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第13話 秘めた想い

「武流殿の家が黄泉平坂の上にある?」


 村長は確かにそう言った。

 しかしそんなはずはない。愛の常識がその言葉を受け止めきれずにいた。


「いや、それやったら黄泉平坂が村の中にあるっちゅうことになるやないですか?」


 当然猫野瀬も同じ思いである。

 黄泉の国へと続く黄泉平坂。そこから無限に溢れ出してくる魑魅魍魎たち。そんなものが村の中にあったのならば、たとえ月読の加護を受けた武流がいたところで流石に厳しいだろうと思う。


「いや、もちろん村の中にあるぞ?俺も両親も村の住人だからな」


 武流はそりゃそうだろ?といった顔で猫野瀬を見る。


「ああ、もしかしたらあなた方のおっしゃってるものとは別なのかもしれませんな」


 二人の慌てた様子を見た村長がそう言う。


「この村には昔から黄泉平坂と呼ばれている坂があったのですよ。おそらくあなた方のおっしゃる黄泉平坂は岩戸隠れ以降に現れたものではないですか?」


 先ほどまでの二人との会話を整理した村長はそう結論付けた。


「え、ええ。黄泉平坂は天照様が岩戸隠れされたことで均衡を崩した日本が高天原と繋がったことで現れた黄泉の国への入り口です」


「それでしたらたまたまでしょう。それ以前からあの坂は黄泉平坂と呼ばれておりましたので」


 村長の説明に安堵する二人。

 さすがにこれ以上おかしな状況に首を突っ込みたくはなかった。


「しかし……黄泉平坂と呼ばれている坂上に住んでいる武流殿が月読様の婚約者として選ばれたのには何かあるように感じてしまうな」


「それはそうですけど、今は一旦置いときましょ。何にせよこの近くにほんまもんの黄泉平坂があるのは間違いなさそうやし、そっちを確認するんを優先せな」


「そうだな……。当初の目的は達成されたが、ここまで来たらやれることをやっておこう」


「なら……」


「ああ……」


 二人はそう話すと何やら無言で頷く。

 そして武流の方を向くと、真剣な表情でその目を見つめた。


「武流殿。命を助けていただいた上に、この村まで連れてきていただいた身でこんなことを言うのは恐縮の極みなのだが、あなたに一つ頼みがあるのだ」


「頼み?俺に?」


「先程から話している黄泉平坂を見つけて封印するのが我々退魔団の目的。そしてそれがこの近くにあると判った以上、それを確認せずに帰るわけにはいかないのだ。しかし本来なら一個師団をもって調査にあたる内容。私と猫野瀬だけでは到底それは叶わない。そこで武流殿の力を我らに貸してはいただけないだろうか?」


「俺にその坂を探すのを手伝ってほしいと?」


「今日会ったばかりの民間人であるあなたにこんなことを頼むのは筋違いということは百も承知だ」


「神さんの婚約者を民間人て言うてええかは分からんけど……。何ならうちらよりもやらなあかん立場なんやないかな?」


「猫野瀬」


「半分冗談ですって」


「半分は本音だろうが……まったく。私はあなたにそんな責任があるとは考えていない。むしろあなたは被害者側であるとすら思っている。そう思っているあなたに助けてくれと頼むのは矛盾しているかもしれないが、今の私たちにはあなたにすがるしか道がないのです」


 そう訴えかけるように話す愛の表情には何やら内に秘めた想いがあるように感じられた。


「ちょっとよろしいでしょうか?」


 その感情を察した村長が口を開く。


「初鹿野さんが先ほどおっしゃったように、一度戻って新たに戦力を整えて来られるのでは駄目なのでしょうか?少しでも早くというお気持ちは解らないでもないのですが、それほど急ぐ必要もないのではと感じるのです」


 事実村長の意見は正しかった。

 黄泉平坂の位置を特定するのは退魔団にとって最優先事項ではあるが、ここで危険を冒してまで急ぐような指針は示していないし、そのことは愛も猫野瀬も当然承知していた。


「それは……」


 愛は何と答えて良いのか分からずに口ごもる。

 おそらく愛の口から本音を話す事は出来ないと感じた猫野瀬が愛の了承を得ることなくそれに答えた。


「それはうちらの勝手な事情ですねん」


「勝手な事情?」


「猫野瀬!」


「愛さん。ここで誤魔化してもしょうがないやろ。全部話した上で判断してもろた方がええ」


「う……」


「続けますね。うちら第8退魔団は主に調査を行う部隊なんです。せやから今回の翠ヶ林村の調査を命じられたわけです」


「なるほど。調査が主な部隊だからその役目を果たそうと――」


「ちゃいますねん。黄泉平坂を調査するんは別に部隊がありますねん」


「え?」


「本部に報告して再調査になると、この村のことを知っているうちらの部隊がその中に組み込まれることになる確率が高いんですわ」


「ああ、そうかもしれませんね。道中を知っている者が道案内をする方が安全でしょうから」


 村長の言葉に満足げに頷く猫野瀬。


「そうなると、これまでよりも数段危険な任務になるのは間違いないんです。すると一つ問題があるんですわ」


「その危険が問題なんですね?」


「はい。でもそれはうちらのことやなくて、ここにはおらん団員のことなんですわ」


「猫野瀬。ありがとう。そこからは私が自分の口で話さないといけない」


 何かの覚悟を決めた表情の愛。

 猫野瀬を制して、一つ大きく深呼吸をしてから話し出した。


「私の部隊には初鹿野仁太郎という男がおります」


「初鹿野……同じ苗字ですね」


「仁太郎は私の息子です。仁太郎は元々戦いには向かない性格で、気が小さく、臆病で――とても優しい子なんです」


「息子さんも同じ退魔団に……」


「お二人はご存じないかと思いますが、現在の日本は一定の神力レベル、または退魔団として必要な能力をもつ人間は強制的に退魔団へと入団させられるのです。もちろんそれに対して不満をもつ者は多いです。しかし、国を、国民を守る為にはどうしてもその強制力が必要。生き延びる為にはその理不尽すらも飲み込まねばならないのです……」


「ああそうか。あんたはその理不尽を飲み込み切れない口か」


 それまで黙って聞いていた武流が突如核心に触れた。


「……武流殿の言うとおりだ。私は師団長という立場にいながら、息子の安全を優先しようとしている。黄泉平坂調査という危険な任務に仁太郎を向かわせたくない一心から何の関係もない武流殿に助けを求めて巻き込もうとしているんだ……」


 その言葉は徐々に小さくなっていき、最後は誰に向けられるでもない独白のように聞こえた。



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