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第10話 魔法科棟のプール

俺の日常が目に見えておかしくなっていても、授業は淡々と続いていくのはいつもの事で…。

それこそ、面白味なんて何にもない。

正直、俺はあまり勉学にいそしむタイプじゃないし、サボりたい願望の方が強かったり?

だけど、出来ないのは肝が小さいからって事にしておこう。


何より今、気になって仕方がないのは「学園の七不思議」…もとい、「六不思議」についてなんだよな。


みんなが覚えている不思議である”水のないプール”と俺だけが覚えている…。



――”もう一人のわたし”。



学園内の屋上に突如現れるとされる「鏡」。

真夜中に一人でその鏡に姿を映すとほんの少しだけ違う”わたし”が手を振ってくれるらしいというものだ。


まあ、その正体は魔法文明初期に作られた魔法鏡の一種じゃないかって言われているけれど…。

誰も見た事がないのだから、証明はできない。

そもそも、学園にある不思議を見た人間を探す方が難しいって話なんだけど…。


要は頭の中で言葉をこねくりまわしても、俺の中ではどちらも六つ目の不思議として確かに在るって事なんだよ。


「悩み中かい?」

「うん?ああ…」


不思議に想いを馳せていた所にパンの香りが漂ってきて、現実に引き戻される。

彼はやはり、いつもの通りの表情でこちらを覗き込んでいる。


「授業、終わったよ。お昼行かないのかい?君は食堂組だろ?」

「そんな話、君にしたっけ?」

「僕らは仲良しだからね」

「そっか。まあ、そうなんだよな」


何だか、あんまり実感ないけど…。

みんなが言うならそれでいいか。


「なあ、俺が認識してる六不思議に“ズレ”みたいな物があるだけど、これって囁なのかな?」

「朝も言ってたね。なら、確かめに行ってみる?」

「もう一人のわたしってやつを?」

「僕が知っているのは水のないプールの方だけどね」

「あっ!そう…」


でも、プールがあるのって魔法科の棟じゃなかったっけ?


「じゃあ、行こうか」

「今から?」

「嫌かな?」

「いいや」


こうなったら、付き合うしかないもんな。


魔法科の棟は俺達の教室がある一般棟の表裏になるように建てられている。

一般科はどこにでもありそうな真っ白な壁と変わり映えのしない四角形な作りなのに、魔法科はどこもかしこも演出がかってるんだよな。


しいて言うなら、ヨーロッパの古城気分だったりして…。


さらに進む薄暗い廊下には魔法文字と思われる幾何学が浮かび上がっている。

たぶん、誰かが発動した魔法がそのままなのだ。

そして、地面には魔法陣の絵が連なっている。


同じ学園だというのに、こうも風景が違うとはな。

マンモス校ゆえかな。


すれ違う生徒達は皆、ローブを纏っている。

彼らの好奇な視線が痛くてたまらないよ。

まあ、よほどの用がない限り、一般科の生徒が魔法科の棟に来る機会なんてほぼないもんな。

そして、魔法科の生徒達の背後霊のように漂う透明な人影は契約精霊だろう。


魔法師に従う精霊かれらは普通の人達の目にも映るんだよな。


この世界の至る所にいる姿なき魔力ある命機体…それが精霊の定義。

教科書の文章をそのまま引用すると小難しくていけないな。

要は昔から神様とか妖とか言われていたなんか、力を持っている者達。

彼らは普通では認識できないけれど、魔力を通してなら、確認できる。

そして、魔法師と魔力の交換をすることで力を貸してくれるのだ。


何から何まで常識から外れてるよな。

いや、魔法師からしたら普通なのか。


「プールはこの先だね」

「あのさあ…。今更だけど。魔法科棟のプールって、確か、魔力がなきゃ入れないんじゃなかったっけ?」

「大丈夫だよ」


天戸が壁にそっと触れると、床の魔法陣が淡く光り輝き俺達を包み込んだ。

一瞬、体が浮き上がる感覚がしたと思ったら、俺達は屋上プールの上に立っていたのであった。


転移魔法?

魔力無しの一般人の俺が!


「君、こういう事もできるんだね」

「魔法科は魔力で満ちてるからね」


なんだ。天戸は自分が使う力を魔法じゃないとか頑なに言っていたけれど、魔力はやっぱりあるんじゃないか。そうでなきゃ、魔法師が張り巡らした魔法科の棟の魔法陣に干渉できるわけがない。

でも、ならどうして、魔法科じゃないんだ?

魔力がある人間はどこの国、自治体も徹底的に管理されているはずなのに…。

次々、疑問は湧き上がってくるけれど、今はとりあえず…。


「水が張られてる?」

「違うよ。鏡だ」

「本当だ」


水だと思っていた物に触れるとかなり硬かった。

そして、冷たい。


「むしろ、鏡じゃなくて氷?これって歪理じゃなくて、魔法師の悪戯じゃあ?」


言葉にするなら鏡氷っていうのかな?


「いいや。囁だよ」


次の瞬間、足元の鏡が波打つ。


「うわっ!」


――「あいつ、全然だめじゃん」

――「魔法科じゃなくて一般科に行きゃいいのに」


――クソッ!

――なんで俺がこんな扱い。

――絶対に見返してやる。


誰か…いや、沢山の人達の悪意と悲しみの声が漏れてくる。


――俺の魔力は弱い。

――それでも絶対に封魔夢を倒せる魔法師になってやる。


「誰かの決意の声だ」


さらに鏡面は“水”のようにうねりだす。


「これって歪理になってる?」

「いいや。今はまだ…ね」


天戸は足で円を描くように鏡の上を滑っていった。

その緩やかな振動と同時に氷は徐々に解けていく。

そして、立ち止まった彼はポケットからミニクロワッサンを取り出し、手を離した。

そっと放ると、パンは淡いオレンジ色をまとい…ゆっくりと落ちて弾けていく。


次の瞬間、揺れは止み、氷は音もなく消えていた。


囁が止んだ?


「これで終わり?」

「とりあえずはね」


なんだか、あっさりしてるって言うか…。

拍子抜けっていうのかな。


「修復は地味だからね。でも、それが大事なんだよ」

「ふ~ん」

「それに今回は…」

「なんだい?」


天戸の言った言葉がよく聞こえなかった。


「君がいたから、囁を見つけられた」

「似たような事、前にも言っていたよね」

「うん。僕は歪理にならなきゃ、認識できないから。助かるよ」


天戸はまるで、忘れた教科書を借りたみたいなテンションで微笑んでいた。


「ねえ~」

「うん?」

「君が囁が認識できないって言うなら、どうして俺は出来るのかな?」

「ああ…。そうなるよね」


どこかに視線を移すように彼は天を仰いで、そして俺をみた。


「僕から言えるのは君が観測者だからって事だけかな」


俺達の間に風が吹き抜けていく。

鏡だったプールはただのコンクリート床に戻っている。

そこに転がるのは、砕けてなお温もりを残すクロワッサンの欠片だけなのかもな。

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