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第11話 骨(コツ)

~2040年 翠ヶ林村~




「つまりあんたは月読様の加護のせいで、生まれた瞬間から40歳の姿のままずっとこの村を守る為に戦ってた言うんかい……」


「なんと……そんなことが……」


 武流の口から語られた境遇に重々しい空気が漂う。

 当の武流本人はあっけらかんとした雰囲気で語ってはいたのだが、子供時代を普通に過ごしてきた愛と猫野瀬からしてみれば、生まれた次の日からおっさんの姿であった事、それが如何に異常なことなのか……想像しただけで全身に悪寒が走るのを感じた。


「後で知ったんだけど、普通の人間は産まれてから徐々に大きくなるらしいな。うちの村には俺より年下の子供がいなかったから、なかなかその事に気付かなかったけどな」


 そう言って、ははははと明るく笑う武流。


「武流殿……。あなたはそのような過酷な境遇にあるのに、随分と明るいのだな……」


「ん?過酷?」


「そうだろう?普通なら大人に守られて育つはずの時期を、逆に大人たちを守る為に戦わざるを得なかったんだろう?親に甘えたいとか、戦いから逃げ出したいとか思わなかったのか?」


 愛は武流の境遇を憐れむような表情を浮かべる。


「うーん……そういうのは考えたことがなかったな……」


「考えたことがない!?一度も嫌になったことが――」


「愛さん愛さん。さっきこの人が言うてたやないですか。月読様から受け取った加護の中に決して挫けることのない強い精神いうんがあったでしょ?多分あれのせいやで」


 猫野瀬が神妙な表情で愛にそう言った。

 彼女もまた愛と同じように武流の境遇を憐れんでいた。しかしそれは、自分の境遇についてすら理解する機会を奪われてしまっていることについてだった。


「……酷いな」


 愛も猫野瀬の言葉でそのことに気付き、自身でも気付かないほどの小さな怒りを月読に対して抱いていた。


「餓鬼や大骨を退治したら村のみんなや両親はよろこんでくれる。そんなみんなの笑顔を見るのは好きだから、俺は別にこの仕事が嫌だと思ったことはないんだ」


「と、都合のええように思い込むようにされてもうてるんやな……」


 猫野瀬は武流の言葉を素直に受け取ろうとはしない。

 しかしそれも無理はなかった。今の日本において、全ての人たちがいつ襲われるとも分からない恐怖と戦いながら生きているのだ。それは退魔団に所属している彼女らにしても同様である。戦う事の出来る力はあるが、本音を言えばそんな危険なことを好き好んでやりたくはないと誰もが思っている。武流とは違うが、彼女らもまた生まれながらにして過酷な運命を背負わされているのだ。


「ん?武流殿。その大骨というのは、さきほどのがしゃどくろのことか?」


「あいつはがしゃどくろっていうのか?村では昔から大骨って呼んでるんだ。月に一度くらい村の近くに出てくるんだよ」


「あんなんが月一で出てくるんかい!?」


 もし彼女らの住んでいる街でそんなことが起これば、それこそ住民全員で街を捨てて逃げ出さなければならない。戦力を集めればがしゃどくろの討伐は可能ではあるが、毎月危険に晒されるような場所に住み続けることなど出来はしないと猫野瀬は思う。


「そんなに驚くようなことか?」


「驚くようなことやわ。さっきうちらが死にかけてたん見たやろ」


「ああ、ちょっと危なそうだなと思って助けにきた」


「ちょっとどころやない。絶体絶命の大ピンチやったんや」


「あいつを倒すにはコツがあるんだ」


「「コツ?」」


 圧倒的な神力でもって殴り倒したように見えていたが、もしかしたら武流は自分たちの知らない魔の者についての秘密を知っているのかもしれない。

 そう感じた二人は、もし可能ならそのコツというのを知りたいと思った。


「もし良ければ、そのコツというものを教えてはいただけないだろうか?」


「別に良いぞ」


 愛の頼みを軽く引き受ける武流。

 そんなものは別に隠す様なことですらないといった感じだ。


「あの大骨は頭の骨を壊せば消えて無くなるんだ」


「ああ、それは知っとる。やからうちらも頭を狙ってたんや。……通用せんかったけどな。でもそれにコツがあるんやったら――」


「だから思いっきり頭をぶん殴る」


「そのまんまやないかい!」


「さっきみたいに襲って来られるよりも前に、跳び上って頭をぶん殴る」


「あんな高いとこまで届くかい!そんなん出来るんはあんただけや」


「いや、トランポリンを使えばあるいは……」


「ちゃうねん愛さん。届く届かんやなくて、うちらの攻撃じゃああいつには効かへんのですって」


「トランポリンで飛んだ加速を乗せればあるいは……」


「愛さんの召喚術に自身の加速力とか関係ないでっしゃろ?それに常にトランポリン担いで行動するわけにはいかんやん」


「とらんぽりんて何だ?」


「そこに引っ掛かんなや。全然話が進まんやないか。あんたみたいなバケモンじみた身体能力持ってる人には一生必要の無いもんや」


「武流殿がトランポリンを使って加速すれば更に――」


「跳び越えてまうわ。ぴょーんって敵の遥か上を跳び越えてどっか行ってまうわ」


「とらんぽりんというのは何だか楽しそうなものなんだな」


「ああ、私も昔訓練でやったことがあるが、童心を思い出すようでなかなか楽し――」


「もうええやろ。どんだけトランポリンの話すんねん。大骨倒すコツはどないなってん」


「コツ?だから頭を思いっきりぶんなぐ――」


「やっぱりそれかい。そんなんコツ言わんねん。結局はただの力技やないかい」


「武流殿。そのやり方はどうやら私たちには無理なようだ。何か他に方法はないだろうか?」


 武流の戦い方は月読の加護の力に頼った、武流にしか出来ない戦闘方法だった。

 しかしこれまでに何度もがしゃどくろと戦ってきた武流ならば、何か他に気付いたことがあるのではないかと微かな希望を――


「他にと言われても、俺は昔からそれしかやってないからなあ」


 そんな希望は最初から無かった。

 パンドラの箱の底に眠っていた希望は天照同様に家出中のようだ。


「せやろな……。途中からそうなんやろなとは思っとったわ。昔からあんな強かったら他の方法なんか必要ないもんな」


 露骨にがっかりとした表情を浮かべる猫野瀬。

 愛も「そうか」と小さく呟いて視線を落とした。


「なんかすまんな」


 その空気を作った原因が自分にあると感じた武流も気まずそうに謝る。


「いや、武流殿が謝ることではない。もしがしゃどくろを倒すのに何かコツがあるんだったら、他の奴らにも私たちの知らない攻略法があるんじゃないかと勝手に期待してしまっただけなんだ」


 がしゃどくろのような危険度の高い敵は稀だとしても、それ以外の魔の者たちであっても脅威であることに違いはない。もしこれまでとは違った戦い方があるのだとしたら、もっと安全に、もっと確実に戦うことが出来るようになるのではないかと期待していたのだ。


「他の奴らか……餓鬼とかなら――」


 神力を使えるようになった今、餓鬼は出現当初に比べれば脅威ではなくなったが、それでも神力の弱い人たちが襲われて命を落とす事件は後を絶たない。

 武流の言葉に身を乗り出す二人。


「思いっきりぶん殴れば――」


「それはもうええっちゅうねん!」





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