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第12話 翠ヶ林村

 祭儀場の奥にあった小道を進む三人。

 人が二人並べる程度の細道を抜けた先に目的地である翠ヶ林村の集落があるのだと武流は言う。

 武流がいることへの安心感からか、ここに来るまでの張り詰めた気持ちはすでに猫野瀬の中にはなく、まるでハイキングをしているような気楽な気持ちになっていた。

 ただ、愛だけは少々違う感情を抱いているようで――


「あ、あの……武流殿……」


「何だ?」


「そろそろ……下ろしては貰えないだろうか?」


「あと少しだからこのままで構わないだろう?」


「だからなんだが……。こんな格好を村の人たちに見られるというのはだな、その、なんだ……」


 愛は武流の背中に背負われた格好で顔を赤くしながらぼそぼそと呟く。


 がしゃどくろとの戦闘で神力を使い切った二人。

 少し休むと猫野瀬は歩ける程度には回復したのだが、身体に掛かる負担が大きい同時召喚を行った愛は立ち上がるのもまだ難しい状態だった。

 しかし武流は吉田の爺ちゃんの葬儀の準備があるので村に戻らなければならないという。

 こんな場所に今の状態で放っておかれてはたまらないと思った猫野瀬が、翠ヶ林村まで愛を背負って連れていって欲しいと武流に頼んだのだ。

 それを快く了承した武流。

 最後まで必死で抵抗した愛。

 しかし最終的には力ずくで強引に武流に背負われてしまった。


 愛は今年で四十四歳になる。

 まさかそんな歳になって男性に背負われて運ばれることがあるなど想像もしていなかった。

 しかも武流はおっさんとはいえ年下。

 そのことが余計に愛の羞恥心を強めていた。


「それに、私はその……重たいだろう?」


 愛の身長は170センチほど。

 女性の平均を考えればやや高い方ではあるが、普段から鍛えているその身体に余分な脂肪はなく、すらっとした引きしまった体つきをしている。

 筋肉量が多いため体重は若干あるように思えるが、だからといって愛が恐縮するほどのものでは決してない。


「いや?全然重くなんてないぞ。あと十人くらい背負っても全く平気だ」


 何にしても武流の異常な身体能力の前には、愛も象も誤差の範囲内ではあるのだが。


「愛さん。もうええ加減諦めなや。ここで下ろしてもろてもまだ歩けへんやろ?そのまま大人しゅう武流はんにおぶさって運ばれとったらええねんて。一時間でも二時間でも」


 にやにやした笑みを浮かべて武流の背中に顔を埋めて恥ずかしがっている愛を見る猫野瀬。

 こんな乙女乙女している愛を見るのが初めての猫野瀬には、今の状況がこれ以上ない楽しいものだった。


「そんなに長く!?い、いや、しかしだな――」


「着いたぞ」


 武流の背中に顔を埋めていた愛は気付いていなかったが、少し前から森の出口が前方に見えていたのだ。


「猫野瀬……お前……」


「お、ようや目的地に着いたらしいで」


 愛のジト目を華麗にスルーする猫野瀬。

 歩いている間にも回復したのか、軽い足取りで武流たちを追い抜いて先に森を抜ける。


「おお!ここが翠ヶ林村……なんか?」


「ああ、そうだ。ここから先が俺たちの住んでいる集落になっている」


 追いついてきた武流が猫野瀬に言った。


 山間に取り残された限界集落。

 岩戸隠れ以降はその存在すらもほとんどの人たちの記憶から忘れられ、とっくの昔に村人たちは全滅しているとすら考えられていた。

 四十年間救助が送られることもなく、その捜索すらされていなかった秘境の村。


 周囲を山に囲まれた集落は、昭和よりも前の時代に建てられたのではないかと思われるような古い木造の家屋が立ち並び、舗装されていない地面は剥き出しの大地が広がっている。


