「まあ、とりあえず状況は分かったわ。連日続く封魔夢の対応に追われて疲れているのは理解できるけれど、石房君。君の言動は中々キツイ物があるわよ」
本堂先生はペンを回しながら、魔法科の三人を見据えた。
「確かに先生の苦言はごもっともです」
さっきまでの好戦的な態度とはうって変わって、眉をへの字に曲げている石房先輩は頭をかきながら、頭を下げてきた。
えっ!
「すまなかった。言い過ぎた」
「うん。いいんだよ。乱れていただけだから」
「だが、許したわけではないぞ」
反省したのかと思ったけれど違ったのか?
それとも、素直じゃないだけだったり?
とはいえ、天戸は何事もないように本日、何個目かわからないクロワッサンを口に頬り込むだけなんだよな。
「私達からも…。先に助けられたらよかったのに、放置してしまって申し訳ありません」
海埼と量見君も同じように机に額をつけるような恰好になってしまっている。
魔法師達にこんな格好させている事が知れたら、クラス中から反感をかいそうだなという場違いな妄想をしてみたりする。
「いえ…。皆さんがいなかったら、そもそも、封魔夢に怪我させられていたでしょうから。はい。助けて頂いてありがとうございます」
そう取り繕ったところで、魔法師達と封魔夢の戦いに巻き込まれたという記憶は確かにあっても感触がないんだよな。
なんとなく、腑に落ちない感覚を味わう中、これまた大きな音を立てて、生徒指導室の扉が開いた。立っていたのはどこか、浮世離れした雰囲気を醸す30代ほどの男性。
「
魔法科の三人は面白いぐらいに背筋が伸びた。
真っ黒なローブを身にまとう田繋先生は魔法科の実技教師。確か、S級魔法師だったっけ?
未だ、現役でも十分やれるって話なのに、戦闘魔法師を早々に引退したって話だ。
まあ、その辺りの事情は噂程度だから本当の所は不明である。
だって、俺は魔法師業界とは無縁の一般人だからな。
「この度は申し訳ありません」
目つきは悪いが、礼儀正しい田繋先生は俺達に深々と頭を下げた。
今日はなんだか、謝られる一日だな。
「大丈夫ですよ。もう、話し合いは済みましたから」
「そうですか。では、彼らを連れ返っても?」
「ええ~」
教師同士がなんとなく、折り合いをつけこの場は収まったようだ。
「なら行くぞ」
魔法科の三人にとても鋭い視線を向ける田繋先生は教師というより、やはり歴戦の戦士感がぬぐえない。魔法科と一般科とでは教師と生徒の関係性も違ってくるんだろうか?
実際、田繋先生の声に反応して立ち上がった三人は同じ空気感を纏っている。
息が揃うみたいに…。
統制が取れている軍隊みたいだな。
うん?
自分で言っていて、古臭い表現だな。
軍隊だなんて、50年前の映画かよ。
「君達もすまなかったね。怖い想いをさせてしまって」
「いえいえ。お会いできてよかったです」
天戸はゆるりと頭を下げた。
本当に誰も彼もが頭を下に向けるんだな。
まあ、俺はなぜだか、違うけれど…。
「そうだ。魔法科の先生もお一つどうです?」
天戸は強面な田繋先生にも同じ事を言うんだな。
「では、一つ貰うよ」
「美味しいですよ」
ぎこちなく笑みを浮かべた魔法科の先生はクロワッサンを受け取り、教室を出ていく。
その後に続く石房先輩と量見君。後は海埼なんだけれど…。
立ち去っていく彼女の視線と一瞬、重なったような気がしたのは多分、勘違いだろう。
「はあ…。貴方達も災難だったわね」
本堂先生はやはり、やる気がなさそうに立ち上がった。
その態度、一応、生徒である俺達の前でやらなくてもいいのでは?
