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第9話 六不思議

何を修復したかも忘れるだって?


「じゃあ、幻の四階で一緒にいたことも?」

「幻の四階か。それは面白そうだね」


その返しをされるのは中々、つらいな。


「つまり、記憶喪失ってやつなのかな?」

「違うよ。僕の現実から元から存在していないって事かな」


天戸の言葉はやっぱり、どこかふんわりしていて、つかみどころがないんだよな。


「何も覚えていないのかい?」

「君と”何か”を修復したって事は理解しているよ。僕は夜詠者だからね」

「今、それは重要なのかい?」

「どうだろうね。それより、早く戻らないと授業始まっちゃうかな」


緩やかな雰囲気を滲ませる天戸はさも当然かのごとく、言ってのけると生徒指導室を後にした。


もちろん、俺もその後に続くしかないわけだが…。

そんな感じに舞い戻った教室は毎度の光景ではあるが、とても賑やかで…。

それが多分、幸いだったりするのかもな。


なんて、どうでもいい感想を抱きつつも聞こえてきたのは見知った杉浦の大声だったりもする。


「ついに碧見原学園の七不思議のコンプリートか?って、内輪受けにもほどがあるだろう」

「いいじゃない。七不思議、みんな好きでしょう?」


杉浦がツッコミを入れている相手はというと、ショートカットの少女。

これまた、クラスメイトの野又里菜のまたりなである。


教室にいるの珍しいな。

彼女は別に不登校ってわけではない。

敷地内ではよく見かけるからな。


席に座る里菜さんを挟んで杉浦と藤里を含めた三人が覗く先には小さなマギスマホだ。


「何してるんだい?」

「おっ!おかえり。どうだった?生徒指導室は…」


マギスマホから視線を外し、手をふる藤里の隣に腰掛けた。


「どうもこうも…」

「魔法師様の相手も大変ですなぁ」

「おいおい。茶化すなよ」


漫才よろしく的に藤里の胸を優しく叩いてみた。


「ちゃんと、話したら分かってくれる人だったよ。きっと、疲れてたんだろうね」

「おお~。相変わらず、天戸は人が出来てるな」

「そんな事はないよ」

「にしても、お前ら、いつも一緒にいるよな」


藤里は何気なくつぶやいた。


「えっ!」

「なんだよ。事実だろう?」

「そうなのかな?」


確かに言われてみれば、よくつるんでいる記憶が掘り起こされていく。

しかし、それらの感触はやはり、薄い…。


返答に困って、隣に立つ天戸に視線を送るが彼はやはり、ただ微笑んでいるだけである。


「僕達、仲がいいんだね」


おいおい。他人事みたいな回答だな。


「昨日も花壇を弄っていて、封魔夢に遭遇とか…。漫画かよ」

「漫画なら、俺達が倒してるだろ!」

「巻き込まれるモブの方…」

「おお、そう来るか」


この間にも里菜さんはマギスマホから目を離さない。


「それで、里菜さんはさっきから何を?」

「今度発表する碧見原学園公式動画の編集…」

「動画部は大変だね」

「動画新聞部よ」

「ああ。そうだっけ?」


彼女の冷たい声に思わず、苦笑いを浮かべる。


「部つったって一人だけだろ?しかも、クラブ申請も通してないし…」


杉浦は何気なく両腕を頭の後ろで組んだ。


「そうなの?勿体ない」


思わず口から出た言葉にマズイ。

失言だったかなと後悔してもあとの祭りだ。


「いいの。特に困ってないから」

「まあ、部っていう名称も古いもんね」


かつて、集団で趣味の合う学生達が集まり、活動していた部活という概念は何十年か前に死語となりかけた。今では、概念が変わり、生徒達が自主的にやりたいと思って始めた活動という意味合いで使われる事が大半だったりしている。


碧見原学園でも、他の学校と同様に生徒の活動には寛容で、クラブ申請を出せば、補助金はわずかではあるがまあ、出る。サポート提供を承諾している地域の人達との橋渡しも行ってもらえるので学生達の間では便利な制度という認識だったりする。


とはいえ、帰宅部な俺には無縁であるが…。


「それで、今度はどんな動画をあげる気なんだい?」

「七不思議の特集」

「そのネタ。使い古されてない?」


里菜さんの不服そうな視線とぶつかった。


「ほら、桜真ちゃんも同じ答えだろ」

「それから、七つじゃなくて、碧見原学園の不思議は六つだった気が?」

「そうなのよね。だから、何だかしまりが悪くって…」


里菜さんが握りしめるマギスマホの画面には6つのタイトルがつけられている。


――四時四分の音楽室。

早朝4時4分にだけ、音楽室からピアノの音が聞こえるらしいという不思議。


――白い生徒手帳。

学園内のどこかに落ちているとされる真っ白な生徒手帳を拾うと持ち主が転校生として現れるが、その顔も姿も誰も覚えられないという謎。


――図書棟・無番書架。

大学部の地下書庫にあるという、どの分類にも属さない“無番の書架”。そこに迷い込むと読みたかったけれど、読めない本に出会うとか?


――保健室の第五ベッド

学内には保健室が三つあり、そのすべてに四つのベッドが備え付けられている。しかし、無いはずの五つ目のベッドが夜になると現れるという。しかも、必ず誰かが眠った痕跡が残されているとか?


――逆さ時計の理科室

理科室の奥、誰も使っていない器具室にある古い振り子時計。

秒針が逆回りを始めると、過去の授業風景が見えるらしい。


――水のないプール

水が張られていない魔法科の屋上の魔法訓練用プールで夜中に水音と泳ぐ影が見えると噂されている。魔力の流れが残っているせいだという説もあるが、本当の理由は不明である。


うん?


「最後の間違ってないかい?」

「どれ?」

「6つ目だよ。水のないプールじゃなくて、”もうひとりのわたし”じゃなかったっけ?」

「何それ。うちの学園の七つ目?」

「違うよ」


そもそも、水のないプールなんていう七不思議…じゃなかった六不思議は初めて聞いたよ。


「そっか。良い事思いついちゃった。七つ目がないなら、募集しちゃえばいいんだ。ありがとう。糸森君。アイディア頂いた」

「そんなつもりは…」


里菜さんとはなんだか、会話が成り立つようで成り立たない気がするんだよな。

こんな時でも天戸は変わらずに微笑んでいるだけだし…。


「学園の不思議は六つだからいいんじゃないのか。七つである必要性はない!」

「いるの。やっぱり、学校には七不思議でしょうよ」

「その理屈なんだよ」


呆れたようにため息をつく杉浦。

この二人はいつもこの調子だな。


「じゃあ、まずは糸森君案から聞こうかな。その”もう一人のわたし”ってどんな話なの?」


里菜さんの好奇心に満ちた瞳を向けられて、肩をすくめたくなるよ。


ほんと、参った。

また、俺の記憶がおかしなことになってる。


遠くで先生がこちらに歩いてくる音が聞こえてくる。


「その話はまた後でって事で…」


逃げるように俺は自分の席に着いた。

興味深そうに目を細める天戸が見えるけれど、まあ、今は無視だな。

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