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第7話 生徒指導室

いなかったクラスメイトにこれまた一人っ子だったはずの俺に昨晩、姉が出来た。

その事実はかなり衝撃的なはずなのだが、ただの高校生である俺の学園生活は変わらず続くと思っていたりもしていたのだが…。


なぜ、俺は朝から生徒指導室で天戸と並んで座らされているんだろか?

目の前に腰掛ける一応、担任である本堂先生は相変わらず気だるそうであるし…。


俺何かしたかな?

もっと解せない事と言えば、学園内でほぼ接点のない魔法科のエース、海埼千世の姿もある事だったり?しかも彼女の仲間である三年生、石房俊也いしふさしゅうや先輩と一年の量見康介りょうみこうすけ君の姿もあるから驚きだ。


なぜ、二人を知ってるかって?

もちろん、仲良くはない。

だけど、二人とも海埼さんと同様に封魔夢と戦える実戦経験者として有名なんだよな。


小さな会議室の中で離された机に腰掛ける彼らからは一般科と魔法科は”違う”と言いたげな圧を感じるのは気のせいだと思いたいけどな。

そうだとしても、緑がかった短髪をさすり、細身なれど鍛え上げられた筋肉が制服の隙間から見え隠れする石房先輩の怒りを滲ませた視線は事実なわけで…。


どうして、こんな状況になっているのか?

つい、10分前までは普通に学園に登校して、杉浦と藤里と日課であるたわない会話をしようとしてたはずであるのに…。


「お前、昨日大変だったな」


杉浦の最初の言葉はそれであった。


「何が?」


正直、どの話を指しているのか分からない。


「封魔夢に襲われたわりには元気だってことだよ」


いつも通り抑揚のない音で藤里は語る。


「はあ?」


ますます、会話が成り立たなくて首を傾げるしかない登校間もない俺。


昨日は封魔夢ではなく、囁やら揺理とかもっと静かな現象を垣間見た一日であったはずだが?


「僕達、昨日の放課後に魔法師に助けられたみたいだよ」


これまた、いつの間にか着席していた天戸の口はモゴモゴと動いている。

今日は一体、なんのパンを頬張っている事やら。

しかし、友人達が何を言っているのか理解できないでいるのも本当であり、なぜだかぼんやりとしていた“封魔夢に襲われた”という言葉に意味が生まれ始めているのにも真実で…。


「二年C組。天戸蓮、並びに糸森桜真!昨日の事を説明してもらおうか!」


そこに突然、開かれた扉の前で高らかに声を上げたのが石房先輩であったわけである。


一般科の棟にはほとんど足を踏み入れない魔法科の学生の登場にクラスメイト達は浮き出しだった。


「ええっ!雷皇の俊也様よ」

「素敵!」


妙なあだ名をつけたのはもちろん、俺のクラスメイト達のような彼を推している者だと推測しているので、先輩のネーミングセンスは不明である。


「よくも、魔法師の任務を邪魔してくれたな」


大股で天戸に詰め寄った先輩に天戸はクロワッサンを差し出した。


「食べます?」

「いらん!昨日は謝罪がなかったからな」

「う~ん。必要ないのでは?」


天戸は涼しい顔で先輩を見上げた。


「この…!」


顔を真っ赤にする先輩は怒り心頭とばかりに天戸の顔目掛けて拳を振り上げた。


「俊也!」


再び、教室に顔を出した魔法科の生徒…海埼とまだ、どこかあどけなさの残る雰囲気かつ栗色のパーマが特徴的な量見君が石房先輩を抱え込んで、後ろに下がらせた。

それだけで、クラス中からまるで花びらが舞い散るような黄色い声が上がっている。


「怒りを募らせてどうするの。謝るべきは私達でしょう」

「何を言っている!こいつらが封魔夢の前に飛び出したせいで、攻撃の軌道が危うく外れる所だった…」


封魔夢の前に飛び出した?

石房先輩の言葉を頭で繰り返すと同時にまるで新しい記憶でも植え付けられるように知らない光景が再生されていく。


これは…どういうことなのかな?


