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第15話 秘密の施設

「はあ……」


 愛は村役場を出てから何度目かの溜息をつく。

 武流の助けを得ることが出来ないという事実が愛の心に重く圧し掛かっていた。


「愛さん、もう諦めなや。絶対に仁太郎が部隊に組み込まれるって決まったわけやないやろ?」


「……決まってはいないが、過去に同じパターンで組み込まれなかったという前例もない」


「まあ、それはそうやけど……。普通やったらうちら第8師団全員が調査隊に組み込まれるんが普通なんやけど、仁太郎は戦闘能力が低いから特例で外されるかもしれへんで?索敵能力やったら坂道隊にやって優秀なんがおるやろ?」


「坂道隊?」


 歩きながら二人の会話を聞いていた武流が尋ねる。


 愛と猫野瀬は退魔団へ報告する情報を集める為、武流と村長の案内の下、翠ヶ林村の中を回っていた。


「ん?ああ、坂道隊いうんは、さっき話した黄泉平坂を調査する専門の部隊のことや。正式には黄泉平坂調査団てそのまんまの名前なんやけど、所属人数的に団やいうほどの規模やないから、みんなは坂道隊って呼んどるんよ」


「そうなんですか?話的に重要な役割を担っているように思えるんですけど」


 黄泉平坂を見つけて封印するのが最重要事項だという退魔団。それならば調査団の役目は重要なはずだと村長は思う。


「もちろん大事な役割やで。でもそないしょっちゅう黄泉平坂が見つかるわけやない。滅多に出動することが無いんやったら、そこに人数入れるよりは普段の治安維持に回した方がええやろ?せやから坂道隊の正式メンバーは少数精鋭で組まれとるっちゅうわけや」


「なるほど。それで実際の調査の際には他の団員が補佐する形をとると」


「そういうことですわ。まあうちらも直接調査団のメンバーにはうたことないんで、どんなやつらがおるんかは知らへんのですけどね」


「……私も無いな」


「え?愛さんも無いんですか?坂道の団長はんくらいは団長会議で顔を合わせたことくらいはあるんやないんですか?」


「やつらの団長は普段の団長会議には出席しないんだ。出てくるのは黄泉平坂絡みの会議だけだと聞いている。私が団長になってから新しく黄泉平坂は見つかってないからな。まあ、当然名前くらいは知ってはいるが、どんな奴らでどんな能力を持っているのかまでは知らない」


