「月読様?」
突然キャラ変した神様に泣くのも忘れてぽかんとする村人たち。
『皆さんに慈悲深い私から特別ボーナスを差し上げちゃいます!それはこの滅亡カウントダウン中の廃村予備軍の村を守れるだけの力ですよ!』
「えええ!?本当ですかあああ!?」
「神様!仏様!月読様!!」
「俺は最初から月読様は慈悲深い神様だと信じていた!」
「お前、さっきは神も仏もいないって言ってただろ?」
『はーい、皆さんお静かに。皆さんの私に対する感謝の気持ちは十分に伝わってきました。ですから私としても皆さんを助けてあげたいと思います。しかし……それには一つ問題が……。特別待遇するには皆さんの協力がどうしても不可欠なのですが……』
「なんですか!我々に出来ることでしたら何でもおっしゃってください!」
『……結婚』
「ん?血痕?」
『……いえ、婚姻の意味の結婚です』
「ああ……そっちの。いや、だとしても意味が解りませんが……」
『村人の中から私の結婚相手を差し出してくださいと言っているのです!!』
「そこまでは言ってなかったですよね?――いや、え、はい?結婚相手?月読様の?」
『そうです!私の結婚相手、旦那様候補、フィアンセです!』
「…………」
『ああ、そんな痛いものを見るような目で私を見ないでください』
「ええと……月読様と、我々の中の誰かが結婚すれば村を助けていただけるということでしょうか?」
『正確にはまず私と婚約してもらって、生きている間はお互いのことをよく知る期間にあてます。そして死んだ後に私の世界に魂となって来てもらい、正式に夫婦になってもらいたいのです』
「死んだ後……魂となって結婚……」
『その者に簡単に死なれてしまっては(互いを理解する時間が減って)困るので、天寿を全うしつつも村を守れるように私の加護を授けます。ですので、その者が生きている間はこの村は安全だと断言します』
「なるほど……月読様のお話は分かりました。ご存じでしょうが、この村は前々から嫁不足でして、未婚の男はいくらでもおります。その中に月読様のお目に叶うものがおり――」
『すでに相手は決めております』
「なんと!?すでに意中のお相手がおられるのですか!?そ、それでその相手というのは誰でしょうか?」
村中の未婚の男たちの唾を飲み込む音が聞こえた。
『山田
月読の口から発せられたのは意外な名前。
いや、意外というよりも、その場のほとんどの人間が誰のことを言っているのか分からない。
「山田……たけるですか?ええと、山田という者はこの村に何人かおりますが、たけるという名前の者に心当たりは――」
「あ!!」
助役の後ろに立っていた中年の女性が何かに気付いたような声を上げた。
「え?花田さんは知ってるんですか?」
「ええと、多分ですけど……」
花田と呼ばれた女性は、少し戸惑いながら話し始めた。
「坂上に住んでいる山田さん夫婦のことじゃないでしょうか……」
「ああ、去年東京から移住してきた山田さん。いや、確かにあそこの旦那さんは若いですけど、奥さんもいますし、それに名前も違ったと思いますが?」
「山田さんのところ、昨日お子さんが生まれたんですよ……」
「え?そうなんですか?それはめでたいですね。……ん?それが何か?」
「それで昨日旦那さんが役場に出生届を提出に来られて、その時に書かれていた子供の名前が確か『武流』だったと……」
花田の言葉に一同は信じられないものを見るような目を月読に向ける。
子供?しかも生後一日の赤ん坊を結婚相手に?
もしもしポリスメン?
「……まあ、神様の性癖は我々では理解出来ないのでしょうが」
『違っ!!そういう性癖とかじゃないですから!!』
「しかしいくらなんでも赤ん坊は……」
『あの者は常世と現世の特異点に生れた穢れなき魂なのです!それこそ私の、神の加護を受け入れられるだけの器を持ち合わせ、後に神の伴侶と成り得るだけの資質を持って生まれた奇跡の子供なのです!』
「分かりました。そういうことにしておきます」
『全然分かってない!!信じてください!本当なんです!!神に誓って嘘は言ってません!!』
「自分に誓っても信憑性が無いといいますか……」
『ああ!どうして私は神なんだ!!』
「この場にはおりませんが、おそらく山田さんたちも月読様のお話を聞かれていると思いますので、直接聞いてみたらいかがでしょう?」
『ええ、二人は病院の窓からこの話を聞いていますよ。そしてかなり動揺してますね』
「それはそうでしょうね。生まれたばかりの我が子を歪んだ性癖の神様の生贄に出せと言われてるんですから……可哀そうに……」
『生贄言うな!本来なら神に選ばれるというのはとても名誉なことなんですよ!!』
「相手がまともな神様だったらそうかもしれませんが……」
『ああ!もう!分かりました!私がいたってノーマルだという証拠をお見せします!山田さん!どうしますか?この条件を飲んでくれるのでしたら、この村の安全と武流の今後の人生の安全を保障しますよ?』
月読は病室の窓から見ていた山田夫婦に語りかける。
『ええ、お約束します。はい。そうですね。決して不幸な人生にはなりません。はい。大丈夫ですよ』
月読は山田夫妻と何らかの会話をしている。
何を話しているのか分からないままに成り行きを複雑な心境で見守る村人たち。
村を守る為とはいえ、生まれて間もない子供に責任を押し付けていいのだろうか?
それに山田夫婦は引っ越してきて一年ほどで、それほどこの村に愛着も無いだろう。
神様の提案とはいえ、我が子を差し出してまで守るほどの価値を見出しているとは思えない。
自分たちから頼み込む権利はないだろう。あくまでも山田夫妻の判断に任せるしかない。
彼らがどんな選択肢を選んだとしても、それも自分たちの運命だと受け入れるしかない。そう皆が考えていた。
『ご両親の承諾を得ることが出来ました』
月読がそう言うと、村人たちからどよめきが起こる。
承諾を得たということは、生まれたばかりの愛する我が子を村の為に捧げるということだ。
たとえ相手が神様だとしても、その決断は決して簡単なことではなかっただろうと村人たちは心を痛め、そして同時に辛い決断をしてくれたことに感謝した。
「そうですか……。山田さんには辛い選択だったでしょう……感謝しないといけませんね……」
『その罰ゲーム当たったみたいな空気感止めてくれる?さっきも言ったけど名誉なことだからね?』
「ではこれでこの村は救われるのですか?」
『代理人たる保護者の了承が得られた以上、この契約は成立しました。これより武流に私の加護を授けます』
月読はそう言うと急に最初の頃のような神っぽい雰囲気を醸し出し始めた。
目を瞑り、何かに祈るような仕草をしたかと思うと、その背後から神々しいまでの後光が差しだす。
そしてその光が周囲を包み込み、翠ヶ林村全体が光のドームに包まれた。
『これで武流に私の加護が付与されました。魔の者に打ち勝つ力を、悪しき力に傷つかない強靭な肉体を、決して挫けることのない強い精神を、そしてすぐにでも皆を守れるだけの時間を与えました』
「……時間?」
最後の一言だけ意味が分からず首を傾げる助役。
『これで私が赤ん坊に欲情するような変態ではないと理解していただけたかと思います』
そんな助役を含めた村人たちの混乱に追い打ちをかけるような謎の台詞が続けられた。