鼻歌を歌っていやがった。女神を非難する色の目で睨めつける。だが、その間にも菌糸の繭に変化が起きた。


 まばゆい光が繭の内側から発せられた。「くっ!」と唸りながら、右手で目をガードする。いつでも刀を抜けるようにと、左手を腰に佩いた刀の鍔に添えておく。


 まばゆい光がだんだんと萎んでいく。すると、目の前には2メートルほどの大サルが現れた……。


 赤いチョッキに半ズボンを着た大サル。この姿には見覚えがある。


「うきー。ひどい目に会ったでオサル」

「サル!? その姿は一体?」

「うきー? ヨッシー様が小さく見えるでオサル」

「おぬしが大きくなったのじゃ! ノッブ殿やミッチーよりもな!」

「これは驚きですね……サルが孫悟空に変身しました」


 大サルの頭には孫悟空のトレードマークでもあるあの輪っかが嵌められていた。この輪っかの正式名称は確か……緊箍児きんこじであったはずだ。


 そして、念仏を唱えれば、この輪っかが縮まり、孫悟空は痛みで苦しみもがくと言われている。


「なんまんだー、なんまんだー。そーれそれそれ、なんまんだ~♪」

「うぎぎ! 頭が割れるように痛いでオサル!」

「ノッブ殿! やると思っておったが、本当に念仏を唱えるとはっ!」


"知ってた"

"安定のノッブ"

"てか、誰でも孫悟空が目の前にいたら、とりあえず念仏唱えてみると思う"

"そうだよな。やっちゃダメなんだろうな~と思いつつ、唱えそうw"

"しっかし、痛そうだな。サルが口から泡を吹いてやがる"

"サルの今の気持ちを理解する方法があるぞい"

"マジ? どうやって?"

"万力とかプレス機でどうぞ"

"想像するだけで怖いわっ!"


 コメント欄がやんややんやと賑わっている。ノッブは満足したのか、サルに向かって念仏を唱えるのをやめた。


 サルに向かって手を差し伸べている。サルはその手を取り、起こしてもらいながら、ノッブにフロントチョークスリーパーを決めた。


 ノッブの顔がどんどん赤くなり、次には紫色、さらには青色へと変化する。ノッブが失神する直前で、サルがパッとノッブから身体を離した。


「げほっごほっ! サルーーー!」

「うきー。少しはそれがしの痛みがわかってもらえると助かるのでオサル」

「まあまあ。話が進まないゆえ、そこまでじゃ」


 ノッブとサルの間に割って入る。この一連の騒動の主犯者はノッブだ。たまにはノッブも物理的に痛い目を見るべきである。


 ノッブが苦々しい顔になっているが、こちらはしっかりとサルの側に立ち、ノッブを諫めておく。


「ふぅ~。落ち着きましょう。お互いに」

「それがいいのじゃ」

「あとで倍返ししますけどね!」

「ほんと、倍返しが好きでおじゃるな!? 昔から!」


 ノッブは戦国時代の時から倍返しの達人であった。裏切った者には容赦しない。滅ぼすまで殴るのを止めない。


 ノッブの倍返しから逃げおおせた者は荒木村重だけである。だが、この名前をノッブに伝えれば、ノッブは烈火の如く、怒り狂うだろう。


 そっと胸の内にしまっておく。


 気を取り直して、バグきのこをどうやって取り除くかの話し合いが行われた。そこでふたつの案が浮上してきた。


 ひとつは謙信に頑張ってもらって、毘沙門天の力で焼き払ってもらう。


 もうひとつは孫悟空になったサルがバグきのこを全て平らげてもらう。


「折衷案で謙信くんの今出せるパワーで焼き払ってもらい、残りをサルが食べるってことで」

「……ノッブ殿。おぬしが出張ってもいいと思うのじゃが?」

「きのこ怖い! あとサルへの仕返しです!」

「こいつっ!」


 ツッコミするのもだんだん疲れてきた。坑道に出来た横穴から漂ってくる濃い魔素により、せっかく魔素耐性をアップさせても、少しづつ具合が悪くなってきている。


「謙信殿、頼めるでおじゃるか? 出来る限りでいいのじゃぞ」

「おえっぷ! 任されたし! バグきのこよ! 不埒なその行為、許さんぜよ!」


 謙信が立ち上がり、懐からヨーヨーを取り出す。ヨーヨーの表面がスライドして、旭日章が姿を現す。その旭日章から光の龍が飛び出していき、横穴の奥へと飛び込んでいく。


「みぎゃあああ!」


 とんでもない声量の断末魔が横穴の奥から飛び出してきた。思わず手で耳を抑える。こちらが大音量で苦しんでいるというのに女神と大サルだけは平気な顔をしていた。


「んでは、行ってくるでオサル」

「お土産を期待してるわよー♪」

「おぬしら……いやもうツッコミ疲れたのじゃ」


 大サルが横穴の奥に颯爽と飛び込んで行った。なんとも勇ましいと思ってしまう。大サルが横穴に飛び込んでから5分経過する。こちら側では何も起きていない。


 強いて言えば、謙信がぐったりとダウンしていることくらいだ。そんな謙信にミッチーが真っ黒な魔素が注がれたおちょこを手渡している。


「これは……なかなか良い酒ですな!?」

「ふふ……この鉱山から湧き出た魔素酒でござる」

「ふむ。お土産に持って帰ってよろしいか?」

「謙信殿……魔素で何をする気でおじゃる?」

「酒造に渡して、これで新酒が出来ないか、試してみたいのだ!」

「アホか! 酒造そのものが魔素で汚染されるわい!」


 思い切り反対してやった。だが、ノッブが「ふむふむ……」と何か考え込んでいる。そして、口を開くと謙信を擁護し始めた。


 こちらは当然、渋い顔となる。


「魔素中毒の特効薬になるかもしれぬと言われてもじゃな?」

「謙信くんの言っていることには可能性を感じます。どうでしょうか? ここは新潟県が犠牲になるということで」

「……新潟は良質な米の産地でもあるのじゃぞ。そこが魔素で汚染されれば、お米中毒の日本人全員から恨みを買うのじゃ」

「むむ……なかなかに難しいですね。でも、いい線行ってると思うんですが~」


 ノッブの言いたいことはわかる。そして、女神もニッコニコの笑顔だ。女神が少しでも神妙な顔つきならば試してみる価値もあるだろう。


「謙信ちゃん。魔素をお土産にする?」

「駄女神! 何を提案しているでおじゃる!」

「えーーー? わたくしは至って真剣よ。魔素に対する特効薬はダンジョン内には無いって言ったわよね?」

「あっ察し。こちら側の世界の物とあちら側の世界の物とを掛け合わせれば、もしかすると、魔素中毒への特効薬が出来上がるかもしれないってことじゃな?」

「うん♪ どう? 試してみない?」


 女神の提案は困ったことに魅力的であった……。


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