 ところどころに田畑があり、そこで採れた作物だけで四十年の月日を生き延びてきたのだ。


 畑に挟まれた細い道が真っすぐに集落に続いており、その抜けた先にはここが翠ヶ林村であることを示す――


『Welcome!!ようこそ!翠ヶ林村へ!!』


 と書かれた、高校の文化祭の時に出現するアーチのような派手なオブジェが設置されていた。


「……あれなんやねん」


 呆然と場違いなアーチを見つめる猫野瀬。


「何がだ?」


 が何を指しているのか分からない武流。


「ここが翠ヶ林村……」


 武流の背中越しに見える村に、ようやく到着したことへの感動に震える愛。


 三者三様の想いを抱き、三人はしばらく村の方を見つめていた。




「この村にお客さんが来られるのは……実に40年ぶりですなぁ……。いや、これは驚いた……」


 白髪の混じった髪をオールバックにした初老の男は、武流と共に村役場を訪ねてきた愛と猫野瀬の顔を交互に見ながら言った。

 男は現翠ヶ林村の村長を務めており、月読が現れた時に当時の村長に代わり話をしていた助役であり、その村長の息子でもあった。


「このような恰好での挨拶になり申し訳ありません……」


 武流にいまだ背負われたままの愛が言う。


「ああ、いえいえ。この村は山奥にありますから、ご婦人の足ではここまで来るのに大変だったでしょう。武流君は体力も力もありますからお気になさらず」


「普通のご婦人は迷彩服着て山奥まできいへんやろうけどな」


「しかしやはり若い子は体力があるようですな。そちらの小さいお嬢ちゃんはそれほど疲れているようには見えません」


「誰が小さいお嬢ちゃんやねん。若こう見られるんはええねんけど、それにも限度があるわ。うちはこう見えても30超えとるんや。背は確かに低いけどな……」


「ええ、そのくらいに見えました」


「愛さん。この村長さん、うちに喧嘩売っとるんかな?」


「落ち着け猫野瀬。きっと村長殿なりに場を和ませようと思って冗談を言ってくださってるんだ」


「なら、その作戦は失敗やな。うち一人だけ殺伐とした気持ちになってきたわ」


「ああすいません。つい関西人のノリが出てしまったんですよ」


「はあ?何?あんたも関西の出身なんか?それにしては関西弁やないけど」


「私は産まれも育ちもこの翠ヶ林村です」


「ここは中国地方や!関西ちゃう!」


「日本の西か東で言ったらここは――」


「くくりが広すぎんねん。それやったら北海道は関東で沖縄は関西になるやろ」


「え?そうですよね?」


「日本はもっとこまこう分けられとる。そのお前は何言うてんねんみたいな目で見んな。ええからはよ話進めえや」


「あ、ああ、そうだな。村長殿。私たちは日本退魔団に所属する関西支部第8退魔師団の者です。私は師団長の初鹿野。隣にいるのが副師団長の猫野瀬と言います」


「愛さん。そろそろ背中から下りよか。ちょっと緊張感が足りへんわ」


 武流がしゃがみ、その背中から下りた愛が改めて自己紹介をする。


「日本退魔隊……。初めて聞く名前ですな……」


「初めて……?失礼ですが、この村にはテレビやラジオは無いのですか?」


 いくら山奥に隔離されたような状態だったとはいえ、世間の情報が全く届かないということは無いだろうと愛は思った。


「いえいえ、さすがにありますよ」


「では名前くらいは――」


「ただ、あの日以来何故かどちらの電波も届かなくなっておりますので、ただの箱と変わりませんがね」


 そう言ってハハハハと笑う村長。


「電波が届かない……」


「愛さん。やっぱりこの近くに黄泉平坂よもつひらさかがあるんやないやろか?」


 全国ですでに何カ所かの黄泉へと続く黄泉平坂が確認されている。そしてその周辺は現世との境が曖昧になっている為、こちらの世界の理が通用しないことも報告されていた。

 たとえば通信機器。退魔団が用いている特殊な電波と周波数を用いた無線ですら役には立たない。


「「黄泉平坂?」」


 武流と村長の声が重なる。


「え、ええ。そう呼ばれている場所があるんです。魔の者たちはそこを通ってこの世界へ出てきていると言われて――いや、月読様がそう言っておられましたので間違いないでしょう。私たち退魔団の最大の目的は、その黄泉平坂を見つけ出し、入り口を封印することにあります」


「はあ……封印、ですか……」


「はい。そうして魔の者がこの世界に出てこれなくし、いつの日か天照様がお戻りになるまで人々の安全を確保するのです」


 そうは言っているが、黄泉平坂の入り口を封印する方法は見つかっていない。だからこそいくつかの場所がされているだけなのだ。そしてその場所を避けるように人々は移住を繰り返し、かつての日本とは全く違った場所に都市が形成されている。


「封印というのはよく解らないが、あれの入り口を塞ぐということで良いのか?」


 一般的に封印という言葉が使われることは少ない。

 この村から出た事のない武流には少々難しい話だった。


「まあ、簡単に言えばそういうことだな。とはいえ、正直な話、我々にもどうやって封印すれば良いのかということは――」


「ちょっと待ちいや」


 猫野瀬が愛の言葉を遮るように言葉を発する。


「どうした猫野瀬?」


「武流はん。あんた今、をって言わへんかったか?」


「ん?言ったぞ?」


「え……。あ、武流殿あなたまさか黄泉平坂をご存じなのか!?」


「あの、武流君はご存じも何も……」


 村長は不思議そうな顔で愛と猫野瀬を見て――



「彼の家は、その黄泉平坂と呼ばれている坂の上にあるんですよ」





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