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第14話 届かぬ願い

「そうですか……息子さんの為に……」


 村長は悲痛な表情で言葉を絞り出した愛に憐憫の目を向ける。

 彼には子供はいない。

 しかし武流を幼い頃から……いや、幼い頃などなかったか……生まれてすぐからおっさんの武流を見てきているのだ。

 村の人々の為に過酷な運命を背負っても明るく生きてきた武流のことを、村長だけでなく、村人の誰しもが自分の子供のように思っていた。

 まあ、中には自分よりもおっさんの子供?とか感じていた者もいたが、40年の月日を経て、その者たちも立派に武流の見た目年齢を追い越していた。

 だからこそ愛の息子への想いは痛い程理解出来た。


「失礼ですが旦那さんは?」


 息子への強い執着を見せる愛を見ていると、何となくその答えは予想がつく。

 それでも村長は確認しておきたかった。

 たとえ仁太郎が任務に出なくて済むことになったとしても、ここで愛が命を落とす様なことになればどうなるのだろうか?その心配が浮かんだのだ。


「父親は、夫は亡くなりました」


「ああ……それは……」


 やはりその答えは村長の想像通りのものだった。


「夫は強い人でした。こんな世界にありながら決して挫けることなく、日本中の人々の笑顔を守るんだと最期まで精一杯戦い続けました」


 そう言った愛には悲壮感はなく、むしろ堂々とした口調で夫のことを誇っているようだった。

 隣で聞いていた猫野瀬はその瞳に涙を浮かべて懸命に泣くのを堪えている。


「ご立派な旦那さんだったんですね……。では旦那さんも同じ退魔団で?」


「いえ違います」


「え?そうなんですか?戦われていたとおっしゃったのでそうなのかと?ああ、退魔団以外にもそういった組織があるんですね」


「いえ、日本で魔の者と戦っている公式の組織は退魔団だけです。各街に自警団的なものも存在はしますが、戦力的には餓鬼を追い払う程度の神力を持つ者が担当しているのです」


「では旦那さんは何をなさっていたのですか?」


「落語家です」


「………………………………はい?」


断崖亭だんがいてい絶望おわたという名で落語家をしておりました」


「あの……落語家……さんですか?」


「はい。あの落語家です。夫は自分の落語で日本中の人々を笑顔にするんだと、一日として稽古を休むことなく続けておりました」


「ああ……そうですね。それも立派な戦いだと思います。人々の笑顔を守る。素晴らしいじゃないですか」


「ありがとうございます。……しかし、ようやく決まった初高座の前日……」


「初高座……まだ誰も笑顔にしてなかったんですね……」


「居眠り運転で走ってきたトラックに撥ねられそうになった子供を助けようと道路に飛び出して……」


「なんと……。あなたにとっては悲劇でしょうけれど、ご立派な最期をお迎えになられたんですね……」


「落ちていたバナナの皮で滑って転んだ時に打ち所が悪く……」


「無駄死に!!」


「あ、いえいえ、その時に踏んだ拍子で飛んだバナナが偶然子供を弾き飛ばしたお陰で子供は助かりました」


「子供を弾き飛ばすバナナ!?どれだけ大きなバナナの皮なんですか!いや、それだけ大きいなら踏む前に気付いて!」


「ぷ……ぷふぁ!もうあかん!アハハハハハハハ!あかん!もう我慢出来へん!」


 盛大に笑い出す猫野瀬。


「アハハハハハハハハ!何度聞いてもその話はおもろいなあ!必死で笑い堪えとったけど無理や!アハハハハハハハハハ!!」


 どうやら目に浮かべていた涙は笑いを堪えていたためだったらしい。

 椅子ごと倒れるんじゃないかと思う程にのけ反って笑う猫野瀬。

 何がおかしいのか不思議そうな顔でそれを見つめる愛。

 何の話をしていたんだっけか?と思考が停止する村長。


「そうか、立派な旦那さんだったんだな」


 素直に感動する武流。


 猫野瀬の笑いが収まるまで数分の時を要することとなった。





「話は理解しましたが、武流があなたがたをお手伝いするのは難しいかもしれませんね」


 何事もなかったかのように話を再開した村長は申し訳なさそうにそう言った。


「難しいのは分かっています。無理を言っているのも重々承知しております!今の私には武流殿へ払える対価はそれほどありませんが、残りの人生全てをもってしても、必ずや――」


「ああ、いえいえ、その対価とかそういった話ではないのです」


 村長は身を乗り出してきた愛を手で制しながらそう言う。


「では何か他に問題が?」


「ああ、それは俺から話す」


 村長が武流に視線をやると、それを察した武流が口を開く。


「俺としてはあんたたちを手伝うことには何の問題もない。俺が出来ることなんだったら何だってやってやるよ」


「武流殿!それでは――」


「でもな。あんたたちが探している黄泉平坂がどこにあるのか?っていうのが問題なんだよなあ。少なくとも俺はこの40年間、この村の周辺で見た事も聞いたことがないんだ」


「ええ。私もです」


 武流の言葉を補足するように村長も答える。


「しかし、状況から察するに、必ずやこの村の近くにあるはずなんです!」


「その近くっていうのが問題なんだよ」


「近いと何か問題が?」


「俺の言っている村の周辺ていうのは、この村の区画より100メートル外までって意味だ」


「え?100メートル?」


「めっちゃ近いやん!なんでそんな近くまでしか出たことないねん!?」


「出たことが無いというか、出られないんだよ俺は」


「……出られない?」


「どういうこっちゃ?」


 愛と猫野瀬は武流の言っていることの意味が理解出来ない。

 しかしすぐにある矛盾に気付く。

 武流ほどの力をもっているのであれば、簡単に山の下まで、それこそ他の街にまで行くことが可能なはずだ。

 こんな山奥に引きこもっていないで、村人を連れて避難することだって出来たのではないだろうか?

 確かに山道は険しく、老人にとっては辛い道のりなのかもしれない。

 しかしこの村の人たちは昔からそういう環境で生活してきていたはずだ。

 なのに何故?

 何故彼らは武流という戦力を要しながら、40年間もの間この村に留まり続けていたのか。

 その理由はすぐに武流の口から語られた。


「俺は月読様の加護を受ける代わりに、この村を守らなきゃならない。だからこの村から離れられないようになっているんだ」


「この村から……離れられない……」


「そんなん……加護やのうてもう呪いやん……」


「だから、その黄泉平坂ってやつは、少なくとも俺が一緒に行ける範囲には無いと思う」


 最後のその言葉は愛の希望を打ち砕くのに十分すぎた。




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