「今の団長は砂影すなかげって人やろ?支部の組織図で名前だけは見たことあるわ」


「砂影団長は去年就任したばかりだが、それまでどこの部隊にいたのかは不明だ。別に隠密部隊とかではないから隠しているわけじゃないだろうがな」


「ほなどっかから退魔団に入っていきなり団長になったとかもありえるんですか?」


「ありえるだろうな。それほど特別な力を持っているのだとしたら、だが」


 退魔団はその組織が大きいことで、所属している団員だけでなく団長クラスであっても知らされていないことが多い。

 秘密主義とまでは言わないが、世間に大っぴらにするのが憚られる事案もあるのだ。


「何か外の人たちって凄いんだな」


 黙って話を聞いていた武流が感心したような声を出す。


「凄い?」

「あんたが言うなや」


「だってそうだろ?愛さんは何か動物みたいなのを出せるし、猫野瀬さんは何も無いところから弓矢を出してたじゃないか?俺、あんなの初めて見たよ」


「見た目は派手かもしれんけど、がしゃどくろには通用せえへんかった……ん?あんたうちが弓出したん知っとるんか?……いつから見とったんや?」


「ほないくでえー!!の辺りから」


「戦闘の最初からやないか!それやったらはよ助けてくれても良かったやん!」


「いや、見たことない人だったから出ていきにくくて」


「人見知りか。そういう時は颯爽と出てくるもんや」


「猫野瀬。武流殿は颯爽と登場したじゃないか」


「様子見してからギリギリでな」


「それでも助けてもらったことに変わりはないだろう?」


「いや、それはそうなんやけど……ああ!!何かスッキリせーへんな!!」


 村長は頭を掻きながら悶えるそんな猫野瀬を優しい目で見つめていたのだった。





「村長殿。気になったことがあるんだが……」


 愛は村の中を見回っていて気付いたことがあった。

 村の中心部には古民家ともいえるような家屋が建ち並び、村の外れにいくほどに田畑が増えていく。

 そのこと自体は問題ではないのだが、その田畑の間に不自然に建っている施設のような建物がいくつかあった。

 外見は村役場に近い、鉄筋で作られた2,3階建ての建物が数棟。

 最初愛はそれが村にある学校ではないかと考えていたのだが、それならば一つあれば十分だし、学校だとしても村の規模的に少々大きすぎるのではないだろうか?と感じた。


「ああ、あれはこの村にある特殊訓練施設です」


「特殊訓練施設!?」


 村長の言葉に愛と猫野瀬が瞬時に反応を示す。


「ええ。とはいっても、岩戸隠れ以降は使われておりませんが。昔は外からの人たちが訓練の為に多くこの村に来られておりました。まあ、そのことは関係者以外には秘密となっていたそうですから、ほとんどの人はこの村にそんなものがあることを知らないと思いますよ」


「こんな山奥の村にある訓練施設……しかも厳重にその存在が秘密にされていた……」


「愛さん。もしかして、自衛隊か政府関係の施設やろか?」


「そうだな……。当時のことはよく分からないが、この村で何かが秘密裏に行われていたのかもしれない」


 二人は顔を寄せ合って囁くように話す。


「気になられるのでしたら施設も案内いたしますが?」


「え……良いのですか?」


「ええ。今は使われておりませんから、中を見たからといって面白いものがあるわけではないですけどね」


 愛と猫野瀬は難しい顔をして見合わせる。

 過去の遺物なのかもしれないが、それを自分たちが知っても良いものなのだろうか?そんな思いが二人の心にはあった。


「本当に中には何もないぞ?今は村の人たちの共同の納屋として使われているからな」


「納屋!?特殊訓練施設を!?てか、あん中に武流はんも入ったことあるんや、ってそりゃそうやわな。部外者のうちらに説明してくれるくらいなんやから、そりゃそうやわ」


「子供の頃はよくあの中でかくれんぼとかして遊んでたんだ」


「ああ、いっぱい部屋もありそうやし、そういうのには向いてそうやな……って、あんたは産まれた時からおっさんの姿やろ!そのなりでかくれんぼて!」


「懐かしいですな。武流君が小さい頃はよく村の大人たちが遊び相手になっておりました」


「おっさんたちがおっさんとかくれんぼしてる姿を想像しても違和感しかないわ!」


「平和な光景ですね」


「あかん!愛さんの常識の限界を超えとる!こっち戻ってきーや!」





 近くにあった施設の中へと入る。

 入り口ホールから左右に真っすぐに伸びた廊下。その両側にはいくつのか扉がある。中は役所のような雰囲気だった。外観から想像した通り、内部は役場や学校のような造りになっていた。


 階段を上って二階へ。

 すると今度は上ってすぐのところに扉が一つだけあり、どうやら二階はこの一部屋だけのようだった。


「ここが主に訓練を行っていた部屋になります」


 そう言って村長がドアのノブを回すと、施錠されていなかった扉は簡単に開いた。


「ここで特殊訓練が行われていた……」


 室内に入った愛は周囲をゆっくりと見回す。

 予想通りの広い一室。

 壁には何の装飾も施されておらず、窓一つ付いていない密室のような部屋。

 壁際には何やら農機具のようなものや、中身の分からない米袋のようなものが積み上げられており、武流が言っていたように村人たちの納屋代わりとして使われているのは間違いないように思えた。


 しかし違和感もある。

 あちらこちらに亀裂が入り割れている床。

 ところどころが剥がれ落ちた壁には何か黒い染みが多く見える。


「これは血の跡……」


 愛は壁に近づいて染みに軽く触れながら呟く。


「そのようですね。ここで訓練を行った人たちの流した血が染みとなって残っているそうですよ。どれだけ掃除をしても繰り返し流される血によって、いつしか取れない染みになったとのことです。これは父から聞いた話ですけどね」


「ここでどんな特訓が行われてたんや……」


 猫野瀬は普段自分たちの行っている訓練よりも、この施設では数段過酷なことが行われていたのだろうと想像して息を飲んだ。


「ここの施設は確か……」


 村長は記憶を辿るように数秒ほど考えて――


「あつあつおでんを食べる訓練をする施設ですね」


「「……は?」」


「他にも、クワガタを鼻に挟む訓練施設。熱湯風呂に入る訓練施設。アカマタ(蛇)に噛まれる施設なんかもありますよ」



※彼らは特殊な訓練を受けています。



「ここやったんかい!!」





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