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第21話 陽映の君 

今日もいつも同じように朝の校舎内は生徒達のざわめきで満たされている。

少し違ったのは、教室に入ろうとした時に里菜さんとぶつかりそうになった事くらいだろう。


「わっ! おはよう」


里菜さんは慌ててマギスマホを抱え直し、その画面に視線を落とす。

表示されていたのは「六不思議」の文字だった。


「完成したの?」

「ああ、動画?一応ね」

「六番目はやっぱり、風見の棟の来訪者なのかい?」


軽く聞いてみると、彼女はちょっとだけ怪訝そうな顔をした。


「当たり前でしょう。他にある?」

「いや、そうだよね。うん。いいんだ」


六番目の不思議が変わったという事実に、やっぱりほんの少しだけ寂しさを覚える。

それもこれも、春の空気のせいかもしれない。

まだ、寒いからな。


「それで、七番目は見つかったのかい?」


蓮が緩やかに会話に入ってくる。

静かな声はいつものように柔らかい。


「結局やめたのよね。学園の不思議は六つだから価値がある気がしてきたから」

「ほら。だから、言っただろ」


ひょっこり横から割り込んできた杉浦に里菜さんは軽く眉をひそめて彼の胸を指先で小突いた。


「暴力反対!!」

「かすっただけでしょ!大げさよ」


仲がよろしい事で…。


まあ、些細な違いはあれど、いつも通りだなっと俺は思ったんだけれども…。


「ひどい!!そんな言い方しなくたっていいじゃない!!」


突如、女子生徒の怒声が廊下に響き渡った。


「なんだ?」


俺も、蓮も…周囲の生徒たちが一斉に隣の教室…二年B組の前を見た。

にらみ合っているのは、栗色のくせ毛の青年と、涙を浮かべた女子生徒。

どう見ても修羅場の最中だ。

ちなみに女の子の方は泣いている。


「あっ!陽映ひばえの君だ」


里菜さんのそのつぶやきに俺も”なるほど”と思ってしまった。

その青年は昨日生徒指導室で出会った魔法科生徒の面影がちらつく。

だが、別人だ。


「陽映の君ってなんだったかな?」


静かな蓮の瞳や声はどこまでも澄んでいて穏やか。

疑問を疑問として響かせないのが不思議なぐらいだ。


「ええっ、天戸くん。忘れたの? 二年B組の里見陽輝はるきくんだよ。一年前の神岐演劇祭の主役!」


神岐市は芸術にも力を入れているためか、どこかの季節で何かしらのイベントを行っている。神岐演劇祭もその一つで、市内外から演技に心得のある者や団体が出場して、その良し悪しを競い合うのである。ちなみに我が校の演劇部は一応出場常連である。