と思ったりもしたけれど、特に何も突っ込んだりはしない。
「そうでもないですよ。有意義な時間でした」
「天戸君はそうでも、糸森君は違うでしょう?ねえ?」
急に話を振られても困るんだけどな。
「まあ、魔法師とお話出来たっていうのは貴重って事で良いかなって。それに話の分かる人達でしたし…」
「ふ~ん。最近の子は達観してるわね」
「先生だって20代でしょ?」
「あら、嬉しい事言ってくれるわね。もうすぐ、授業始まるから早く戻りなさい」
そう言いながら、本堂先生は慌ただしく出ていく。
「もしかして、急な用でもあったのかな?先生も大変だね」
「へぇ~。そういう感想なんだね。君は…」
「なんだか、おかしなこと言ったかな?」
俺はなんとなく、視線を窓側へと向ける。
どこかのクラスが体育の授業をしているのは毎日の事なので特に何も感じない。
「どうして、さっき魔法科の人達にクロワッサンをあげたんだい?」
「何か理由があると思ってるのかな?」
「そうだね」
「もしかして、何か見えたのかい?」
「よく言うよ。君だってノイズ?みたいなものが視えたから彼らにクロワッサンを上げたんだろう。えっと、修復?ってやつをしたのかい」
「そんな複雑なものじゃないよ。ただ、彼らの魔力を整えただけ」
「どうしてそんな事を?」
「僕はあらゆる物を整えたいから。それに彼らみたいな人達は乱れやすいからね」
「そうなのかい?」
「ああ。魔法師は囁を…。歪理を発生させやすいんだよ。無意識に魔力を垂れ流すから」
「うん?よく分からないな」
「乱れた魔力は世界を傷つけるから」
「だから、整えたのかい?」
「そうだよ。僕のパンは整いに使うのにちょうどいいしね」
「もしかして、石房先輩が急に態度を柔軟に変えたのもそのせい?」
天戸は今度はフランスパンを大きな口でかじっている。
一体、どこに隠し持っているんだよ。
そのパン達…。
「どうだろうね。でも、魔法師に発生する“囁”は心理状態に現れやすいのは本当」
「人自身にも囁は発生するんだね」
「魔法師だけだよ」
「なんだか、それって彼らがいるから封魔夢が現れるって言っているみたいだ」
「あれ、そう言う風に聞こえる?」
「だって、そっちが言ったんだよ。歪理は封魔夢を引き寄せるって…」
「正解だけど、彼らしか、封魔夢を倒せないのも事実だよ。それにしても、僕、そんな事も君に話したんだね」
何をおかしなことを…。
「もしかして、天戸君って天然?」
「君が言うならそうなんだろうね」
「口を開けば、そればっかりだ」
「もしかして、機嫌悪い?いつもは”蓮”呼びなのに…」
「うん?」
それこそ、意味不明だよな。
でも、確かに“蓮”って呼んでる日常はある。
まるで記憶が重なっていくみたいに思い出が連なっていく。
そして、またつかみどころのない会話を繰り返してもいる。
「俺さあ。昨日、蓮の修復を見たはずなんだけど、同時に魔法師の戦いを間近で見たって記憶もあるんだよな。これも“囁”ってやつなのかい?」
「たぶん違うよ。”魔法師達の怒りをかった”という事実はおそらく修復した時に世界が自動的に整合性を取るために生み出した新しい記憶であり現実。“僕や他の人達にとっては魔法師の戦いを間近で見た学生がいて、助けられた”というのも真実。君にとっては僕とどこかを”修復”したって過去も中庭で封魔夢と遭遇したという過去も等しく事実として頭の中に存在しているんだろうね」
「どうして、そんな事に?」
ますます、頭が混乱してきた。
「その整合性とやらは、治せないのかい?修復みたいに…」
「無理だよ。僕はただ歪理を整えるだけだから。もっと言うなら、何を修復したかも忘れてしまうんだよね」
天戸はまるで他愛無い話でもするように言葉を音にする。
その手には大きなビニール袋。
中身は沢山のミニドーナツ。
ドーナツもパン扱いなのかい?
衝撃的な事実を知らされても俺はどうでもいい感想を持つ。
そして、朝の始まりを肌で感じるだけであるんだよな。