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第10話 生い立ち

~2040年 翠ヶ林村~



「つまりあんたは月読様との婚約を勝手に結ばれて、生まれてから40年ずっとこの村を守る為に戦ってた言うんかい……」


「なんと……そんなことが……」


 武流の口から語られた境遇に重々しい空気が漂う。

 当の武流本人はあっけらかんとした雰囲気で語ってはいたのだが、ずっと魔の者と戦ってきた愛と猫野瀬からしてみれば、誰の助けも受けることが出来ずに一人で戦う事、それが如何に大変なことなのか……想像するだけで恐ろしく思えた。


「ん?ちょっと待ってえな。それがほんまのことなんやったら、あんたは赤ん坊の時から戦ってきてたことになるやん?月読様が言うてたすぐにみんなを守る事の出来る時間て何なん?それが何か関係してるんやろ?」


 武流の話だと彼が月読から与えられたのは、「魔の者に打ち勝つ力」、「悪しき力に傷つかない強靭な肉体」、「決して挫けることのない強い精神」、そしてすぐにでも「皆を守れるだけの時間」ということだった。

 最初の3つは理解出来る。

 さっきのがしゃどくろとの戦いを見ても、それが本当のことであるだろうとは思う。

 では「皆を守れるだけの時間」というのは何なのか?


「ああ、それはこの俺自身のことだよ」


「武流さん自身?」


 どういうことだ?と愛は首を傾げる。


「俺は加護を受けた時からこの見た目なんだ」


「…………」

「…………」


「「はあぁぁぁ!?」」




~2000年 翠ヶ林村~



「きゃあぁぁぁ!!」


 病院の新生児室として使っている部屋から看護師の悲鳴が上がる。


 彼女は産まれたばかりの武流の様子を伺いながら窓から月読の話を聞いていた。

 そして月読の狙っている結婚相手が、今自分のいる部屋ですやすやと寝息を立てている武流であると分かると、すぐに武流のベッドの傍に移動し、万が一不測の事態が起こった時には抱きかかえて逃げる覚悟をしていた。

 するとどうやら武流の両親は月読の提案を受け入れた様子。彼女は寝ている武流の顔を見つめながら、小さな声でごめんね、と呟いた。

 そして周囲が光に包まれる。

 あまりの眩しさに目を瞑り、それでもその身体はベッドの武流を守るように覆いかぶさった。


 瞑っていたまぶた越しに光が弱まっていくのを感じる。

 それと同時に、彼女の身体の下にいる武流の身体が彼女を押し上げるように動き出した。

 何が起こっているのか分からないまま、彼女はゆっくりと目を開ける。

 するとそこには赤ん坊の姿は無く――


「え……」


「あ、おはようございます」


 全裸のままでベッドに横たわる中年の男の姿があった。


「きゃあぁぁぁ!!」


 そして冒頭の悲鳴に戻る。

 彼女は弾かれたように起き上がると、そのまま後ろに転がりながらベッドから離れていく。


「どうしました!!」


 彼女が部屋の入口付近まで転がったところで、隣の病室にいた武流の父親が悲鳴を聞いて駆けつけてきた。


「ああ……あああ……」


 看護師は震える身体でベッドに上半身を起こしてこちらを見ている男を指さす。


「……誰だ?――武流は!?武流はどこに!?」


 父親は看護師の身体を支えながら病室内を見回す。

 しかしどこにも武流の、息子の姿は見えない。


「お前は誰だ?武流をどこへやった!!」


 全裸の男に向かって父親が叫ぶ。

 この状況では、この男が息子に何かしたとしか考えられない。

 警戒心と怒りの混同した視線を男へと向ける。


「あ、お父さん。おはようございます」


 しかし、男から帰ってきた返事は、父親の思考の限界を軽々と跳び越えていった。


「……貴様にお父さんと呼ばれる筋合いはない」


 まるで娘を嫁にくださいと言ってきたどこぞの馬の骨に言うような台詞。

 それは数年前に自分自身が妻の父親に言われた言葉でもあった。


「あら武流。大きくなったわねえ」


 父親の背後から緊張感の欠片も無いほのぼのとした声が聞こえた。


「お前!まだ起きてきたら駄目じゃないか!」


 そこに立っていたのは妻であり、武流の母親でもある女性。

 彼女は柔らかな笑みを浮かべながら目を細めて全裸の男を見ていた。


「あ、お母さん。僕を生んでくれてありがとうございます。でもまだ安静にしていてくださいね」


「まあ、母親の身体のことを気遣ってくれるなんて……優しい男の子に育ってくれてよかったわ」


「ちょ!ちょっと待て!お前は誰と何の話をしてるんだ!?お前はあの男を知っているのか!?いや、それよりもお母さんて――」


 混乱の極みにいる父親。

 看護師に至ってはぽかんと口を開けたまま固まってしまっている。


「あらやだお父さん。しっかりしてくださいよ。自分の息子が分からないんですか?」


「はあ!?何を言ってるんだ!?あの男が俺の息子?どう見ても俺たちよりもずっと年上じゃないか!!しっかりするのはお前の方だ!」


『ああ、上手く加護が体に馴染んだようですね』


 再び月読の声が室内に、いや、頭の中に直接響き渡る。


「月読様!これはどういうことですか!?武流はどこにいったんですか!!」


『落ち着きなさい。今あなたの目の前にいるのが武流じゃないですか』


「武流じゃないですよ!こんなおっさんが俺の息子なはずがない!!」


「落ち着いてくださいパパ」


 指を差されたおっさんが落ち着いた口調で父親に声をかける。


「パパってその顔で言うな!!さっきはお父さんて言ってただろう!!」


「じゃあ、落ち着いてくださいお父さん」


「お前にお父さんと呼ばれる筋合いはない!!」


『どうやら生んだ母親は本能的に自分の子供だと判るようですね。父親の方は……やはり出産の時に男親が役に立たないと言われるのは本当のようですが』


「こんな状況に置かれて冷静に対応出来る親がいるなら連れてきていただきたい。この男は……本当に武流なんですか?」


『では役立た――状況が理解出来ていないお父さんに説明しましょう』


「本心が漏れてますよ?」


『武流にはすぐにでも戦えることが出来るように、身体だけ時間を早めました』


「……え?身体だけ……とは?」


『見ての通りです。武流の遺伝子的な成長のピークである年齢の身体に成長させたのですよ』


「ピークがおっさん!!俺の息子の全盛期がおっさん!!」


『成長曲線には個人差がありますからね。たまたま武流の成長のピークが40歳だったということです』


「40!?俺の息子、生後一日で40歳!?」


「あらあら。子供の成長は早いって言いますけど、あっという間に私たちを追い抜いちゃいましたねえ」


「成長の意味が違う!!追い抜いちゃいけないもので追い抜かれちゃったんだぞ!!」


「父親を超えていくのが男の子ですもの。寂しいけれど嬉しいことなんですよね」


「俺は悲しみしかないがな……」


『でもご安心を』


「この時点で何を安心しろと?」


『彼には最低限のこの世界の知識を与えていますので、日常生活には支障がないはずです』


「息子が40歳の時点で私の生活に支障がありますが」


『それに実際の時間が今の武流の肉体年齢に追いつくまでは、これ以上歳をとることはありません』


「なるほど、もう一度抜き返すチャンスがあると?いらんわ!」


「あら?じゃあしばらくは武流の成長する姿を見ることは出来ないのね……」


「次に見るのは成長じゃなくて老化だけどな」


『さあ!これで私が赤ちゃんに欲情する変態ではないと証明出来たでしょう!!』


「……老け専」


『いやあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!』





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