目次
ブックマーク
応援する
3
コメント
シェア
通報

第5話 窮地

「絵馬召喚!神獣白牛はくぎゅう!!」


 絵馬の中から巨大な白い牛が召喚される。

 白牛は二度三度地面を前足でかくと、猛然と正面の餓鬼の群へと突進する。


「蹴散らせ!!」


「モオォォォォ!!」


 若干間の抜けた雄叫びを上げながら餓鬼たちを吹き飛ばす白牛。

 そして師団の進路を確保するかのように突き抜けた後、その姿は静かに消えていった。


「陰陽隊は左右を牽制!後方は爆護符で時間を稼げ!猫野瀬!仁太郎は任せた!」


 大きく肩で息をしながら愛は各自に指示を飛ばす。

 そして腰に帯刀していた日本刀を抜き、師団の先頭を駆け出した。


 一団は引き返すことなく翠ヶ林村方面に向かって走り出す。

 周囲を木々に囲まれた狭い山道は視界が狭く、圧倒的に狙われる側が不利な今の地形で仁太郎を守りながら戦うのは分が悪い。

 餓鬼は一度見つけた相手をしつこく追いかけてくる。ここまでの道のりを引き返すよりも、残り一キロほどに迫っていた翠ヶ林村へ向かう方が早い。

 そして村に近づけばこれまでの山道よりも開けた場所に出るだろうとの考えであった。


 左右から襲ってくる餓鬼に対して陰陽隊が護符を飛ばし迎撃する。

 後方には時限式で爆破する爆護符が一定距離にバラ撒かれ、山道を追走してきている餓鬼たちの足止めをする。

 そして先頭を走る愛は露払いをするかのように両手で握りしめた刀で行く手を阻もうとする餓鬼を斬り伏せていく。


 神力を特訓によって鍛え上げられた彼らにとって餓鬼という存在は脅威足りえない。

 だが、それは戦闘において敗北しないというわけではない。

 戦えるのはあくまでも己の神力が枯渇するまでという制限付きだ。

 愛の振るう刀も愛の神力を使用しながら餓鬼を討っている。

 使っている護符の数にも限りがある。

 相手の戦力が不明な以上、その場に留まって戦うことは悪手である。


「――ハッ!――フン!」


 鋭い剣筋で餓鬼を一刀の下に斬り伏せていく愛。

 護符によって消滅していく餓鬼たち。

 しかし彼らがどれほど倒しても餓鬼は次から次へと湧き出してくる。

 すでに団員たちの神力の消耗は激しい。

 未だ万全なのは守られて走る事に疲労しているだけの仁太郎と、彼を護る為に並走している猫野瀬だけ。

 これまで様々な危険な任務をこなしてきた彼らにとっても、現状は過去一、二を争う危機的状況だった。


「――!森を抜けるぞ!!」


 その時、愛の視界の先にやや開けた月光の差し込むスペースが見えた。

 地図上の村まではまだ少し距離があったが、村全体が樹木に覆われているというわけではない。つまりあの場所の先に目的地の翠ヶ林村があるはずだと愛は思った。


「母さん待って!!」


 ふらふらになりながらついてきていた仁太郎が叫ぶ。


「ここでは師団長と呼べ!」


「妖気です!!」


「――なっ!」


 その言葉に愛は急ブレーキをかけて仁太郎の方を振り返る。


「うわっ!なんやねんそれ!!」


 猫野瀬が仁太郎を見て驚きの声を上げる。

 仁太郎の頭髪は全て逆立ち、普段見る事のない素顔が露わになっている。

 そしてくりんとなっていた睫毛は前方にストレートパーマをあてられたように真っすぐに伸び、眉毛は外側に向かって爆発したように広がっていた。


「これまで感じたことがない強い妖気を感じます!!」


「師団長!餓鬼たちが撤退しました!!」


 仁太郎の報告と重なるように後方の団員から報告が上がる。


「……全員覚悟を決めろ」


 愛は全てを察した。

 仁太郎の探魔。

 餓鬼たちの撤退。

 この二つが示す答えは――


「大物がくるぞ」


 それまで餓鬼たちの鳴き声でうるさかったのが嘘のような沈黙が流れる。

 団員の誰かが唾を飲み込んだ音すらも聞こえる。

 仁太郎の毛は逆立ったままで、明らかに敵が近くにいることを告げている。

 しかしその姿は見えない。


 緊張した時間が流れる。

 鳥の声さえも聞こえない静寂。

 月光が何かに遮られ、団員たちに影を落とした。


「――上だ!!」


 愛は咄嗟に刀を構えて上空を見上げる。


「うわあぁぁぁぁ!!」


 それを反射的に目を追った仁太郎は、自分たちを遥かな高さから見下ろすを見つけて悲鳴を上げた。


「なんやて!!」


 咄嗟に仁太郎の前に体を入れて庇う態勢をとる猫野瀬。

 しかしその顔は驚愕の表情をしている。


 山を覆う高い樹木。その上から彼らを覗き込むようにして見つめている巨大な

 本来なら無い筈の眼窩には、血走った大きな眼球があり、その視線はしっかりと彼らを捕らえていた。


「がしゃどくろ……1級指定の怪物やないか……」


「ちっ!予想を超えてきたか」


 愛はがしゃどくろを見て苦々し気にそう呟いた。


「……現時点をもってミッションを終了する。総員退却せよ」


「ちょ!愛さん!退却いうてもあんなんから逃げ切るのは無理やって!」


「……私が出来るだけ時間を稼ぐ」


「何アホなこと言うてんねん!そないなことさせるわけないやろ!」


「他に方法が無い。猫野瀬、これは私からの最後の命令――頼みだ。仁太郎を連れて逃げてくれ」


「出来るわけないやろ!!」


 そう叫ぶと猫野瀬は仁太郎の襟首を掴んで後ろの団員へと投げるように渡す。


「ええか!ここはうちと師団長が時間を稼ぐ!あんたらはその間に逃げるんや!」


「猫野瀬!」


「はよ行き!!」


「ハイ!!」


「母さん!!待って!母さんと猫野瀬さんが!」


 団員たちは押し寄せる様々な感情を押し殺して猫野瀬の指示に従った。

 暴れる仁太郎を両脇から抱えるようにして今来た山道を再び走り出した。


「猫野瀬……」


「一人より二人の方が時間稼ぎになるやろ」


「この馬鹿が……」


「愛さん、うちはアホ言われるんはええけど、馬鹿って言われるんは好かんねん」


「いいや、お前は大馬鹿だよ」


 そう言った愛の顔には柔らかな笑みが浮かんでいた。




この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?