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第16話 思惑

 空は雲一つなく晴れ渡り、暖かな風と柔らかな春の月光が降り注いている。

 周囲を高い山々に囲まれた山村である翠ヶ林村は、その住民の少なさも相まって、字で書いたような長閑のどかな田舎の風景が広がるスローライフな土地であった。


「…………」

「…………」


 武流と村長の案内で村の中を見て回っていた愛と猫野瀬。

 次の目的地はこの村で昔から黄泉平坂と呼ばれていたという坂上にある武流の家。

 武流に危ないところを助けられたこともあり、是非とも両親に訊きたいことがあり、武流に助けてもらったことへのお礼もしたいという二人の意向を組んでの予定だった。


「…………」

「…………」


 当然その真意は別にあり、武流について更なる詳しい話を最も彼のことをよく知るであろう両親から聞き出すことだった。

 武流は月読との契約によってこの村から100メートルしか離れることが出来ない。しかし、二人の共通認識として危険度1級指定であるがしゃどくろを一撃で倒した武流の戦闘能力は、この村を護るだけに留めるには惜しすぎた。

 両親に会って月読との契約についての話を聞けば、何らかの解決策が見つかるかもしれない。そんな希望も二人にはあったのだ。


「…………」

「…………」


 そして四人は村の中心部から山沿いに向かった先にある黄泉平坂の真下まで来ていた。←イマココ


「お二人ともどうかされましたか?」


 無言で坂を見つめる愛と猫野瀬を不審に思った村長が声をかけた。


「ほら、あの上に見えるだろ?あれが俺の家だ」


 まるで二人のことを不審に思わない武流が坂の上を指さした。


「猫野瀬……。私は夢を見ているんだろうか……?」


「愛さん……。さっきからどんだけ足をつねっても痛いだけや……これ、夢やないみたいやで……」


 武流が指さした先には真っすぐになだらかな坂道が伸びており、その先には確かに一軒の古民家のような古い家が建っている。


 ただ一つ異常があるとしたら――


 その道は、暖かな春の月光を拒絶するように存在する、まるで空間をくりぬいて作られたような、光すら届かぬ暗黒の洞窟の中へと続いているということだった。


「ほんまもんやないか!!」





「あらあら、大阪からですか。それはそれは遠いところからご苦労様ですね」


 柔らかな物腰の女性が愛と猫野瀬の前にお茶の入った湯飲みを置きながらそう言った。

 長い栗色の髪を後ろで一つに束ね、白のワンピースを着た二十歳過ぎくらいに見える若い女性。


 山田那美なみ

 こう見えてれっきとした武流の母親である。

 年齢は還暦を越えているはずであるが、その容姿は武流の娘と言われても疑わないだろう。


 那美は武流の隣に座り、座敷机を挟んだ向かいに愛と猫野瀬。村長は上座の位置に座らされていた。


「あの……本当に武流殿のお母様でしょうか?」


 愛は失礼とは思いながらも確認せずにはいられなかった。

 ちなみに猫野瀬は普段は細い目をまん丸にしながら器用に白黒させている。


「ええ、もちろん。よく武流は母親似って言われるんですよ」


「あ、そう、ですね……。似て……らっしゃいます……」


 目鼻や手足の数はそっくりですねと、横から反射的にツッコミそうになった猫野瀬。


「ごめんなさいね。せっかく遠くから来ていただいたのに、主人は畑に出てて留守にしてるんですよ」


「ああ、いえ、突然押し掛けたのは私たちの方ですので」


「父ちゃんにも用があるならすぐに呼んでくるけど?」


「いや、お父様もお忙しいでしょうし、それには及びません」


 母親がである。これ以上おかしな人物の登場は二人の精神衛生上よろしくなかった。

 愛は武流の申し出を丁重にお断りした。



 愛は自分たちが退魔団という組織に属していること、この村に来た目的、そしてそこで武流に助けられたことを那美に話した。


「というわけで、武流殿は我々の命の恩人なのです」


「あれくらいで命の恩人とか大袈裟だな」


「大袈裟などではありません!武流殿がいなければ今頃私たちは間違いなく命を落としていたでしょう!」


 愛は机に身を乗り出して力強くそう言った。


「そ、そうなのか?」


 愛の勢いに気圧されるようにのけ反る武流。


「武流君。どうやら大骨というのは外の世界ではかなり危険な魔物らしいですよ」


 村長が愛の言葉を補足する。


「私たちは長年の間、全てを武流君に任せていましたからね。その武流君も含めてかなり世間の常識から外れてしまっているようです」


「あらあら」


「特に武流君は生まれてから一度も村の外に出たことがありませんからね」


 その村長の言葉に愛と猫野瀬はこの家に来た目的を思い出す。


「お母様。実はそのことでお聞きしたいことがあってお邪魔させていただいたのです」


 愛は更に表情を引き締めて那美を真っすぐに見つめた。


「あらあら、お義母さまだなんて。ふつつかな息子ですけども、末永くどうぞよろしくお願いしますね」


「プロポーズとちゃいますよ」


「あら?じゃあ、武流ちゃんのお嫁さんになってくれるのはあなたの方?」


「なんでですの!余計にちゃいますよ!それに武流はんは月読様の婚約者なんやから、すでにお嫁さんはおるようなもんですやん」


「お嫁さんなんて何人いても良いですからねぇ」


「ええわけあるかい。どこの異世界ハーレムの話やねん」


「那美さん。お二人は武流君と月読様の契約のことについて聞きたいことがあるそうですよ」


 那美の天然に慣れているのか、村長は落ち着いた口調でそう言った。


「月読様との契約?」


「……はい。武流殿はこの村から離れることが出来ない。それは月読様との契約によって、この村を護る為の力を授かった代償だとお聞きしました」


「代償……。そうね、その認識で概ね合っていると思うわね」


「その契約なのですが、破棄することは出来ないのでしょうか?」


 それまで温和な笑みを浮かべていた那美の目元が少しだけ鋭くなる。


「……この村から武流ちゃんを連れ出して、その力を利用しようとしているのかしら?」


 那美のその言葉には得も知れぬ迫力があった。


 数々の修羅場を経験してきたはずの二人であったが、その場に突如として出現した威圧感の強さに呼吸が苦しくなるのを感じた。


「い、いや、そういうことやない――」

「猫野瀬」


 慌てて言い訳をしようとした猫野瀬を制する愛。


「……お母様のおっしゃる通りです。武流殿の持つ力は外の世界では類をみないものです。我々退魔団としても是非ともその力をお借りしたいというのが本音です」


「あら?素直ですね?」


 那美は少し拍子抜けしたような声を出す。


「しかし、それ以上に武流殿を自由にしたい。出来るのであれば、この村以外の外の世界を武流殿に知って欲しいのです」


「武流ちゃんを自由に……」


「もしそれが可能であるならば、残されたこの村の人たちは責任を持って我々退魔団が安全な場所にお連れします。この命に代えても皆さまをお守りすることをお約束いたします!」


 愛は感情の限りそう宣言した。

 これは彼女にとって嘘偽りのない本音。

 武流の境遇を聞き、愛がそうしたいと思った個人的な我儘。


「そう……。そうなのね」


 那美は再び元の柔らかな表情に戻ると、静かにそう呟いた。




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