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第6話 姉

おかしな一日を過ごしたとしても、夜が更けると帰りたくなるもので…。


個人的にはもう少し具体的に彼から“囁”やら“揺理”について問いただしたかった気持ちもあるんだけどな。初日から質問攻めするのも気がひけるわけで…。

いや、初日だと思っているのは俺だけで、彼にとっては違うのかもしれないのがジレンマだったり?


まあ、とりあえずはこうして、無事帰路についたので良しとしよう。


「おかえり…」

「ただいま」


マンションのリビングは朝出た風景とほぼ同じ風景である。

母さんはいつもの通り、この時間はマギPCと睨めっこしながら絵を描いている。

イラストレーターは夜型だというのが母さんの持論だから仕方がない。だから、これは日常。

しかし、いないはずの人間もいるんだよな。


「健全な高校生なのに帰りが早い」


わが物顔でソファーに寝そべり、スナック菓子を食べる赤毛の美女。

いや、俺の“姉”、桃羽ももはの登場に、若干のイラつきと安堵が押し寄せて、生足を軽く叩いた。


「俺は健全な男子高校生だから、寄り道はしないんだよ」

「うわっ!相変わらず、面白味のない奴。姉として嘆かわしい」

「ふん。就活に失敗しといてよく言う」

「それは言わぬが花」


まるで悪びれる様子のない姉は中身がなくなったであろうスナック菓子の袋を丸め、TVのそばに置いてあるゴミ箱に投げ入れた。


素晴らしいフォームだ。

という冗談はさておき、なぜ、この姉がここにいるのかという疑問は当然のように湧いてくる。

それと、もう一つ…。


「年頃の娘が足を放り出すのはいかがなものかと思うのですが?」

「お前は母親か!」


母さんは面白そうに振り返った。


「本物の母親がいる前で繰り広げる姉弟の会話かな?」

「いつもの事だよ。で、姉ちゃん。何しに来たんだい?」


俺は姉の足を押しのけて、ソファーに腰掛けた。


「折角、一人暮らしの姉が実家に遊びに来たのにつれない」

「いや、目と鼻の先に住んでんじゃん」


姉の借りているアパートはここから歩いて10分。

なぜ、そんな近くに借りているのか。

この姉の考えはずっと謎なんだよな。


「だって、家は出たくなかったけど、動画配信するにはこの部屋、狭すぎるでしょう?」


へえ~。出たくはなかったんだ。


「それで、動画配信とやらは順調なのかい?」

「まさか。昨日までで再生50回。トップまでの道のりは厳しい」

「はいはい。もう、諦めて普通に就職したらどうなんだよ」

「あっ!」


姉ちゃんは小ばかにするように俺を冷たい視線で威嚇する。


全く、弟を名指しするみたいに人差し指を出すのはどうかと思うぞ。


「そういうのはね。一番言っちゃダメなのよ。私は動画配信者として、スターになるの。そのためにアルバイトだって数え切れないほどやってんだから」

「はいはい」


姉ちゃんは“昔”から変わらないな。変人というか、常識から“ズレている”というか…。

折角、魔法工学専攻で碧海原学園の大学部を出たって言うのに…。

それをまるで生かしていない。

弟ながら心配だよな。


「ああ、せめて私に魔力でもあれば、魔法関連動画でバズれるのに…」

「そういうの反則だぞ」

「売れるためなら、なんでもありなの」

「そうじゃなくて。魔法師は許可されている業務以外での魔法使用、および、利益は禁止されている。小学生で習ったじゃん」

「もう、そう言う事言ってんじゃないの」


この分からず屋と言わんばかりに姉ちゃんは真っ白な足裏で俺を蹴飛ばしてくる。


「やめろよ!」


姉ちゃんの足首を掴み、体当たりを阻止する。


「アンタ達はいっつもそうね。仲がいいのか悪いのか」

「母さん、食事、ここで取って良いでしょう?」


お恵みをくださいと言わんばかりの姉ちゃんは母さんに土下座した。


俺への態度の差よ。


「それ目当てでまた来たくせに」

「よくお分かりで…」

「いいわよ。こんな事もあろうかとアンタのもちゃんと用意してあるから」

「おお、さすがお母さん。これで、食費浮く」


プライドと言う物はないのかねぇ~。


「ちなみに今日はエビフライだったりする」


ウインクしながら、母さんは高らかに宣言した。

それは我らが姉弟の好物の上位に食い込むごちそう。


「感謝したまえ」

「「頂戴いたしまする」」


お代官様に挨拶よろしく状態で深々と頭を下げる俺達はやっぱり姉弟だなと思いつつ、俺は内心、この状況に“馴染んでいる”事に多少の疑問を募らせていた。


「じゃあ、俺、風呂入ってくる。それから、さっきのスナック菓子。俺のだったんだけど?」

「そうなの?じゃあ、ありがたく頂きましたって事でよろしく」


何がよろしくだよ。


悪態はもちろん、つきたくはなったわけだが、俺は母さんと姉ちゃんに視線を向けないまま、廊下に滑り込み、そして、自身の部屋の扉を開け放った。空気感はいつものままだ。本棚に敷き詰められた教科書に中学時代に少しだけハマった女性アイドルグループのポスター。壁からはがそうと思いつつ、今もなんだかんだで彼女は出迎えてくれる。まあ、その中で一番推していた憧れの彼女はつい先日、魔法師と結婚してしまったけれど…。

だからって、俺の日常が崩れたりはしない。

そう…。何もかもがいつも通り回っている。


“姉”の存在もしかり…。


だけど、俺の中には朝までは“一人っ子”だったという記憶が残されている。

母と二人暮らしの男子高校生。

しかし、同時に“姉”が”いた”17年間…現在進行形で”いる”という認識も確かに存在しているのだ。


同じ魔法ウォータースライダーに乗ってはしゃいだり…。

魔法式あんみつを頬張ったり…。

そして、入学式や卒業式に一緒に出席した。

それらすべてを容易に思い起せるのだ。


はあ…。俺の頭は本当にどうしてしまったのか。


「これは、囁なのかい?」


はてさて、俺の世界は何が現実で違うのか?

その問いは真っ暗闇の自室の中に消えていくだけである。

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