ミンチェスター邸の裏手、広々とした中庭の一角に、訓練場はあった。
砂地に覆われた地面、日除け用の簡素な屋根、壁には年代物の木剣や訓練用の鈍剣が整然と掛けられている。
その中央に、リアが立っていた。
毛並みの艶やかな耳がぴくりと動き、しなやかな尻尾が低く構えられている。
両手に握るのは、灯生が改良した双剣。曲線を描いたアメジストの紫と銀が変化して漆黒色になった『双剣バーギア』。
その前に立つのは、ネルビアの親友であり、この訓練場の教官を務めている剣士のタンリックだった。
「いいか。よく集中しろ。足音を殺せ、呼吸を刻め。お前の速さは刃にもなるが、隙にもなるぞ。」
「おじちゃんにしてはいいこと言うにゃ!」
リアは地面を蹴った。砂が舞い、黒い影が瞬く。
「まだ甘い!」
ガキンッ!
タンリックの剣がリアの双剣を弾き飛ばす。衝撃でリアの体が一瞬浮いた。
それでも、空中で体勢を立て直し、着地と同時に再び斬りかかる。
「その軽さ、その足捌き、それを活かすには迷いを捨てることだ。攻撃か、回避か、すべてに覚悟を乗せろ!」
「はいにゃ!」
タンリックの目は厳しい。だが、それ以上にリアの瞳には楽しさと闘志が宿っていた。
リアにとっての戦い。それは、救ってもらったご主人様に役に立つこと。そして自分を守る、ご主人様を守る、みんなを守る、家族を守ること!!
おじちゃんの本物の戦い方を、自分で掴みたい。そしてもっと強くなりたい!
再びリアは駆けた。跳ね、滑り、斬り込む。
その身はまるで夜の風。双剣の軌跡は、銀と影の奔流。
「いいぞ!次は、『影返し』を使ってみろ。斬りかかると見せて、刃を引きつつ身を翻す術だ!」
「分かったにゃ!」
リアの刃は、だんだんと鋭くなり始めていた。
「『影返し』、成功だ。だがその後が甘い!」
タンリックの声は相変わらず厳しかった。
何度も失敗し試した。身体を
『影返し』。それは、突撃からの反転で死角に入り、カウンターを叩き込む刃の舞。
「呼吸が安定してきた。だが、回避からの反撃が単調だ。バリエーションを増やすぞ!」
「いつでも来るにゃ!」
タンリックは小石を一つ拾い、それをぽんと空中に放った。
「その『双剣バーギア』の利点は、刃が緩やかな曲線を描いている点にある。斜めに滑らせれば、斬るのではなく引き裂くことができる。これを名付けて・・・『爪裂き』と呼ぼう!空中でも地上でも使える。試してみろ!」
リアの瞳が細まる。風が、静かに流れた。
次の瞬間、リアの身体が地面を滑るように走り、そして跳ぶ。
宙を舞った小石に、銀の双剣が交差する。
キィンッ!
石が斜めに裂け、真っ二つに割れた。
「よし!『爪裂き』は見切りと勢いがすべてだ。だが、それだけでは真の速さには届かん。次は『影走り』だ!」
「注文が多いにゃ!」
「足音も気配も殺して一気に距離を詰める!お前の身体能力と、獣人の瞬発力ならできるはずだ。目標は、あの岩まで5歩以内で到達しろ!」
タンリックが指差したのは、訓練場の隅に置かれた大岩。
普段なら10歩は必要な距離。
「5歩なんて無理にゃ~!?」
「お前の力と技を研ぎ澄ませ。意識を重心に落とし、足を無駄なく使う。音を消すつもりで行け!」
リアは深く息を吸い、耳と尻尾をぴたりと伏せた。
次の瞬間!?地面を蹴った。
タンッ!
音がしなかった。空気が一瞬揺れ、黒い影が風のように滑る。
「よし!成功だ!」
リアの足が、ぴたりと岩の前で止まっていた。
「やったにゃ~。」
タンリックがグーっとしてきた。
「よくやった。だがこれはまだ型に過ぎんぞ。実戦で使えるようになるには、
「言われなくても~!」
タンリックが木剣を大上段に振りかぶった。
「それじゃ本気でいくぞ!」
「いつでも!」
一瞬、空気が張り詰めた。タンリックの剣が唸りを上げて振り下ろされる。
だが、その剣は空を斬った。
「なにっ!」
影のように滑り込んだリアの姿は、タンリックの死角、真後ろにあった。
「『影返し』にゃ!」
ひと息の距離、リアの双剣が宙を舞う。
「『
斬撃が連なる。瞬きすら許さぬ速度で影を断ち、音を残す暇もなく技は収束した。
タンリックの背中に、ピリッと風が抜けた。
「あちゃ~。これはまいったな。俺の目じゃ、今のは追えん。」
リアは剣を収め、ふっと息を吐いた。
「もう一回にゃ!次は、もっと速く!」
猫の目が、夜の光を映して細く光った。
「よし、望むところだ。黒猫の嬢ちゃん!」
稽古場に風が吹いた。
訓練は、まだまだ続く。