「ああ…。確か準優勝に導いたっていう天才だっけ?」

「そうそう。うちの演劇部。ずっと最下位を彷徨ってたじゃない?それを頂点に導いたのが陽映の君。彼の太陽の王の演技は素晴らしかったわ。まさに神岐の頂点に相応しい!」


うっとりとした様子の里菜さんの頭上にスポットライトの光が当たっている幻影が見えるんだけれど、これはスルーしていいよな。


ちなみに”神岐の頂点”って言うのも大げさだよな。

神岐演劇祭には特に権威も名誉もない大会だ。

せいぜい地元の祭りレベル。

しかも、優勝でもなく準優勝なわけだし…。


「というか、“陽映の君”って呼んでるのお前だけじゃん」


無神経な発言を繰り返すのは杉浦だから仕方がないか。


「私が名づけたんだもの。乱用するのは当然よ」

「でも全然広まってないよね」

「藤里くんも黙ってて!」


いつの間にか登校していた藤里に視線だけで送って、軽く挨拶をする。


「彼、生徒指導室で一緒だった一年生に似ているね」


蓮がぽつりと言う。

彼の瞳がわずかに揺れた気がした。


「魔法科の里見康介君?」

「うん。苗字も同じだよね。兄弟なのかな?」

「ああ、確か従兄だったはずだよ」

「詳しいね」

「うん?彼女情報」


俺を含めた、杉浦、藤里は揃って里菜さんを指差した。

なぜだか、彼女も得意げなのはこの際、何も言わない。


「そう言えば、以前特集を組んでたね」


思い出すように蓮はふわりと微笑む。

その手にはやっぱりパンが握られている。

ちなみにデニッシュ生地である。


ちょっと、甘そうだな。


「ごめん。本当に君からのメッセージは届いていないんだ」

「断るのが嫌だからって、逃げるの?」


女子生徒を守るようにその友人らしき四人の女子達が陽映の君に詰め寄っていた。

彼は困ったように眉を下げている。


「陽映の君は今日もモテモテだな」


なんとなく、感想を漏らすと、隣からパンの香りが漂ってくる。


「彼、モテるの?」

「まあ、あの容姿ならね」


スッと通った鼻筋、長い手足、色白の肌に大きな瞳。

まさに王子様タイプ。あるいは最近流行りの若手俳優路線だろうか。

その辺りは俺の感性で表現するのは難しいな。

センスは皆無である。


「でも…そうだな。蓮といい勝負かな?」

「お褒め頂き光栄って事かな?」


ふざけ気味に返せば、蓮は肩をすくめて見せる。

意外とノリはいいんだよな。

この親友は…。


「ちょっと!!勇気出して告白した相手にそれはないでしょ?私たちのメッセージも読んでくれなかったし!」


もしかして、その友人たちも告白済みか?


「でも、本当に届いてないんだ」


彼は申し訳なさそうに言うが、その態度は逆に火に油だとモテない俺でもわかるよ。


「なるほど。陽映の君は騒がれすぎて天狗になってるのかな?」


いや、騒いでいるのはもっぱら里菜さんだけだよね?

しかもそんなに面白そうに笑うのも人としてどうかと思ったりもしてみたり?


「でもよ、本当に届いてないのかもよ?」

「おお、杉浦は陽映の君の味方か?」


藤里の言葉に何かを思い出したかのように杉浦は頭をかいた。


「いや、俺も昨日メッセージ届かなかったんだよな」

「誰から?」


俺は何気なく会話を繋げた。


「ばあちゃん。県外に住んでるんだけど、俺に“誕生日プレゼント何がいい?”ってメッセージを送ったって言うんだ。でも俺のマギスマホには届いてない」

「それ、ただの送信ミスじゃない?」


里菜さんの一言に、杉浦が明らかに不満げな顔をする。


「違うって。メッセージだけじゃない。最近、物も消えるし」

「言われてみれば俺もだ。購買部で買ったコロッケパンが食べる前に消えた」


藤里が追随するように言った。


「何それ。陽映の君の話と関係ないじゃん」

「でも不思議だろ?」


杉浦の顔色が悪くなっていく。

そう言えば、コイツは怖がりだったな。


「どこがよ。どうせ、魔法悪戯マギトリックでしょ」

「情報通を気取ってるくせに知らないんだな!購買部の幽霊だって話だぞ」


なんだそれ!


「また新しい六不思議?」

「違う。コロッケパンを買えなかった生徒の恨みだ」

「それはむしろ、あんたの恨みでしょ!」

「俺はコロッケパンとは無縁だ!!」


里菜さんと杉浦は的確なツッコミ返しをしつつ、仲良く教室に戻っていく。

そして、いつの間にやら女子生徒から解放された陽映の君も同様で、そそくさと教室の中へと消えていた。


「コロッケパンか。気になるな」


蓮がぽつりとつぶやいた声が耳にかすめていく。


「気になる?パン絡みだから?」

「さあ?どうだろうね」


蓮は今日もどこかふわりとした空気をまとって、朝日を浴びていた。

何はともあれ、授業の時間まで後一分だ。

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