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23.5 双剣極めり!!タンリックとリア


ミンチェスター邸の裏手、広々とした中庭の一角に、訓練場はあった。

砂地に覆われた地面、日除け用の簡素な屋根、壁には年代物の木剣や訓練用の鈍剣が整然と掛けられている。


その中央に、リアが立っていた。

毛並みの艶やかな耳がぴくりと動き、しなやかな尻尾が低く構えられている。

両手に握るのは、灯生が改良した双剣。曲線を描いたアメジストの紫と銀が変化して漆黒色になった『双剣バーギア』。


その前に立つのは、ネルビアの親友であり、この訓練場の教官を務めている剣士のタンリックだった。


「いいか。よく集中しろ。足音を殺せ、呼吸を刻め。お前の速さは刃にもなるが、隙にもなるぞ。」


「おじちゃんにしてはいいこと言うにゃ!」


リアは地面を蹴った。砂が舞い、黒い影が瞬く。


「まだ甘い!」


ガキンッ!


タンリックの剣がリアの双剣を弾き飛ばす。衝撃でリアの体が一瞬浮いた。

それでも、空中で体勢を立て直し、着地と同時に再び斬りかかる。


「その軽さ、その足捌き、それを活かすには迷いを捨てることだ。攻撃か、回避か、すべてに覚悟を乗せろ!」


「はいにゃ!」


タンリックの目は厳しい。だが、それ以上にリアの瞳には楽しさと闘志が宿っていた。

リアにとっての戦い。それは、救ってもらったご主人様に役に立つこと。そして自分を守る、ご主人様を守る、みんなを守る、家族を守ること!!

おじちゃんの本物の戦い方を、自分で掴みたい。そしてもっと強くなりたい!


再びリアは駆けた。跳ね、滑り、斬り込む。

その身はまるで夜の風。双剣の軌跡は、銀と影の奔流。


「いいぞ!次は、『影返し』を使ってみろ。斬りかかると見せて、刃を引きつつ身を翻す術だ!」


「分かったにゃ!」


リアの刃は、だんだんと鋭くなり始めていた。


「『影返し』、成功だ。だがその後が甘い!」


タンリックの声は相変わらず厳しかった。


何度も失敗し試した。身体をひるがえすタイミングを間違えれば、敵の懐に飛び込むのではなく、自分が隙を晒すだけになる。

『影返し』。それは、突撃からの反転で死角に入り、カウンターを叩き込む刃の舞。


「呼吸が安定してきた。だが、回避からの反撃が単調だ。バリエーションを増やすぞ!」


「いつでも来るにゃ!」


タンリックは小石を一つ拾い、それをぽんと空中に放った。


「その『双剣バーギア』の利点は、刃が緩やかな曲線を描いている点にある。斜めに滑らせれば、斬るのではなく引き裂くことができる。これを名付けて・・・『爪裂き』と呼ぼう!空中でも地上でも使える。試してみろ!」


リアの瞳が細まる。風が、静かに流れた。


次の瞬間、リアの身体が地面を滑るように走り、そして跳ぶ。

宙を舞った小石に、銀の双剣が交差する。


キィンッ!


石が斜めに裂け、真っ二つに割れた。


「よし!『爪裂き』は見切りと勢いがすべてだ。だが、それだけでは真の速さには届かん。次は『影走り』だ!」


「注文が多いにゃ!」


「足音も気配も殺して一気に距離を詰める!お前の身体能力と、獣人の瞬発力ならできるはずだ。目標は、あの岩まで5歩以内で到達しろ!」


タンリックが指差したのは、訓練場の隅に置かれた大岩。

普段なら10歩は必要な距離。


「5歩なんて無理にゃ~!?」


「お前の力と技を研ぎ澄ませ。意識を重心に落とし、足を無駄なく使う。音を消すつもりで行け!」


リアは深く息を吸い、耳と尻尾をぴたりと伏せた。

次の瞬間!?地面を蹴った。


タンッ!


音がしなかった。空気が一瞬揺れ、黒い影が風のように滑る。


「よし!成功だ!」


リアの足が、ぴたりと岩の前で止まっていた。


「やったにゃ~。」


タンリックがグーっとしてきた。


「よくやった。だがこれはまだ型に過ぎんぞ。実戦で使えるようになるには、咄嗟とっさに体が動くようになるまで叩き込め!」


「言われなくても~!」


タンリックが木剣を大上段に振りかぶった。


「それじゃ本気でいくぞ!」


「いつでも!」


一瞬、空気が張り詰めた。タンリックの剣が唸りを上げて振り下ろされる。

だが、その剣は空を斬った。


「なにっ!」


影のように滑り込んだリアの姿は、タンリックの死角、真後ろにあった。


「『影返し』にゃ!」


ひと息の距離、リアの双剣が宙を舞う。


「『穿影連舞せんえいれんぶ』!」


斬撃が連なる。瞬きすら許さぬ速度で影を断ち、音を残す暇もなく技は収束した。


タンリックの背中に、ピリッと風が抜けた。


「あちゃ~。これはまいったな。俺の目じゃ、今のは追えん。」


リアは剣を収め、ふっと息を吐いた。


「もう一回にゃ!次は、もっと速く!」


猫の目が、夜の光を映して細く光った。


「よし、望むところだ。黒猫の嬢ちゃん!」


稽古場に風が吹いた。

訓練は、まだまだ続く。


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