~2000年 東京~
「おお……昼が戻ってきた……」
「太陽が……」
「いや、あれは月?」
「月があんなにも明るいとは……」
空を見上げると太陽に負けず劣らぬ光を放つ月が出ていた。
日本の空から太陽が消えて一か月。
仮初とはいえ、再び日本に昼夜のある世界が戻ってきた。
『これでこの国は完全に元の世界から隔離されました。ここは私の統治する夜の世界。そして高天原、黄泉の国とも繋がる逢魔が国。月光による昼が戻る代わりに、これまで以上に魔の者は活発にこの国へと現れることになるでしょう』
空に映る月読は淡々と語り続ける。
『しかし心配には及びません。この世界にいる限り、皆は私による加護を受けることが出来るようになりました。魔と戦うことの出来る神力を使いこなすことが出来るのです』
「月読様。神力とはなんでございましょう?」
『神力とはその名の通り神の力。とはいっても真の神の御業を使えるというものではありません。あくまでも黄泉より這い出た魔を討つことの出来る力です』
「その力があれば我々でも餓鬼たちと戦えることが出来るのでしょうか?」
『可能です。最初に目覚める神力は微々たるものですが、己を鍛えることにより更なる力を得ることが出来るでしょう。しかし、神力には個人の魂の器に応じた限界値があります。なので誰しもが同じように戦えるようになるわけではありません。そしてその神力を発揮する能力についても個人の資質によって異なると知りなさい』
「……まるでゲームのようですな」
『そうですね。でもこの国の人々はゲームがお好きなのでしょう?むしろこういう形の方が分かりやすいのではないですか?』
「そう、かもしれません。まあ、我々年寄りには当てはまりませんがね」
『未来を切り開くのは常に若者たちです。先達は彼らを導くのが役目でしょう』
「ああ、楽隠居はさせてもらえないのですね」
『現状で国の主導権を握っているのはあなたたちですからね。彼らにこれからの道を作ってやるのも大事な仕事ですよ』
「分かりました。では我々は月読様が天照様を岩戸より連れ出されるまでの間、必死で生き延びて見せましょう」
『……え?私が姉様を連れ出す?』
「え、ええ。岩戸の前で宴をあげて誘き出すのではないのですか?神話ではそのように伝えられておりますが……」
『ああ、それは前回の家出の時ですね。
「ん?家出?あの……ではどのようにして?」
『今のところ良い案はありません。姉様が飽きて出てこられるのを待つしかないかと考えています』
「……それはどれくらいの期間なのでしょうか?」
『姉様はお菓子とジュース。漫画本にゲームを大量に持ち込んだという目撃情報がありますので……少なくとも千年は岩戸に引きこもるおつもりかと……』
~2000年 翠ヶ林村~
『では次に――翠ヶ林村の皆さんにお話があります』
「え!?わしらに!?」
突然自分たちだけに語りかけられた翠ヶ林村村長は軽く跳び上がるほどに驚く。
村役場の前に集まり空を見上げていた翠ヶ林村の村民たち。月読と八咫総理の会話の内容のほとんどを理解出来ていなかった。
『ここからの話はあなたがたにのみ聞こえるようになっております。これから話す内容はそれだけ大切な話だということです』
「はあ……そうでございますか……」
村長たちはここまでも日本という国の存亡に関わる大切な話であっただろうことは理解出来ていた。その内容に関してはチンプンカンプンだったというだけのこと。
しかしこれから更に大切な話があるのだと月読は言う。しかもそれをこんな人里離れた山間の辺鄙な村の自分たちに。
間の抜けた返事を返しながらも、村人たちに緊張が走る。
『あなたがたのいる場所の近くには黄泉の国と繋がる
「……よもつひらさか?」
『簡単に言うならば、その場所は餓鬼や魔の者が多く現れる危険な地域だということです』
「ええ!?そ、そんな、それなら早く村から逃げないと!!」
話を聞いていた助役の一人が一早く月読の言葉を理解する。
実際にこれまでも村の近くで餓鬼の目撃情報が村役場に寄せられていた。
今のところ村人に犠牲者が出ていないのが不思議なくらい。
『村から逃げ出す事はお勧めしません。恐らくは街に辿り着くまでに全滅してしまうのがオチでしょうから。それほどまでにこの村は危険な場所にあるのです』
「あ、あの月読様。しかしこれまで村が襲われたという話はありませんが……」
『黄泉の国から出てきた餓鬼たちは、久しぶりの
「そ、そうならない為に先ほど月読様は私たちに戦う力をお与えになられたのではないのですか!」
会話についていけない村長を置いてけぼりにして助役が月読との会話を続ける。
『もちろんその為です。しかしその力は最初から大きいものではありません。これから鍛錬を続けることでようやく魔の者と戦うことの出来るまでに成長するのです。つまり、あなた方にはそれを待つだけの時間が無いのですよ』
「これから鍛えても間に合わないほど、この村は危険に晒されていると……」
『その通りです。全く全然さっぱり微塵も間に合いません。間違いなく近々全滅します。みんな無残に食い散らかされて骨も残りませんね』
「そこまで!?」
『そこまでです。現状では村人全員でかかって、何とか餓鬼一匹を駆除するのが関の山といったところでしょうね。多大な犠牲を負いながらですが』
「そんな……せっかく昼が戻ってきたというのに……」
助役はがっくりと肩を落とし、そのまま地面に崩れ落ちる。
内容を理解した村人たちは絶望から涙を流し、家族と抱き合いながらむせび泣き始めた。
「終わった……俺たちはこの田舎の村で人生を終えるんだ……」
「どうせこの世には神も仏もいやしねーんだよ……」
「目の前にいるのが神様らしいけどな」
『はーい、全員ちゅうもーく。そんな崖っぷちからすでに転落し、空中で手足をバタバタとさせながら助かろうともがいているあなた方に提案がありまーす』
空に浮かぶ月読は、その美しい顔に満面の笑みを浮かべながらそう言った。