天戸に視線を移すと彼は何食わぬ顔で今もクロワッサンを口に運んでいる。

誰かこの状況を教えて欲しいよ。


「これはどういうことかしら?」


まさに俺が思っていた事と同じ言葉を繰り返すのは本堂先生。


おそらく、クラスの誰かが先生を呼びに行ったんだろうな。


彼女は大きくため息をついて、親指を立てて外に出るように促した。

それは魔法科の生徒三人と俺と天戸も含まれている。


そんなわけで、現在、生徒指導室で肩身の狭い思いをしているという状況なのである。


「申し訳ありません。俊也は昨日の封魔夢を一撃で仕留められなくてイライラしているだけなんです。だから、彼らに八つ当たりを…」


海埼は未だ、気だるそうな空気感を漂わせる本堂先生に頭を下げた。


「はあ…。こいつらが大人しく校舎内にいないからだろ!」

「そりゃあ、あれだけウジャウジャ封魔夢がいたら、動きたくても動けないんじゃないの?俊也にぃ~は腕は一流なのに頭が悪いからな」

「康介!てめえ~は黙ってろ」

「おお~怖っ!」


言い合いを始める魔法科の三人の様子になんとなく彼らの関係性が見て取れるな。

石房先…。もしかして分かりやすい性格?っていうのは正しい表現か不明だが…。


それにしても、おかしいな。

昨日の俺の放課後といえば建物内にいたはずだけど…。

まあ…”無い”はずの四階で、ちょっとした不思議に遭遇したりはした。

そして、まさにその同時刻。天戸と共に中庭の花壇の手入れをしているという記憶もちゃんと存在している。しかも、封魔夢に遭遇。逃げようにも逃げられず、その場で蹲ってしまったという展開つきで…。そういう過去が徐々に浮き彫りになっていく感覚に現在、陥ってるんだよな。


幸い、封魔夢に襲われた方の”昨日”はすぐにやってきた海埼さん達に助けられて事なきを得たというわけだが…。どうやら、その時に俺達…というか天戸がいた場所が石房先輩の魔法発動の同線だったらしい。つまりは先輩は華麗に封魔夢を葬り去れなかったのがご立腹というわけだ。

やれやれ、本当に八つ当たりも良いところだな。


後、気になる事と言えば、花壇の手入れをするなんて発想、今まで一度も浮かんだことすらない点である。俺って、別に花に興味ないし。やっぱり、これって、“囁”なのかな?

はあ…。ますます、意味不明だ。


「二人にも申し訳なくて…。私達がふがいないばかりに怖い思いを…」

「いえいえ。大丈夫ですから」


深々と謝罪する海埼に思わず、否定する中、魔法科の生徒達の座っている周辺になぜだか、うっすらと靄がかかっている事に気づいた。


なんだ?


まるでノイズがかかるように小さな粒が飛び交っている。


「とにかく、一般科の連中は魔法師の邪魔にならないように生きて行けよ。それしか能がないんだから」

「俊也!」


うわっ!

先輩ってそう言うキツイ言葉を平気で使える人なのか。

なんだか、幻滅だな…。

それに魔法師がどうのというのなら…。


なんとなく、天戸に視線を向けてもやはり、いつものごとく笑っている彼の手にはおなじみのパン。


「きっと、疲れてるんだよ。だから、クロワッサンでもどうです?」

「貴様!だから朝からパンなどよくも…」


パンって大体、朝に食べるものな気がするけれどな。


払いのけようとする石房先輩の手が止まった。


「おいしそうでしょう?」

「ほら…」


まるで彼に促されるように石房先輩はクロワッサンを受け取り、苦い顔をしながら一口かじった。


「君達もどうぞ」


海埼と量見にも同サイズのクロワッサンを差し出せば、二人も恐る恐るそれを手に取った。


「こら、先生もいるの忘れてないか?」

「先生もいります?」

「そうではなくて…。一応、今は授業枠なんだけど?」


俺は一度、壁の時計を見た。


「先生。授業開始まで後10分ありますから大丈夫ですよ」

「糸巻君。時と場合を選ばなきゃ失言だよ」

「おっと、失礼しました」


謎におチャラけてみる中、魔法科の三人はクロワッサンを食べ進めている。


あれ!ノイズが消えている…。


当たり前のようにそう感じた俺はもしかしたら、今、“整った”のではと思ったのであった。

昨日と同じでパン一つで、空気が澄んでいく。

日々謎が増えていくが、質問はこの場所を出てからにしよう。

何せ、聞けるような状況にないのだけは理解しているから…。


それにしても、生徒指導室…。

初めて入ったな。

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