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第20話 推しバス

俺の部屋に学園が繋がるというか浮かび上がるというおかしな状況に遭遇したとしても、日常はやっぱり続くわけで…。


ただし、おしゃれでもなんでもないパジャマ姿を友人とあまり仲良くもない先輩に見られた事に羞恥心どころか何にも感じていないという事実は俺としてもどうにかしろとは思ってみたりはしている。

だからって、何かが変わったりとかいう奇跡は起きない。

俺はただの男子高校生だからな。

なんて、ちょっと的外れな納得はしてみる。

どっちにしても、今朝の俺の部屋はいつもの通りだ。

不思議とも魔法とも無縁の慌ただしさが広がっている。


深夜の学園の屋上に蓮か。

冷静になって考えてみると中々ありえない光景だったな。


一体どうやって、深夜の校内に侵入したんだ?


疑問は残るが、こうして一人で語っている暇もあまりないんだよな。


とういうわけで、俺はいつもどおりの慌ただしい朝の支度を整えて自宅を後にするのであった。


「う~ん。今日もいい天気だな」


見知った街の輪郭が柔らかい光をなぞっていく。

それでも、毎度のごとく眠い。


「後、一時間眠れたらハッピーなのに!」


だからではないが、行きかう人々の歩道の端に埋め込まれた細いラインが俺の足元でわずかに発光していても特に何も感想をもらしたりはしない。


なんせ”魔法補助歩道”が導入されてから、すでに10年以上経つのだから。


今じゃあ、当たり前すぎる朝の風景だ。

これのおかげで、事故件数がかなり減ったらしい。もちろん、仕組みを説明しろと言われたら、出来る自信はない。要は人とか車が発する運動エネルギーを魔法と科学の技術で認識して、安全に誘導してくれる装置だって事だな。


我ながら適当だが、俺しかいないんだし構わないだろ。


とにかく、この歩道によるスピード違反する車を自動で止めたり、信号無視する人たちに“まだですよ”とアラームを鳴らしたりする光景は当たり前のように街に馴染んでいる。

もはや、神岐市に限らず、世界中で導入されているシステム。だけど、ふとした瞬間に俺はこの魔法補助歩道に「生きているみたいだな」と思ったりするのはなんでも、疑似化したくなる国民性故だと諦めていたりはしている。


まあ、今の俺の推しは残念ながら、魔法補助歩道じゃなくて新型のバスの方だけど…。

そう感想を心の中でつぶやいているとまさに会いたかった推しバスが対向車線を通り過ぎていった。


おお…。やっぱり良いな。


見た目はいたって普通のバス。だけど、車体の上部には丸くて小さな飾りが備え付けられている。

あれは”制御灯”。魔力過多を起こさないようにする装置。その設置が義務になったおかげで、訓練前の魔力を持つ子達…とくに赤ん坊とかも乗れるようになったらしい。なぜなら、精神面が育っていない魔力を持つ子供っていうのは魔力の扱いが下手で無意識に魔力を垂れ流してしまうから。それは時としてあらゆる魔法の技術に干渉して不具合を起こしかねない。それを防いでくれるのが制御灯なのである。


うん。こういうところも魔力を持つ者と持たざる者が近づいた証拠なんだろうな。

とはいっても今時、バス自体も魔法技術が使われているし、車体自体が魔力過多を起こさないようにっていう側面もあっての義務化なのは俺でも分かる。


それに学園の魔法科の生徒にはあんまり意味はなさないだろう。


そんな事を思っていると俺の前を数人の小学生達が通り過ぎていく。

ふと、風に舞った紫のスカーフが俺の頭の上に落ちてくる。

それを掴むと可愛らしい声が前から降ってきた。


「すみません。それ私のです」


声の主は、小柄なポニーテールの少女。

俺の背の半分くらいしかない。

たぶん、小学部の子だ。


「はい。どうぞ」

「ありがとうございます。よかったぁ。これがないと学園に入れないから」


ホッと息をついた少女は胸をなでおろし、スカーフを首に巻きつけながら、走り去っていく。

あれが、魔法の扱いを学び始めて間もない生徒がつけるって言う”魔法制御布”か。


その仕組みと使用方法は制御灯とほとんど変わらない。


ただ違う点と言えば…。

確か、今日の気温とか魔力バランスに合わせて、色が変わる仕組みだったっけかな?


すでに校門に入ろうとしているさっきの少女の首元で揺れるスカーフの色は今は淡いクリーム色である。


なんだか、クリームパンが食べたくなってきたな。

おっと、蓮に感化されてきたか?

何だか、癪に障るのでこれは内緒にしておこう。


「おはよう」


背後から聞き慣れた声がかかる。

噂をすればってやつだな。

振り返ると、案の定、蓮がいた。


「ああ…。昨日は大丈夫だったか?」

「何の話かな?」


オリーブオイルの香りを漂わせた彼は朝の光を纏い微笑んでいる。

まるで何も覚えていないみたいに。

実際、忘れているんだろう。

歪理を整えた夜詠者は記憶を失くしてしまう。


ちゃんと、聞いてたのにな。


それでも、覚えている側の俺としては少し期待もする。

それが人ってものだろう?

だからって、蓮との関係がどうこうなるとは思えないけど…。


「今日はフォカッチャかい?」

「枝豆スティックを作ってみたんだ」

「それはまた、つまみに合いそうな物ですな」

「なんだい。まるで仕事に疲れた会社員みたいだ」

「朝に弱い男子学生も似たような物って事で…」


行きかう学生達に交じって俺達も校門に入る。

ふと、魔法科の屋上を見上げた。

別にプールが気になったわけではけしてない。


「あれ?屋上にあんな小屋あったっけ?」


六番目の不思議の舞台である屋上のプールのはずなのに、俺の目に見えるのは屋上に伸びた小さならせん状の棟。昨日はなかったはずだ。


「風見の棟かい?」

「風見?」

「かつて使われていた”精霊記録棟”だよ。昨日、里菜さんが話していただろう?六番目の不思議の舞台…」


六番目の舞台は“水のないプール”もしくは“もう一人のわたし”だったと思っていたんだけどな。


ああ…。整合性ってやつか。


その証拠に俺の頭には六番目を彩る新しい不思議が根を張るように浮かび上がってくる。


“あったはずの記憶”と“なかったはずの記憶”が、またひとつ積み重なっていく。


魔法科棟の屋上にある設置されている棟。すでに使われなくなって随分経つが、昔は魔法師が契約する精霊探しのために使用した精霊探査機があったとか言われている。


そして、語られる不思議は“風見の塔の来訪者”。


――閉鎖されたはずの風見の塔に登ると、誰かが先に来ている。


そんな噂が漂う学園の六番目の不思議。


「なあ。蓮」

「なんだい?」

「あの屋上にプールはあったっけ?」

「ないよ。あそこにあるのは風見の棟だけだよ」


蓮から発せられる響きはどこまでも澄んでいる。


「そうか。なら、いいんだ」


きっと、今日も何かが“なかったこと”になるんだろうな。


それでも…。


こうして今日も朝を迎えられたのは、きっとお前のおかげなんだよな。


――蓮。


たとえ、昨日のことを忘れてしまってもそれは事実だ。


そういえば、石房先輩はどうなったんだろう。

元気なら、いいんだけど…。

そんなことを考えながら、俺達は教室へと向かう。

しかし、どうにもいつもより人がざわついている気がする。


これは、登校時間だからなのか?


それとも、他に理由があるんだろうか?


とにかく、今朝も何事もなく登校できたのはよかったよ。

俺としてはそれに尽きる。

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