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5 勉強会②


期末試験が間近に迫り、教室の空気はざわつきつつもどこかピリピリしていた。

黒板には大きく「来週から期末試験」と書かれ、クラスメイトたちは必死に参考書やプリントを開いていた。


「なあ、よっしー。」


前の席の宝条が振り返ると、教科書をパラパラめくりながら口を開いた。


「なんだよ、改まって。」


「俺たちそろそろ本気出す時期じゃね? 俺たちの未来がかかってるからな!」


「なんの未来だよ。それに俺たちじゃなくて、宝条君がでしょ。」


そう返しながら、僕も教科書を開く。

クラス中がざわついている。黒板には白チョークで「期末試験まであと5日」の文字。

みんな、浮かれた空気から一転、真剣そのものだった。


「ねぇよっしー! 数学教えてくれよー!」


宝条が尋ねる。


「えーまた? 中間試験の時もそうだったよねー。」


「冷たいこと言うなよー。俺とよっしーの仲だろー。赤点取りたくないんだよー!」


と言ってくる宝条を無視して、ちらっと横の席を向いた。

入野さんがカラフルなマーカーを使ってノートに色分けしていた。

目が合った気がして、視線をそらす。


「うわ、入野のノート、もはや芸術じゃね? 虹か?」


宝条がひそひそ声で笑う。


「うるせー! 集中できんじゃんかー!」


入野さんはいつもの感じで言い返した。


「平岡っち、あたしも中間の時みたいに教えてくれると助かるんだけどなぁ。」


「いいよ、入野さんなら!」


「なんだよよっしー! 俺も混ぜてくれよー!」


「あーもうわかったから、静かにして。じゃないと教えないよ。」


「おっしゃ!!」


いや、おっしゃ、じゃないんだが。



——放課後。


3人で図書室に来たが、いつもより人が多く、空席を探すのに苦労した。

空いている席を探し、3人で勉強を始めた。

と、言っても僕は教える側だけど。


「それじゃ2人とも。分からないところがあったら言ってね。」


淡い夕陽が窓から射し込み、ページをやわらかく照らしていた。


ページをめくる音の合間に、カリカリと鉛筆が走る音だけが響いていた。

誰も喋らない。でも、嫌な沈黙じゃなかった。


集中していた。

入野さんが問題に行き詰まって、思わず「うーん……」と小さく唸った。


「分からないところあった?」


と、自分のノートを滑らせる。


「さすが平岡っち! 解き方のポイントがめっちゃ分かりやすい! ありがとー!」


「あ……うん。どういたしまして。」


(……ちゃんと見てくれてる)

少し恥ずかしい。


入野さんは顔を上げず、少しだけ笑ったように見えた。

口の端が、かすかに上がった。


ペンが転がって、ふと手が触れそうになる。

どちらともなく、すぐ引っ込めた。


気まずいわけじゃないけど、照れくさい沈黙。

でも、それはそれで悪くなかった。



その沈黙をかき消すように宝条が聞いてくる。

まぁそれを適当にあしらって、この日の勉強は終わったのである。



下校時間になり、3人で図書室を出た。

空はすっかり暮れて、鈴虫の音が涼やかに響いていた。


「じゃあ、また明日なー! よっしー!入野!」


と宝条が先に帰っていった。

僕が歩き出そうとしたとき、入野さんはポツリと声をかける。


「今日……ありがとね。」


「う、うん……。」

急に2人の空間になり少し恥ずかしさを感じた。


銀杏の葉が、風に揺れていた。

静かな風が、心の中にも吹き抜けていった気がした。


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