「観測者ってなんだい?」
「文字通り、君みたいに“現実”をありのままに認識できる人の事かな」
ここまでくると、天戸の言葉はもう理解不能だ。
まあ、観測者ってのも気になるんだけれども…。
「結局、六番目の不思議ってどっちだったんだろう?」
「君はそう言う人だよね」
「だって、これだと“水のないプール”でも、“もう一人のわたし”でもないだろ?しいて言うなら、”鏡氷が水面を張っている”って事なんだけども…。それってもはや別の不思議じゃないのかな」
「あれは囁きだよ」
「囁であろうがなかろうが、この際どっちでもいいよ。まあ、俺個人としては”もう一人のわたし”の不思議が消える方がなんだか寂しいって思いにはさらされるけど…。いや、それだと、”水のないプール”が可哀そうだよな。それとも、この場合だと君が修復した事でさっき見た光景が整合性ってやつで新しい不思議として認識されるパターンもありだったりするのかな?」
ここ数日の出来事を思えば、そう言った超常現象も“あり”な気がしてくるから不思議だ。
やれやれ、俺もだいぶこの非日常に馴染んできてるらしい。
良いことなのか悪いことなのか、判断には迷うが…。
というか、俺は別に六不思議にそんなに興味あるわけじゃないのに、どうしてこんなにムキになってるんだろうか?
「まだ辻褄合わせの段階じゃないから。そうはならないと思うよ」
「どういう意味かな?」
「それはね…」
天戸の瞳が俺を捉える。
彼を象徴するみたいに透き通っていて奥深い眼差しで底がしれない。
妙な感覚だ。
「こら!一般科!こんな所で何をしている!」
突如、壁に濃い黄色の魔法陣が現れ、そこから仁王立ちで割って入ってきたのは石房先輩だった。
この人、どうしてだか天戸にだけ妙に敵意を向けるんだよな。
「先輩。また、パンいります?」
「いらん!」
このやり取り、今朝と同じだ。
しかも、先輩。また不機嫌だし…。
「残念。先輩のために焼いてきたクロワッサンなのに…」
「口答えするな。ここは部外者は立ち入り禁止だ」
「部外者って…。僕らも学園の生徒ですよ」
「魔法科じゃないだろ。ここは魔法科専用の魔法プールだ」
「ですが、ここは何年も使われていないって聞いてますよ?」
淡々と反論を重ねる天戸に、どっちが“先輩”なのか分からなくなってくる。
石房先輩、本当に頭に血が上りやすいタイプなんだな。
「一体、どうやってここに入った?魔力も持たないくせに…」
「あの…」
おずおずと手を挙げれば、先輩の鋭い眼光とぶつかった。
俺達、封魔夢かなんかだと思われてるのかな?
それほどに石房先輩の視線は怖い。
「彼、魔法が使えるみたいですよ」
その瞬間、世界が沈黙したように凍りついた。
「はははっ!」
最初に笑い出したのは石房先輩だった。
「面白い冗談だ。一般科」
いや、冗談を言ったつもりはないんだけどな。
「お前達は知らないだろうが魔法師は魔力を探知できる。それが、最初に習う事だからな。だが、こいつからは何も感じない。大体、魔法科に在籍していないのに魔力があると言い張るのはさすがに苦しいぞ」
「だそうだよ」
物凄く分かりやすく喧嘩を売られてるのに、天戸はやっぱり涼しい顔をしてる。
怒りの感情、君には無いのかい?
「さあ、出せ」
石房先輩が天戸に向かって手を差し出した。
「なんだ。やっぱり食べるんですね」
「違う!
「どうしてです?」
「
――違法魔法アプリ。
使用が禁じられている危険な魔法アプリの総称。
中には魔異禍を引き起こすものもあるらしい。
「僕らがそんな物に手を出してるなんて、心外ですよ。ねえ~」
天戸が助けを求めるように俺を見た。
「そうですよ。何の証拠があって…」
「魔力がなきゃ、入れない屋上にいるって事実が何よりの証拠だ!」
結局、また魔力の話に戻るんだな。
「それを言うなら、先輩もじゃないですか?」
「俺は魔法科で、さらに言えば実戦経験者だ。どこにでも入れる」
その屁理屈、アリなのか?
「だから、この場所、長らく使われてないんですよね?つまり、立ち入り禁止区域ってことじゃないですか?」
そもそも、六不思議の舞台って大抵どこもそんな感じではあるんだけどな。
「魔法科のエースがまさか、立ち入り禁止区域に来るわけないですよね?」
「それは脅しか!」
うわ~!天戸。意外と喧嘩強いんだよな。
うん?なんか昔からの友達みたいな発言してるな…俺。
でも、実際、仲が良いって記憶はあるわけで…。
ふわっとしてる事さえ除けばであるが…。
「じゃあ、共犯ってことで?」
俺が先輩の前に立った瞬間、彼の顔がサッと青ざめた。
「お前は黙っていろ!」
あれ?と思う間もなく、先輩は顔を真っ赤にして叫んだ。
そして、違和感を認識する暇もなく、俺は押しのけられる。
つまり、俺は眼中にないって事なのか?
拗ねたところで、何かが変わるわけでもないんだけど…。
ちょっとショックなのは事実なのである。
「先輩。そんなことをしていると、また“乱れ”ちゃいますよ?」
「何を意味不明な…!」
「いいんですか?先輩がここに来た理由…」
天戸がぽつりと何かを呟いたその瞬間、先輩の目が大きく見開かれる。
次の瞬間、俺たちは魔法科棟の一階へと転移していた。
石房先輩の魔法か。
「先輩。やっぱり、クロワッサン食べませんか?」
「ふん!」
吐き捨てるように言い残して、石房先輩は去っていく。
「なあ…もしかして、先輩と知り合いだったりするのかな?」
「今朝、初めて話したよ」
「にしては、妙に…」
「敵意がある?」
ずばり、言っちゃうのか。
「たぶん本能なんじゃないかな?」
なんだよ、それ。
天戸は何食わぬ笑みを浮かべている。
うん。これが“いつもの天戸蓮”ってやつだ。
「ねえ。君にはやっぱり魔力があるんだろ?」
そうでなきゃ、魔法棟のプールに入れない。
「”ある”とも言えるし、”ない”とも言えるかな」
「また、それか…」
「僕の魔力は魔法師のそれとは違う方向に向いてるからね」
「だから石房先輩には分からない?」
「分からないっていうより、“彼らの世界には存在していない”んだよ」
魔法科の生徒たちの声が廊下に響く。
それでも、俺たちだけがまるで別の空気の中にいるみたいだ。
気のせいかもしれないけど、確かに“何か”が違う。
「夜詠者は、誰にも覚えられない魔法使いだから」
まるで、昼休みの終わりを知らせるチャイムみたいなテンションで、天戸は歩き出す。
”忘れてしまう”の次は“覚えられない”なんだな。
天戸…じゃなかった。
――蓮。
君は一体、なんなんだい?
そして、観測者か。
俺はただの一般人なんだけどな。
そんな意味深な名称をつけられたって、簡単に受け止められる器は持ち合わせてはいない。
まあ、それはそれとして…。
姉さんのことを話すタイミング逃したな。
と思いつつ、昼休みは後10分。
昼食を取る時間はぎりぎりだったりするわけで…。
これは育ちざかりな高校生にとっては、まあまあ、由々しき事態だったりするわけなんだよな。