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第4話 第8退魔師団

 空には太陽のように輝く満月。

 その月光は木々が生い茂る山道をも照らしている。


 周囲の緑に紛れるような迷彩服を着た者たちは、ゆっくりと慎重に、しかし一歩一歩力強い足取りで山奥へと進んでいた。

 その数10名。

 日本退魔隊に所属する関西支部第8退魔師団の者たちである。


「ほんまにこんな山奥に人や住んでるんかなあ」


 その中にいた女が誰にともなく独り言ちる。

 猫野瀬ねこのせみお。32歳。神力レベル20。

 第8退魔師団副師団長である彼女は、髪の左右を白と茶に塗り分けた派手なショートヘアーをしている。迷彩服を着ている意味とは?と、他の団員は常に思っているが、階級が上の猫野瀬には面と向かって言う事は出来なかった。身長はギリギリ150センチの小柄な体格だが、男の団員と同様の大きな荷物を背負って歩いているわりには、まるで疲れているようには見えない。


「それを調査するのが私たちの仕事だ」


 先頭を進んでいた中年の女が後ろを歩いている猫野瀬を振り返ることなくそう言った。

 初鹿野はかのあい。42歳。神力レベル28。

 第8退魔師団師団長。

 腰の辺りまである長い髪を後ろで一つに束ね、歩く度に尻尾の様にぶらぶらと左右に揺れている。


「でも岩戸隠れから40年ですよ?もしほんまに人がおったとしても、今の今まで無事でおるわけないと思うんですよ。それに奥大山は黄泉平坂よもつひらさかがあると言われている場所でしょう?ただの調査いうてもリスクが大きすぎますよ」


「千里眼を持つ星読みがいると言っているんだ。信じるしかないだろう。それにもし本当にこんな場所で40年も無事に生き延びていたのだとしたら、それには何か秘密があるはずだ。それも含めて見返りは十分にあるとの判断だろう」


翠ヶ林みどりがばやし村ねえ……。ネーミング的にも何かある感じはせーへんのやけどなあ。緑豊かな村やいうんは、別に現地までいかんでもこの山見たら分かるし」


「猫野瀬。無駄口はそれくらいにしておけ。いつ奴らが現れるとも限らない。常に警戒は怠るなよ」


「はいはい、分かってますよ。でもそない心配せんでも、うちらには仁太郎にたろうがおるんやから奇襲を受けるようなことにはならへんですって。なあ仁太郎」


「え、ええ、はい……」


 猫野瀬の隣を歩いていたぽっちゃりとした体格の青年が慌てて返事をする。

 初鹿野はかの仁太郎にたろう。20歳。神力レベル12。

 愛の息子であり、探魔の能力を持つ師団の索敵担当。

 あまり人づきあいが得意ではなく、出来るだけ人と目が合わないようにと長く伸びた前髪で目を隠している。

 運動は得意ではない為、彼だけは荷物を他の団員が分担して運んでいた。それでもその顔には疲労の色がはっきりと見て取れた。


「それでも、だ。万が一の時にすぐに対応出来る心構えをしておけと言っているんだ」


「へいへい。それも分かってますって。あんまりにも何にもなくて暇やったから気晴らししただけですやん」


「ふぅ……。まあいい。仁太郎。お前も何かあったらすぐに知らせるように」


「はい……」




 山道を進むこと3時間ほど。

 目的の翠ヶ林村までは地図上では約一キロの地点まで迫っていた。

 そしてその時は突然訪れた。


「――!!」


 突然仁太郎が立ち止まる。

 疲労で動けなくなったわけではない。そしてそのことを理解している団員たちは瞬時に警戒態勢をとる。


「母さん!妖気です!!」


「ここでは師団長と呼べ!」


 そんな愛の言葉は耳に届いていないかのように仁太郎は震えている。

 猫野瀬は背負っていた荷物を下ろしながら仁太郎の顔を覗き込む。

 髪に隠れている仁太郎の両目。

 その睫毛がビューラーでカールをかけたようにくりんと上を向いていた。


「総員戦闘態勢や!これは近いで!!」


 睫毛を見た猫野瀬が叫ぶ。

 仁太郎の能力は探魔。自身の体毛によって妖気を感知する力を持っている。

 それは逆立つ毛の場所によって敵との距離すらも感知する。


 団員たちは狭い山道で非戦闘員の仁太郎を囲うような陣形をとる。


「くるぞ!!」


 その声が合図になったかのように、木の影から、藪の中から、次々と餓鬼が姿を現した。


「ギャギャ!!」


 久しぶりの獲物を見つけたとばかりに歓喜の声を上げる餓鬼たち。その数はどんどんと増えていき、見えているだけでも百は超えようかという規模になっていた。


「馬鹿な……これだけの数の接近に気付けなかったというのか……」


 餓鬼たちは襲い掛かってくることなく第8師団を取り囲み、ゆっくりとした動きでその包囲網を縮め始める。


「ご、ごめんなさい……」


 愛の言葉を自分への叱責と受け取った仁太郎が震えながら謝った。


「違うで仁太郎。こないぎょうさんの餓鬼の接近に誰も気付かんかったんや。お前のせいやない。これは何かおかしいで」


「でも……」


「話は後にしろ!まずはここを切り抜けるぞ!!」


「ギャギャギャギャー!!」


 一っ飛びで届く距離まで近づいたのか、最前列の餓鬼たちが一斉に第8師団へと襲い掛かる。


「絵馬召喚!神獣白羊はくよう!!」


 愛は迷彩服の内側に忍ばせていた絵馬を取り出して叫ぶ。

 絵馬師である愛の能力は絵馬に描かれている干支を呼び出す力。

 眩い光と共に絵馬の中から巨大な半透明の羊が現れ、団員全員をその身体で包み込む。


「――ギャ!?」


 突然目の前に現れた羊に驚きの声を上げる餓鬼たち。

 そしてすでに飛び掛かった餓鬼たちは、軌道修正が利かないまま羊へと突っ込む。


「ギャアアァァァ!!」


 そして羊に触れた瞬間、断末魔の叫びを上げながら消滅していった。


「数が多すぎる!このまま突っ切るぞ!!」


 役目を終えたかのように消えていく羊。

 絵馬召喚には大量の神力を必要とする。団員への指示を出した愛の表情にはすでに疲労の色が伺えた。




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